やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 わが国に作業療法士が誕生して40年の時が過ぎた.近年,養成施設の増加によって作業療法士数は急増しており,2006年12月現在,(社)日本作業療法士協会の会員数は29,000名を超え,そのうち精神障害領域で働く作業療法士は4,000名を数えるに至っている.
 作業療法の現場も大きく様変わりしてきている.編者らが作業療法士になりたての1980年代は,病院環境や対象者の処遇といった,作業療法実践以前の課題が大きく立ちはだかっていた.新参者の作業療法士には情報を整理する能力や新たな方策を提案する力はなく,たじろぐばかりであった.また,生活療法という歴史の大きな遺産は良きにつけ悪しきにつけ,若い作業療法士たちを翻弄した.早い時期からの地域生活支援もまた,手探りでの実践であった.未熟ではあったが,ただひたすら「対象者のために」と願って現場を変える努力を続けてきた.
 今,日本の精神保健医療福祉は大きな転換期を迎えている.2004年,厚生労働省は精神保健医療福祉の改革ビジョンにおいて「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本方針を打ち出し,改革のグランドデザイン案を公表した.2005年の障害者自立支援法には,これらを具体化するためのさまざまな地域生活支援事業が盛り込まれた.そして医療のなかでは,精神科救急医療システムの整備と病床の機能分化が進み,早期リハビリテーション,退院促進と地域生活への移行支援などが,これまで以上に強く求められるようになった.
 本書は,こうした精神保健医療福祉の改革という時代の要請に応えるため,第1章において精神保健医療福祉の動向を総括し,「今,そしてこれから作業療法がなすべきことは何か」という視点から,早期リハビリテーションへの貢献と長期入院者の退院支援,地域生活支援に焦点を絞って構成した.
 執筆にあたっては,「作業療法実践の基本的視点」(第2章)に立ち返り,「その人らしさ」を保障する「個」を尊重することの意味を問い直し,精神障害をもつ人たちへの生活支援をどのように進めたらよいのか,という問いに答えるよう,最新の情報を盛り込むとともに,できるかぎり実践的な記述を多く取り入れるよう心がけた.このため本書では,第3章「急性期作業療法の考え方と実際」,第4章「退院支援の考え方と実際」,第5章「地域支援のあり方と実際」に多くのページを割いている.これらの章は,主に統合失調症に対する作業療法を想定して記述されているが,臨床ではさまざまな疾患への対応が求められおり,第6章では,「作業療法士が遭遇することの多い疾患の知識と対応の基本」として,うつ病,人格障害,高機能広汎性発達障害,ADHD,摂食障害,その他の精神障害に対する作業療法についての概要を説明した.このため本書は,基礎教育におけるこれまでの精神障害の作業療法テキストを補完すると同時に,現場で活躍する臨床家のための最新の実践書としての性質を併せもっている.
 今後,精神障害をもつ人たちへのリハビリテーションサービスは,欧米のリハビリテーションシステムにみられるように,徐々に医療中心から地域生活を支える包括型支援へと移行していくであろう.そのなかで作業療法士はどのような役割を果たせるか.本書が,新しい時代の作業療法実践の道標として役立つことを切に期待している.
 異なる臨床現場をもちながら実践してきた三人の編者が20数年経って,今までの実践とこれからの作業療法を語り合ったとき,根幹にある同じ思いを確認した.この共感した思いが本書の出版という形となって結実した.はじめは2006年の第40回日本作業療法学会の書籍販売コーナーで手にとってもらえるよう意気込んでいたが,日常の業務に追われ,ようやく編集作業を終えたころには新年を迎えていた.辛抱強く支えていただいた医歯薬出版株式会社の米原秀明氏に感謝申し上げたい.
 2007年1月
 編者:香山明美
 小林正義
 鶴見隆彦

第1章 精神保健医療福祉の動向と作業療法士の役割
 第1節 精神保健医療福祉の動向(山根 寛)
  1.わが国の精神保健医療福祉の歩み
   1)明治初期まで 2)明治初期から終戦まで 3)精神保健法成立まで 4)精神保健法成立以後
  2.精神保健医療福祉施策制度
   1)精神保健医療福祉の改革ビジョン 2)グランドデザイン案 3)障害者自立支援法 4)心神喪失者等医療観察法
 第2節 早期退院・退院支援と地域生活支援(山根 寛)
  1.脱施設化に向けて
   1)精神科救急医療システム 2)病床の機能分化と早期リハビリテーション体制 3)在院長期化防止・退院促進システム 4)包括型生活支援システム 5)質の高い入院療養システム
  2.地域生活支援に向けて
   1)住居と基本的な生活の維持 2)活動の場と就労の援助
  3.心神喪失者等医療観察法に伴う変化
 第3節 作業療法士の役割と課題(山根 寛)
  1.医療領域において
   1)急性期・早期作業療法の確立 2)ニューロングステイの防止 3)長期在院者への対処 4)回復期作業療法の整備
  2.保健福祉領域において
   1)基本的な生活の支援 2)活動・働くことの支援 3)生活を豊かにすることの支援
  3.心神喪失者等医療観察法に関して
第2章 作業療法実践の基本的視点
 第1節 その人らしい生活を支援する視点(香山明美)
  1.その人らしさとは何か
  2.その人らしさを見出すために必要な支援
  3.その人らしい生活を支援する
 第2節 個別性と主体性(小林正義)
  1.主観的体験への配慮
   1)個人作業療法と集団作業療法 2)個別性の重視 3)主観的体験への配慮 4)自己価値について
  2.主体性の確保
   1)主体性の低下:対象者と専門家の「内なる偏見」 2)回復モデルに基づく作業療法実践
 第3節 疾病とその回復過程(香山明美)
  1.回復過程と作業療法の視点
   1)急性期 2)亜急性期 3)回復期前期 4)回復期後期
  2.回復過程の理解を他職種と共有する視点
 第4節 地域生活支援の視点(鶴見隆彦)
  1.精神障害の特性と地域生活
  2.地域生活支援における「生活モデル」
  3.地域生活支援における主体は本人
  4.地域生活支援では健康な面に視点を
  5.「本人の回復」する力を信頼する
  6.段階論からplace-then-trainへ
  7.地域生活支援における連携の重要性
第3章 急性期作業療法の考え方と実際
 第1節 急性期の状態像の理解(小林正義)
  1.統合失調症の発症と回復過程
  2.亜急性期の状態像
 第2節 急性期の作業療法(小林正義)
  1.導入時面接のコツ
   1)作業療法の目的 2)作業療法の開始 3)導入時面接のコツ
  2.評価のポイントと留意点
   1)導入時の情報収集 2)情報収集面接のコツ 3)面接の場の構造 4)作業療法導入後の評価
  3.基本的なプログラム
   1)病棟内フリー活動 2)簡単な身体運動プログラム 3)パラレルな場を利用した個別作業療法 4)早期心理教育
 第3節 回復状態の評価指標(小林正義・香山明美)
  1.統合失調症の回復指標
  2.疲労の回復モデル
  3.行動の広がりと主観的体験の評価─ISDA・SMSF
   1)入院生活チェックリスト(ISDA) 2)ISDAの使用例 3)気分と疲労のチェックリスト(SMSF) 4)SMSFの使用例
  4.クリティカルパスの利用
   1)クリティカルパスの歴史 2)クリティカルパスの定義 3)急性期治療指針と急性期クリティカルパス 4)利用者への説明 5)クリティカルパスのよさを知って利用する
 第4節 急性期の心理教育(香山明美)
  1.急性期における主観的体験の重要性
  2.初期心理教育プログラムの実際
   1)開始の時期 2)進め方 3)運営方法
 第5節 急性期の連携のポイント(香山明美)
  1.連携の基盤
  2.作業療法士にとっての連携の実際
   1)毎日の患者情報を入手する 2)ケースカンファレンスに参加する 3)作業療法プログラム前後の病棟スタッフと情報を共有する 4)作業療法実施報告書はタイムリーに 5)作業療法における目標設定は本人・家族・関係スタッフで共有する 6)多職種連携プログラムの運営 7)地域スタッフとの連携は急性期から
  3.急性期における連携のポイント
 第6節 急性期における家族支援(香山明美)
  1.急性期における家族状況
  2.家族支援のポイント
   1)疲弊・混乱への対応 2)疾病教育 3)希望を見出す
  3.家族教室の進め方
  4.ケア会議への家族の参加
  5.急性期における家族支援の留意点
第4章 退院支援の考え方と実際
 第1節 回復期・維持期の状態像(香山明美)
  1.回復期
   1)病状としての課題 2)環境としての課題
  2.維持期の対象者の状況を理解する視点
   1)心理的側面 2)社会生活能力の側面 3)脳機能の側面 4)本人を取り巻く環境的側面
 第2節 退院支援の基本的な考え方とアプローチの留意点(香山明美)
  1.退院に向けたケアマネジメント
   1)ケアマネジメントとは 2)ケアマネジメントの流れ 3)退院支援とケアマネジメント 4)退院支援プログラムとケアマネジメント
  2.退院支援プログラムの実際
   1)プログラムを組み立てる基本 2)プログラムの運営方法
  3.他職種・他機関との連携
   1)連携とは何か 2)他職種・他機関との連携のポイント 3)連携を確かなものにするために
  4.ケア会議の実際
   1)ケア会議の重要ポイント 2)ケア会議の具体例
  5.社会資源の利用 132
 第3節 退院促進と退院支援の実際(香山明美)
  1.短期入院患者の退院支援:3カ月以内
   1)早期作業療法事例 2)短期入院者の退院支援のポイント
  2.長期入院者の退院促進
   1)比較的モチベーションがつきやすい例 2)重度の症例
 第4節 退院支援における家族支援(香山明美)
第5章 地域生活支援のあり方と実際
 第1節 地域生活支援における再発予防のためのかかわり方(鶴見隆彦)
  1.地域生活支援の基本的考え方
  2.地域生活における再発と回復
  3.再発への対処モデルである生物─心理─社会モデル
  4.再発予防のための対処行動の共有
  5.再発予防への介入
 第2節 地域におけるケアマネジメントの展開(鶴見隆彦)
  1.ケアマネジメントの歴史
  2.ケアマネジメントとは
   1)障害者ケアマネジメントの定義 2)ケアマネジメント実施機関と資格
  3.ケアマネジメントの基本的姿勢
  4.ケアマネジメントの過程と実際
   1)ケアマネジメントの過程 2)ケアマネジメントの実際 3)ケア会議
 第3節 地域生活支援における連携のポイント(鶴見隆彦)
  1.連携を妨げる要因
  2.地域スタッフの資質と養成
  3.連携のポイント
 第4節 社会資源の活用(鶴見隆彦)
  1.地域の社会資源と種類
  2.地域の社会資源の把握
  3.作業療法室を出てアセスメント
  4.基礎となる居住支援 “housing”
  5.社会資源活用のための連携
 第5節 外来作業療法における支援の実際(小林正義)
  1.外来作業療法の目的
  2.導入時の留意点
  3.生活調査・アセスメントのコツ
  4.外来作業療法の実践
  5.心理教育的配慮
   1)睡眠の確保 2)服薬管理 3)自己管理 4)自己価値と自尊心
 第6節 デイケアにおける支援の実際(鶴見隆彦)
  1.デイケアの概要
  2.地域生活支援からみたデイケアの目的と位置づけ
  3.デイケアでの心理教育の必要性と治療構造
  4.デイケアでの心理教育プログラムの編成
  5.心理教育プログラムの実際
  6.コーディネーター役としてのデイケア
 第7節 訪問による支援の実際(香田真希子)
  1.訪問支援の実際
   1)目的 2)意義──入院環境の限界と入院から地域へのスムーズな移行 3)基本理念 4)訪問による生活支援プロセス 5)スタッフの技量
  2.ACTの可能性
   1)ACTとは 2)ACTの特徴
  3.訪問支援における診療報酬制度
 第8節 就労支援の実際(楜澤直美)
  1.当事者へのアプローチ
  2.自己決定に伴う障害の「開示」「非開示」
  3.目標管理するという方法
  4.当事者を取り巻く環境へのアプローチ
 第9節 社会復帰施設における支援の実際(腰原菊恵)
  1.「住む」に関する施設
   1)施設の概要 2)利用の仕方 3)支援の実際 4)具体例
  2.「日中活動する」に関する施設
   1)施設の概要 2)利用の仕方 3)支援の実際 4)具体例
 第10節 地域での家族支援(鶴見隆彦)
  1.地域での支援対象としての家族
  2.家族への支援目標と方法
  3.家族への心理教育の実際
  4.家族プログラム運営上の注意点
  5.個別の家族相談アプローチ
 第11節 当事者活動の支援(楜澤直美)
  1.「ピアグループ」とは
  2.当事者相互の力をグループで活用する
   1)事例1:就労支援のアプローチから生まれたピアグループ 2)事例2:家族グループでピアパワーを得る
  3.地域での当事者活動への支援
第6章 作業療法士が遭遇することの多い疾患の知識と対応の基本
 第1節 うつ病(香山明美)
  1.病態特性
  2.生活機能上の特性
   1)精神的症状 2)身体的症状
  3.作業療法における対応の基本
   1)作業療法の導入 2)回復期前期 3)回復期後期 4)作業療法全般を通した対応のポイント
  4.うつ病の家族支援
 第2節 人格障害(腰原菊恵)
  1.病態特性
  2.生活機能上の特性
   1)対人関係のもち方 2)作業能力 3)生活管理
  3.作業療法における対応の基本
   1)作業療法の導入 2)開始当初 3)かかわりの経過中 4)かかわりの終わり
 第3節 高機能広汎性発達障害─アスペルガー症候群を中心に─(山根 寛)
  1.病態特性
  2.生活機能上の特性
   1)社会性 2)コミュニケーション 3)興味・関心 4)感覚・運動機能 5)併発しやすい障害 6)優れた能力
  3.作業療法における対応の基本
   1)作業療法の導入 2)対応の基本
 第4節 ADHD(注意欠陥/多動性障害)(山根 寛)
  1.病態特性
  2.生活機能上の特性
   1)作業遂行 2)感情や行動のコントロール 3)コミュニケーション 4)併発しやすい障害 5)優れた能力
  3.作業療法における対応の基本
   1)作業療法の導入 2)対応の基本
 第5節 摂食障害(腰原菊恵)
  1.病態特性
   1)ANの病態特性 2)BNの病態特性
  2.生活機能上の特性
   1)生活管理 2)対人特性 3)作業能力
  3.作業療法における対応の基本
   1)作業療法の導入 2)対応の基本
 第6節 その他の精神障害(山根 寛)
  1.依存症の病態特性と対応の基本
   1)依存症の病態特性 2)依存症の生活機能上の特性 3)依存症への対応の基本
  2.神経症圏の病態特性と対応の基本
   1)神経症圏の病態特性 2)神経症圏の生活機能上の特性 3)神経症圏への対応の基本
資料
 同意書
 同意説明文書
 入院生活チェックリスト(ISDA)
 気分と疲労のチェックリスト(SMSF)
 相談表(日本作業療法士協会 精神障害者ケアアセスメント)
 アセスメント表(日本作業療法士協会 精神障害者ケアアセスメント)
 ケアプラン表(日本作業療法士協会 精神障害者ケアアセスメント)
 アセスメント票(宮城県立精神医療センター作成)
 リハビリテーション実施計画書(宮城県立精神医療センター作成)
 生活形態の調査
 基本的生活行動調査
 生活用品・機器・社会資源利用調査
索引