やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第5版にあたって
 地域リハビリテーションの本質とは何か,と問われれば,筆者は最近次のように答えるようにしている.「地域のあらゆるリハビリテーション・ニーズに応えるように,地域がリハビリテーション力をつけていくことである」と.
 リハビリテーションのニーズは科学技術,医療技術の進歩,および社会の変貌とともに変わる.変わるというより増大すると言ってよいかもしれない.たとえば,科学技術,医療技術の進歩により救命の医学は著しく進歩し続けている.一方で,重度障害児の例をひくまでもなく,かつては存在しなかった障害(内部障害も含む)をもつ人々が出現するからである.その人々に対してのQOLの向上を考えると,リハビリテーションは常にそれらの人々を包摂(インクルージョン)する考え方を持たなければならないし,手法を開発していかなければならなくなるからである.
 わかりやすくするためにいくつかの例を引くと,科学技術の進歩は,従来の臓器移植に伴うリハビリテーションだけでなく,再生医学に伴うニーズにも対応しなければならないし,植物状態にある人々の脳活動を知ることが可能になりつつあるとすれば,それらの人々に対してより積極的なリハビリテーションも必要である.高齢者にとってはあらゆる疾患のあらゆるステージに対してリハビリテーションは必要であるし,さらに高齢者の廃用症候群を研究し,それと闘わなければならないであろう.社会の成熟に伴い,緩和ケアの時期だけでなく,がんのあらゆる時期においてのリハビリテーションも考えなければならない.また今後は,難病や高齢者の終末期に対する要請が増大することも考えておかなければならない.その意味において,地域はまさにニーズの海と言えよう.
 制度は時代のニーズに遅れて生まれるので,その制度に合わせたことだけを考えていると,時代のニーズとの間に乖離ができてしまう.リハビリテーションにかかわる人々は,制度に基づく活動と,まだはっきりとはみえないかもしれないが,将来生まれてくるニーズを先見的に察知し,それを視界から見失うことなく研鑽する必要がある.
 生活をするには,基盤とする場が必要である.かつてはコミュニティ,すなわち地域社会といわれたものが崩壊しつつあるといわれている.場に存在した人間関係が疎遠になったからである.「おひとり様」でも暮らせるといった安易な考えもあるが,人の生活というのはそのようなものとは考え難い.自分の目にみえなくても,人は何らかのネットワークの中で生活しており,それが「向こう三軒」という物理的な範囲ではなく,機能的なネットワークになりつつある.こうした社会における障害者のQOLとは何か,を考えることも大きな課題である.
 リハビリテーションは医療のかかわりから出発するが,次第に大きな社会的ニーズの中での対応が迫られる.教育,就労しかりである.このような課題は,実は健常者(すなわちマジョリティ)のなかにおけるマイノリティの闘いであるとも言える.リハビリテーションのかかわるわれわれは,障害者のよき理解者ではあるが,マジョリティの側にいるという認識も必要である.それが,われわれが医療の中だけではなく,そこを離れ,社会のマジョリティの中で,その変革を促す活動に駆り立てるのである.地域リハビリテーション活動は,このように当事者への直接的なかかわりを中心に置いたものだけではなく,社会的な広がりを持った活動であることを強く認識しなければならないと考える.
 幸いこの本は第5版を上梓できることになった.原論であるから,制度に振り回されることのない論を起すべきなのだろうが,筆者にはその力はない.むしろ,制度の後追いで本質を思索できることもあると思う.いずれにせよ,この書は学生の講議のためのメモ書から始まり現在に至った.学生諸君には小難しいところもあろうが,そのようなところは読み飛ばしながら利用していただければ幸いである.
 医歯薬出版編集部の山中裕司氏には大変お世話になった.御礼申し上げる.
 平成22年1月
 大田仁史
 第5版にあたって
 はじめに
PROLOGUE
 一般の医学の関心とリハビリテーション医療の関心のベクトル/新しい地域生活の縁/医師や医療者の関心
1.地域リハビリテーションとは
 (1)地域リハビリテーションの本質とは何か
 (2)思想としての地域リハビリテーション
  それぞれのレベルでの制限と制約,そのなかでの自己変革/環境問題と似たモデル
 (3)地域リハビリテーションの定義
  日本の定義/WHO,ILO,UNESCOの CBRの定義/新しい地域リハビリテーションの定義
 (4)インクルージョン(包摂)という考え
2.地域リハビリテーション活動の基本
 地域のリハビリテーション・ニーズに応えるために/基本姿勢/基盤づくり/直接的支援活動/組織化活動/連携/教育・啓発活動/専門職の仕事つのバリアとリハビリテーション活動/いろいろな活動
3.在宅リハビリテーションと病院(施設)内リハビリテーションの考えかたの整理
 地域リハビリテーションは包括的な考え/地域でのチームワーク/在宅はリハビリテーション医療提供の場の一つ(第2次医療法改正)/在宅療養ができる住環境つのMあるいは6M1S/高齢者の生活の場はあるのか
4.地域リハビリテーション活動の時代的流れ
 第1期(個別活動期:〜昭和58年頃まで)/第2期(全国展開期:〜平成11年頃まで)/第3期(再編・混乱期:〜現在)/第4期(充実期:〜将来)
5.制度にみられる地域リハビリテーション
 老人保健施設(昭和61年,老人保健法)/第2次医療法改正(平成4年)/介護保険法(平成9年成立,平成12年4月実施)/地域リハビリテーション支援体制推進事業(平成11年3月にマニュアルが発表された)/支援費制度(平成15年4月より実施)/改正介護保険法(平成17年6月改正,平成18年4月施行)
6.機能訓練事業の今後と展望
 市町村に義務づけられた事業/保健師の地区担当制/健康増進法と介護保険でこの機能を挽回できるか/事業の拡大と住民参加型のシステム
7.介護保険法と介護予防
 介護保険/介護保険のなかのリハビリテーション/介護予防とリハビリテーション/介護予防に働く力/介護予防が必要とされる根拠/地域包括支援センター/介護給付までのシームレスな流れ
8.介護予防の手法とリハビリテーション医療
 介護予防の概念/どこまでのエビデンスか/体育学的手法と動作学的手法の協働のために/福祉領域との連動のために/目標設定にJ・ABCの活用を/介護予防運動の考えかた/介護予防の効果の判定
9.退院してから苦難のリハビリテーション
 なぜ退院してから元気がなくなるのか/入院時と退院時の心身機能の比較/原因に7つの心/孤独地獄とピアサポート/ピアの意味→患者会,家族の会/在宅生活からみて入院中に取り組むべき課題/リハビリテーション専門職種の仕事の特殊性
10.尊厳あるケアの確立に向けて
 寝たきりへのプロセス/出ない,出さない,出られない/行き先がない,が最大の問題/訪問リハビリテーションの大目標/守るも攻めるもこの一線/越えねばならぬこの一線/人づくり,まちづくり,そしてノーマライゼーション/交通バリアフリー法/閉じこもりのアセスメント
11.終末期のリハビリテーション
 リハビリテーション医療・ケアの流れと目標設定/境界が不明瞭/からだで示す終末期のケアとリハビリテーション
12.地域リハビリテーションにかかわることなど
 当事者の意見と当事者の参加/第1回国際失語症週間:国際失語症協会の呼びかけ[2000(平成12)年6月]/ボランティア活動の意味/障害者スポーツ/ユニバーサルデザイン(UD)7つの原則/ADA法
13.諸外国の地域リハビリテーション
 [付録]各種評価法等
 索引

 図1 医学の関心のベクトル
 図2 障害をおうと崩れる地域社会の縁
 図3 障害者の地域の縁
 図4 病期と医療の関心
 図5 CVA(脳血管障害)者の心身機能の経年的変化
 図6 情緒支援ネットワ ーク尺度(宗像)の経年的変化
 図7 地域リハビリテーションの概念
 図8 地域における「新たな支え合い」の概念
 図9 地域リハビリテーションに関連する主な要因
 図10 地域リハビリテーション支援体制について
 図11 地域リハビリテーション・ネットワーク図(茨城県2009年4月現在)
 図12 地域におけるリハビリテーションの提供体制
 図13 今後の地域リハビリテーション推進システム図
 図14 支援費制度のしくみ
 図15 機能訓練事業の流れと広がり
 図16 要介護認定の申請から認定まで
 図17 高齢者の介護保険等の制度とリハビリテーション医療の関係
 図18 介護予防という概念とリハビリテーション医療の位置
 図19 介護保険下で介護予防に働く力
 図20 地域介護・福祉空間整備等交付金の仕組み
 図21 予防重視型システムへの転換
 図22 地域リハ推進支援体制と地域包括支援センターとの関係概念図
 図23 介護予防ケアマネジメントおよびケアマネジメントの過程
 図24 国が示した介護予防図
 図25 介護予防と介護予防手法
 図26 高齢者の身体状況と体操の関係
 図27 Bランクの人の動作・行動の目標
 図28 介護予防「運動」の考えかた
 図29 シルバーリハビリ体操指導士養成システム(茨城県)
 図30 高齢者の余命と障害保有に基づく分類
 図31 孤独の殻を破るピアサポート
 図32 退院へのソフトランディングな移行
 図33 閉じこもり症候群
 図34 基本姿勢:守るも攻めるもこの一線
 図35 越えねばならぬこの一線
 図36 交通バリアフリー法
 図37 リハビリテーション医療・ケアの流れ

 表1 主な地域リハビリテーション活動等の年表
 表2 介護保険の改定
 表3 40〜64歳の人が対象となる特定疾病(厚生労働省)
 表4 認定状況の変化
 表5 要支援・要介護の高齢者増加(介護保険事業状況報告より)
 表6 入院時と退院後の支援内容
 表7 「中間ケア」のサービスモデル
 表8 「閉じこもり」アセスメント(簡略版,厚生労働省,2000)
 表9 Barthel Index(BI)
 表10 障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(厚生労働省)
 表11 認知症高齢者の日常生活自立度判定基準(厚生労働省)
 表12 SDS:自己評価式抑うつ性尺度
 表13 QUIK:自己記入式QOL質問表
 表14 QUIK集計表
 表15 老研式活動能力指標
 表16 社会生活能力評価-FAI日本語版
 表17 在宅の中高齢者のSR-FAI標準値(白土瑞穂)
 表18 HDS-R:改訂長谷川式簡易知能評価スケール
 表19 情緒的支援ネットワーク尺度(宗像恒次,澤修二により一部改訂)
 表20 家族介護負担調査票(浜村明徳)