やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 Journal of CLINICAL REHABILITATION(臨床リハ)の別冊として,『高次脳機能障害のリハビリテーション』が刊行されて以来9年が過ぎようとしている.この間に「脳の10年」といった取り組みもあり,高次脳機能に新たな光が当てられるようになったことから,本書の改訂が企画された.基本的枠組みは前回同様であるが,今回新たにすべてを書き下ろすことで執筆者とテーマの組み合せは大幅に変更された.本書の目的は,前回同様に臨床現場で役立つ最善のテキストをめざし,難解な高次脳機能障害を理解し,その診断と評価になじみ,少しでも障害を克服するための手立てを生み出す知識を提供することである.
 脳卒中による死亡率は低下傾向にあっても,罹病者数はむしろ増加している.国際的には戦争と交通事故(日本では専ら後者)による脳外傷(外傷性脳損傷)は増加しているが,医療技術の進歩が救命率を高めている.そのほかにも脳を傷害する疾患は数多く,特に変性過程による痴呆性疾患は高齢社会を迎えて増加の一途にある.その結果,身体障害への取り組みだけでは解決できない高次脳機能障害の存在に関心が高まっている.
 社会的動物である人を特徴づける言語性コミュニケーションとさまざまな道具の使用や創造的活動は,大脳の発達に基づく精神機能,すなわち高次の脳機能により可能となっている.脳が損傷されることで高次脳機能が障害され,認知や行動が制約される.かつて「Alzheimer病は人を二度殺す」と評されたが,記憶や言語を失うことで社会的死をもたらし,さらに年余を経て生命を奪うことになる.こうした表現は今日的にはそぐわないが,かつては致死的であった脳を損傷する疾患群においても,医学が生命を救うことで生活を奪われて生きる人々の数を増やしてきた.その結果,英語のLifeを対象とする医学と医療は,生命を救うだけでは役割を果たしていないことを認識するようになっている.生活,さらに近年は時間軸で捉える人生といった日本語の訳語に対応するライフを改善,あるいはライフを取り戻すことへの介入を目指して,生活における活動activityを高める医療の専門性が求められている.
 本書の構成は,総論に次いで代表的な症候・疾患について最近の研究の進歩を含めてアウトラインを解説し,診断に関連して画像診断法と心理評価を取り上げ,最後にリハビリテーションアプローチの実際について主要症候への基本的デザインと具体的な症例報告を掲載した.本書の特色はこの症例報告にある.前回の別冊においても14項目を取り上げたが,今回はデザインを含めて21項目を取り上げている.
 近年,高次脳機能障害に対するさまざまな治療介入が試みられ,認知リハビリテーションとして検証が可能になりつつある.そこでは,一見無作為(quasi-randomized)対照比較試験とされる研究計画も一部なされているが,方法論的課題だけでなく,障害の本態に関する課題が多数残存しているため,効果判定のための尺度の吟味を必要とする.EBMが強調されるが,臨床治験の疫学的データに依存することは危険である.臨床家の判断は,常に未知の障害への挑戦を含むものである.そこでは,今日ではややもすると軽視されがちな単一症例報告に潜むCueを如何に感知するかの能力が求められる.もちろん本書は良質なテキストを目指すものであるからEBMへの配慮もなされているが,症例報告が学術雑誌に掲載されにくくなっている今日的価値観のなかで,本書の症例報告はいずれも価値の高いものと自負する.
 前回の別冊同様に,高次脳機能障害のリハビリテーションに取り組む臨床家に広く読まれ,日常診療に活用されることを期待している.
 2004年4月10日
 編者代表 江藤文夫
高次脳機能障害のリハビリテーション Ver.2
Rehabilitation of higher cortical dysfunction Ver.2

■総論
高次脳機能障害とリハビリテーション 江藤文夫
脳の可塑性と高次脳機能障害 加藤元一郎

■基本概念と研究の進歩
〔症候編〕
注意障害 先崎 章 加藤元一郎
視空間認知障害 高橋伸佳
無視症候群 今福一郎 武田克彦
記憶障害 三村 將
遂行機能障害 田渕 肇 鹿島晴雄
失語症 本村 暁
失読失書 河村 満
失行 板東充秋
視覚失認 永井知代子
聴覚失認 加我君孝
脳梁症候群 杉下守弘
病識の低下 渡邉 修 米本恭三
〔疾患編〕
脳血管障害 下村辰雄
脳外傷 大橋正洋
低酸素脳症 染矢富士子
パーキンソン病 丸山哲弘
変性性痴呆性疾患 松本光央 池田 学・他

■検査・評価
〔画像診断〕
MRI  神長達郎
PET,SPECT 浅田朋彦 高山吉弘・他
MEG,TMS  前野 崇
〔リハに必要な評価法〕
総合的評価法 宮森孝史
注意障害の評価法 加藤元一郎
視空間認知障害の評価法 石合純夫
記憶障害の評価法 橋本律夫 田中康文
遂行機能障害の評価法 田渕 肇 鹿島晴雄
失語症の評価法 種村 純
失行の評価法 元村直靖
失認の評価法 鈴木匡子

■リハアプローチの実際
〔チームアプローチ〕
高次脳機能障害とチームアプローチ 長岡正範
〔主な症候のリハビリテーションの基本〕
注意障害のリハビリテーション 豊倉 穣
記憶障害のリハビリテーション 原 寛美
失行のリハビリテーション 前島伸一郎 大沢愛子
失認のリハビリテーション 小野内健司 武田克彦
認知症のリハビリテーション 山中克夫 飯島 節
〔症例報告〕
外傷性脳損傷後の注意・記憶・遂行機能障害に対するリハビリテーション――復職に至った一例 青柳陽一郎
意味記憶障害のリハビリテーション 原 寛美 青木理枝・他
脳損傷例の記憶障害―展望記憶へのアプローチ 南雲祐美 加藤元一郎・他
前交通動脈瘤破裂クモ膜下出血術後記憶障害例に対するリハビリテーション─間隔伸張(SR)法を用いて 水野 瞳 佐藤貴子・他
行為抑制障害,発動性障害,記憶障害が著明であった尾状核出血の一例 松元秀次 川平和美
遂行機能障害の認知リハビリテーション――制御障害への治療介入と改善機序の検討 坂爪一幸 本田哲三
ウェルニッケ失語症例に対するリハビリテーション 関 啓子 苅田典生
純粋失読と失読失書のリハビリテーション 綿森淑子 鈴木 勉
ゲルストマン症候群に対するリハビリテーション――復職した事例を通して 村山幸照 中井智香子・他
観念失行,観念運動失行,失書を呈した患者のリハビリテーション 緒方敦子
脳梁失行に対するリハビリテーションの一例 吉田 瑞 笠井史人・他
着衣障害のリハビリテーション 横山絵里子
視覚認知障害者への認知リハアプローチ 橋本圭司 中島恵子
聴覚失認のリハビリテーション 進藤美津子
半側空間無視症例に対する自動車運転適正評価 岡崎哲也 上田まり・他
痴呆の認知リハビリテーション―絵画療法について 朝田 隆 松岡恵子・他