やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序
 近年の技術の進歩に伴い,新しいハイテク機器や光学機器を駆使した歩行分析の技術は,きわめて多くの正確なデータや情報を詳細に処理し提供してくれる.しかし,これを解釈する場合は,歩行の基礎的な知識なしには問題を解決しえない.たとえ原始的な方法でも病的歩行の場合には,観察者の鋭い目による臨床的観察なしには評価や治療法の決定に役立たない.
 本書は,正常歩行の6つの要素((1)骨盤の回旋,(2)骨盤の傾斜,(3)立脚期における膝関節の屈曲が身体の垂直変位を小さくするためエネルギーが節約される,$足部のメカニズム,%足関節のメカニズムによって身体質量中心の軌跡を滑らかにすることができる,&基本的にはそれは身体質量中心の側方変位であり,良好な歩行のためには一般的に狭く保たれる必要がある)に包含される運動学,運動力学,歩行のエネルギー論,筋活動,正常発達などの基礎的な知識のうえに,健康を目的とした歩行から歩行分析における臨床的な診断方法に至るまで幅広く捉えている.
 一方,異常歩行に関しては成人期の歩行調節として妊娠,老化,アルコール依存症,義足に関してはその効果と適応,そして麻痺後の歩行回復などについて著している.また,異常歩行に関しては,成人や高齢者に特有な運動器の加齢変化と病的な変化による骨関節構造の障害や中枢神経・末梢神経障害,筋の障害,心因性の障害,精神・心理面の障害により日常生活における基本動作の制限をきたし,歩行困難または不能になる病的な変化を鑑別することが重要であることを示唆している.
 本書の特色は,正常歩行と異常歩行における歩行分析を全体的な眺望から定性的な分析をもとに,6つの歩行の決定要素の概念を導き,臨床家,研究者および教育者にとって斬新なアイディアをもたらし診断や治療にも威力を発揮するものである.
 なお,本書を翻訳した理由は,正常歩行や病的歩行をこれから勉強しようとする人びとにとってのよい指針となるし,臨床家や研究者,教育者にも,よい参考書になると大いに期待されるからである.
 最後に本書の翻訳に対して,読者の皆様からの多数のご批判やご助言をお願いする次第である.
 本書の出版に際し翻訳者諸氏と医歯薬出版の労に対し深甚の謝意を表するものである.
 2009年8月
 武田 功

原著第3版の序
 「Human Walking」の第3版は,第1版および第2版の主題であった学際的なアプローチと実際的な精神を採用している.第3版の資料の広さと深さの増大は,その分野の発展している性質を反映している.人の歩行についてのわれわれの理解と利用できる情報は,過去10年にわたって指数関数的に増加している.自然人類学(形質人類学),神経筋発達,生体力学(バイオメカニクス)のような分野で,知識の新領域はここ数年にわたって発展してきており,生体力学的モデリングと人工の歩行の草分け的な発展を伴っている.正確な測定技術は,ますます人の歩行の神経筋活性化と複雑な生体運動学の研究を可能にし,歩行障害の基礎をなす神経学的ならびに筋骨格のメカニズムについてのわれわれの理解を深めた.第3版はこの新しい情報を要約し,われわれの人の歩行の古典的理解と統合する.
 「Human Walking」の第1版は1981年に出版され,Verne T.Inman(整形外科医),Henry J.Ralston(生理学者),Frank Todd(工学者)からなる研究者の学際的チームによって執筆された.第1版発刊から数年の間に,学生や研究者の世代が運動分析の分野の利用可能な知識を広げるにつれ,「Human Walking」を主要な教科書および参考書として使用した.第2版では,前の版の実用主義と同じく学際的アプローチを保つことにしたが,範囲と本の規模を拡張した.われわれはその考え,情報,専門的知識を共有しようと多様なグループの優秀な執筆者を招いた.第3版はこの主題を発展させている.Verne T.Inman,Henry J.Ralston,Frank Toddによって書かれた古典的でオリジナルの章“Human Locomotion(人の移動)”を残し,新しい情報を統合する歩行の決定因子に関する解説を加えた.更新した章は,「第3章 正常歩行の運動学」,「第4章 正常歩行の運動力学」,「第5章 歩行のエネルギー論」,「第6章 歩行時の筋活動」,「第7章 歩行の発達」,「第10章 歩行分析:臨床的診断方法」,「第11章 その効果と適応」,「第13章 麻痺後の歩行回復」である.さらに,「第2章 人の歩行の進化」,「第8章 成人期の歩行調節」,「第9章 健康を目的とした歩行(ウォーキング)」,「第12章 歩行のシミュレーション」のように,急速に発展中の分野についての新しい章を含めるために学際的アプローチを広げた.生体力学的モデリングが人の歩行の理解に興味深い寄与をするだろうということは,10年前に明白であった.しかし,これらの寄与がどれくらい速く実現し,病的歩行の原因を同定するのに最終的にどれくらい重要であるかということは確かではなかった.「第12章 歩行のシミュレーション」は,生体力学的モデリングがまさにどれほど価値がありうるかということを示し,歩行障害を有する患者の治療のための科学的基礎の斬新な理解を提供している.生体力学的モデリングは現在,腱移行術,腱延長術,骨切り術のような外科的処置を予定するために臨床場面で使われている.最後の章「第14章 6つの要約」はこの分野を新しく学んでいる学生のために,人の歩行の重要な要素のいくつかを要約している.
 人の歩行は,その過程を定量的に,あるいは質的に記述をしようとするときでさえ,見かけ上の単純さが消えてしまう非常に複雑な活動である.幸いにも,現代の運動分析の理論と技術は,われわれが正常および病的歩行を記載し理解する能力を著しく向上させた.現在の成功の多くは,整形外科医,理学療法士,生体工学者,リハビリテーション医,神経内科医,義肢装具士,運動生理学者を含む分野で,現在働いている多様なグループの臨床家と科学者によって示されるような,人の歩行に対する広い関心の結果である.「Human Walking」の第3版は学生,研究者,臨床家の多様なグループに向けて調整し,次世代によるこの分野の将来の進歩のために足がかりを提供する一方,専門的知識の広い範囲から有益な情報を提供するという実際的な伝統を受け継いでいる.
 2005年9月
 Jessica Rose
 James G.Gamble
 監訳者の序
 原著第3版の序
 回想
 原著者一覧
第1章 人の移動
 歩行の方法
 歩行中における身体の主要な変位
  骨盤の回旋 骨盤の傾斜 立脚期の膝関節屈曲 身体の側方変位 水平面における回旋 胸郭と肩甲帯の回旋 大腿と下腿の回旋 足関節と足部の回旋
 コメント 6つの歩行の決定要素
  新しいモデル 結論
第2章 人の歩行の進化
 人類の進化論の概要
 行動の再構築に関する理論的根拠
 初期の人類の歩行に関する化石証拠
 二足歩行の起源のための仮説
 要約
第3章 正常歩行の運動学
 概要
 運動計測の原理
 関節運動の分析
  平面運動 回転三次元運動 全身の自由度6の関節運動
 歩行における現象
 歩行の成熟
 運動曲線
 矢状面(側面)
  骨盤の前傾 股関節の屈曲・伸展 膝関節の屈曲・伸展 足関節の底屈・背屈
 前額面(前面)
  骨盤の傾斜 股関節の外転・内転
 水平面(横断面)
  骨盤の回旋 股関節の回旋 膝関節の回旋 足関節の進行角度
 要約
第4章 正常歩行の運動力学
 床反力
 体節間の力とモーメント
 歩行中における体節間のモーメントとパワー
  足関節-距腿関節の矢状面 股関節-関節の矢状面 膝関節-関節の矢状面 股関節-関節の前額面 膝関節-関節の前額面 例-病的歩行の運動力学
 仕事とエネルギー
 要約
 付録 歩行運動力学に関する用語集
第5章 歩行のエネルギー論
 代謝エネルギー
  体内でのエネルギー変換 代謝エネルギーの貯蔵と利用 酸化代謝と解糖代謝
 測定と単位
 臥位,座位,立位
  臥位 座位 立位
 歩行のエネルギー消費
  平地歩行時のエネルギー消費と歩行速度の関係 方程式3における定数=28の意味 年齢 体重 性
 仕事,パワー,効率
  単位歩行距離の消費エネルギー 1歩当たりのエネルギー消費 地形 坂道歩行 固定 身体障害
 エネルギー消費の推定値としての心拍数
  年齢 性 歩行距離当たりの心拍数
第6章 歩行時の筋活動
 筋の構造
 興奮-収縮連関
 運動単位
  筋線維の種類-生理学的および組織学的性質 運動制御
 全体的な筋の構造
  筋の力学的特性 筋の長さと張力の関係 筋の収縮速度
 筋のバイオメカニクス
 人の歩行における筋の相動性活動
 EMGの解釈
第7章 歩行の発達
 最初の機能的挑戦
 小児の歩行の特徴
  時間的-空間的パラメータ 運動学 運動力学 筋のタイミング 労力とエネルギー・コスト
 小児の歩行の特徴づけの傾向
  環境の要求課題への適応 歩行測定値の変動の最小化
 歩行の発達の基礎となるメカニズムの研究
 移動性の機能的重要性
  生理学的変化 神経系の変化 行動の変化
 要約
 付録
第8章 成人期の歩行調節:妊娠,老化,アルコール依存症
 妊娠
  生理的変化と姿勢 妊娠中の歩行とバランス 妊娠中の運動
 老化
  歩行とバランスに影響を及ぼす加齢変化
 加齢による歩行の変化
  経時的歩行パラメータ 静的バランスの加齢変化 スリップと転倒
 歩行の改善や転倒予防のための運動
 アルコールとアルコール依存症の影響
第9章 健康を目的とした歩行(ウォーキング)
 アメリカにおける歩行
  調査データ 歩数計データに基づく歩行
 ウォーキングによって健康寿命を維持する
  心臓血管疾患 脳卒中 末梢性動脈疾患 CVDの発症減少に影響を及ぼす生理的変化 「型糖尿病 歩行と慢性肥満 骨粗鬆症,骨関節炎,骨の健康 悪性腫瘍(がん) 認知機能と認知症
 健康の維持・増進のためのパワーウォーキング
  運動学 運動力学
 結論
第10章 歩行分析:臨床的診断方法
 歩行分析の発展
 機能的予測
  歩行周期の構成とその考え方 歩行速度の特徴
 診断のための臨床テスト
  筋力の評価 可動性の評価 筋骨格と神経筋の病理学的な特徴 筋骨格機能障害を有する患者の一次性機能障害 神経筋機能障害を有する患者の一次性機能障害
 歩行分析:事例による臨床評価
  事例1:下垂足を伴うコンパートメント症候群 事例2:不十分な足関節底屈筋力が原因で起こる立脚での過度の足関節背屈を伴うポリオ症候群後遺症 事例3:内反尖足を伴う脳血管障害(CVA)後遺症 事例4:前足部接地のみ(踵接地がみられない)で歩行する脳性麻痺児 事例5:反張膝を伴うポリオ症候群後遺症 事例6:ジョギング中に股関節痛がある先天性股関節形成不全
第11章 義足:その効果と適応
 基本的な仮説
 義足歩行
  切断部位 切断の原因
 義足の構成部品
 衝撃吸収
 追加事項
 今日における研究の限界
 結語
第12章 歩行のシミュレーション
 ステージ1:筋骨格システムの動的モデルの作製
 ステージ2:歩行中の筋駆動シミュレーションの作製
 ステージ3:動的シミュレーションの精度(テスト)
 ステージ4:歩行シミュレーションの分析
 課題と今後の方向性
  現在のモデルに関する課題 シミュレーションに関する課題 分析に関する課題 結論(実験と理論に関して)
第13章 次のステップ:麻痺後の歩行回復
 電気刺激に対する筋の反応
  筋収縮の特性 筋力と持久力
 電気的刺激技術
  経皮的な刺激 筋内部の刺激 埋め込みシステム ハイブリッド・システム
 電気刺激による歩行システム
  筋機能と相互作用 刺激のパターン
 FESによる歩行力学
  エネルギー消費
 調査方法と将来の展望
 結論
第14章 ヒューマンウォーキング:6つの要約
 要約1:二足歩行(直立歩行)はわれわれの先祖と類人猿とを区別する最初の解剖学的および行動学的特徴である
 要約2:歩行周期は正常歩行と病的歩行を理解するための基本である
 要約3:運動学は身体の各部位の動きを説明し,運動力学は関節の動きから生じる力を説明する
 要約4:特定の筋は歩行周期のそれぞれの相や時期で収縮し,筋活動の大きさ・持続時間・タイミングによって歩行の質と効率を決定する
 要約5:歩行の6つの決定要素は,歩行効率を最大にするために用いられる生体力学的メカニズムのモデルを作成する
 要約6:スフィンクスの謎:歩行は年齢とともに変化する

 索引