やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行によせて

 嚥下障害に関する研究や臨床の最近の進歩は,目ざましい.関連する分野が多岐にわたるため,言語聴覚士,医師,看護婦,栄養士,歯科医師,作業療法士,理学療法士,生理学者,ソーシャルワーカーなどさまざまな職種が関わっている.本書を含むSingular Publishing Groupの“Dysphagia”シリーズは,嚥下障害に関する臨床,研究の一助となり,また活性化させることを目的として企画された.本シリーズは嚥下障害をさまざまな角度から検証している.嚥下障害は病態も複雑で捉えにくく,また食事時間以外でも患者に負担を与える.これに応えるためには,レベルの高い研究成果に基づいて,いろいろなことに気を配りつつ,忍耐をもって取り組む必要がある.そこで経験を積んだ嚥下障害の専門家の方々に執筆をお願いした.
 本書の著者であるJoseph Murray氏は,経験豊かな研究者であり,臨床家でもある.ベッドサイドや外来での診察,また機器を用いた検査を通じて嚥下障害患者に多く関わってきた.本書では図表を用いて,医療面接から機器を用いた検査にまでの流れが述べられ,さらにその必要性や生理学的な根拠,利点と欠点,選択の基準や評価法について広い視野で,しかも正確に述べられている.著者の学識の深さと鋭い視点が随所に表れた書物である.
 本書は臨床的に役立つ書物である.学生や臨床経験の浅い者でも理解できるように構成され,かつ経験を積んだ臨床家にとっても読みごたえのある内容に仕上がっている.また検査法の問題点や危険性についても,読者を混乱させないように明確に述べられている.
 彼の望みどおり「面白い」本となっているので,わからないことがあったときに参照し,また何度も読んで内容を頭に入れるには最適である.
 臨床家がこのように優れた専門書を書き上げることは非常に珍しいことである.私は,嚥下障害が疑われる祖母の診察を,ぜひMurray氏に依頼したいと考えている.彼なら必ず適切に対応してくれるだろう.
 “Dysphagia”シリーズ編集責任者 John C.Rosenbek

執筆にあたって

 嚥下機能の評価を依頼される患者はさまざまである.画像診断でも確認できる徴候や自覚症状があり,指示に従って通常どおりの治療を受けることのできる患者がいる一方で,自覚症状もなく,併発症状のために嚥下障害の徴候を見つけることができず,治療に協力できない患者もいる.現実には後者のほうが圧倒的に多い.
 本書は,評価や訓練計画の立案をするための手引書である.臨床経験の長さに関係なく嚥下障害に携わるすべての方々を対象とした.他の領域もそうであろうが,初心者にとっても経験者にとっても嚥下障害の評価は複雑でわかりにくい.従来からの基礎的な知識のみで,多彩な症状を示す患者に対応するのは難しい.もちろんこれまでの考えで正しいものも多いが,研究を進めるためには,そのなかから取捨選択する必要がある.
 嚥下障害に携わる方には,本書を通読して評価の過程を理解していただきたい.本書では,まず医療記録の見直し方と医療面接の方法を述べてある.次いで臨床場面でのスクリーニング検査法,さらに機器を用いた検査(嚥下造影検査,内視鏡検査)について,実施手順や評価方法を中心に詳しく記述した.最後に評価内容の報告のしかたについて述べた.
 本書が読者にとって嚥下障害の評価法に関する入門書となると同時に,今後も嚥下障害の評価の参考書として長く使っていただけることを希望している.
 Joseph Murray,M.A.

監訳者の序

 摂食・嚥下障害に関する書物が“Dysphagia series”として出版されているのを知ったのは1999年10月のthe Annual Meeting of the Dysphagia Research Societyに参加したときのことである.嚥下障害の基礎から臨床までの幅広い領域をわかりやすく,実践向きにまとめたシリーズであった.そのなかで本書がとくに目を引いた.
 わが国では,摂食・嚥下障害の評価や診断には専ら嚥下造影検査(VF検査)が使用されているため,病院以外の施設で嚥下障害の評価や訓練を行うのは大変難しい.高齢社会の進行とともに,施設や在宅などで生活している患者が多くなってきたにもかかわらず,病院以外で対応している施設はきわめて少ない.一方摂食・嚥下障害の病態は複雑で,誤嚥性肺炎を惹起する危険性があるため,安易な対応は大変危険である.そのため摂食・嚥下障害に対する十分な理解とともに,正確で体系的な評価システムが必要である.
 本書は,摂食・嚥下障害の評価法について医師,歯科医師以外の立場から記述したものである.前半の嚥下障害の有無を把握するための医療面接とスクリーニング検査,後半の障害の部位や原因を特定し訓練や治療方針を決定するための嚥下造影検査と内視鏡検査という順序で,検査法の目的と適応を明瞭に区別して要領よくまとめている.前者は病院以外の施設でも適用できる評価法であり,後者は精査を目的に病院内で行う検査である.実践的な記述でありながら,文献的な考察も十分になされており,臨床の手引きとしても参考書としても役立つ.具体的で平易な記述であるため初心者にも理解しやすいものと考えられる.
 翻訳にあたっては,原著者の意図を酌んで,わかりやすい記述を心がけた.そのために重複部分を削除したり,文章の順序を入れ替えた部分がある.また日本の読者に追加の説明が必要と思われる場合には訳注を加えた.そのため原文と一致しない部分がある.対照させて読まれる場合にはこの点をご了承いただきたい.
 摂食・嚥下障害に対する評価法の特徴と限界を理解していただくことによって,日々の臨床に役立てていただければ幸いである.
 2001年8月 道 健一 道脇幸博
刊行によせて
執筆にあたって
監訳者の序

第1章 医療記録の見直しと医療面接
はじめに
I 医療面接(問診) をはじめる前に
 1.医療記録の見直し
  1)病状の経過
  2)手術の既往
 2.気道の状態
  1)反回神経麻痺
  2)気管内挿管と人工呼吸
 3.肺機能の状態
  1)肺 炎
  2)胸部X線所見
 4.栄養状態
  1)経口摂取
  2)前日の食事内容
  3)経腸栄養と非経腸栄養(静脈内投与)
  4)体重の変化
  5)生化学データ
  6)水分バランス(脱水)
II 医療面接の方法
 1.質問表と付添人(情報提供者)
  1)質問表
  2)付添人からの情報収集
 2.医療面接の方法
 3.記録方法
  1)主 訴
  2)障害に対する患者の認識
  3)症状(愁訴)の特徴
  4)病状(愁訴)の推移
  5)日常生活動作の活動性
  6)受診までの対応
 4.経過表の作成
まとめ

第2章 スクリーニング検査
はじめに
I 評価表
 1.意識状態
  1)意識レベルと嚥下障害
  2)精神機能
 2.発話と構音
  1)発話明瞭度
  2)発話速度
  3)構音の誤りのタイプ
 3.呼吸機能と呼気
  1)随意的な咳
  2)一息による数唱
  3)肺機能障害の指標
 4.発声と共鳴
  1)発 声
  2)共鳴の異常(開鼻声)
 5.姿勢
  1)習慣的姿勢
  2)習慣的頭位
 6.口唇の知覚と筋力ならびに閉鎖能力
  1)口唇の知覚
  2)口唇の筋力と閉鎖能力
  3)流涎(りゅうぜん)
 7.開口運動
 8.咀嚼筋
  1)咬筋と側頭筋
  2)外側翼突筋と内側翼突筋
  3)疼 痛
 9.歯列と歯周組織
  1)残存歯と歯周組織
  2)補綴物
 10.唾液の流出と口腔粘膜の状態
  1)唾液の流出(唾液分泌の減少)
  2)口腔粘膜の状態
 11.口腔と咽頭の知覚および絞扼反射
 12.舌運動と筋力
  1)安静時
  2)運動時
  3)舌の筋力
  4)舌の可動範囲
 13.軟口蓋の挙上運動
 14.喉頭挙上と随意的な嚥下
 15.飲食物の嚥下
  1)一般的な注意点
  2)食物の使用の順番
  3)最大一口量
  4)タイミングとスピード
  5)嚥下回数
  6)食物の口腔内残留や流涎
  7)喉頭部の症状
  8)器 具
  9)代償的方法
  10)スクリーニング検査の目的
II 病態に応じたスクリーニング検査法
 1.意識レベルの低下
  1)反応なし(昏睡状態)
  2)半昏睡状態
  3)昏 迷
  4)意識がはっきりせず,すぐ眠ってしまう患者(傾眠)
  5)混乱しやすい患者(痴呆・興奮状態)
  6)脳卒中後にリハビリテーションを行っている患者
  7)軽度・中等度の認知障害
  8)軽度の認知障害,あるいは正常
 2.発話と構音の異常
 3.呼吸障害
  1)咳嗽の生理学的機能
  2)気管カニューレ
 4.発声(声質)と共鳴の異常
  1)発声(声質)の異常
  2)共鳴の異常
 5.姿勢の異常
  1)頭位
 6.歯と歯周組織の異常
 7.唾液の分泌減少症と口腔粘膜の異常
  1)脱水症
  2)医原性の口腔乾燥症
  3)全身疾患
 8.口腔と咽頭部の知覚および絞扼反射
  1)舌
  2)口蓋弓
  3)咽頭後壁と絞扼反射の異常
 9.舌の動きと筋力の異常
  1)不随意運動(ディスキネジア)
  2)舌突出の異常
  3)舌の筋力の低下
 10.軟口蓋の挙上不全
 11.喉頭挙上と随意的な嚥下の異常
 12.飲食物の嚥下
  1)嚥下のタイミングとスピードの異常
  2)分割嚥下
  3)流涎と食渣
  4)嗄声とむせ
  5)代償的方法
 13.その他の補助診断法
  1)色素液嚥下検査(Blue Dye Test:ブルーダイテスト)
  2)動脈血酸素飽和度の測定(パルス・オキシメトリー)
  3)頚部聴診法

第3章 嚥下造影検査
はじめに
 1.撮影法
  1)必要な器具
  2)検査食
  3)記載法
  4)撮影方法とその特徴
 2.VF画像の評価法
  1)形態的異常
  2)運動機能の評価(機能異常)
  3)一口量
  4)時間軸上の解析
  5)喉頭侵入と気管内侵入
  6)代償法
  7)コメント

第4章 内視鏡による評価
はじめに
 1.軟性内視鏡
  1)内視鏡の仕組み
  2)内視鏡の操作
  3)患者のポジション
  4)局所麻酔
  5)嚥下動態の観察
 2.内視鏡検査法の実際
  1)検査食の与え方
  2)内視鏡の挿入方法
  3)視野の確保
 3.評価法
A.飲食物を用いない検査
  1)形態異常の観察
  2)分泌物の貯留度
  3)空嚥下の回数
  4)息ごらえ
  5)知 覚
  6)咳 嗽
B.飲食物を用いる検査
  1)検査食の与え方
  2)咽頭期移行時間(DST:Duration of stage transition)
  3)喉頭侵入と気管内侵入
  4)嚥下の効率と嚥下回数
  5)代償法
C.運動の評価
  1)軟口蓋の運動障害
  2)喉頭蓋
  3)喉頭閉鎖
D.コメント欄

第5章 検査報告書と患者教育
 患者概要
 検査結果
 総合評価
 検者の意見
 相互理解と患者教育

第6章 おわりに

索引