やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 MMT(manual muscle testing:徒手筋力検査)は,人間のさまざまな自動的な関節運動を実現させている筋肉が発揮する力を客観的に量的に評価できる方法として発展を遂げ,医療系職種の人々に臨床現場で頻繁に用いられています.とりわけ理学療法士や作業療法士は,医療現場はもとより介護保険下の現場まで多岐にわたって活躍の場を広げており,それぞれの現場において患者さんや高齢者の筋力を評価する際には,必ずといってよいほどMMTを用いています.
 かくいう私は理学療法士であり,学生時代は四苦八苦しながらMMTの学習をしたと記憶しています.そして,臨床実習に出てから初めて実際の患者さんに対してMMTを用い,この筋力測定法が持ち合わせている多大なる長所とともに,いくつかの短所を実感したものでした.あれから10年以上の時が流れて現在,私は大学の理学療法学科において理学療法士を志す若者に対して講義を行う立場となり,MMTの授業を担当しています.MMTは定期的に改良が加えられており,現在の教科書は私が学生時代に用いていたテキストの倍以上の分厚さに発展し,複雑さを増しています.学生達に対してMMTの教育を行うなかで頻繁に見受けられることは,「MMTの学習は非常に“つらいこと“と感じている学生が多い」ということです.私自身の学生時代を振り返ってみると,現在の半分以下のページ数の教科書であるにもかかわらず,お恥ずかしながらMMTの学習は“非常につらい”と感じていたと鮮明に記憶しております.
 MMTの学習を考えたとき,まず基本的な知識として「筋肉の日本語名と英語名」「筋肉の起始部と付着部」「支配神経と髄節レベル」が必要となります.次に,実際の実技では「口頭指示」「抵抗のかけ方」「筋肉の触診」「代償動作の見抜き方」「変法」など,マスターすべき事柄は山積しています.当然のことながら,“MMT嫌い”の学生が発生し,なかにはMMTの知識や技術に対して不安を抱えた状態のままで臨床実習に出ていく学生も案外と見受けられます.
 このような状況を少しでも打開したいと考え,私どもは本書の製作を手がけました.製作にかかわったスタッフのほとんどは吉備国際大学保健科学部理学療法学科の現役大学生であり,あくまでも学生目線で製作されています.また今回,製作にあたり合計3,838枚の測定風景に関する画像が撮影され,厳選された約380枚が掲載されています.以下は本書の特徴です.
 ・測定手順の流れを「連続した画像」で表現しており,測定手順を眼で追いながら確認することができます.この連続した画像を繰り返し眺めることによって,測定手順のリアルなイメージを記憶することができます.
 ・1つの運動における段階5(normal:正常)0段階0(zero:不可)までの評価に関する「6段階すべての流れ」が見開き2ページ内に掲載されています.MMTには数多くの測定手順が存在していますが,この見開きページを繰り返し眺めることによって,多数存在する測定手順の「流れ」をスピーディーに確認することができます.
 ・付録1には,記憶するのに難渋することが多い「筋肉の起始部と付着部・髄節レベル」について,ユニークでイメージしやすい表現の「語呂合わせ集」に「イラスト」を添えて掲載しています.なかには“少し長い文章““なんだか妙な表現”“意味がわからないけれど笑える表現”などもありますが,その文章を通じて覚える場合の方が,正確かつ迅速に記憶することが可能です.繰り返し「語呂合わせ集」を暗唱することで,いつの間にか覚え,記憶することが可能です.
 ・付録2には「筋肉の英語名の暗記法」を紹介しました.ぜひトライしてみてください.
 ・付録3では,肢位別MMTの“検査イメージ”が即座に確認できる表を準備しました.被検者の肢位はどれか?検者の立ち位置はどうか?抵抗を加えるのはどこの部分か?など,必ず確認しておくべき重要事項です.MMTの実技試験における直前の確認,臨床実習における事前の自己学習の強い味方となってくれるでしょう.
 ・付録4には重要暗記事項を一覧表にしています.MMTの試験対策に活用してもよし,臨床実習前日に活用してもよし,国家試験で活用してもよし,覚えづらいというMMTへの嫌悪感克服の一助にしてください.
 ・本書では,マスターすべきポイントと思われる部分を赤字で示しています.覚えたい部分を必要に応じて赤色のクリアシートで覆い隠して自己学習に役立ててください.
 ・文章中で用いられている運動名や筋名などの言葉は,できうる限り一般的・普遍的に用いられていると判断できるものを採用し,日本整形外科学会および日本リハビリテーション医学会が公表している資料・先行文献や図書などを参考として掲載しております.
 本書を製作するうえでのコンセプトは「学生による学生のためのMMT」でした.従来から存在しているgold standardの教科書に加え,サブ・テキストとして本書を用いることによって皆様の効率的なMMTの自己学習が実現することを心より願ってやみません.
 2010年5月
 佐藤三矢

患者さんへの説明の仕方
 学生さんや新人の方にぜひとも理解していただきたい大前提があります.私はMMTの授業にかかわらず,臨床に直結する科目における授業のなかで,必ず何度も何度も指導するポイントがあります.それは知識でも技術でもありません.「心」や「精神論」の部分です.授業のなかでは,以下のように学生さんへ問いかけ,指導しています.
 「まず,あなたにとって最も大切な人を思い浮かべてみてください.次に,その人が不運にも何らかの障害をもち,病院に入院していることを仮想してみてください.そして今,あなたがお見舞いで病院へ行ったら,その人はたまたま機能訓練の最中でした.そしてすぐそばには臨床実習中の学生さんが立っていました.それでは次に,あなたの大切な人を対象として勉強しているその実習生についてイメージしてみてください.
 風貌はどうあって欲しいですか?「雰囲気」はどうあって欲しいですか?「言葉づかい」はどうあって欲しいですか?学生ですから,当然のことながらいくつかの問題点があっても仕方がないことです.風貌が爽やかで,明るくて温かい雰囲気で,言葉づかいも申し分なしという人は稀有です.誰でも何らかの至らない点をもち合わせているものです.では,どうすればよいのでしょうか.
 結論としては,患者さんに「この人は不器用ながらも私のために全身全霊を込めて取り組んでくれている」と思っていただけるように接することが非常に重要だと考えます.患者さんから「他人であるにもかかわらず,私のことをこんなに考えてくれる人に出会えてよかった!」と思っていただけるくらい一生懸命に向き合い,接する姿勢をもってほしいと思うのです.
 当然,患者さんにこのように思っていただけさえすればよいわけではありません.ここで私が述べていることは,あくまでも大前提として「肝に銘じておくべき心構え」です.とにかく,患者さんに対して接するときには常に必ず「自分にとって最も大切な人」と本気で思いながら接してください.このような医療や福祉に従事する者として必要とされる心は,一朝一夕では涵養できません.日頃から,学内や家庭での学習場面でイメージしておくことが必要です.できれば学習の場面のみではなく,常日頃から他人と接するときにはこのような気持ちで接する努力を継続してください.
 実習施設の方針によっては,名字に「様」をつけたり,「さん」づけで呼称することを義務づけたりしています.なかにはとくに明確な義務づけがない場合もあります.いずれにせよ,そのときの状況に応じて最も適切と判断できる呼称で患者さんへの説明を実施してください.
 また,よく見受けられる失敗として「医学的な専門用語の使い過ぎ」があります.患者さんへの説明の際には,「小学生でもわかる内容の説明」を心がけることをお勧めします.場合によっては,専門書で紹介されている口頭指示では不十分であったり,不適切な場合があるかもしれません.ときには患者さんの理解力やコミュニケーション能力に応じたアレンジが必要となることもあります.以下に患者さんへの説明の一例を紹介します.患者さんの個性や年齢,地域性などを鑑みたりしつつアレンジするとよいと思います.これがスタンダードというわけではありません.ほんの一例です.
 【説明の一例(股関節屈曲の段階30段階5)】
 (1)これから○○さんの筋肉の力が,どれくらい強いかの検査をさせていただいてよろしいでしょうか?
 (2)(患者さんのYesの返事に対して)ありがとうございます.
 (3)まず,右の股関節の筋肉の検査から始めさせていただきたいのですが,よろしいでしょうか?
 (4)(患者さんのYesの返事に対して)ありがとうございます.
 (5)それでは,太ももをまっすぐ上に持ち上げるようにして動かしてください.
 (6)はい,結構です.ありがとうございます.
 (7)次の検査は少しつらいかもしれません.しんどくなったり痛くなったりしたらすぐに教えてください.
 (8)先ほどと同じように太ももをまっすぐ上に持ち上げるようにして動かしてください.その後,私が上から抑えますので,それに負けないで頑張ってください.
 (9)よろしいでしょうか?
 (10)(患者さんのYesの返事に対して)ありがとうございます.
 (11)それでは始めます.
 (12)太ももをまっすぐ上に持ち上げるようにして動かしてください.
 (13)(大腿部を上から抑えながら)頑張って耐えてください!
 (14)はい,終了です.
 (15)大丈夫でしたか?
 (16)次に,左側の股関節の筋力の検査を行ってもよろしいでしょうか?
 (17)(患者さんのYesの返事に対して)ありがとうございます.
 (18)以下,(5)以降と同様.
 以上のように専門用語を使用しないように留意し,説明を行ったり声かけを行ったりすることが重要です.患者さんが高齢者である場合には,照れずに大きな声で説明を実施することが良い結果を出す場合が多いようです.しかしときどき,「とりあえず元気に大きな声をかければよい」と考え,すべての患者さんに対して驚くほど大きな声で説明しまくる方がいます.それでは空気が読めているとはいえません.聴力が正常なのであれば,努力してまで過剰に大きな声を出す必要はありません.
 聴力が著しく低下していたり,理解力が低下していたりしている患者さんについては,「脚をこのように挙げてください」とか,「肘をこうやって曲げてください」などのように評価者がジェスチャーを交えながら説明するのも有効な手段です.場合によっては,患者さんの下肢や上肢に触れながら他動的に「こうやって動かしてください」と動きを説明してみてもよいでしょう.
 また,ほとんどすべての人(とくに学生さんや新人職員)が患者さんに説明する際には精神的に緊張するようです.多少の緊張感は必要なのですが,過剰な緊張は患者さんを不安にさせる一因となりえます.緊張しやすい方は,患者さんの立場になって,どのような声の大きさやトーンで説明すればよいのか,表情はどのようにすべきなのかなどについて事前に作戦を練って準備しておけば,いざ本番となったときに緊張し過ぎなくてすむかもしれません.
 まえがき
 患者さんへの説明の仕方
1.股関節 屈曲
2.股関節 屈曲・外転・膝関節屈曲位での外旋
3.股関節 伸展
 3-1.股関節全伸展筋群の総和テスト
 3-2.大殿筋単独
 3-3.股関節屈曲拘縮がある場合
 3-4.背臥位でのテスト
4.股関節 外転
5.股関節 屈曲位からの外転
6.股関節 内転
7.股関節 外旋
8.股関節 内旋
9.膝関節 屈曲(膝屈筋群の総合力)
10.膝関節 伸展
11.足関節 底屈
 11-1.膝関節伸展位での底屈(腓腹筋とヒラメ筋)
 11-2.膝関節屈曲位での底屈(ヒラメ筋)
12.足関節 背屈ならびに内がえし
13.足関節 内がえし
14.足の底屈を伴う外がえし
 付録1 「筋の起始・停止・髄節レベル」暗記法
 付録2 「筋肉の英語名」暗記法
 付録3 肢位別MMTのイメージ
 付録4 下肢関節に関する重要暗記事項