やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば
 2004年に始まった新医師臨床研修制度(以下,新制度と略)は,卒後 2年間の初期研修医のほぼ全員を対象とするものである.したがって,その 2年間に修得すべき基本的手技も,初期研修医全員にとっての必須である.それ以前,つまり 2004年より前の実に長い間,日本の初期研修医は不幸であった.初期研修用の教育の提要が,欧米先進諸国とは異なり,同胞諸先輩から明示されなかったからである.だから象徴的に言うと,飛行機や列車の中で,「ただいま急患が発生しました.お客さんの中で,どなたかお医者さんはおられませんか?」というアナウンスがあったときに,現役医師の大半が各々の専門性の壁を越えて自然に対応できるというわけではなかったのである.
 この新制度下での達成度は,幅広い臨床能力の獲得の点でも,地域病院と大学病院の研修内容の近似化の点でも比較的満足のいくものであったのに,ごく最近思わぬ横槍が入ることになった.医師派遣機能の弱体化に困り切った大学医局が,新制度の“弾力化”を打ち出したのである.すなわち, 2年間の研修義務年限が実質的に 1年間に短縮され, 2年目は将来の専門性の方向に舵を切る風が吹き荒れだした.近年の地域医療崩壊・病院崩壊にはかなり複数の要因が絡んでいるのに,新制度のみをあげつらうのは思考の短絡である.
 厚生労働者は,今のところは,「到達目標の温存」の看板を下ろしていない.しかし,到達目標を1年間で掛け値なしに達成するのは,精鋭の研修医以外には無理だから,“弾力化”は新制度の「後退」に違いない.これではだめだ.なぜならほんの少し以前までは,日本の医学生の卒業時点での平均的な基本的臨床能力は,基本的手技も含めて,欧米先進諸国や米英の教育的影響が強い一部の東南アジア諸国の水準と比べて格段に見劣りがしていたからである.
 卒直後の基本的臨床能力のどっしりとした構築は,総合医(病院総合医から家庭医まで)を志す研修医にとってだけでなく,専門医としての将来の先端医療分野での開花にとっても貴重な財産になりうる.高き山の裾野は広く,深きボーリングの直径も大きいものである.将来の眼科志望医にとっての肩関節脱臼の徒手整復,精神科志望医にとっての骨髄穿刺の意義にも考えを及ぼしてほしい.
 さて本書を手に取ると,どの項目も実に簡潔明瞭に記載されているのが目立つ.写真や図がことのほか多く,しかもカラーなので,とても読みやすい.「Point」や「コツ」,「Pitfall」,また「 Column」や「Memo」の多用は,チーム医療下での屋根瓦式教育指導の雰囲気を醸し出す.それも道理であり,執筆陣は30歳前後のお兄さん・お姉さん格の先輩勤務医だという.ポケット版なのも,研修医には嬉しい.
 繰り返しになるが,21世紀初頭の日本の初期研修医は,本書のどの項目にも目を通してほしいものである.

 2010年9月
 松村 理司
 洛和会音羽病院院長


 2004年以来,わが国ではそれまで努力目標にすぎなかった医師臨床研修が必修化され,住民や患者さんの多様なニーズに応えられる総合医を目指す行動目標が定められました.私たちはこれまで『当直医マニュアル』,『外来医マニュアル』,さらに『臨床医マニュアル』を上梓し,総合的な臨床医の知識水準・理論的背景の水準について提案してきました.その中で初期研修医が獲得すべき診療実技(手技)に関する研修は,実地研修の中で獲得すべきもの,としてきました.
 象牙の塔での初期研修を避け,最初から第一線医療現場を選択してきた私たちは,2003年以前から総合的な io-psycho-social modelに基づく診療を行ってきた自負をもつものです.そこで,初期臨床研修で獲得すべき実技書を今回は計画しました.
 その際,『当直医マニュアル』で目指した「現場でぐに参照できる」コンセプトを継承しています.実のポイントや itfallをわかりやすくビジュアル化,コツが伝授できるよう,工夫しました.具体的に,診療実技を実施するうえで意識することが重要なを「Point」,上手に施行できるために知っていて欲いものを「コツ」,合併症に陥りやすい点や,これでに実技(手技)を習得してきた者がハッとした経がある項目を「Pitfall」として盛り込みました.さに,実技(手技)とは直接関係なくても,その実技手技)の関連として知っていていただきたいことを,「Column」「Memo」としてまとめました.臨床現場で獲得すべき実技(手技)の minimum requirementとしては, 2004年からの臨床研修の行動目標に掲げられた「経験すべき手技」をすべてカバーしています.
 よって,屋根瓦方式での臨床研修を念頭に,実際の研修を指導する側の医師にも役立つ内容になっていると自負しています.
 これまでの 3マニュアル同様,この『研修医手技マニュアル』をご利用いただき,よりよい臨床医を目指していただく一助になれば幸甚です.
 読者からの忌憚なきご批判・ご要望をお待ちしています.
 最後になりましたが,新しい「マニュアル」シリーズを発刊するにあたり,今回も多大なご尽力をいただきました医歯薬出版株式会社に感謝いたします.

 2010年 9月
 編者一同
 心得
1 気道確保
 ・用手的気道確保
 ・エアウェイ
2 人工呼吸
 ・バッグバルブマスク換気
  Memo 有効な人工呼吸がてきているかの確認事項
3 気管挿管
  Memo 挿管チューブ,スタイレットの準備
4 胸骨圧迫(心マッサージ)
5 除細動
 ・カルディオバージョン−(非同期)除細動
 ・同期下カルディオバージョン
  Memo 小児用除細動パドル
6 圧迫止血法
  Memo 用手圧迫法(出血局所の直接圧迫) 支配動脈圧迫(間接圧迫) ガーゼをさばく 鼻出血(間接圧迫&直接圧迫)
7 包帯法
  Memo 包帯の巻き方
8 注射法
 ・皮内注射
 ・皮下注射
 ・筋肉内注射
  Memo 注射部位の選択 皮下横断図とシリンジの持ち方 注射部位の選択
9 点滴法
  Memo 点滴速度の調整について 速度低下の原因検索
10 末梢静脈確保
  Memo 禁忌の状況 貫通した場合は
11 中心静脈カテーテル挿入
 ・穿刺部位別のアプローチ方法
 ・肘部皮静脈穿刺
 ・エコーガイド下リアルタイム穿刺
  Memo カテーテルキットの選択
12 採血法
 ・静脈採血
 ・動脈採血
  Memo 偶発症とその対応 動脈穿刺の穿刺部位の選択基準 シリンジ内の気泡の影響について modified Allen test(アレンテスト)について
13 腰椎穿刺
  Memo 穿刺部位の選択と体位
14 骨髄穿刺
  Memo 穿刺部位の選択
15 胸腔穿刺
 ・ドレナージの場合
16 腹腔穿刺
  Memo 穿刺部位の選択
17 導尿法・尿道カテーテル留置
18 ドレーン・チューブの管理
19 胃管の挿入と管理
20 局所麻酔法
 ・局所浸潤麻酔
 ・伝達麻酔(神経ブロック)
21 創部消毒・ガーゼ交換
 ・消毒全般
 ・ガーゼ交換
22 簡単な切開排膿
23 皮膚縫合
 ・結節縫合
 ・垂直マットレス縫合
 ・器械結び
24 軽度外傷の処置
 ・擦過傷・切傷・挫創
 ・打撲・捻挫・(転移のない骨折)
  Memo 足関節骨折評価のX線撮影の適応 膝関節骨折の評価(Ottawa Knee Rule) 頸椎の評価(Canada C−spine Rule)
25 脱臼の徒手整復
 ・肘内障
 ・肩関節
 ・顎関節
26 軽度熱傷の治療処置
27 感染制御
 ・スタンダードプリコーション(標準予防策)
 ・手洗い
 ・血液暴露事故防止
 ・破傷風対策
 ・予防接種
  Memo 破傷風の診断治療チャート
付 ACLSアルゴリズム
 ・心肺停止アルゴリズム
 ・頻脈アルゴリズム
 ・徐脈アルゴリズム
 糸結び(結紮)
 自己評価表

 索引

 Column
  ・気道確保は最重要
  ・バッグバルブマスクとジャクソンリースについて
  ・乳児の蘇生
  ・筋肉内注射で「揉む」ことについて
  ・エコーガイド下穿刺の可能性
  ・causalgia(カウサルギー)について
  ・局所麻酔について
  ・真空管採血の注意点
  ・エア針
  ・CART療法(腹水濾過濃縮再静注法)
  ・スキンステープラーについて
  ・挫傷と挫創について
  ・切断四肢(指趾)の保存
  ・湿布について
  ・コンパートメント症候群