Book Review
動画とイラストで学ぶ 抜歯のテクニック
齊藤 力 編著 高野伸夫 著



●自由な決断を大切にしたい方へ
 抜歯をしなければならないとき,抜歯をしたほうがいいと感じたとき,患者さんから抜歯を依頼されたときを含めて,どうして抜歯するかを説明し納得してもらうのが普通だろう.痛みや不便さを解消するためならばわかりやすいが,当面の問題がなくても術者は常に患者さんの将来のことも視野に入れて,その歯が口腔内全体にとって害になりそうだと判断した場合に,そのリスクを回避するために抜歯を説明する.患者さんの応答はさまざまで,同意もあるし拒否もある.拒否されたとしてもそれはそれでいいのかもしれない.問題は,抜歯をしたほうが患者さんのためにはいいのではと思いながら,技術的に難しそうだからという理由で説明を躊躇したり,リスクが現実になるまで気づかないことにしたりしてしまうことである.その不作為は問題だ.必要ならば技術の壁を越え抜歯を決断できる,そんな決断の自由が臨床では大切だろう.
 そうした技術の壁を乗り越え自由な決断を望むとき,本書の存在価値があり,その意味ではわが国で最初といいきれるほど丁寧で,しかも基本のすべてを網羅したまさに臨床の教科書である.

●赤面したくない方へ
 10年の経験があれば,抜歯を恐れることはもうないかもしれない.実際,私も10年どころかその3倍は臨床をやっているから,本書を開けるまでは抜歯についての悩みはほとんどないと平気で思っていた.無理と思えば近づかないという例の不作為を決め込んでも,特にそれが問題につながらないという過去の経験も手伝っている.
 しかし,この本を開いてDVDを見て,思わずあたりを見回した.赤面している自分が見つからないように.この本は学生や卒直後の臨床研修医のために書いたと言っているが,実は,経験を頼りに漫然と自己流のまま臨床を重ねている私のような者にも必要な本ではないか.眠くなったり,姿勢が悪くなったとき背中をピシッと叩かれる座禅の「警策」のような,そんな本でもある.本書によって,ひょっとすると術式の反省にとどまらず,診療室のシステム変更を突きつけられる結果になるかもしれない.そうなったら,救われるのは本を開いた先生であり,そして先生の患者さんである.

●内容を知りたい方へ
 結局,抜歯の術式はただ抜ければいいというのではなく,偶発症を起こさず,そして,抜歯後にすみやかにきれいに治癒してくれるということを含めて抜歯という.それには何が大切なのかが,目次内容を見るとよくわかる.手指の消毒法,術者の姿勢,患者の体位,患者との位置関係,使用する器具,器具の選択,麻酔,鉗子,挺手の作用原理,抜歯操作.そして,実際編として,症例,抜歯の偶発症の種類と対応,抜歯創の治癒などが豊富な写真とイラストによって丁寧に書かれている.

●DVDをお持ちでない方へ
 臨床の生涯研修は納得より体得である.特に動作を伴う歯科の研修は,近々,いやすでにDVDの時代になっていると思う.今後さらに,DVDによる学術情報が増えてくると思う.装置をお持ちでない方は,今後のことを考え,ぜひお買い求めいただきたい.無駄にはならないとだろう.
 釣りは鮒に始まり鮒に終わる−これは本書の冒頭の書き出しである.つまり,口腔外科は抜歯に始まり,抜歯に終わるぐらいに奥の深い手術で,基本的な抜歯の術式を学ぶことが口腔外科にとどまらず,歯科臨床のすべてのスタートだと考えてもいいのだろう.本書によって,臨床の扉を開けてみよう.

宮地建夫
(東京都千代田区開業)