やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 2008(平成20)年4月より厚生労働省事業で特定健診・特定保健指導が始まり,本格的なメタボ対策が始まった.「メタボリックシンドローム」(以下,MetSと略)は2006年の流行語大賞にもなったように,その言葉自身は一般の方々の日常生活で使われる言葉にはなったが,正しくその病態が把握されているとは言い難い.十分な科学的裏付けのないダイエット食品やサプリメントの宣伝に“流行“にのって“メタボ”という言葉が汎用されたり,またメタボ≒心筋梗塞,脳梗塞などと誤解され,不要な恐怖感を与えたりしていることもある.40歳以降の男性の場合,MetSと診断される方の数が多い.このなかには“メタボ”と診断されたことを十分に受け入れられない方も少なくない.
 本書はMetSについて正しく理解し,日常診療のなかで適切に対応し,健診を受けMetSの“疑い“あるいは“診断”された目の前の患者さんに適切に説明できるように作られたハンドブックである.
 “メタボ”という言葉の歴史をめぐると,1988年にReavenによって生活習慣病の三大要素(高血圧,脂質代謝異常,糖代謝異常)がインスリン抵抗性を基盤にして集積し,心血管動脈硬化病変の進行を促進するという学説が「Syndrome X」として報告されて以来,同様の病態が「死の四重奏」「インスリン抵抗性症候群」「マルチプルリスクファクター症候群」「内臓脂肪症候群」などとそれぞれ少しずつ異なる角度から提唱されてきた.1998年にWHOが「メタボリック症候群」という名称で診断基準を発表し,広く知られるようになった.2001年のNCEP竏但TPIIIの簡便な基準,2005年のIDFによる内臓肥満を必須項目とする基準が発表された.わが国の診断基準は内臓肥満を必須項目とする診断基準であり,この点で病態を大事にした基準と考えられる.
 現在,学会等で診断基準については議論がなされているが,その“メタボ”の病態は不適切な生活習慣,高脂肪食,過食,運動不足によるエネルギー過剰状態が長く続いたことによる内臓脂肪の蓄積や過剰な栄養素による臓器障害である.脂肪細胞の肥大により性質が変わり,分泌されるアディポカインのプロフィールの変化やマクロファージが誘導され炎症が惹起される.これがインスリン抵抗性の誘導,代謝状態の悪化,血管病変の進行を誘導する.
 MetSは米国で最初に形成された概念であり,日本人に適用する場合,若干の注意が必要であり,そこが本書の目的の一つである.たとえば,「肥満」「メタボリックシンドローム」「境界型糖尿病」はどのように異なるかという点についても,筆者らの考えを示すと以下のようになる(図).通常は20代,30代,40代と加齢とともに体重増加し,肥満度が上昇しインスリン抵抗性が増悪する.20代は皮下脂肪の増加(BMIが25を超えれば肥満)が中心であるが,30縲・0代と年齢が上昇するにつれ皮下脂肪の貯蔵機能は低下し,BMIはさほど上昇しないものの内臓脂肪の蓄積,肝臓や骨格筋への脂肪沈着が増加しインスリン抵抗性はさらに増悪する.どの程度の肥満で耐糖能が悪化するか,どの程度の内臓脂肪蓄積で耐糖能は悪化するかは個々の内因性のインスリン分泌能により下図のように3つに分類されるパスウェイがあると考えられる(図).このうち,日本人には従来から非肥満の境界型糖尿病が多かったが,最近ではメタボ型の境界型糖尿病を経過してメタボ型2型糖尿病を発症する者が増加していると考えられる.
 欧米人に比べ日本人では,肥満でもないし,内臓脂肪蓄積もメタボの基準には達しない非肥満の境界型糖尿病から2型糖尿病に移行する例が多いものと思われる.
 本書は,東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科の先生方を中心に関連分野のご専門の方々にも加わっていただき,“日常診療“に役立つということを主眼において執筆していただいた.最新の研究成果,J竏奪OIT3などの進行中の日本初の大規模臨床研究についての情報も含まれ,新しい“メタボ”の理解にも役立つと思われる.皆さまのお手元に置いていただき,適宜参照していただけるものになれば幸いである.
 2009年5月 門脇 孝 戸邉一之
第1章 メタボリックシンドロームとは
 1 疾患概念の変遷と今後の生活習慣病対策のあり方(戸邉一之)
  ・MetSの診断基準策定の背景
  ・MetSの歴史
  ・診断基準の歴史
  ・MetSを巡る問題点(疾患概念-“シンドローム”と呼べるのか?,腹囲をめぐって)
  ・「標準的な健診・保健指導に関するプログラム」
  ・特定健診から医療機関に回ってくる患者をどのようにフォローしていくか?
  ・内臓脂肪蓄積と“従来の独立した危険因子”との関係は?
  ・より効率よく心血管イベント発症のハイリスクグループを抽出し,より個別の患者に合った指導をしていくために
 2 診断基準(松下由実)
  ・日本
  ・海外(WHO,NCEP-ATPIII,AHA/NHLBI基準(NCEP-ATPIII改訂版),IDF)
 3 疫学
  (1)海外(松下由実)
   ・米国
   ・欧州
   ・国際共同研究
  (2)日本(松下由実)
   ・久山町研究
   ・端野・壮瞥町研究
   ・国民健康・栄養調査
   ・Japan Diabetes Complications Study
第2章 MetS・動脈硬化症のコンポーネント
 1 肥満症(山内敏正)
  ・肥満とは
  ・BMI 25以上を肥満とする結論にはいかにして至ったか
  ・「肥満症」とは
  ・肥満症によるインスリン抵抗性惹起メカニズム
  ・肥満を引き起こす要因(エネルギー摂取過剰,エネルギー消費の減少,エネルギーの貯蔵量の上昇)
  ・肥満の診断
  ・肥満の治療(食行動の変容,食事療法,運動,薬剤,手術)
 2 糖尿病(福田武俊・迫田秀之)
  ・MetSのコンポーネントとしての糖尿病
  ・MetSにおける耐糖能異常・糖尿病の病態,疫学
  ・MetSと食後高血糖との関係
 3 高血圧(小倉彩世子・下澤達雄)
  ・高血圧はMets構成因子のなかでも重要な因子
  ・糖尿病など危険因子が併発すると,低い血圧でも心血管疾患発症のリスクが高くなる
 4 脂質代謝異常(大須賀淳一)
  ・MetSにみられる脂質異常症の特徴と病態(高カイロミクロン血症,高VLDL血症,高レムナント血症,LDLの量的質的変化,低HDL血症)
  ・MetSにおける脂質異常症治療の意義
  ・治療ガイドライン
  ・MetSにおける脂質異常症の治療指針
  ・治療薬剤の選択
 5 心血管病変(今井 靖)
  ・MetSは冠動脈疾患の主たる危険因子
  ・MetSでは心血管病変のスクリーニングが重要
第3章 MetSの成因と病態
 1 肥満とアディポカインの異常(戸邉一之)
  ・アディポカインの概念とレプチン・アディポネクチン
  ・アディポカインとインスリン抵抗性
  ・内臓脂肪と皮下脂肪
 2 インスリン抵抗性(戸邉一之)
  ・エネルギー過剰状態と内臓脂肪の蓄積
  ・インスリン抵抗性とMetSのコンポーネント(糖尿病,脂質代謝異常,高血圧)
第4章 MetSの診断
 1 MetS診断の進め方(岡畑純江)
  ・動脈硬化のハイリスク群をスクリーニング-疾病予防・合併症予防のために
 2 MetS生活習慣(生活歴)のインタビュー法(岡畑純江)
  ・MetS生活習慣インタビューリスト
 3 検査
  (1)患者に対し検査の進め方をどのように説明するか(羽田裕亮)
   ・説明前の準備
   ・MetSの説明
   ・検査の流れの説明
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  (2)専門医紹介の目安(戸邉一之)
   ・MetSのパスウェイ
   ・「かかりつけ医」から「生活習慣病関連の専門医」への紹介
   ・「かかりつけ医」や「生活習慣病関連の専門医」から「臓器の専門医」への紹介
  (3)検査項目
   (1)内臓脂肪蓄積測定(松下由実)
    ・内臓脂肪蓄積測定
    COLUMN 内蔵脂肪とBMI
   (2)脂質(熊谷真義)
    ・MetSにおける脂質の測定方法(手順と流れ,脂質の基準値)
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   (3)血圧(金子知代・下澤達雄)
    ・MetSにおける血圧の測定方法と手順
    ・診察室(医療環境下/外来)での血圧測定
    ・家庭での血圧測定
    ・24時間自由行動下血圧測定
    ・MetSにおける血圧の基準値
    ・血圧手帳
   (4)血糖値(菊池貴子)
    ・血糖値とは(空腹時血糖検査,随時血糖検査)
    ・一日の血糖値の流れ
    ・空腹時血糖110mg/dl以上は十分な基準か?
   (5)頸動脈エコー(原 眞純)
    ・検査の適応
    ・測定項目とその意義(内中膜厚,プラーク,狭窄率,血流の評価etc)
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   (6)高感度CRP(矢作直也)
    ・高感度CRPとは
    ・検査の方法
    ・リスク評価のために高感度CRP測定が有用と考えられるケース(虚血性心疾患,脳梗塞,糖尿病新規発症)
    ・検査値の解釈
    ・検査時の注意点
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   (7)アディポネクチン血中濃度(原 一雄)
    ・インスリン感受性物質アディポネクチン
    ・高活性型アディポネクチンである高分子量アディポネクチン
    COLUMN 高分子量アディポネクチン(比)
  (4)その他の検査
   (1)ブドウ糖負荷試験(関根信夫)
    ・MetSにおけるGTTの実施手順と流れ
    ・ブドウ糖負荷試験の方法
    ・ブドウ糖負荷試験の注意点
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    COLUMN GTTにおけるインスリン分泌能の評価
   (2)HbA1C(岩部真人)
    ・HbA1cとは
    ・HbA1Cの測定法
    ・血糖コントロールの指標としてのHbA1C
    ・評価における注意点
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   (3)動脈硬化(原 眞純)
    ・検査の前に
    ・検査の種類と意義(血管超音波検査,血管機能検査,API・TBI,PWV・CAVI,血管CT検査,MRA検査,血管造影検査)
    ・検査の後に
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   (4)インスリン抵抗性の検査(武田 仁)
    ・MetSにおけるインスリン抵抗性の評価方法(手順と流れ,インスリン抵抗性の目安)
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   (5)心電図(今井 靖)
    ・安静時心電図におけるQRSおよびST部分の異常があれば精査へ
    ・安静時心電図が正常でも,積極的に負荷心電図を実施し,心筋虚血をスクリーニング
   (6)ポリソムノグラフィー(笹子敬洋)
    ・MetSと睡眠時無呼吸症候群
    ・ポリソムノグラフィー(polysomnography)
    ・簡易診断法
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第5章 MetSの治療
 1 生活習慣への介入(行動療法)
  (1)動機づけ(大橋 健)
   ・知識と行動の大きなギャップ
   ・一般的であいまいな指導は効果が少ない
   ・心理的アプローチの重要性
   ・実際の進め方:セルフマネジメントを促す心理・行動学的方法
   ・セルフモニタリングの活用
  (2)食事療法(藤城 緑)
   ・MetSにおける食事療法の流れ
   ・食事療法の実際
   ・食事療法継続のポイント
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   COLUMN サプリメントで内臓脂肪は減る?
  (3)運動療法(宮地元彦)
   ・MetS改善に必要な運動・身体活動量
   ・効果的で安全な運動
   ・個別の運動療法
   ・運動と身体活動
  (4)食生活指導(加藤チイ・佐藤ミヨ子)
   ・指導手順と流れ
   ・食事療法のポイント
   ・献立の工夫
   ・菓子,嗜好品,アルコールについて
   ・外食・中食
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   COLUMN 栄養指導のポイント
  (5)日常生活の継続的な支援(大橋優美子)
   ・手順と流れ
   ・注意点
 2 MetSの薬物療法
  (1)血糖(大杉 満)
   ・薬剤により糖尿病予防は可能か
   ・糖尿病の治療
   ・血糖値のコントロール目標
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   COLUMN 投薬の際の注意点
  (2)血圧(上竹勇三郎・下澤達雄)
   ・薬物治療開始までの流れ
   ・降圧剤の選び方(ACEI,ARB,長時間作用型CCB,α遮断薬)
   ・β遮断薬
   ・降圧利尿薬
  (3)脂質(塚本和久)
   ・MetSにおける高脂血症の薬物療法:手順と流れ
   ・高脂血症(脂質異常症)治療薬の選び方(フィブラート系薬剤,スタチン,EPA,ニコチン酸誘導体)
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   COLUMN あくまでもライフスタイルの改善を第一に
  (4)上手なMetS治療薬の使い方(窪田直人)
   ・糖尿病治療薬の処方例
   ・降圧薬の処方例
   ・高脂血症薬の処方例
 3 症例から学ぶ
  (1)ハイリスクIGTで長期間糖尿病に移行させずに管理できている症例(太田啓介)
   ・減量によりIGTから糖尿病への移行が見られなかった症例
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   COLUMN どの患者さんに75gOGTTを実施し,ハイリスク症例を発見するか?
  (2)45歳未満で動脈硬化が著しい症例(泉田欣彦)
   ・MetSにおける高度動脈硬化合併症例
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   COLUMN MetSのコントロールは“健康寿命”延長の鍵
サイドノート
 SIDENOTE J-DOIT3(植木浩二郎)
 SIDENOTE 糖尿病対策推進会議(原 一雄)
 SIDENOTE 脂肪肝(NASH)(鈴木美穂)
 SIDENOTE 健康日本21(岡ア由希子)
 付録シート MetS診療のエッセンス(松下由実)

 索引