やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
この本の目指すところ……それは絵本

 私が卒業した昭和56年,形成外科はまだ一般的ではなく,どこの病院にでもあるというわけではなかったし,形成外科の講座を持たない大学も多かった.自治医科大学を卒業した私はたまたま形成外科のある病院で多科ローテート研修を行ったが,このときの経験が僻地診療において非常に役に立った.とくに形成外科の知識は,内科医として僻地へ赴任した当日から早速役に立った.当時田舎の病院では,顔面挫創は大きな針に太い絹糸を付けてザックザックと縫っていたので,ブラックジャックのようなキズのある子供が外来に来て驚いたものだ.当然,細い針付きナイロンなんて気の利いた物はなく,糸巻きごとアルコール瓶に浸けてあるナイロン糸を30センチずつ切って使っているのを見てまた驚いた.
 田舎の病院では,卒後間もない若い医師が開腹手術をすることはまずないが,顔面や手の外傷・熱傷の処置を必要とされる機会は非常に多い.また,皮膚の腫瘍について相談されることもよくあるが,皮膚科的な「見る目」と形成外科の「手技」を要求される.当時の私は決して無理をせず,それまで学んだことを思い出しながら,自分の実力に合わせてかなりの件数の手術を行っていた.このころの経験を基に本書では,(1)誰にでも行える形成外科的手技,(2)常識と思われてきた間違い・意外と教わらない常識,(3)遭遇する頻度の高そうなもの,(4)後方施設に搬送するまでにしておくべきこと・してはならないこと,(5)アザ,先天異常や皮膚悪性腫瘍などをどこへ紹介するか,を他科の外科系医師,診療所の医師にわかりやすく解説することを目的とした.また,日常の診療において悩みの種である「難治性潰瘍・瘻孔」,「褥瘡」の章は充実させたつもりである.これまで紹介先が分からず諦められていた疾患や外傷が少なからずあるので,マイクロサージャリーなど一般的ではない分野も紹介した.
 当時の教科書は,写真はわずかで,しかもモノクロであった.また,メジャーの科と違って本の種類が少なく,視覚的な情報を得るのはなかなか困難であった.本書は形成外科のすべての分野を網羅した訳ではないので,形成外科を志望する若い先生方には物足りない内容かもしれないが,極力良い写真と多くの内容を掲載したつもりである.本書では積極的にカラー写真を掲載したので,忙しい人は絵本のようにパラパラとめくって何度も絵を見て,視覚から大脳にインプットしていただけたらと思う.皮疹やデザインは100万回説明しても写真を見るほどの説得力はないので,本書ではカラー写真を多くして,文章はできるだけ短く箇条書きにした.情報量の少なかったその当時に苦労したことや理解できなかったことも,今となっては良い思い出ではあるが,これからの若い先生方にはこのような無駄なエネルギーを費やさずに,もっといろいろ勉強していただきたい.そのために本書が微力ながらでもお役に立つならば幸甚である.
 2003年4月
 著者を代表して 青 雅一
◆総論
皮膚と皮弁の知識
 皮膚の構造
 血行形態からみた皮弁の分類
   古典的分類 /新しい皮弁の概念と分類 /穿通枝皮弁の位置付け /その他の皮弁
基本的な処置と医療材料
 局所の処置
   消毒・ガーゼ交換のやり方 /洗浄法の見直し
 軟膏およびその他の外用剤
   種類 /使い分け /使い方 /ステロイド軟膏のランク
 縫合糸の選択
   針付き縫合糸のいろいろ
 テープ類
   滅菌テープ /非滅菌テープ
 人工材料
   創傷被覆材 /人工真皮 /ティッシュー・エキスパンダー
 MRSA感染対策
   培養 /外来にて /病棟にて
形成外科で用いられる手術手技
 手術器械と基本手技
   基本セット /皮膚切開 /皮膚縫合 /真皮縫合 /三点縫合 /単純切除・縫縮 /dog-earの修正
  Pitfall 思いこみ
 Z-形成術とその応用
   Z-形成術 /Z-形成術の応用および他法との併用
 W-形成術と瘢痕拘縮形成術
 局所皮弁による小欠損の修復
   伸展皮弁 /V-Y(Y-V)伸展皮弁 /横転皮弁 /回転皮弁 /菱形皮弁 /slide-swing plasty /双葉皮弁
 植皮術
   全層植皮 /分層植皮 /網状植皮 /patch graft
 複合移植
 その他の有茎皮弁
   島状皮弁 /鼻唇溝部皮弁 /sca lping forehead flap /遠隔皮弁 /switch flap /Abbe flap /胸三角筋部皮弁
 筋皮弁
 穿通枝皮弁
 マイクロサージャリー
 皮膚剥削術(アブレージョン)

◆外来小手術と外科的処置
1.生検
2.切開・排膿
3.粉瘤
4.陥入爪(いわゆる巻き爪)
5.液体窒素による凍結療法
  1)脂漏性角化症(老人性疣贅)
  2)老人性(日光)角化症
  3)糸状疣贅,皮角,軟性線維腫(いわゆる skin tag)
  4)尋常性疣贅(いわゆるイボ)
  コツ 液体窒素による凍結療法
6.胼胝腫および鶏眼(いわゆるタコとウオノメ)
7.母斑細胞母斑(黒子,いわゆるホクロ)
  コツ ホクロのくりぬき切除法
8.黄色腫,眼瞼黄色板
9.耳介血腫および軟骨膜炎
10.ガングリオン
11.釣り針の処置
12.爪甲剥離
13.爪下血腫
14.指尖部の小欠損

◆救急・外傷
外傷(総論)
 1.新鮮外傷に対する考え方
   1)日常診療で必要な新鮮外傷処置とは
   2)minor injuryであっても軽んずべからず
   3)汚染創と感染創
   4)創処理までに行うこと
 2.局所麻酔と神経ブロック
   1)上肢の神経ブロック
   2)顔面の神経ブロック
   3)噴霧浸潤麻酔と粘膜浸潤麻酔
  Pitfall 急性局所麻酔中毒の対処
  Pitfall 局所麻酔における Pitfall
 3.汚染創の取り扱い(縫合してはならない創)
   1)創の洗浄とデブリードマン
   2)縫合すべきか開放創とするか
   3)専門医に紹介する必要がある場合の初期治療は
 4.縫合法
顔面外傷
 1.顔面外傷の初期治療
 2.顔面軟部組織損傷治療時の注意点
   1)縫合処置の実際
   2)術後創管理と瘢痕拘縮に対する考え方
 3.顔面骨骨折の診断(総論)
   1)顔面骨骨折のパターン
   2)顔面骨骨折診断のポイント:X線撮影を行う前に
   3)X線撮影
   4)手術時期の決定
 4.顔面骨骨折の診断と治療方針(各論)
   1)鼻骨骨折
   2)頬骨骨折
   3)下顎骨骨折
熱傷
 1.新鮮熱傷の初期治療:自分で診るか紹介するか
   1)重症熱傷とは
   2)特殊な重症症例について
   3)重症度の診断
   4)入院治療の望ましい熱傷
 2.新鮮熱傷の初期治療の実際
   1)救急室での処置手順
   2)救急処置
   3)広範囲熱傷の初期輸液
   4)局所処置

◆各論
手の外科
 1.手の診断
 2.手の外傷(開放損傷)
   1)外傷の初期治療の原則
   2)切断指の治療
   3)神経・腱の断裂例
   4)指尖部損傷・切断の治療
   5)指骨の骨折
   6)指の装具等
  Pitfall 指輪が抜けない
 3.炎症性疾患
   1)爪周囲炎・■疽
   2)腱鞘炎,弾撥指(バネ指)
 4.手の腫瘍
   1)ガングリオン
   2)巨細胞腫
   3)内軟骨腫
   4)グロームス腫瘍
 5.Entrapment Neuropathy
   1)肘部管症候群
   2)手根管症候群
 6.手のリウマチ
   1)関節リウマチ
   2)ヘベールデン結節
 7.その他の疾患
   1)デュプイトレン拘縮
   2)反射性交感神経性萎縮症
先天異常
 1.唇裂と口蓋裂
   1)手術について
   2)言語,咬合,難聴の治療
 2.顎変形・咬合異常
   1)手術前準備と術後治療
   2)手術
 3.指(趾)の異常
   1)多指(趾)症・合指(趾)症
   2)裂手・裂足
   3)巨趾症
 4.眼瞼の異常
   1)先天性眼瞼下垂症
   2)内反症
   3)睫毛乱生
   4)内眼角贅皮
 5.耳の異常
   1)副耳
   2)耳前瘻孔
   3)小耳症
   4)埋没耳
   5)コップ耳
 6.口の中の小さな異常
   1)舌小帯短縮症
   2)上口唇小帯短縮症
 7.第1・第2 鰓弓症候群または横顔面裂
 8.鰓原性嚢胞および瘻孔
   1)正中頸嚢胞および瘻孔
   2)側頸嚢胞および瘻孔
 9.毛巣洞
 10.尿膜管洞
 11.臍ヘルニア
 12.その他
あざ(母斑・血管腫)と母斑症
 1.母斑
   1)表皮母斑
   2)脂腺母斑または類器官母斑
   3)扁平母斑
   4)母斑細胞母斑または色素性母斑
   5)太田母斑と伊藤母斑
   6)蒙古斑
 2.血管腫
   1)単純性血管腫
   2)苺状血管腫
   3)海綿状血管腫
   4)血管拡張性肉芽腫または化膿性肉芽腫
   5)動静脈奇形
   6)星芒状血管腫
 3.母斑症
   1)(ブールヌヴィーユ・)プリングル病または結節性硬化症
   2)レックリングハウゼン病
   3)色素血管母斑症II型
   4)スタージ・ウェーバー症候群
皮膚および軟部組織の良性腫瘍
 1.上皮性腫瘍
  I.表皮由来
   1)表皮嚢腫(粉瘤)
   2)皮様嚢腫
   3)脂漏性角化症
   4)老人性角化症
  II.毛包脂腺系
   1)毛母腫または石灰化上皮腫
   2)ケラトアカントーマ
   3)毛孔腫
   4)毛包腫
   5)毛包上皮腫
   6)稗粒腫
  III.エックリン汗腺系
   1)エックリン汗孔腫
   2)汗管腫
   3)澄明細胞汗腺腫
   4)アポクリン汗嚢腫
   5)エックリンらせん腺腫
 2.非上皮性腫瘍
   1)皮膚線維腫
   2)脂肪腫
   3)真性ケロイド
  Pitfall 安易な切除は禁忌!
   4)神経鞘腫
   5)血管平滑筋腫
   6)外骨腫(骨軟骨腫)
 3.メラノサイト系腫瘍
   1)青色母斑
   2)若年性黒色腫
 4.皮膚以外の組織に発生する腫瘍
  耳下腺腫瘍
皮膚悪性腫瘍
 A.上皮性腫瘍
   1)基底細胞上皮腫(基底細胞癌)
   2)ボーエン病
   3)有棘細胞癌(扁平上皮癌)
   4)毛包系悪性腫瘍
   5)エックリン汗腺系悪性腫瘍
   6)ページェット病
 B.間葉系腫瘍
   1)隆起性皮膚線維肉腫
   2)悪性神経鞘腫
   3)血管肉腫
 C.メラノサイト系腫瘍
   悪性黒色腫
  Pitfall 悪性黒色腫への対処
難治性潰瘍・瘻孔
 1.創治癒を遷延させる因子
 2.治療法
 3.病態別各論
   1)骨が露出した小さな皮膚欠損
   2)静脈瘤症候群〜うっ滞性皮膚炎
   3)外歯瘻
   4)糖尿病性壊死〜潰瘍
   5)腱・骨が露出したやや大きな皮膚・軟部組織欠損
   6)悪条件下での処置・手術を行うとき
   7)その他の症例
感染症
 1.日常よくみられる感染症
   1)膿瘍
   2)炎症性粉瘤
   3)毛巣洞
   4)殿部慢性膿皮症
   5)化膿性汗腺炎
   6)尿膜管洞
   7)尋常性疣贅(いぼ)
 2.見逃がしてはならない重症感染症
   1)壊死性筋膜炎―忘れてはいけない怖い病気
褥瘡
 1.好発部位
 2.分類
 3.保存的治療
   1)病棟での保存的デブリードマン
   2)バイオフィルムの除去と洗浄
   3)消毒
   4)外用剤
   5)ドレッシング材
   6)感染対策
 4.入浴について
 5.外科的治療
   1)デブリードマン
   2)手術
  コツ 座骨部の再建
 6.環境整備と周術期の管理
   1)体位変換と除圧
   2)失禁対策
   3)清潔
マイクロサージャリー
 1.血管柄付き遊離組織移植
 2.神経の移植(遊離・血管柄付き)または再建
 3.リンパ管の手術
 4.涙道再建
 5.その他

 索引