やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者の序文
 このたび,カパンジー先生の4冊目の著書である“Qu'est-ce que la BIOMECANIQUE”の日本語版『カパンジー生体力学の世界』が上梓された.これは先生が,80歳を過ぎてから執筆を始められた集大成である.先生からは,一整形外科医として半世紀にわたって経験してきた生体力学のすばらしさを,とくに若い世代の人々へ伝えたいという思いに駆られて執筆を始められたと聞いている.2010年に3冊目の著書『機能解剖学II 下肢』が上梓された折に,ヴィクトル・ユーゴーの長編詩「オリンピオの悲しみ(Tristesse d'Olympio)」の1節を引用し,脱稿するまでは必ず「神は命を貸し与えてくれる」と言われていたことを思い起こすと,ここに日本語版も上梓されたことは誠に感慨深い.
 これは,すでに出版されている『カパンジー機能解剖学(全3巻)』の単なる縮刷版ではなく,また数式が多用されている一般的な生体力学の解説書でもない.他に類書をみない,まったく新しい視点で書かれた生体力学に関する大著である.すべての地球上の生き物の仕組みについて,数多くの図を用いて解説されている.対象は,地球上の生物の運動器の生体力学にとどまらず,宇宙や生命の成り立ちに関わる,アインシュタインの一般相対性理論や弦理論などにも言及されており,きわめて幅広い内容となっている.先生は,数学,物理学,建築学,宇宙天文学,発生学,哲学,絵画,音楽など多岐にわたって造詣の深い碩学であり,とくに今回は数学と哲学に関して本書の随所にその知識が盛り込まれている.
 生体と工業機械との根本的な違い,生物学におけるフラクタルの役割,新しい科学であるテンセグリティによる生きた構造の形状記憶の説明,結合織の新しい概念,カルダンのメカニズム,曲線幾何学に基づいたコッドマンの逆説の理論的な解説,われわれの祖先である四足類の遺産である歩行時の上肢のバランスの重要性,拮抗-共同・ルーチン・アルゴリズムの概念そして学習における身体図式の拡張概念などがとくに興味深い.なぜヒト型ロボットが,哺乳類のように,自身の内部で決して繁殖できないのかを明らかにし,人工知能を備えたヒト型ロボットとの共存のためのアシモフの「ロボット工学の法則」を強調している.また,なぜ四肢の中間部分が2つの骨で構成されているのか?なぜ手は5つの指をもっているのか?なども背理法を用いて推理している.本書には,全体で33項目にも及ぶ新しい着想と概念が提示されている.巻末に掲載されている「略伝」や「キワード」の解説もきわめて内容が豊富かつ詳細であり,これから生体力学を学ぶ若い人々にとって,必ずや参考になることと思われる.
 今回の内容はきわめて広範囲かつ高度で,訳者の知識の範囲やレベルを遙かに超えており,多くの疑問点が生じたため,その都度カパンジー先生にメールで質問を繰り返しながら翻訳した.しかしながらまだ,わかりにくい箇所や不適切な誤訳も多いことと思うので,お気づきの点があればぜひご指摘いただきたい.2014年9月6日に福岡市で開催される第16回日仏整形外科学会(SOFJO,Societe Franco-Japonaise d'Orthop?die)の先生の来日講演に間に合わせて日本語版を出版することができたのは,ひとえに医歯薬出版株式会社編集部の多大な尽力によるもので,深甚の謝意を表する.
 本書が『カパンジー機能解剖学(全3巻)』同様,さらに多くの日本の読者の皆様に愛読されることを心から祈念している.
 2014年7月
 福岡大学病院リハビリテーション部 塩田 悦仁


序文
 Adalbert I.KAPANDJIの書籍を例外的なものにしているのは,彼がすべての現代の臨床家へ生体力学を伝授したことが知られているためである.彼は,簡潔な言葉と明解なデッサンによって,ヒトの骨関節メカニズムや生体の構造を制御している原理と規則の理解に直面しているすべての事柄を明らかにした.この理由で,多くの世代の学生,とりわけ医学生のあいだで,この書籍は無視できない参考書として考えられてきた.
 しかしながら,Adalbert I.KAPANDJIは,生涯の最後に,きわめて光栄な定年の魅力を味わうこととはほど遠く,疑問を抱き,次のように自問したように思われる.「読者の頭脳を明らかにしたつもりであったが,私はそれをかえって混乱させてしまったのではないだろうか?私は無意識に生体力学を,マリオネットの歯車の範疇に落としめたのではないだろうか?」
 そして,この不幸な懸念を払い除けるために,彼は新しい本の実現に乗り出し,そのなかで,生体力学の総論の部分に再び言及し,今回は科学,とりわけ生きた人間に関する哲学的思考を導入した.
 彼はまた本の全体にわたってわれわれに,生体力学の彼の考え方は,秩序がカオスを支配する「すばらしい」宇宙のなかに刻み込まれ,また生体が神秘的な要素である「時」で構成されていることを喚起している.
 Levon DOURSOUNIAN教授
 パリ大学Saint Antoine病院
 訳者の序文(塩田悦仁)
 「ポセイドンあるいはゼウス」の彫像
 献辞
 序文(Levon DOURSOUNIAN)

1.もしもだれかによって私へ生体力学が語られるならば...!
2.序文:生体力学...
3.運動器の有用性
4.生体力学と工業力学との根本的な相違
5.2つの力学間の構造的相違
6.時間のなかに組み込まれている
7.われわれは4次元の生物である
 4次元・時
8.運動器の再生能力
9.脊椎の原型
10.生体力学に固有の法則
11.空間における人体
 細胞の数 左右対称 基準面 運動の方向
 ある種の運動の誤った定義 構造 内部と外部
12.普遍的経済原則
13.胎生学的発育
 ビッグバン 「短縮された」進化 「天才的」な2つの革新
 始まり 構築の始まり 原腸形成 神経胚形成 体節形成
 軸骨格の形成 四肢の発生 軟骨内骨化 膜性骨化
 関節の形成 他の器官形成 生産の終了…引き渡し…分娩
14.骨格...骨組み...外骨格と内骨格の選択
 外骨格 内骨格 これはどの時点で,どのような進化の影響下で生じたのであろうか?
15.骨格を構成する種々のタイプの骨
 二足動物への移行
16.異なるタイプの関節
 滑膜関節 滑膜関節タイプ 硝子軟骨 軟骨の栄養 
 「境界層」による潤滑―滑液の役割 関節の形状 関節表面の決定論
 関節の「構成における」機械的遊び 関節の接合:靱帯 関節面の接着
 具現化し固定した軸の欠如 関節面の変形 関節の分類
17.関節面の自動形態化
18.1軸の滑膜関節
 蝶番関節 ピボットあるいは軸受(車軸関節) 橈尺関節 環歯関節
19.2軸の滑膜関節
 顆状関節 鞍関節
20.カルダン継手について
21.3軸の滑膜関節
 股関節 肩関節 筋群 肩の適合性 一体とした肩甲帯の運動
 コッドマンの逆説 複雑な後頭下関節
22.コッドマンの逆説の説明
 ところで,コッドマンの逆説は何によって構成されているのであろうか?
 人間工学のサイクル
23.決められた軸のない関節 滑動関節
 定義 機能 運動器の滑動関節
24.半関節
 椎間板の機能 前負荷状態の概念
25.靱帯の力学的役割
 顕微鏡的構成 靱帯の力学的特性 解剖学的特徴 関節包とは別の靱帯
 関節の嵌合 靱帯の機能 最大安定の肢位 靱帯の線維の異なった緊張
26.筋-構成成分
 神経の制御
27.筋-特性
 筋の機能の特徴 筋体の集合
28.筋-機能(その働き)
 筋の動的効果 関節と筋の連鎖
29.拮抗-共同関係とは何であろうか?
30.てこの原理
31.腱
 近位付着部 遠位付着部 腱の滑走器官 腱の弾性
32.結合織の役割
33.新しい科学が生まれた:テンセグリティ
 定義 構造の機能の原理 論証
34.全体としてみた脊椎
 脊椎間の結合 脊椎の全体と部分ごとの可動域
35.腰椎固有の特性
 腰椎 腰椎の可動域 腰椎の外的指標
36.胸椎固有の特性
 胸椎 1つの胸椎の構成 胸椎の可動性 肋骨の運動 胸椎の可動域
37.頚椎固有の特性
 下位頚椎の特徴 上位頚椎あるいは後頭下関節複合体の特徴
 中枢神経系と頚椎の関係 可動域
38.頚椎の機械的モデル
39.骨盤帯
 骨盤帯の構成
40.肩甲帯
 胸肋鎖関節 肩甲胸郭関節 三角筋下の関節
41.手根の生体力学
 手根骨同士の結合 関節面 その柱における月状骨の可動性
 その柱における三角骨の可動性 近位列の連携運動 手関節の動力筋
 回内-回外のカップルの手への伝達
42.足根,非対称なカルダン
43.主な機能
 把握 呼吸と咳 歩行
44.運動器のヒポクラテス的検査
 上肢 下肢 脊椎
45.なぜ軛脚は2つの骨から構成されているのであろうか?
 なぜ下腿は2つの骨で構成されているのであろうか?
46.なぜ手は5つの指で構成されているのであろうか?
  5本指をもつ手の起源
47.身体図式
 投影された身体図式 身体図式の構成 身体図式の環境における同化
 静的な身体図式 動的で発達する身体図式 重力の役割
 無重力下の身体図式 身体図式の障害 身体図式の有用性
 頭部と頚部の役割 身体図式の拡張 音楽家にとって
 盲人にとって 切断者にとって 機能的義肢 外科医にとって
 職人にとって 専門道具への身体図式の拡張 心的現象への器具の統合
 縄張り(テリトリー)への器具の統合
48.運動器の自動再生
 骨組織片の自動修復 骨修復の異なる段階 関節軟骨の自動修復
 摩耗の代償 筋の自動修復 腱の自動修復 神経の自動修復
 運動器の適応能力 生体ととくに運動器の自己修復の条件
 外科医に導き出される結論 われわれの細胞の更新
49.フラクタルとは何か?
50.重力の中心
 綱渡り芸人たち
51.歩行と走行における上肢の均衡
 上肢の均衡の中枢起源 四足歩行への回帰 結論
52.ルーチンとアルゴリズム
 歴史 定義の試み 社会的ルーチン 文化的および教育的ルーチン
 スポーツのルーチン 音楽家におけるルーチン 外科医のルーチン
 ルーチンの進化 結論
53.偉大な先駆者たち
 生体力学における最初のパイオニア:アルキメデス
 生体力学における2 番目のパイオニア:レオナルド・ダ・ヴィンチ
 生体力学における3 番目のパイオニア:GUILLAUME B.A.DUCHENNE
54.物理学の世界における生命の位置
55.宇宙における生命
 新しい着想の提示
56.最後の言葉

 参考文献
 引用した著者の略伝
 不思議で魅力のあるもの-キーワード
 日本語索引
 外国語索引