やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 作業療法.この言葉は,どのような仕事をイメージするのか,大変わかりにくいと思う.職業,仕事,労働,作業,活動……,いろいろな状況を考えてみるが,なかなかピンと来るものがない.当初はOccupationを日本語に翻訳したから,日本だけが社会に通用する用語として成立しないと思っていた.確かに翻訳上の問題もあり,日本では一層通じにくいのかもしれないが,日本の社会制度の問題も大きいと思う.実際,海外,特に英語圏の国々のホテルで朝食をとっている時や飛行機や電車内での会話で,Occupational Therapistというとすぐに「知っている」という反応はある.しかし,どこまでこの職業を理解しているかは別問題で,そこまで詳しく突っ込んだ質問ができる英語力を私は持ち合わせていなかったため,勝手に英語圏では作業療法の知名度は高いと思い込んでいたのである.最近,海外の作業療法士と交流する機会が増えてきて,徐々に日本以外の状況を知ってくると,作業療法の社会における認識の度合いという問題は,日本固有の問題ではないと考えるようになった.やはり作業の意味するところの守備範囲の広大さが大きな要因であり,カナダやアメリカ合衆国の作業療法士たちが着実に,人が作業をする際に関連する環境や人そのもの,ひいては作業そのものの評価,作業遂行について真剣に検討し始めてきている.
 ここで大切なことは,なんらかの治療・介入を実践するサービスという職業では,まず「評価」というプロセスがあり,これは作業療法をめざす学生の時からしっかりと認識しておいてほしい.どのようなサービスを提供するのかを社会に認識してもらうためにも,「評価」がしっかりとできていなければ,国民には理解できない.まずは,実践の中で,きちんとした評価を行ってほしいものである.
 「評価」という枠組みを考える際,理論と実践をほどよく調和させ,熟成させてゆくことで現場に適した評価ができると考えるが,理論から考えてゆく立場の作業療法士,実践から考えてゆく立場の作業療法士,またはこれらをほどよくミックスした立場の作業療法士がいると思う.本書では,とことん実践,つまり現場の状況を十分に理解しつくした作業療法士に,実践から考えてゆく立場で執筆をお願いした.
 以上のような観点から,作業療法学生や新人作業療法士にとって,現場ですぐに活用できる「評価」の手引きとなるような書籍をめざし,具体的な臨床例を豊富に掲載した.検査やチェックリストの羅列や紹介ではなく,必要最低限の評価方法をいかに活用し,介入に必要な情報やヒントを得ていくかを基本にしている.このプロセスには,患者・利用者さんや家族,スタッフなどとのコミュニケーションが必要であり,このために前書「作業療法ケースブックコミュニケーションスキルの磨き方」(医歯薬出版,2007)をすでに発刊している.
 つまり本書はこの書籍の続編ととらえて編纂した.編者は,前書と同じく,東京都立府中リハビリテーション学院(専門学校)の同窓で先輩・後輩の関係である澤と鈴木である.現在は2人とも大学の教員という仕事に就いているが,長年臨床で患者・利用者さんとじっくり向き合って作業療法を実践してきた人間である.今回の出版までには,さまざまな理由で少々時間がかかってしまった.これはひとえに編者の責任である.兎にも角にも,今回も上梓までこぎつけることができ,前回と同じく嬉しさは隠せないが,編集の難しさをさらに感じている.これから読者諸氏の厳しいご意見をいただき,完成度を高めていきたい.
 なお,本書の著者であり作業療法を九州の地から全国に広めた吉田隆幸先生が本年ご逝去された.先生の遺作となった本書には,貴重なアドバイスが記述されている.読者諸氏には,是非これを噛みしめていただきたい.
 本書は,医歯薬出版株式会社の素晴らしい編集者の助言,協力の上に成り立っている.心から謝辞を述べたい.
 作業療法を志す若き学生諸氏,すでに社会の荒波で「作業療法」というこのわかりにくい仕事に日々挑戦している若き作業療法士のみなさんに本書を捧げる.
 2010年11月吉日
 澤 俊二
 鈴木孝治
 執筆者一覧
 序
Chapter1 総論編
 作業療法評価の意義
  Section1 作業療法における評価(鈴木孝治)
   1.どうすれば,ベテランの作業療法士になれるのか?
   2.リハビリテーション理念の基に行われる作業療法
   3.評価とは何か
   4.作業療法評価の目的
   5.脳機能障害と作業療法介入
   6.根拠
   7.何を評価するのか
   8.評価の手段
   9.測定値について
   10.作業療法の成果(Outcomes)
   11.評価の手順
    ・おわりに〜再び,何のために評価をするのか
  Section2 社会システムと作業療法評価(澤 俊二)
    ・はじめに
   1. 個の生きざま,主体性に影響を及ぼす社会システム,社会問題
   2. 作業療法士を取り巻く社会制度と社会問題
   3. クライエントの生きざまを左右する社会システム
   4. クライエントのニーズを実現する作業療法士の評価とは
    ・おわりに
Chapter2 事例編
 I.身体機能に問題を抱えた事例
  Section1 脳血管障害(片麻痺)-姿勢および活動の評価を中心に-(根本浩則)
  Section2 呼吸循環障害-慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease ; COPD)により日常生活の低下をきたした事例-(百田貴洋)
  Section3 頸髄損傷-重度の四肢麻痺と合併症により日常生活が自立していない事例-(松本琢麿・小野寺真樹)
  Section4 手の機能障害:手のリハビリテーション-撓骨遠位端骨折後のリハビリテーション-(矢ア 潔・米岡沙織・岡安由佳・山本直美)
  Section5 関節リウマチ-早期リウマチに対する自己管理法を検討した事例-(坂本安令)
  Section6 難病-パソコン操作方法の改善で学習が継続できた脊髄性筋萎縮症II型の事例-(田中勇次郎)
 II.認知・精神面に問題を抱えた事例
  Section1 統合失調症(濱田賢一・石川恵子)
  Section2 気分障害(濱田賢一・石川恵子)
  Section3 アルコール依存症-長い会社生活でアルコール問題が表面化した事例-(長雄眞一郎・大嶋陽子)
  Section4 摂食障害-神経性大食症(Bulimia nervosa;BN)の事例-(小林正義・福島佐千恵)
  Section5 パーソナリティー障害-境界性人格障害(Borderline personality disorder;BPD)の事例-(小林正義・村田早苗)
  Section6 脳血管障害による高次脳機能障害-空間認知障害により日常生活に混乱をきたした事例-(鈴木孝治・岸本光夫・横田晶代)
  Section7 クモ膜下出血により意識障害を呈した事例-情動の重要性-(鈴木孝治・岩崎也生子・日向寺妙子)
  Section8 意識障害と失語症を呈した事例-把握しづらい生活能力-(鈴木孝治・岩崎也生子・白井沙緒里)
  Section9 右半球損傷による高次脳機能障害-「着衣」という日常活動への影響-(鈴木孝治・桑野美鳥・石崎侑里)
  Section10 脳梗塞による失行症の疑い-感覚障害も併発しセルフケアが困難であった事例-(鈴木孝治・桑野美鳥・中村美圭)
  Section11 ターミナルケア(目良幸子)
 III.発達に障害のある事例
  Section1 髄膜炎後遺症による重症心身障害児-容易に驚愕反応を引きおこす特徴をもった事例-(岸本光夫)
  Section2 孔脳症により右片麻痺を呈した脳性麻痺児-典型的な片麻痺と異なった臨床像を示した事例-(岸本光夫)
  Section3 広汎性発達障害(自閉性障害)-注意散漫で机上課題が困難である事例-(来間寿史・太田篤志)
  Section4 子どもの不安障害-場面緘黙により幼稚園生活に支障をきたした事例-(三浦香織・滝川友子)
 IV.高齢障害者の事例
  Section1 認知症高齢者-認知機能低下によりトイレ動作に混乱をきたした老健入所女性-(渡邊基子・村木敏明・市川祥子)
  Section2 高齢者の不安障害-不安神経症により対応・介入が難しい対象者をどう支援できるか-(浅野有子)
  Section3 虚弱高齢者の事例(村井千賀)
 V.社会的問題を抱えた事例
  Section1 施設(澤 俊二・田島道江)
  Section2 在宅(訪問)-家族関係に問題をもつ事例-(吉田隆幸)
  Section3 高次脳機能障害者の就労-社会的行動障害などにより復職が困難となった事例-(野々垣睦美)
  Section4 物理的環境-坂・階段の多い地域に居住する事例-(吉田隆幸)
Chapter3 展望編
 現場に活かす評価とは
  Section1 客観的評価をいかに作業療法の現場に取り入れるか-今後の展望-(齋藤さわ子)
    ・はじめに
   1.現場で標準化された評価法を使用する意義・重要性
   2.必要最小限の標準化された評価法の選択
   3.実践の枠組みによる評価法選択の違い
    ・おわりに

 索引