やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 航空機内での医師の呼び出しが増加している.その理由は乗客数が指数関数的に増加し,疾患を抱える乗客数も増加しているためである.航空路の約10%をカバーする調査において,2008年から2010年の間に,11,920回の医学的緊急事態があったと報告されているが,これは約600フライトに1回,1時間に1〜2回の高頻度という計算になる1).
 航空機内はさまざまな疾患を発症しやすい.その理由は,機内は日常と環境が異なるためである.機外は著しく気圧が低いため,機内は海抜2,440mと同等になるよう加圧されている.ダルトンの法則により,気圧の低下によって酸素分圧も低下する.健常人には問題にならないが,何らかの素因を有する場合,低酸素血症が発症の誘因となる.その他,脱水,アルコール摂取,睡眠不足なども誘因となる.頻度の高い症状は失神で,頭痛や痙攣など脳神経内科領域の症状が多い1,2).次いで呼吸器症状や悪心・嘔吐がみられるが,循環器疾患や耳鼻咽喉科疾患も生じる.
 また機内の医療に関連して押さえておくべき知識がある.(1)医師に決定権はなく,機長が機内における全責任を負うこと,(2)クルーは心肺蘇生や除細動器などの医学的訓練を受けていること,(3)医師は地上医療相談サービスを利用できることなどである.機内で利用可能な救急キット(emergencymedical kit)や薬剤の種類についても知っておく必要がある.さらに,そもそもアナウンスがあった場合,名乗り出るべきかどうかについても議論がある.名乗り出た場合にも,検査が困難な機内において,どのようなことに気をつけ,何を行うかについて学ぶ必要がある.
 本書では航空機,新幹線における医療に関して,各診療科の立場から注意すべき疾患とその対応,持病を持つ患者が搭乗する場合注意すべきことについて解説し,さらに法律問題や医師登録制度などについて最新情報を紹介する.加えて,新型コロナウイルス感染症に対する空港や機内での対策についても説明する.旅行バッグの荷物のひとつに,本書を加えていただければ幸いである.
 2021年7月 下畑享良
 (岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野)

 文献
 1)Peterson DC et al.Outcomes of medical emergencies on commercial airline flights.N Engl J Med 2013 ; 368: 2075-83.
 2)Martin-Gill Cet al.In-Flight Medical Emergencies: A Review.JAMA 2018 ; 320: 2580-90.
知っておきたい基礎知識
 機内ドクターコールと対応率(錦野義宗)
 医師登録制度の概要と登録状況─今後の課題(長島公之)
 急病人発生時の機内での対応と地上からの支援体制(錦野義宗)
 空港の医療体制・設備(赤沼雅彦)
 航空機に影響を及ぼす医療機器(島袋林秀)
 民間航空機を利用した患者搬送の経験(山崎浩史)
法律上の懸念事項
 応召義務違反にあたるのか(橋本雄太郎)
 促進するための法整備(橋本雄太郎)
疾患別の対応
 飛行中の機内で発生する急病人:総論(大越裕文)
 脳神経内科疾患(航空機頭痛を除く)(下畑享良)
 飛行機頭痛(根来 清)
 航空機内発症アナフィラキシー─機内食などのアレルギー対応(築野一馬)
 呼吸器疾患(新田(荒野)直子)
 航空機と循環器疾患(旅行者血栓症を含む)─心停止に遭遇したら(中尾元基・永井利幸)
 腎臓病(血液透析・腹膜透析との関連)(五味秀穂)
 耳鼻咽喉科疾患(航空性中耳炎と耳管機能)(松野栄雄)
 精神疾患(大塚祐司)
 産婦人科疾患(山本祐華)
 小児が航空機に搭乗する際の留意点(サトウ菜保子)
 長時間フライトがもたらす身体への影響と対策:静脈血栓塞栓症(ロングフライト血栓症,エコノミークラス症候群)(榛沢和彦)
 航空会社による感染症対策─新型コロナウイルス感染症への対応(錦野義宗)
新幹線での医療対応
 新幹線乗車時に起こりうる症状・疾病─新幹線頭痛を含めて(伊藤泰広)
 新幹線の車内医療設備(医療キットや多目的室など)と課題(杉山淳一)