やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 アダルベール・カパンジーの『機能解剖学』第6版の序文を書くことは私にとってたいへん栄誉なことである.本書はすでに10カ国語に翻訳されており,アダルベール・カパンジーは,おそらく生存しているフランス人医師のなかで海外で最も多く講読されている著者であろう.
 著しく内容が豊富となり,カラーの採用によってまたいっそう魅力的に仕上がっているこの新版は幅広い読者を対象としている.最も恩恵をこうむる整形外科医だけでなく,医学関係者全体,理学療法士,作業療法士,解剖学を学ぶ学生,そして人間のメカニズムの最良の仕組みに携わるすべての人々や,人体のハーモニーに感受性豊かな人々を魅了することであろう.
 私はずっと以前からアダルベール・カパンジーの仕事を賞賛している.整形外科学と生体力学の知識から,彼は伝統的な解剖学を機能的に解明し,科学的な支持を付与しながら近代化させ蘇生させた.
 真に芸術家のセンスを授かっている彼は,テキストを数多くのデッサンで解説する術を心得ており,これが理解を促し,生体力学をより平易に習得させ,周知のごとく教育的効果をあげている.
 アダルベール・カパンジーはこの膨大な著書を,研究施設や大学の支援なしにただ1人で著した.おそらく他のどの分野,環境においても同じで,個人的な権威など重要なことではない.
 ラウル・テュビアナ(Raoul Tubiana)教授
 フランス外科アカデミー会員
 フランス手の外科学会(GEM)創設者
 手の外科研究所所長
 元国際手の外科連盟会長

第6版への序文
 すでに35年以上前に遡る初版発行以来,この本によって生みだされる興味は,医師,外科医,理学療法士,作業療法士,運動療法士,整骨士のいかんにかかわらず否定されることはなかった.外国での実績は,ヨーロッパの主要言語だけでなく,日本語や韓国語…など10カ国での翻訳に反映されている.
 しかしながら知識や出版の技術は進歩することを再認識すべきである.したがって,この本を完全改訂する企画は著者にとっても出版社にとっても妥当なことである.
 この改訂版は疑いなく新たな誕生である.というのは,テキストとシェーマは増補され,とりわけ全デッサンとシェーマはカラー化され,これがまたいっそう生き生きして魅力的にしているからである.これは膨大な仕事であって,コンピュータの導入によってはじめて可能となった….
 われわれはそれゆえ,世界的に知られ評価され古典となる本書を新しい人たちが繙いてくれることを期待している.
 A.I.Kapandji

日本語版への序文
 日本において長年にわたって発行され,広く知られている私の著書『カパンジー機能解剖学』全3巻が,今回カラー版として改訂の対象になったことをとてもうれしく,また誇りに思っている.最初の翻訳者であった荻島秀男博士は不幸にもわれわれのもとを去ってしまったが,私の長年の朋友であり,整形外科医でもある塩田悦仁氏が本書を翻訳してくれたことにたいへん満足している.というのは,彼はフランス語の微妙なニュアンスにいたるまで完全に理解しており,そしてその才能のおかげで,われわれは完璧かつ快く協力し合い,日本の読者のためにこの改訂版を発行することができたからである.
 私は過去2回,日本への旅行を楽しみ,その際には友人だけにしか会わなかったが,彼らの知識,活動力,器用さ,そしてまた親切さに感激した.日本での整形外科学会開催の折には,高名で才能のある整形外科医らと出会うことができ,彼らと実り多い意見交換を行った.私はその業績の豊富さと価値において世界一流である日本の整形外科のレベルに驚嘆している.
 上肢の運動器に関するこの第1巻のために,私は多くの仕事をこなさなければならなかった.というのは,パソコンを用いてすべてのデッサンに色づけをしなければならなかったし,研究の進歩を考慮して数多くのページを追加しなければならなかったからである.
 私は現在,残り2巻の改訂に取り組み,第3巻の原稿をちょうど今,フランスの出版社に提出したところである.それゆえ,そう遠くない将来,体幹・脊柱・頭部に関する日本語版が上梓されることであろう.引き続き,下肢に関する第2巻の改訂作業を行っているが,これも大仕事になっている.
 整形外科医であれ,理学療法士・作業療法士であれ,私は日本の読者たちが,彼らの期待通りこの第1巻に満足し,続巻を辛抱強く待っていてくれることを望んでいる.
 Adalbert I.Kapandji M.D.

訳者の序文
 世界的名著であり,本邦でも長い間,生体力学のバイブルとして広く普及し愛読され続けてきた『カパンジー機能解剖学』が今回20年ぶりにカラー版として全面的に改訂された.カパンジー先生からこの改訂版(原著第6版)第1巻(上肢)が訳者のもとに贈られてきたのは,2005年6月20日のことである.扉には前版の訳者であった故荻島秀男先生の代わりに翻訳するよう依頼文が書かれていた.カパンジー先生とは訳者のフランス留学以来,20 年にわたる知己であり,学会で渡仏ごとにお会いしている.先生が改訂作業に着手しておられるのを知ったのは2001年秋のことであるから,ほぼ4年がかりでの改訂版の完成ということになる.ご自宅の書斎のMacのパソコンでシェーマの色づけを1つ1つご自身で根気よくされていたのを思い起こすと,本書が無事上梓されたことは感慨深い.またVigot-Maloine社という出版社も訳者にはなじみ深い.同社はrue de l'Ecole-de-Medecine(医学校通り)にあり,この通りには,私が所属したパリ第5大学(Patel教授)の本部と,午後の実験に通っていたパリ第6大学(Milhaud教授)が向かい合わせにあったため,実験帰りによく立ち寄った医学専門書店なのである.
 本書のカラー化されたシェーマは期待通りのすばらしい出来映えである.内容も最近20年間に蓄積された知見を取り入れ斬新なものなっている.手の外科領域,とくに母指については長年にわたる独自の研究成果がきわめて詳細に記載されており,この方面の臨床や研究に携わる専門家にはぜひご一読いただきたいと思う.英語圏つまり本邦でも常用されている用語に関してその矛盾が鋭く指摘されている.たとえば,「小指外転筋」,「母指掌側外転」の「外転」は基本肢位から考えると確かに矛盾しているし,手関節の「背屈」には「屈曲」の要素はないので「伸展」とよぶべきという著者の主張もよく理解できる.
 本書第5版はすでに英語・ドイツ語・オランダ語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語・ギリシャ語・フィンランド語・日本語・韓国語の10カ国語に翻訳されており,現在,中国語,ルーマニア語が進行中である.前回は英語版からの翻訳で日本語版は世界で7番目であったが,今回はフランス語版からの直接翻訳で世界初の翻訳本として上梓することができた.これほど早く日本語版が実現したのはインターネットによる貢献が大きい.内容もさることながら先生の文章は格調高いフランス語で難解である.10行以上に及ぶ長文が多く,ラテン語も多用されており,またヨーロッパと日本の生活習慣のちがいから理解しがたい表現も多い.その都度メールで質問すると,即座に,ほぼ当日中に回答をくださったので円滑に翻訳作業を進めることができた.
 私は今日までこれほど博識で多才な整形外科医に遭遇したことがない.数学,物理学,建築学,天文学,発生学,哲学,絵画,音楽などきわめて多岐にわたって造詣が深く,本書にも随所にその知識が盛り込まれている.また詩歌もたしなみ,今冬,バカンス先のモルディブ島から訳者のもとへ,「南十字星」と「モルディブ島」という2篇の詩をメールで送っていただいた.ところで,名前の表記が“I.A.Kapandji“から“A.I.Kapandji”に変わっているのに気づかれた読者も多いことであろう.名前は父方と母方の両方の祖父の名前をもらったもので,“I“.は父方の祖父(トルコ人)の名前“Ibrahim”で,“A“.は母方の祖父(フランス人)の名前“Adalbert”である.役所への正式な届けは“I.A“.となっているが,フランスにずっと住んでいるので,自分で順序を変えて,1987 年ごろから“A.I”.としているとのことである.
 翻訳は,内容を正確に伝えようと心がけるあまり,直訳になりがちで日本語としてわかりにくい文章となる傾向にあるが,こなれた日本語にする作業を福岡大学筑紫病院整形外科の医局員の皆に依頼した.毎週月曜早朝の抄読会に,夏休み返上で快くこの作業に携わっていただいた伊崎輝昌,張 敬範,古賀崇正,江島晃史,福井孝明,加島伸浩の各位に深謝する.前版では割愛されていた巻末の模型も今回初めて実現した.さらに,本文に引用してある絵画も掲載することができた.医歯薬出版株式会社編集部に深甚の謝意を表する.
 出版直前までカパンジー先生と連絡をとりながら校正してきたが,まだなおわかりにくい箇所や誤りも多いことと思う.次回の改訂の折りにぜひ反映させていきたいのでご指摘いただければ幸いである.
 日本語版への序文にもあるように,今後の改訂予定としては第3巻(体幹・脊椎・頭部)が先で第2巻(下肢)は後になる.これは,眼と頚椎との関係について新しいアイデアが湧いたので第3巻から先に着手したということであり,新たに模型も考案しているとのことである.老い先短い自分であるが,命があれば生体力学全般の概念を第4巻としてまとめて執筆したいとも言われている.しかし,先生は今冬のバカンスにはカリブ海のフランス領マルチィニーク島とモルディブ島へ2週間ずつ滞在され,モルディブ島ではダイビングもされたくらいまだまだお元気であり,読者の皆様のもとへ残りの巻もそう遠くない将来届けることができるものと確信している.本書が今まで同様,引き続き数多くの日本の読者の皆様に愛読されることを心から祈念している.
 2006年4月
 福岡大学筑紫病院整形外科 塩田 悦仁
 献辞
 序文(Raoul Tubiana)
 第6版への序文(A.I. Kapandji)
 日本語版への序文(A.I. Kapandji)
 日本語版編集スタッフへの謝辞(A.I. Kapandji)
 訳者の序文(塩田悦仁)
第1章 肩
 肩関節の生理学
 屈曲‐伸展と内転
 外転
 上腕の長軸の周りの回旋
  肩甲上腕関節内での上腕の回旋
  水平面での肩さきの動き
 水平屈曲‐伸展
 分回しの運動
 肩の運動の評価
 コッドマンの「逆説」
 肩の全体評価の運動
 肩の関節複合体
 肩甲上腕関節の関節面
  上腕骨頭
  肩甲骨関節窩
  関節唇
 回旋の瞬間的中心
 肩の関節包靱帯機構
 関節内の上腕二頭筋長頭腱
 関節上腕靱帯の役割
  外転時
  長軸の周りの回旋時
 屈曲-伸展における烏口上腕靱帯
 肩の筋による適合性
 「三角筋下の関節」
 「肩甲胸郭関節」
 肩甲帯の運動
 肩甲胸郭関節の真の動き
 胸肋鎖関節
  胸肋鎖関節の動き
   水平面内での鎖骨の動き 前額面内での鎖骨の動き
 肩鎖関節
 烏口鎖骨靭帯の役割
 肩甲帯の動力筋(muscles moteurs)
 棘上筋と外転
 外転の生理学
  三角筋の役割
  回旋筋群の役割
  棘上筋の役割
 外転の3段階
  外転の第1段階:0〜60°
  外転の第2段階:60〜120°
  外転の第3段階:120〜180°
 屈曲の3段階
  屈曲の第1段階:0〜50-60°
  屈曲の第2段階:60〜120°
  屈曲の第3段階:120〜180°
 回旋筋群
 内転と伸展
 屈曲と外転の「ヒポクラテス的」検査
第2章 肘
 屈曲‐伸展の関節
 手を遠ざけたり近づけたりする機能
 関節面
 上腕骨下端のへら状部
 肘の靱帯
 橈骨頭
 上腕骨滑車
  最も多い場合(上の列A)
  より頻度が少ない場合(中央の列B)
  まれな場合(下の列C)
 屈曲‐伸展の限界
 屈曲の動力筋群
 伸展の動力筋群
 関節適合の因子
  長軸方向の牽引に対する抵抗
  長軸方向の圧迫に対する抵抗
  屈曲位での適合性
  Essex-Lopresti症候群
 肘の運動可動域
 肘関節の臨床的ランドマーク
 屈筋群と伸筋群の効力
  機能肢位と固定肢位
  相対的な筋力
第3章 回内‐回外
 回内‐回外の計測条件
 回内‐回外の有用性
 橈骨‐尺骨の窓枠
  全般的配置
 骨間膜
 近位橈尺関節の生理的解剖学
 遠位橈尺関節の生理的解剖学
  尺骨遠位端の構造と機械的構成
  遠位橈尺関節の構成
  近位橈尺関節の力学と遠位橈尺関節指数
 遠位橈尺関節の力学
 回内‐回外の軸
 両橈尺関節の同時適合
 回内‐回外の筋群
  回外の筋群
  回内の筋群
 なぜ前腕は2つの骨で構成されているのだろうか?
 回内‐回外の機械的障害
  前腕両骨の骨折
  橈尺関節脱臼
   遠位橈尺関節脱臼 近位橈尺関節脱臼
  橈骨の相対的短縮の影響
 機能の代償と肢位
  機能肢位
  給仕のテスト
第4章 手関節
 手関節の運動の定義
 手関節の運動の可動域
  外転‐内転運動
  屈曲‐伸展運動
  屈曲‐伸展の他動運動
 分回し運動
 手関節の関節複合体
  橈骨手根関節
  手根中央関節
 橈骨手根関節および手根中央関節の靱帯
 靱帯の安定化の役割
  前額面での安定化
  矢状面での安定化
 手根骨の力学
  月状骨の柱
  舟状骨の柱
  舟状骨の力学
 舟状骨と月状骨の連携
 幾何学的変化を示す手根骨
  外転‐内転
  近位列の力学
  挿入された部分
  内転‐外転の力学
  屈曲‐伸展の力学
  Henkeのメカニズム
 回内‐回外の連携の伝達
  自在継手と考えられる手関節
 外傷性の病態に関する知識
 手関節の動力筋
 手関節の動力筋群の作用
第5章 手
 手の把握機能
 手の構造
 手根骨塊
 手のひらのくぼみ
 中手指節(MP)関節
 中手指節(MP)関節の靱帯装置
 中手指節(MP)関節の運動可動域
 指節間(IP)関節
 屈筋腱のトンネルと腱鞘
 指の長い屈筋腱
 指の伸筋腱
 骨間筋と虫様筋
 指の伸展
  総指伸筋(EDC)
  骨間筋(IX)
  虫様筋(LX)
 手と指の病的肢位
 小指球の筋
  生理学的側面
 母指
 母指の対立
 母指の対立の幾何学
 大菱形中手関節
  関節表面の形状
  関節の適合性
  靱帯の役割
  関節表面の幾何学
  長軸に対する回旋
  第1中手骨の運動
  第1中手骨の運動の評価
  大菱形中手関節のX線像と大菱形骨のシステム
  大菱形中手関節の形態学的および機能的特徴
 母指の中手指節(MP)関節
  母指の中手指節(MP)関節の運動
  中手指節(MP)関節の傾斜-回旋の運動
 母指の指節間(IP)関節
 母指の動力筋
 母指の外在筋群の作用
  母指球筋の尺側グループあるいは内側種子骨筋の作用
  母指球筋の橈側グループの作用
 母指の対立
  回内の要素
 対立と反対立
 把握の様式
  いわゆる把握
   指の把握またはつまみ 手掌把握 中心性把握
  重力を伴う把握
  握りプラス動作
 たたくこと‐触れること‐身振り
 機能肢位と固定肢位
 指切断手と虚構の手
 上肢の運動と感覚
 運動テストと上肢の感覚支配
  指腹
 3つの手の運動テスト
 ヒトの手

 参考文献
 日本語索引
 外国語索引
 参考資料
 切り離して組み立てる手の機械的模型