やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序にかえて

 かつて一時期,人類は感染症克服の目処がついたとの錯覚にとらわれたことがあった.それは感染症を得意とする医師の激減をもたらし,影響は今日にまで及んでいる.しかし近年における感染症の復権により,その誤りはいまや明白となり,医療関係者すべてがそれぞれの持ち場で感染症に対する認識を深め,正しく対応する能力を備えることが求められているといえる.
 本書『現代感染症事情<上・下>』は,そのような見地から,第一線の専門家の執筆による医療関係者のための手頃で最新の感染症読本として企画された.ただし教科書ではないので,取り上げる感染症の選択は決して網羅的ではないことをおことわりしなくてはならない.微生物,すなわち細菌,ウイルス,真菌,原虫が引き起こす典型的な感染症が主体であるが,大形の寄生虫による疾患,さらには毒グモの話題にも触れられている.また上・下巻を合わせて全体の展望ができるように構成されている.
 本書は,もともと歯科医学雑誌のコラム連載を「知っておきたい現代感染症事情」として書籍化(1999 年)したものが原形である.このたび,より広範囲の読者を想定し,あらためて執筆者各位に最新のトピックスの追加または全面的な書き直しをお願いして,現在の感染症のありのままの姿を描き出すことに努めた.内容は,医師に限らず,他の医療分野の関係者はもちろんのこと,感染症に関心をもつ他分野の方々にも十分お役に立つものを備えているので,より広範囲の方々にも利用していただけるならば編者として望外である.
 2003年3月
 中山宏明・多田 功・南嶋洋一
 上巻:序にかえて 中山宏明・多田功・南嶋洋一

第1章 感染症の復権
 ◆現代の感染症 中山宏明・多田功・南嶋洋一
    感染症の過去と現在/新しい病原体(感染症)の登場/感染症は甦る/感染症の変身/感染症の国際化/感染症の版図拡大/日和見感染症の跳梁/苦戦する化学療法/寄生虫疾患の脅威/プリオン病/生物兵器とバイオテロリズムの脅威/おわりに
 ◆感染症の ABC 中山宏明・水口康雄
    はじめに/感染と感染症/病原微生物/外因感染と内因感染/感染源・感染経路・侵入門戸/感染量/感染防止対策の一般原則/ワクチン/人間集団における伝染病の発生のしかた/感染症の根絶/おわりに
第2章 古くて新しい感染症
 ◆ペスト 渡邊治雄
    はじめに/西インドにおけるペスト/西インドペスト騒動からの教訓/世界のペスト/ペストの診断/ペストの治療および予防/おわりに
 ◆レンサ球菌性毒素性ショック症候群 大國寿士・留目優子・渡邉ユキノ
    はじめに/S.pyogenesとは/STSSの臨床ならびに検査所見/わが国における STSSの発生と分離菌株の性状/STSSの診断と治療/おわりに
 ◆細菌性赤痢とその周辺 水口康雄
    わが国における赤痢の変遷/赤痢とは―その原因微生物/感染症法における赤痢への対処法/赤痢の集団発生/拡散型の集団発生/国民の責務
 ◆新型コレラの出現 竹田美文
    コレラの世界流行/O1型コレラ菌/新型コレラ菌の発見/V.choleraeO139Bengalの性状/O139 ベンガル型コレラ菌によるコレラの流行/O139 ベンガル型コレラ菌による下痢症の臨床症状/O1型コレラ菌の消滅と再出現
 ◆抗酸菌感染症 山田 毅
    はじめに/HIV-1 感染は結核菌感染を助ける/菌の侵入を受けた mφは大きく分けて 2 種類のサイトカインを分泌する/結核免疫成立と発病のときのサイトカイン/結核感染は HIV-1 感染を助ける/HIV-1 感染と結核菌感染が相乗的であることを示唆するより直接的な証拠/おわりに
 ◆ツツガムシ病 橘 宣祥
    はじめに/発生増加の要因/病因・病態/臨床症状/検査所見/診断/治療/おわりに
 ◆インフルエンザウイルス 松嵜葉子
    はじめに/ウイルスの構造/ゲノムの特性/生態と抗原変異/トリに対する病原性/香港における H5N1 ウイルス事件
第3章 ニューフェイス感染症
 ◆ヘリコバクター・ピロリ感染症 中澤晶子
    はじめに/ヘリコバクター・ピロリの発見/ヘリコバクター・ピロリはなぜ胃に定着できるか/ヘリコバクター・ピロリはどのようにして胃粘膜障害を起こすか/ヘリコバクター・ピロリの検査/ヘリコバクター・ピロリの除菌治療/ヘリコバクター・ピロリの疫学と感染経路/おわりに
 ◆レジオネラ症 吉田眞一
    はじめに/分類と形態・性状/生態/感染源と感染経路/病原性と病原因子/レジオネラ症の診断と治療/免疫/院内感染起因菌としてのレジオネラ属菌/温泉とレジオネラ/おわりに
 ◆食品媒介性リステリア症 丸山務
    はじめに/Listeria monocytogenes/食品媒介性リステリア症の集団発生/食品媒介性リステリア症の散発発生/わが国におけるリステリア症/食品汚染/リステリアの低温増殖性/食品の低温流通とリステリア症
 ◆ライム病 橋本喜夫・宮本健司
    はじめに/病因と病態/診断法/検査法/日本の臨床例の特徴/治療法と予防法
 ◆腸管出血性大腸菌感染症 余明順・本田武司
    はじめに/腸管出血性大腸菌感染症の特徴/臨床症状/Stx/診断/治療/感染ルートと予防
 ◆新興原虫感染症 ―クリプトスポリジウム症とサイクロスポーラ症―  井関基弘
    はじめに/病原体/感染経路/症状/診断と治療/疫学/感染予防
 ◆ハンタウイルス感染症 倉田 毅
    ハンタウイルス感染症とは何か/歴史的背景と疫学/ウイルスの性状と感染経路/HFRSと HPSの臨床症状/ハンタウイルス感染の病理/診断・予防・治療/おわりに
第4章 日本にもあった感染症
 ◆Q熱 平井克哉
    病原体と宿主域/病態/世界における Q熱/日本における Q熱/ヒトの抗体保有状況/ヒトから C.burnetiiの分離と遺伝子検出/動物の抗体保有状況/動物から C.burnetiiの分離と遺伝子検出/日本分離株の諸性状/今後の展望/診断/治療
 ◆紅斑熱 小田 紘
    はじめに/日本における紅斑熱症例の発見と病原リケッチアの分離/病原体/日本紅斑熱の感染経路と症状/疫学/診断/治療/おわりに
 ◆ネコひっかき病 小田 紘
    はじめに/新しい病原体発見の経緯/A.felisと B.henselae/ネコひっかき病の病態と症状/病理像/感染経路と疫学/診断/新しい診断基準の確立にあたって/微生物学的検査法/治療/おわりに
第5章 抗生物質の限界?
 ◆院内感染と MRSA 伊藤輝代・平松啓一
    はじめに/MRSAとは/MRSA出現の背景/メチシリン耐性を運ぶ遺伝因子:SCCmec/対策
 ◆薬剤耐性の趨勢 橋本 一
    はじめに/薬はなぜ効くのか?/菌はいかに耐性化するゥ/薬剤耐性の遺伝学的背景/高度耐性化/高度多剤耐性菌への対策
 ◆日和見真菌感染症 澤江義郎
    はじめに/深在性真菌症の現状/深在性真菌症の基礎疾患と誘因/深在性真菌症の臨床像の特徴/深在性真菌症の診断/深在性真菌症の治療

 索引