やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 わが国で作業療法が社会に認知されたのは,1965年の「理学療法士及び作業療法士法」の制定からである.初の国家試験は1966年.20名の作業療法士(以下,OT)が誕生したが,法的に医療職と規定されたとはいえ,当初は診療報酬もとれない状況下での病院勤務であった.OTが名実ともに医療職として認知されたのは1974年.診療報酬制度の法定化により,点数表の中にPTとともにOTの名が入り,全国から志をもった有為な人材が参集してきた.初の国家試験からはや41年,国家試験は平成18年度で42回を数え,OT有資格者数は33,696名に達した(2007年2月現在).
 この間,2000年施行の介護保険法でOTは介護の分野にも参入することになったが,2006年の診療報酬改定では,総合リハの考え方が否定され,疾患別の診療報酬体系に再編されるとともにOT独自の診療報酬は点数表から消えた.代替者によるリハビリテーション医療の提供が認められ,OT,PT,STの独占が崩れた.OTの専門性と社会貢献の質が鋭く問われる時代に入ったといえる.
 OTは,障害を負った人の生活を再建するために,作業を障害軽減の手段として,生活技能獲得の目標として,よりよい作業体験としての実存(鎌倉,2004)としてとらえ,自分を治療上の武器にしてかかわる専門職である.作業だけでなく自己を治療の武器として対象者にかかわるには,対象者を知るだけでなく,対象者に自分を知ってもらいながら接することが求められる.対象者は,しゃべりたくてもしゃべれないかもしれない.行おうとしてもできないかもしれない.しかし,言葉にならない言葉のなかにも,わずかにしか動かない手と体による作業行為の一つひとつにも,耳を澄まし,目を凝らせば多くのメッセージが込められていることを知ることができる.日々出会う対象者の,言葉の重みや作業行為の振る舞いに学ぶことが,作業療法の目的を達するために必要であるばかりか,セラピストとしてのOT自身を創り出し,育ててゆくためにも必要なのである.
 ところが,OTの教育現場・臨床現場の実情はどうだろうか.大学や養成校の臨床実習が始まると,必ずといってよいほど話題にのぼるのが,「対象者との人間関係」「他のスタッフとの人間関係」である.目上の人に対して敬語も満足に使えない学生,対象者との会話もろくにしないでいきなり関節可動域テストから開始する学生,などなど…….同様の嘆きは,臨床で若いOTを指導するベテランのOTからも聞こえてくる.近年,人と接することが上手ではない若者が増えているといわれるが,OTを目指す学生や若いOTにもやはりそういう若者が増加傾向にあるのだろうか.
 若い学生や現場に出て間もないOTが,対象者や周囲の人々とのコミュニケーションの実際を理解するには,適切なアドバイスができるベテランの指導者のもとで臨床経験を積むのが一番であろう.しかし,毎年4,000名を超えるOTが新たに誕生する現況では,それも容易なことではない.こういった状況においては,さまざまな事例を模擬体験することが有効であるように思われる.本書は,このような問題意識のもと,作業療法を実習という形態で学ぶ学生や,新人OTの人たちに手にとってもらいたいと願い,企画された.総論編では,作業療法における人とのかかわりの基本を,わかりやすくまとめた.事例編では,作業療法の現場におけるさまざまな状況を想定し,若いOTが遭遇してとまどいがちな典型的事例をとりあげて,対応のポイント,基本的な心構えなどを具体的に解説した.すべてが実話である事例もあれば,実際の事例に他の事例のエピソードなども織り交ぜて部分的に創作を加えたものもある.完全に架空の事例はない.いずれも,より理解しやすいように,より学びやすいようにと配慮した結果である.
 「鉄は熱いときに打て」とは,先達の言葉であり,生きるうえでの鉄則でもある.若い時期に,コミュニケーションスキルを磨き,対象者とその家族,および支援するさまざまな専門職との対応の基本を身につけることは,専門家として大きな一歩を踏み出すための足場を固めることにつながる.先輩のOTたちが臨地で得たかかわりの技術と知恵を,事例を追体験することにより,ぜひ自分のものとしてほしい.
 本書は,東京都立府中リハビリテーション専門学校(学院)の同窓で先輩・後輩の関係にあり,作業療法の同志でもある澤と鈴木が議論を重ね,形にした初の編著の本である.上梓までこぎつけることができ,正直うれしさでいっぱいだが,編者としての未熟さを省みるに,どこまで完成度を高められたか,はなはだ心もとないものがある.厳しいご意見を賜り,さらに良き本にしていきたいと願っている.また,本書は,医歯薬出版株式会社の岸本舜晴さんの支えと,編集者の米原秀明さん,塚本あさ子さんからの多くの助言を得てできあがった.心から謝辞を述べたい.
 作業療法の職人として専門性を深め,世に貢献する道にあえて挑戦をする学徒,および若きOT諸氏に本書を捧げたい.
 2007年4月
 澤 俊二
 鈴木孝治
 執筆者一覧
 序
第一章 総論編
 第I節 人と接するための基本
  1.人と接するための心得(澤 俊二)
   序
   1.プロローグ─私の事例─
   2.作業療法における人と接することの基本
    1)出会う対象者の状況を理解し迎えるために 2)コミュニケーションが成立する方法 3)バーバルコミュニケーション 4)ノンバーバルコミュニケーション─顔の成り立ちと顔の表情,感情の座 5)初めての作業面接 6)OTの態度 7)相手との距離 8)マナー 9)最初はつつましく,そして,後には,笑い,笑われる関係へ
   3.OTが人と接するための気構え
    1)優しいこと 2)誠実であること 3)勇気をもっていること
  2.作業を通して人と接するために(小林正義)
   1.作業療法におけるコミュニケーションの特徴
   2.作業面接とは
   3.作業面接の目的
   4.面接の場の物理的構造について
   5.初回面接のコツ
   6.対象者を理解するための面接
    1)生活状況を把握する 2)対象者の身になる技法
   7.話の聴き方と観察のコツ
   8.問い方・質問のコツ
   9.治療上の配慮
    1)共有体験をもつ 2)作業・作品の扱い方 3)自己価値について
 第II節 人との関係づくりの基本
  1.対象者との関係づくり(鈴木孝治)
   1.なぜ,いま,「対象者との関係」が重要視されるのか?
    1)クローズアップされている医学教育でのコミュニケーション能力 2)作業療法教育での対人関係能力は大丈夫なのか? 3)OTにとって「臨床能力」とは何か? 4)バランスをとるということ
   2.対象者と初めて出会うときに必要なこと
    1)「場」の理解 2)面接の構造の理解 3)受容的態度 4)傾聴
   3.基本的な信頼関係を築くための注意点
    1)オリエンテーション 2)インフォームドコンセントの重要性 3)面接の基本技能の確認 4)基本的態度 5)他のスタッフや家族などの周囲の人との関係のなかでとるべきバランス 6)小児の場合
   4.介入に関係する病歴・社会的背景などの情報収集のための自然な流れの構築方法
  2.家族との関係づくり(鈴木孝治)
   1.なぜ家族とのかかわりが重要なのか
   2.家族とかかわる目的は何か
    1)対象者評価の一助として 2)家族同席での評価のため 3)情報の入手と提供のため-協力関係の成立- 4)評価・介入への協力
   3.家族との関係をうまく築くために─対象者中心に動くコツ
    1)できるだけ早期に直接会い,家族内の関係を理解する 2)対象者を中心にいろいろな職種が関係していることを理解してもらう 3)対象者に誠実にかかわり,現状を理解し,改善・向上を目指していることを伝える 4)評価・介入には家族の協力が必要不可欠であることを説明し,理解してもらう 5)作業療法場面に関与してもらい,今後の方向性について一緒に考える 6)レスパイトケアの重要性
   4.家族と対象者・治療者を含めた共有化の方法
    1)家族同席面接の効果的な利用 2)作業療法場面への家族の参加 3)生活拠点への訪問 4)家族会を通しての接し方 5)小児の場合
  3.スタッフとの関係づくり(澤 俊二)
   1.プロローグの物語
   2.「一人じゃ何もできないぞ」という言葉の意味
   3.チームワークとは
    1)川喜多二郎のチームワーク論 2)インテル社アンドリュー・S・グローブのチームとマネジャー論 3)チャールズ・オイスラリー,ジェフリー・フェファーの人材論
   4.あなたを評価してくれる人がいる
   5.ライバルがいる
   6.基本「挨拶・連絡・報告・相談・指導・実践」のすごさ
   7.言語の違いと気配り
   8.チームを育てる
  4.社会との関係づくり(百田貴洋)
   1. 卒後間もなく経験した3つのケースから
   2.関係づくりの第一歩
   3.対象者家族との関係づくり
   4.行政との関係づくり
   5.他事業所や施設との関係づくり
   6.まとめ
第二章 事例編
 第I節 社会・経済的な背景および家族関係に問題がある事例
  1. 入院の場合(百田貴洋)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:課題の押しつけ(失敗例)
    事例2:意識の転換への働きかけ(成功例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  2.精神科病院入院の場合(濱田賢一)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:単身生活の再開に向けた外泊訓練
    事例2:就労支援
    事例3:退院を拒否する家族(家族面接)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  3.老人保健施設入所の場合(土井勝幸)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:うつと拒否的傾向(失敗例)
    事例2:家族の要望への対応(成功例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  4.特別養護老人ホ-ム入所の場合(酒井里美・森下睦恵)
   I.概論
   II.事例提示
    施設概要
    事例1:生きがいの喪失(失敗例)
    事例2:対象者に合わせた関係づくり(成功例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  5.在宅の場合(吉田隆幸)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:利用者主体の原則の無視
    事例2:訓練室と実際の生活の場の相違
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  6.VIPの場合(澤 俊二)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:“日本経済の救世主”(成功例)
    事例2:主治医の恩師(失敗例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
 第II節 コミュニケーションが困難な事例
  1.統合失調症(小林正義・福島佐千恵・村田早苗)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:妄想的言動への対処
    事例2:自己決定への援助
    事例3:身体言語の訴えを扱う
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  2.高次脳機能障害─軽度意識障害と右半球症状─(鈴木孝治)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:軽度意識障害(失敗例)
    事例2:右半球症状(成功例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  3.認知症(竹田徳則)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:怒りを買った一方的なリハビリ
    事例2:拒否された認知機能検査
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  4.失語症(黒澤也生子・鈴木孝治)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:中等度失語症(失敗例)
    事例2:重度失語症(成功例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  5.精神心理的問題(鈴木孝治)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:易興奮性・易怒性の顕著な頭部外傷(失敗例)
    事例2:脳卒中後の反応性のうつ状態(成功例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
 第III節 発達に障害のある事例
  重症心身障害児とその家族とのコミュニケーション(岸本光夫)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:重症心身障害児施設入所の重症児
    事例2:在宅で病院外来に通院する重症児
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.重症児とその家族とのコミュニケーションの心構え
    3.課題
 第IV節 死を見据えて生きる対象者の事例
  1.難病の場合-筋萎縮性側索硬化症-(田中勇次郎)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:入院から在宅までのフォロー
    事例2:在宅人工呼吸器装着患者への対応
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  2.ターミナル事例を通して(宗近眞理子)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:価値観・判断の押しつけ(失敗例)
    事例2:対象者のペースに合わせる(成功例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
 第V節 障害受容が困難な事例
  自己受容と社会受容をめぐって(澤 俊二)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:感情優先の対応(失敗例)
    事例2:時間と周囲を味方につける(成功例)
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
 第VI節 対象者以外の関係者とのかかわり方が難しい事例
  1.家族とのかかわりをめぐって(浅野有子)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:家族の事情・気持ちへの接近-よりよい治療契約に向けて-
    事例2:家族との協力・協働-ともに問題解決にあたる関係づくりに向けて-
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  2.他のスタッフとのかかわりをめぐって(谷川正浩)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:不適切なコミュニケーション
    事例2:良好なコミュニケーション
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
  3.社会とのかかわりをめぐって(吉田隆幸)
   I.概論
   II.事例提示
    事例1:他者のかかわりを拒む関節リウマチの独居女性
    事例2:親の抱え込みの結果として社会的孤立を招いた男性
   III.事例に学ぶ
    1.状況のとらえ方と対応のポイント
    2.心構えと対処法の原則
    3.課題
第三章 総括編
 第I節 文献案内
  人間関係を学ぶための精神医学・心理学の必読文献(小林正義)
   1.精神病者の魂への道(シュヴィング 著)
   2.改訂 錯覚と脱錯覚-ウィニコットの臨床感覚(北山 修 著)
   3.自分と居場所(北山 修 著)
   4.からだの科学選書 精神科治療の覚書(中井久夫 著)
   5,6.分裂病を耕す/精神病を耕す-心病む人への治療の歩み(星野 弘 著)
   7.分裂病者の「重さの感覚」をめぐって-“硬さ“と“やわらかさ”の観点から-(工藤潤一郎,五味渕隆志,星野 弘 著)
   8.分裂病のスペーシング機能障害-身体空間の精神病理-(市橋秀夫 著)
   9.精神科診断面接のコツ(神田橋條治 著)
   10.EQ〜こころの知能指数(ダニエル・ゴールマン 著)
   11.対人心理学トピックス100[新装版](齊藤 勇 編)
   12.認知療法・認知行動療法カウンセリング 初級ワークショップ(伊藤絵美 著)
   13.統合失調症の認知行動療法(デイヴィッド・G・キングドン,ダグラス・ターキングトン 著)
   14.べてるの家の「当事者研究」(浦河べてるの家 著)
   15.「べてるの家」から吹く風(向谷地生良 著)
   16.精神障害への解決志向アプローチ-ストレングスを引きだすリハビリテーション・メソッド(ティム・ローワン,ビル・オハンロン 著)
   17.統合失調症の語りと傾聴-EBMからNBMへ(加藤 敏 著)
   18.精神障害をもつ人たちのワーキングライフ-IPS:チームアプローチに基づく援助付き雇用ガイド(デボラ・R・ベッカー,ロバート・E・ドレイク 著)
   19.ビレッジから学ぶ リカバリーへの道-精神の病から立ち直ることを支援する(マーク・レーガン 著)
   20.うつ病を体験した精神科医の処方箋(蟻塚亮二 著)
 第II節 まとめ
  作業療法におけるコミュニケーションスキルの今後(鈴木孝治)

 索引