やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監修の序
 日本におけるパーキンソン病の有病率は,人口構成の高齢化とともに増加しており,人口10万人あたり150人とされていて,神経疾患の中では脳卒中に次いで多い.よって,理学療法・リハビリテーションを含む包括的なキュアとケアを要する疾患の1つである.
 パーキンソン病は,一旦発症すれば薬物療法を主体として,神経学に準じて医学的に管理されるが,パーキンソン病患者のADLの維持・改善を目的として提供される理学療法は,薬物療法と並行して,重要な治療手段の1つとなっている.理学療法士の立場としては,パーキンソン病の病態を多角的に捉えた上で的確な理学療法介入を行うことが,進行性でもあるパーキンソン病患者の社会参加を支援する上で最も重要な課題となる.しかし,パーキンソン病の病態はいまなお不明な点もあり,今後のさらなる解明が待たれる.
 これまでのパーキンソン病にかかわるさまざまな学術的進歩をふまえ,医師,研究者,理学療法士に執筆いただき,日本では初めての発刊となる『パーキンソン病の理学療法』として松尾善美氏に編集いただいた.よって,本書は,パーキンソン病の診療およびその病態を研究されている方々の最新の知見と英知が結集されており,幅広く,かつ奥深い内容が呈示されているといえる.特に,長年にわたり臨床研究を続けておられるオランダの理学療法士であるDr.Keusには,興味深い論文を寄稿していただいた.
 本書が科学的視点に立脚し,パーキンソン病患者のADLの維持・改善を図ることを通じて,社会参加の支援にも資する礎を構築することに役立てば,この上ない幸せである.そして,本書がパーキンソン病に対する理解を深め,診療技能を高めたいと願う理学療法士はもとより,医療関連職種,学生の方々にとっても示唆に富む内容であると確信する.
 本書が,未来の総体的理学療法(学)のさらなる発展の一翼を担うことを願ってやまない.
 2011年5月
 奈良 勲

編集の序
 このたび,本書『パーキンソン病の理学療法』の編集と執筆に関わる過程において,大阪大学医学部附属病院に理学療法士として勤務していた当時,多くのパーキンソン病の患者さんに関与し,同時にそのご家族の方々からもさまざまなことを学ばせていただいたことを想起させられました.寸前まで歩いていた患者さんが,数時間後には瞬きもできないほど運動の遂行水準が低下するといった症状の変動性や,階段昇降は可能でも平地ではすくみ足によって歩行困難となり,車椅子で移動するといった障害の特徴は,他疾患ではみられないパーキンソン病特有のものです.このように,臨床場面では患者さんだけではなく,医療者もパーキンソン病特有の障害への対応に難渋することは少なくありません.
 それでも,臨床場面で遭遇する現象を敏感に受け止め,その現実を客観的に直視しながら柔軟に対応することが,私たち理学療法士に求められる臨床力といえるでしょう.多種多彩な臨床徴候を呈するパーキンソン病は,周知のごとく緩徐進行性であり,病状の進行に伴い,難解な特徴が表出されます.近年,パーキンソン病の運動障害に対する研究は,脳科学の進展を基盤にした測定・解析技術の進歩に連動して,特に欧米では飛躍的に発展しています.
 本書は,薬物療法とともに重要な役割を果たしているパーキンソン病の理学療法について,第一線で診療・研究に従事されている医師,研究者,理学療法士の方々に執筆いただきました.なかでも,パーキンソン病の理学療法に関する研究で国際的にも著名なオランダのDr.Keusには,英語で寄稿していただいた論文を日本語に翻訳しました.
 本書はこれまでにないパーキンソン病の理学療法の専門書として,序論,総論,各論別に,最新の知見を呈示し,随所に図表を活用して読者の理解を得やすいよう配慮しました.本書の出版を通じて,パーキンソン病に関連した臨床と研究が格段と触発されることにより,パーキンソン病患者さんのQuality of Lifeの向上に貢献する契機になれば,このうえない喜びです.
 2011年5月
 松尾善美
 監修の序
 編集の序
 目次
序論
パーキンソン病に対する理学療法のパラダイム変換(松尾善美)
 神経リハビリテーション/運動制御と運動学習における大脳基底核の知見/歩行障害と歩行制御/運動が神経可塑性に及ぼす影響/理学療法の効果に関する研究/理学療法の治療目標と運動課題に関わる構成要素
総論
1.病態と薬物療法(依藤史郎)
 パーキンソン病の症状/パーキンソン病の病態/パーキンソン病の薬物療法
2.運動症状と非薬物療法(阿部和夫)
 運動症状に対するリハビリテーション/パーキンソン病体操
3.すくみ足(大熊泰之)
 すくみ足の一般的特徴/パーキンソン病におけるすくみ足/すくみ足の病態生理/すくみ足の治療
4.運動制御異常(平岡浩一)
 中枢神経活動異常/運動制御異常/kinesioparadox/姿勢制御/すくみ足と予測的姿勢制御
5.下肢協調障害(浅井義之)
 下肢運動の協調性と中枢パターン生成器/協調的な肢間協調性の生成と崩壊
6.パーキンソン病における認知機能障害(丸山哲弘)
 認知症を伴わない要素的認知機能障害/認知機能障害の神経基盤/皮質下認知症/パーキンソン認知症とレビー小体型認知症
7.疲労(阿部和夫)
 疲労の概念および定義とパーキンソン病の疲労/パーキンソン病における疲労の発現頻度/パーキンソン病の疲労に対する評価スケール/症候学的観点からみたパーキンソン病の疲労/パーキンソン病における疲労の病態機序と治療
8.理学療法機能診断(長澤 弘)
 パーキンソン病の病態を知る/パーキンソン病患者における運動障害の特徴を機能診断する
9.理学療法のエビデンス(望月 久)
 2010年までのパーキンソン病に対する理学療法のエビデンス/理学療法の介入内容別の効果/診療ガイドラインからみた理学療法の効果/ガイドライン,エビデンスの臨床への適応
10.理学療法に関するリスクマネジメント(柴 喜崇)
 理学療法の予防的リスク管理/パーキンソン病の障害特性/パーキンソン病発症の予防的リスク管理/パーキンソン病発症後の予防的リスク管理
各論
1.姿勢異常(武岡健次・宮本 靖・松尾善美)
 姿勢異常の原因/姿勢異常の対策/パーキンソン病の四大徴候と姿勢異常/パーキンソン病の姿勢異常が動作に与える影響
2.すくみ足(鎌田理之・松尾善美)
 すくみ足を知る/すくみ足の評価/すくみ足に対する理学療法
3.歩行障害に関する最新知見(松尾善美)
 2006年/2007年/2008年/2009年/2010年
4.歩行補助具の適用法(橋田剛一)
 歩行補助杖/歩行器/シルバーカー(押し車)/その他(靴の工夫)/臨床場面での実際
5.バランス障害(岡田洋平)
 バランス障害/バランス障害の発生機序/理学療法介入
6.転倒と認知機能(鎌田理之)
 パーキンソン病患者の転倒要因と運動介入の現状/パーキンソン病患者の転倒に関連する認知機能障害について
7.運動のための外的キューと認知戦略(Samyra H.J. Keus)(監訳:松尾善美,訳:松谷綾子・小森絵美)
 理学療法の対象となる制限/キューを用いた戦略/認知運動戦略/介護者の関わり/評価指標/治療期間/アフターケア
8.体力低下(内田賢一)
 体力について/パーキンソン病患者の体力低下に関する研究
9.呼吸障害(松尾善美)
 パーキンソン病の呼吸障害と咳嗽障害/呼吸機能障害とその測定/変動する呼吸機能/呼吸運動測定とその結果/嚥下と呼吸/睡眠期呼吸障害/パーキンソン病における呼吸障害の治療
10.パーキンソン病の摂食・嚥下障害(石井光昭)
 パーキンソン病の摂食・嚥下障害の特徴/評価/リハビリテーション
11.基本動作トレーニング(歩行以外)(佐藤信一)
 基本動作とステージ別の症状/基本動作におけるパーキンソン病の身体機能特性/基本動作トレーニングの具体的戦略/文献的考察
12.生活機能トレーニング(大久保智明・野尻晋一・山永裕明)
 生活機能に関するパーキンソン病患者の声/パーキンソン病患者の生活機能障害と生活機能トレーニングの目標設定/生活機能トレーニング
13.脳深部刺激術前後の理学療法機能診断と介入(澤田優子・丸尾優子・本田憲胤)
 脳深部刺激術の概要/理学療法機能診断と介入/症例紹介
14.在宅における生活適応支援の実際(岩井信彦)
 在宅支援の考え方/在宅での評価/障害特性を考慮した生活支援,セルフケア,ADL指導,家族指導/障害の特性とその対処法/福祉用具の導入と住宅改修/ケアマネジメントにどう関わっていくか/在宅生活を支える制度

 索引