やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 本書は,言語聴覚士が聴覚障害を系統的に正しく理解し,聴覚障害者を訓練・指導できる点に主眼をおいたスタンダードな教科書である.すなわち,専門分野を事細かに記述しすぎることなく,また,必須項目を簡略にあげたのみでなく,言語聴覚士国家試験出題基準の内容はすべて網羅し基礎的事項は十分に記述している.構成は,図表を多用し視覚的に訴えて理解を容易にするよう工夫され,教科書として理解し使いやすいように編集している.
 聴覚障害は,ヒトの先天性疾患のなかでは最も頻度の多い疾患で,1000人あたり1人は高度難聴で出生するとされている.高度難聴以外も含めると,日本では約600万人が聴覚障害で悩まされていると想定されている.さらに,聴覚障害は,音声情報不足に伴うコミュニケーション障害あるいは言語発達障害を生じて,社会生活を営むうえで大きな問題となりうる.したがって,聴覚障害の適切な診断,治療は医学・医療に携わる者にとっては,重要な課題のひとつである.また,聴覚障害は障害程度により,生じうる問題が様々であるため,障害程度に応じた適切な対応が必要となる.
 言語聴覚士の主要な業務は,言語・聴覚のリハビリテーションである.健常な聴覚が言語発達ならびにコミュニケーションに不可欠な点を勘案すると,言語聴覚士が,聴覚障害について十分に理解しておくことが必須となる.本書は,言語聴覚士が,実際に聴覚障害者を訓練・指導するさいに必要な事項について,それぞれ専門の立場から言語聴覚士の養成カリキュラムに準じて詳細に記したものである.
 多くの聴覚障害は耳疾患由来であり,また原因疾患を十分理解したうえで,聴覚障害者を訓練・指導することは適切な訓練・指導上必要である.本書では,耳の基本的な発生,解剖,聴覚検査も含めた検査法が最初に述べられている.さらに,聴覚障害をきたす代表的な疾患について,基本的な事項が記述されている.ちょうど,耳鼻咽喉科医師が,聴覚障害者を診断・治療するさいの過程を理解する構成となっている.また,疾患の病態が理解しやすいように,図表も可能な限り挿入されている.これらを通読することで,言語聴覚士が,聴覚障害者が有している難聴の機序,難聴の診断に至る過程,治療の基本的指針などを容易に理解することが可能となる.
 次に,言語聴覚士が,実際に聴覚障害者の訓練・指導を行うさいの具体的手法と理念は,小児と成人に分けて,多くの図表とともに詳細に述べられている.現在,わが国で施行されている聴覚障害者の訓練・指導の最新のデータが示され,程度の異なる種々の聴覚障害者の社会生活上ならびに訓練・指導上の問題点を具体例もあげながら記述し,実際の現場で手にとって参照可能となっている.
 聴覚障害者のコミュニケーション手段として多用されているのは,補聴器と人工内耳である.両者とも限界はあるが,機器の発展はめざましく,今後も聴覚障害者が用いる必須の補聴機器である.これらについては,それぞれひとつの章として別個に述べられている.
 本書は教科書としての統一性を保つために,執筆者は少人数に厳選して得意分野を記述していただいた.教科書として本書が言語聴覚士の講義,実習,実際の訓練・指導の現場で役に立つことを希望している.
 最後に,執筆者諸賢ならびに医歯薬出版編集担当者に厚く感謝申し上げる.
 2002年10月
 喜多村 健
 序文

第1章 耳の発生・構造と機能(喜多村健)
 1 発生
  1 外耳の発生
  2 中耳の発生
  3 内耳の発生
 2 解剖
  1 外耳
  2 中耳
  3 内耳
 3 生理
  1 耳介
  2 外耳道
  3 中耳
  4 内耳
  5 聴覚中枢路
  6 前庭系の生理
 4 聴覚の発達

第2章 耳の検査法(喜多村健)
 1 視診・耳鏡検査法
  1 視診
  2 耳鏡検査
 2 聴覚検査
  1 音叉検査
  2 純音聴力検査
  3 自記オージオメトリー
  4 閾値上聴力検査
  5 語音聴力検査
  6 インピーダンスオージオメトリー(impedance audiometry)
  7 蝸電図(EcochG:electrocochleogram)
  8 聴性脳幹反応(ABR:auditory brainstem response)
  9 耳音響放射(OAE:otoacoustic emission)
  10 乳幼児聴力検査
  11 標準耳鳴検査法1993
 3 平衡機能検査
  1 静的・体平衡検査(立ち直り検査)
  2 動的・体平衡検査(偏倚検査)
  3 注視眼振検査
  4 頭位眼振検査
  5 頭位変換眼振検査
  6 滑動性眼球運動(追跡眼球運動,視標追跡検査)
  7 衝動性眼球運動(急速眼球運動)
  8 回転刺激検査
  9 温度刺激検査
  10 visual suppression test
 4 耳管機能検査
  1 カテーテル通気法
  2 音響耳管機能検査法

第3章 聴覚障害(喜多村健)
 1 耳疾患の症状
  1 耳漏
  2 耳痛
  3 発熱
  4 耳閉感
  5 耳鳴
  6 難聴
 2 外耳疾患
  (1)耳介奇形
  (2)外耳道閉鎖症
  (3)先天性耳瘻孔
  (4)急性化膿性限局性外耳炎(耳)
  (5)悪性外耳炎
  (6)耳介軟骨膜炎
  (7)外耳湿疹
  (8)耳介血腫
  (9)耳帯状疱疹
  (10)耳垢栓塞
  (11)外耳道異物
 3 中耳疾患
  (1)鼓膜炎
  (2)鼓膜損傷
  (3)急性中耳炎
  (4)滲出性中耳炎
  (5)慢性中耳炎
  (6)中耳炎合併症
  (7)真珠腫性中耳炎
  (8)耳硬化症
  (9)中耳奇形
  (10)側頭骨骨折
  (11)耳管狭窄症
  (12)中耳腫瘍
 4 内耳疾患
  (1)内耳奇形
  (2)内耳炎
  (3)胎児期の感染,薬剤などによる難聴
  (4)外リンパ瘻
  (5)機能性難聴
  (6)薬剤による内耳障害
  (7)メニエール病
  (8)耳鳴
  (9)前庭神経炎
  (10)突発性難聴
  (11)老人性難聴
  (12)特発性両側性感音難聴
  (13)急性低温障害型感音難聴
  (14)良性発作性頭位めまい症
  (15)音響による難聴
  (16)遺伝性難聴
  (17)聴神経腫瘍(前庭神経腫瘍)
  (18)脳幹障害による難聴
  (19)皮質性難聴
  (20)顔面神経麻痺

第4章 小児聴覚障害(廣田栄子)
 1 小児期の聴覚障害とハビリテーション
 2 小児期の聴覚障害の発見と鑑別
  1 聴覚障害の発見と診断
  2 難聴の発症時期と障害
  3 聴覚障害による二次的障害
 3 小児期の言語聴覚リハビリテーション
  1 早期リハビリテーションの歴史的経過
  2 小児期のハビリテーションの適時期
  3 ハビリテーションの構成
 4 聴覚ハビリテーション
  1 聴覚評価法
   1 音場における聴力閾値検査
   2 環境音の聴性行動・発声行動の観察評価
   3 語音を用いた検査
  2 聴覚活用法(聴覚学習法)
   1 聴覚学習(auditory learning)の原理
   2 傾聴態度(listening attitude)の形成
   3 言語ベースの聴覚学習(language-based approaches)
   4 系列的な聴能訓練
  3 読話併用訓練
  4 感覚補償機器(sensory assistive devices)の適応
 5 言語ハビリテーション
  1 聴覚障害例に特徴的な言語症状
   1 統語論
   2 意味論
   3 語用論
  2 言語発達評価
   1 基礎的コミュニケーション関係に関する行動分析評価
   2 行動観察法による言語発達評価
   3 言語心理検査を用いた言語発達評価
   4 認知発達検査
   5 行動評価,教育環境評価,他
  3 言語訓練法(言語ハビリテーション)
   1 言語ハビリテーションの原理
   2 聴覚障害児の聴き取りの特殊性
   3 基礎的コミュニケーション学習
   4 理解を重視したコミュニケーション方法
   5 幼児期のハビリテーション実施形態
   6 言語コミュニケーション指導
   7 経過観察期プログラム
   8 書記・読解能力(literacy)ハビリテーションプログラム
  4 コミュニケーションモダリティーの選択
  5 家族支援
 6 発声発語ハビリテーション
  1 聴覚障害に伴う音声障害
   1 聴覚障害児乳幼児期の音声獲得
   2 音韻・韻律的側面の障害
  2 発声発語評価法と発声発語訓練法
   1 発声発語障害の評価
   2 発声発語障害の訓練
   3 家族指導
 7 早期ハビリテーションの効果
 8 ライフステージでのハビリテーションの展望
 9 精神保健
 10 ハビリテーションの動向と課題

第5章 成人聴覚障害(城間将江)
 1 成人聴覚障害臨床における言語聴覚士の役割
 2 対象者のニーズの理解
  1 訓練・指導の対象者
  2 対象者のニーズ
   1 情報収集
   2 ライフステージによるニーズの違いと指導の留意点
 3 コミュニケーション手段
  1 聴覚的手段
   1 補聴器(hearing aids)
   2 人工内耳(cochlear implants)
   3 その他
  2 視覚的手段
   1 文字(writing)
   2 手話(sign language)
   3 指文字(finger spelling)
   4 読話(speech reading)
  3 触覚的手段
   1 振動補聴器(vibro-tactile aids)
   2 点字・指点字(braille finger braille)
 4 コミュニケーションの支援
  1 聴覚活用
   1 補聴器や人工内耳の有効活用条件
   2 聴覚活用に影響を及ぼす要因
   3 聴取レベルと内容
  2 視覚活用:読話
   1 読話に影響を及ぼす要因
   2 コミュニケーションパートナーとの練習
   3 読話の訓練
  3 コミュニケーション方略
  4 補聴支援システムの使用
  5 その他:カウンセリング

第6章 補聴器・人工内耳・視覚聴覚二重障害(松平登志正・栫博幸・相樂多惠子)
 1 補聴器(松平登志正)
  1 補聴器の機能と構造
   1 補聴器の基本構造
   2 補聴器の種類と特徴
  2 補聴器の特性とその測定法
   1 音響特性の測定法
   2 補聴器の主な音響特性
  3 補聴器のフィッティング
   1 問診
   2 聴覚機能の評価
   3 補聴器の適応有無の検討
   4 装用形態(装用耳,補聴器の種類)の決定
   5 補聴器の仮選択と仮設定
   6 補聴器の音響特性と装用状態の評価
   7 補聴器の試聴と再調整
   8 補聴器の有効性の評価
   9 補聴器装用後の指導
   10 乳幼児への補聴器フィッティング
 2 人工内耳(栫博幸)
  1 人工内耳と補聴器の違い
  2 話し言葉を分析するメカニズム
  3 人工内耳のメカニズム
  4 日本における人工内耳の現況
  5 人工内耳の適応
  6 患者初診から検査・手術・音入れ・リハビリまでの手順
  7 人工内耳のメリットと限界
  8 今後の問題点
 3 視覚聴覚二重障害(相樂多惠子)
  1 視覚聴覚二重障害とは
  2 障害の原因
  3 障害の程度
  4 生活上のニード
   1 移動の困難と対応
   2 周囲の状況の把握困難と対応
   3 コミュニケーションの困難と対応
  5 新しいコミュニケーション手段や補助手段および社会資源

 和文索引
 欧文索引