やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 人が生きて生活あるいは活動していくうえで,人体のもろもろの細胞・組織・器官はシステムとして働く必要があることはいうまでもない.筋組織には,骨格筋,心筋,平滑筋の3種類がある.その中で骨格筋の働きは,宿命的に直立二足歩行(bipedal locomotion)を移動手段とする人にとって,生涯を通じて重力に抗して身体を垂直に支え,動かして「寝たきり」にならないために重要である.さらに,骨格筋は,あらゆる生活場面で種々の作業,仕事,スポーツなどをより能率的かつ活発に遂行するうえで必須となる.また,呼吸筋も骨格筋であり,呼吸機能の回復を図るうえで,その働きを無視することはできない.
 当然ながら,心筋の働きは,生命機能にかかわるきわめて重要な要素である.よって,心疾患に対するリハビリテーション医療における介入は冠動脈の循環動態だけではなく,心筋自体の回復をも包含するものといえる.平滑筋は胃腸などの内臓,血管の壁などを構成している.動脈硬化など血管の病態生理に関する研究や臨床においては,おもに交感神経や内皮細胞由来因子の制御に関連した内容に主眼がおかれている.よって,内臓や血管を構成する平滑筋自体の機能を検証する研究はいまだ皆無であり,それらの機能回復に対するリハビリテーション医療は開発されていない.
 筋の働きを単に力(force)としてとらえるのは短絡的であり,むしろ,終極的介入目的である運動学習,運動制御,運動遂行などの効率性の獲得といった質的側面からとらえる必要があろう.しかし,筋力自体は,それらを可能にする重要な基本単位(手段)であるとの考えから,本書の表題を『筋力』とした.
 リハビリテーション医療の対象になる種々の疾患の中で,骨格筋の質・量的な機能低下を呈するケースは多岐にわたることから,それらへの介入は日常の臨床場面でたびたび求められるタスクである.また,疾患の種類を問わず,活動性の低下に伴う廃用症候群のひとつである筋萎縮も大きな問題となる.したがって,患者さんを含む対象者の筋機能低下の予防と筋機能の回復をいかに図るかは,リハビリテーション医療にかかわるそれぞれの専門家にとってたいへん大きなタスクとなる.そのような理由から,本書では,骨格筋の構造と働きを基軸にして,それらの病態生理に対する評価と治療介入を網羅することによって『筋力』を総体的にとらえ,その機能回復の臨床的実践に役立てることを企画意図とした.
 本書の前半の編集枠組みを,人体の運動の仕組みと病態生理とを総体的に理解できるように,筋に関連した基礎科学としての筋の解剖学・生理学・病理学・運動学と筋力の評価および筋力強化運動の基礎知識とした.そして,後半の編集枠組みを,筋力低下を呈する疾患の評価と治療として廃用症候群,さらに中枢神経障害の筋力低下の評価と治療として,脳血管障害,脳性麻痺,脊髄損傷とした.その他,神経筋疾患,骨・関節症,靭帯・半月板損傷,腰痛症,そして呼吸疾患の筋力低下の評価と治療とした.
 今回,本書に含まれていない疾患もあるが,読者の意見を受けながら,今後それらを補充していく所存である.
 2004年4月
 奈良 勲
 岡西 哲夫
筋力 目次

 序文

■SECTION 1 ■ 筋力の基礎

1.筋の解剖学 川真田聖一
 1.筋と筋力
 2.筋の種類
 3.筋の構造と筋力の発生
  (1)筋節(サルコメア)
  (2)筋原線維
  (3)筋線維
  (4)筋束と筋
  (5)筋束の走行と筋力
 4.筋力の伝達
  (1)筋線維内の張力伝達
  (2)筋線維から結合組織への筋力の伝達
  (3)筋力の腱への伝達
  (4)腱
 5.筋収縮の仕組み
  (1)神経から筋への興奮伝達
  (2)Ca2+による筋収縮の調節
 6.筋の種類と筋力
 7.運動単位
 8.筋力の大きさ
 9.筋の萎縮,肥大と筋力の変化
 10.筋力伝達の補助装置
  (1)筋膜と皮下組織
  (2)滑液包,腱鞘,滑車,種子骨
  (3)筋紡錘

2.筋の生理学 松川寛二・村田 潤
 1.骨格筋に分布する神経機能
  (1)運動神経と神経筋接合部
  (2)感覚受容器
  (3)交感神経
 2.筋張力の発生メカニズム
  (1)筋収縮および張力の発生機構
  (2)筋の機械的特性:長さ-張力関係
  (3)収縮エネルギーの獲得と代謝産物
 3.運動の制御機構
  (1)運動制御の最小単位:運動単位とは?
  (2)運動単位グループをどのように働かせるか?
  (3)脊髄反射
  (4)上位中枢からの制御
  (5)病態に伴う運動制御系の変化
 4.運動と筋力の大きさ
 5.運動時の筋血管系適応
  (1)筋血管運動の調節
  (2)筋からの自律神経系反射
 6.運動トレーニングあるいは加齢に伴う長期的変化
  (1)筋肥大と萎縮:その生理的メカニズム
  (2)心臓および筋血管調節系の変化

3.筋の病理学 細 正博
 1.筋病理組織の観察法
 2.基本的な筋病理像
  (1)筋線維の中心核
  (2)筋線維の萎縮
  (3)筋線維の肥大,過収縮
  (4)筋線維径の大小不同
  (5)筋線維のタイプ優位
  (6)筋線維タイプ群集
  (7)筋線維の壊死
  (8)筋線維の再生
  (9)筋組織への炎症細胞浸潤
  (10)筋線維内構築異常
  (11)輪状線維
  (12)sarcoplasmic mass
  (13)ragged red fiber
  (14)rimmed vacuole
  (15)Z band streeming
  (16)筋線維内の糖質の貯留
  (17)筋線維内の脂質の貯留
 3.主な病態・疾患と,その筋病理組織像
  (1)筋ジストロフィー
  (2)筋緊張性(筋強直性)ジストロフィー
  (3)先天性ミオパチー
  (4)炎症性筋疾患
  (5)その他の炎症性筋疾患
  (6)糖原病
  (7)ミトコンドリア脳筋症
  (8)悪性高熱症
  (9)悪性症候群
  (10)神経原性筋萎縮症
  (11)重症筋無力症
  (12)Lambert-Eaton筋無力症候群
  (13)周期性四肢麻痺
  (14)廃用性筋萎縮
  (15)ステロイドミオパチー
  (16)アルコール性ミオパチー
  (17)Compartment syndrome
 4.骨格筋由来の腫瘍

4.筋の運動学 岡西哲夫
 1.運動のとらえ方の科学
  (1)運動のとらえ方の変化
  (2)システムとしての解決
  (3)理学療法の効果と帰結の予測
 2.筋の運動学の目指すもの
  (1)筋の運動学の起源
  (2)筋の運動学と筋電図の歴史
 3.筋力とは
  (1)筋力のとらえ方
  (2)運動課題の階層に対応した筋力のとらえ方
  (3)パフォーマンスとしての筋力
 4.筋力を決定する筋の形態と機能
  (1)筋力とその形態
  (2)筋力の構造的要素と機能的要素
  (3)筋力と筋放電量は必ずしも平行しない
 5.筋力増強の目的をどこに置くか
  (1)瞬発力と持久力
  (2)日常生活に重点を置く筋力増強運動
 6.身体運動の力学-力学から筋力をとらえる
  (1)運動の法則
  (2)運動の第1法則と第2法則-慣性に打ち勝つ力と加速度
  (3)筋力低下の場合-運動の第1法則を適用して身体を保持し,運動を起こす
  (4)てこの原理と人体への応用
  (5)力のモーメントとトルク
 7.身体運動の基礎
  (1)運動の分類
  (2)並進運動と回転運動
  (3)並進運動と回転運動の具体例
  (4)並進運動と回転運動の障害
  (5)運動の自由度
 8.随意運動と筋力
  (1)随意運動の意味
  (2)オペラント条件づけと筋力
  (3)随意運動の中枢機序-行動のプランとプログラムおよび実行
  (4)閉ループ制御と開ループ制御
  (5)筋に直結した運動プログラムから行動プログラムへ
  (6)運動のプラン(行動プログラム)の階層性

5.筋力の評価 小林 武
 1.筋力評価の基礎
  (1)用語の意味
  (2)筋力評価の目的
  (3)筋力評価の対象
  (4)筋力測定・検査の方法
  (5)検査・測定される筋力とは
 2.筋力の徒手評価
  (1)MMTの利点と欠点
  (2)MMTのグレード判定規準
  (3)検査手順
  (4)検者に必要とされる知識と技術
  (5)MMTの注意点と工夫
 3.筋力の計測
  (1)握力計
  (2)HHD
  (3)トルクマシン
 4.力と動作の関係
  (1)起き上がり
  (2)立ち上がり
  (3)歩行
  (4)階段昇降
  (5)種々の動作
  (6)動作遂行を可能にする筋力の大きさ
 5.筋力と筋電図
  (1)機器の概要
  (2)筋電図の導出
  (3)波形の処理

6.筋力強化運動の基礎 金子文成
 1.随意筋力の増加機序
  (1)筋力強化運動による神経系機能の適応
  (2)筋力強化運動による筋および腱の適応-筋量に対する張力の影響
  (3)興奮伝導系の適応
  (4)筋・腱の機械的性質の適応
 2.筋力強化運動の処方
  (1)基本指針
  (2)運動処方内容と筋収縮様態による筋力強化効果の特異性
  (3)生体の特性と筋力強化運動への適応特異性
 3.随意運動以外の筋力強化手段-随意筋出力のための基盤づくり
  (1)電気刺激
  (2)筋伸長
  (3)持続的感覚入力
  (4)メンタルイメージング

■SECTION 2 ■ 筋力低下の評価と治療

1.廃用症候群の筋力低下の評価と治療 加藤 浩
 1.廃用性筋力低下(筋萎縮)のメカニズム
  (1)筋力低下をきたす原因
  (2)廃用性筋力低下の特徴
  (3)廃用性筋萎縮の特徴
  (4)電気生理学的変化の特徴
 2.定量的評価
  (1)廃用性筋力低下の評価
  (2)磁気共鳴画像を用いた廃用性筋萎縮の評価
  (3)超音波断層法を用いた廃用性筋萎縮の評価
  (4)EMG周波数解析を用いた廃用性筋萎縮の評価
 3.治療とその限界
  (1)等尺性筋力強化
  (2)等張性筋力強化
  (3)等速性筋力強化
  (4)持久力強化
 4.ホームエクササイズ

2.中枢神経障害の筋力低下の評価と治療 (1)脳血管障害 吉尾 雅春
 1.脳血管障害患者の筋力低下
 2.片麻痺患者の筋力低下の評価
  (1)筋力の量的評価
  (2)質的・量的評価
 3.動作観察・動作分析による片麻痺患者の筋力の評価と治療
  (1)非麻痺側支持期膝関節の過度な屈曲と困難な麻痺側下肢振り出し
  (2)支持機構としての股関節周囲筋と下腿三頭筋の機能低下
  (3)本当に体幹の問題か?

2.中枢神経障害の筋力低下の評価と治療 (2)脳性麻痺 鶴崎俊哉
 1.筋力低下の発生機序
  (1)健常児の筋力獲得過程
  (2)脳性麻痺児の筋力獲得過程の障害
 2.筋力低下の特性(質量の問題,予後の問題など)
 3.回復過程
 4.評価
 5.治療
  (1)筋の変性予防
  (2)手術への対応
  (3)筋緊張の抑制
  (4)ストレッチ手技
 6.筋力強化の留意点と限界
 7.ホームプログラムなど

2.中枢神経障害の筋力低下の評価と治療 (3)脊髄損傷 橋元 隆・戸渡富民宏
 1.損傷高位の決定
 2.完全麻痺と不全麻痺
  (1)完全麻痺
  (2)不全麻痺
 3.損傷レベルと残存機能
 4.筋力低下を呈する要因
  (1)不動化
  (2)痙縮
  (3)疼痛
  (4)変形・拘縮
  (5)異所性骨化
  (6)骨萎縮と麻痺肢骨折
  (7)浮腫
  (8)静脈血栓
  (9)自律神経障害
 5.残存筋の強化運動
  (1)上肢残存筋へのアプローチ
  (2)呼吸筋へのアプローチ
  (3)不全麻痺筋へのアプローチ
 6.理学療法プログラムの紹介
  (1)観血的治療を施行した胸・腰髄損傷例(完全麻痺)
  (2)観血的治療を施行した頚髄損傷例(完全麻痺)
  (3)非骨傷性頚髄損傷例(不全麻痺)

3.神経筋疾患と筋萎縮・筋力低下 中田正司
 1.筋萎縮の成因
 2.神経難病と筋力に関する課題
 3.筋萎縮性側索硬化症(ALS)の筋力低下へのアプローチ
  (1)ALSの概要
  (2)ALSの筋萎縮,筋力低下の評価
  (3)筋力低下に対する取り組み

4.骨・関節症の筋力低下の評価と治療 八木範彦
 1.筋力低下の発生機序
  (1)原因1:関節炎による疼痛
  (2)原因2:関節破壊
  (3)原因3:廃用性
 2.筋力低下の特性
 3.回復過程
 4.評価
 5.治療
 6.筋力強化の留意点と限界
 7.ホームプログラム

5.靭帯・半月板損傷の筋力低下の評価と治療 福井 勉
 1.筋力低下の発生機序と筋力低下の特性
 2.回復過程
  (1)靭帯そのものの回復過程
  (2)半月板そのものの回復過程
 3.評価
  (1)靭帯損傷の評価
  (2)半月板損傷の評価
  (3)姿勢・動きの評価
 4.治療
  (1)靭帯損傷の治療
  (2)半月板損傷の治療
  (3)姿勢・動きの改善
 5.筋力強化の留意点と限界
 6.ホームプログラム

6.筋力低下にかかわる腰痛症の評価と治療 西本勝夫
 1.腰椎-骨盤にかかわる筋群の働き
  (1)腰椎-骨盤にかかわる主要な筋群
  (2)腰椎-骨盤におけるバイオメカニクス
 2.腰痛の原因となる筋力低下の発生機序
  (1)現代の生活様式と体力低下
  (2)職業と体力低下
  (3)高齢化と体力低下
 3.腰痛の評価
  (1)疼痛の評価
  (2)筋機能の評価
  (3)総合評価およびその他の評価
 4.運動療法およびその効果
  (1)腰痛体操
  (2)腰痛体操の効果
 5.日常生活指導
  (1)立位における注意事項
  (2)座位における注意事項
  (3)臥位における注意事項
 6.腰痛教室

7.呼吸器疾患の筋力低下の評価と治療 高橋哲也
 1.呼吸器疾患患者の筋力低下の発生機序
  (1)Deconditioning
  (2)加齢的変化
  (3)副腎皮質ステロイド
  (4)低酸素血症
  (5)栄養不良
  (6)電解質異常
  (7)心不全
 2.呼吸器疾患患者の骨格筋の構造的特徴
  (1)筋量
  (2)筋線維のタイプとサイズ
  (3)毛細血管
  (4)代謝酵素
 3.呼吸器疾患患者の筋力低下の特性
  (1)筋力
  (2)筋持久力
 4.呼吸器疾患患者の筋力評価
  (1)下肢筋持久力評価
  (2)上肢筋持久力評価
 5.呼吸器疾患患者の筋力強化トレーニング
  (1)下肢持久力トレーニング
  (2)下肢筋力トレーニング
  (3)上肢トレーニング
 6.呼吸器疾患患者の筋力強化の留意点

 索引