やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 食べ物を咀嚼して嚥下する際,肺呼吸をしている動物ではたえず誤嚥(本来,食道の中に入るべき食塊が,誤って肺の中に入ること)の危険性を伴います.ヒトは咽頭の空間が広いため,特にその危険度が増し,高齢になると危険度はさらに増します.高齢になると,喉頭自体が下がり,また筋の衰えから飲み込みにくくなるからです.正常な場合は,気道に異物が入ると「むせる」ことにより排出しようとしますが,高齢者ではこの「むせる」という反射も弱くなります.
 一方,魚類は,肺がなく鰓呼吸をするため,誤嚥は起こりえません.陸上生活をしている昆虫も,肺がなく体の側面にある「気門」を通じて呼吸していますので,誤嚥することはありません.誤嚥は,肺をもった動物について回ることなのかもしれません.
 肺の起源を考えると,消化管の一部を膨らませ,そこに空気を入れて「ガス交換」を行うようになりました.よって,「ガス交換」に特殊化した構造になっており,食塊のような異物が入ってくると肺炎を起こしてしまいます.非常に小さなものなら,呼吸器系の線毛上皮の働きにより粘液に絡めて「痰」として出すことができますが,大きなものは出すことができません.
 誤嚥の原因を考えるとき,正常な嚥下の仕組みと比較すると容易に理解できるのではないかと思います.誤嚥の種類としては,嚥下前誤嚥,嚥下中誤嚥,嚥下後誤嚥がありますが,そこにはさまざまな器官の異常が関与しています.本書では,デジタルソリューション株式会社のご協力のもと,舌の送り込み不全,鼻咽腔閉鎖不全,咽頭収縮不全,喉頭挙上不全,食道入口部開大不全,声門閉鎖不全と正常嚥下について3DCGの制作を行い,VF,VEとあわせて誤嚥の仕組みを三次元的に把握できるようにいたしました.また,それぞれの仕組みについて簡単な解説を加えました.本書が臨床に携わる医療従事者および学生の皆さまの学習の一助になれば幸いと存じます.
 最後に,本書の企画にご協力いただいた広島大学大学院医歯薬保健学研究院の二川浩樹教授,デジタルソリューション株式会社の開発者の皆さまおよび医歯薬出版株式会社の担当者に心からの謝意を表します.
 平成26年8月
 監修者を代表して 里田隆博
第1章 摂食嚥下に関わる器官の異常
1 舌の送り込み不全
2 鼻咽腔閉鎖不全
3 咽頭収縮不全
4 喉頭挙上不全
5 食道入口部開大不全
6 声門閉鎖不全
 第1章のまとめ
第2章 誤嚥のメカニズム
1 誤嚥評価のためのVF,VEの特性
2 嚥下前誤嚥
3 嚥下中誤嚥
 第2章のまとめ

 Break Time
  舌の起源
  軟口蓋の筋の変わり者
  呼吸の仕組み
  「むせる」ことの大切さ
  なぜ誤嚥で肺炎?
  消化管は「何でも来い」
  自分で嚥下の仕組みを体験しよう