やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

本書の出版にあたって
 第二次世界大戦の終了とともに生まれた国際連合の今日までの活動において,エネルギーとともにタンパク質・アミノ酸の必要量の算定は最も長く継続されている取り組みであり,人間栄養学上最も基礎的かつ重要な数値である.21世紀に入り,世界はかつての60年前とは異なり,飽食と飢餓を同時に体験する複雑きわまりない様相を呈しているが,この栄養素の適正必要量の算定の重要性はいささかも減じていない.
 このほど,2002年に行われたWHO/FAO/UNUの共同主催による専門家協議会の公式記録がようやく出版され,その専門家協議会におけるわが国からの代表委員である岸 恭一教授(徳島大学名誉教授,現名古屋学芸大学)が中心となって,翻訳作業が実施された.わが国においては,これまでこの議論を推進してきたのは主に必須アミノ酸研究委員会であるが,その委員会を引き継いだ日本アミノ酸学会で初の出版事業として本書を世に出せることは喜ばしい限りである.
 高齢社会を迎え,人々の健康生活においてますます栄養が重要な問題となり,大きな関心事となっている.また,メタボリックシンドロームをはじめとする多くの疾病の治療において人種を考慮する必要も出てきており,欧米の栄養学を適用するだけではもはや十分ではない.私達は私達の栄養学を確立する必要があるが,そのとき科学的に健全な知識を獲得していくためには,こうした当該分野で世界最高のエキスパートによる科学的議論に接しておくことはやはり重要であり,本書の出版は必要量の最新数値を学ぶだけではなく,科学の知識・考え方を学ぶうえで依然大きな役割をもつと信じるものである.
 最後に本書の出版にあたり,岸 恭一教授の編集の労に深く感謝するとともに,最初の提案から最後の出版に至るまですべての段階に多大な貢献をしていただいた(社)農林水産先端技術産業振興センター企画部長小出和之氏,(社)日本必須アミノ酸協会時代の事務局長としてご尽力頂いた味の素(株)アミノ酸カンパニー総合企画部竹内 誠氏,そして本書の出版・販売に同意していただいた医歯薬出版株式会社に心よりお礼申し上げる.
 2009年5月
 日本アミノ酸学会会長
 門脇基二

訳者序
 2002年にジュネーブのWHO本部でヒトのタンパク質・アミノ酸必要量に関する会議が開催された.本書は,その成果をもとにして2007年に出版されたWHO/FAO/UNU合同専門家協議会報告書を飜訳したものである.前回の報告は1985年であり,22年ぶりの改定となる.タンパク質必要量に関する国際機関の最初の報告は1957年にFAOよりなされ,続いて1965年と1973年にはWHOが加わり,1985年には国連大学(UNU)も参加した.今回も前回と同じ三者の報告であるが,WHO/FAO/UNUとFAOとWHOの順序が逆転した.また,1973年と1985年にはエネルギーとタンパク質の必要量を合わせて報告していたが,今回は別になりエネルギー必要量が先に公表された.
 今回,必要量算定の概念的な変更はみられないが,個々の問題点について詳細に再検討され,詳しい記述がなされている.データの収集,必要量に影響する因子,個人差などに関する統計的処理に1章がさかれ,またタンパク質・エネルギーの相互作用,タンパク質の質の評価,アミノ酸必要量についてもそれぞれ別の章で取り上げられている.
 主な改定点としては,成人の必須アミノ酸必要量の数値が1985年報告値の2〜3倍大となり,成長期のそれに非常に近づいたことである.それは,算定の根拠が窒素出納の成績から13C-標識アミノ酸を用いたトレーサー実験の成績に変わったからである.これまで,維持量に比較して成長には多量のアミノ酸が必要であると考えられてきたが,今回の値が正しいとすれば,アミノ酸必要量の大部分は維持のためである,というようにアミノ酸必要量の概念の変更を促すものとなった.
 タンパク質必要量については,引き続き窒素出納法の成績が用いられているが,既存のデータを統計学的に見直し,成人の安全摂取量は0.75から0.83g/kg/日に改定された.その際,皮膚などからの損失は前回の8mgN/kg/日よりも低い5mgN/kg/日の値が採用された.
 翻訳にあたっては,一部意訳した箇所もあるが,全体としては原文に忠実に訳すように努めた.しかし,原文が明らかに誤っていると考えられる箇所は,訳者の責任で訂正した.専門用語は原則として日本栄養・食糧学会編「英和・和英 栄養・食糧学用語集」と文部科学省編「科学技術用語集」に従った.本書で用いた訳語を一覧表に示した.
 タンパク質・アミノ酸に限らず,栄養必要量を求めるためには,その機能,代謝,影響する因子や,研究データの統計的検討,食生活の現状との整合性などの幅広い情報が必要である.本書にはそれらの背景情報が盛り込まれており,単に必要量の数値について知るだけではなく,タンパク質・アミノ酸代謝の最新の教科書としても役立つ.訳者一同,本書が幅広い分野で活用されることを期待している.
 最後に,翻訳に当たり多大なご協力をいただきました協和発酵工業株式会社に厚くお礼申しあげます.
 2009年5月
 日本アミノ酸学会飜訳小委員会委員長
 岸 恭一
 訳者一覧
 本書の出版にあたって
 訳者序
 専門用語集
第1章 序論
 文献
第2章 タンパク質とアミノ酸の必要量推定にあたっての概念的枠組み
 2.1 基礎的概念
  2.1.1 代謝要求量
  2.1.2 成長
 2.2 要求量に対する食事の影響
  2.2.1 エネルギー
  2.2.2 微量栄養素
  2.2.3 ライフスタイルと環境の影響
 2.3 窒素平衡の達成
  2.3.1 維持アミノ酸の異化と不可避窒素損失量
  2.3.2 食事タンパク質の消化吸収率
  2.3.3 タンパク質の質:要求量に対する供給の適合
  2.3.4 タンパク質の利用と窒素出納
 2.4 タンパク質摂取量の変動に対する反応
  2.4.1 体組成の変化
  2.4.2 易動性タンパク質貯留
  2.4.3 タンパク質の代謝回転とアミノ酸の再利用
 2.5 必要量の定義
 2.6 適応機序
  2.6.1 アミノ酸酸化の適応
  2.6.2 尿素代謝の適応:下部消化管における窒素代謝
 2.7 代謝モデルの要約
 文献
第3章 タンパク質とアミノ酸の必要量の算出に使用した統計的概念と手法
 3.1 概説
 3.2 必要量推定の各段階
  3.2.1 データの集積とふるい分け
  3.2.2 個人の必要量推定
  3.2.3 影響を与えると思われる要因の検討
  3.2.4 集団内での必要量の分布の推定
 3.3 推奨量と摂取量
  3.3.1 個人の推奨摂取量と摂取不足の危険率
  3.3.2 集団の推奨摂取量と摂取不足の危険率
 3.4 タンパク質不足のコスト
 文献
第4章 タンパク質とアミノ酸の必要量を決定するのに用いられた一般的方法
 4.1 窒素出納
  4.1.1 実際的側面
  4.1.2 データの解釈
  4.1.3 その他の要因
  4.1.4 窒素出納についての全般的結論
 4.2 炭素出納
  4.2.1 実践面
  4.2.2 特定プロトコール
  4.2.3 24時間プロトコール
  4.2.4 摂食状態のみのプロトコール
  4.2.5 短期絶食/摂食プロトコール
  4.2.6 データの解釈
  4.2.7 炭素出納法についての一般的結論
 4.3 指標アミノ酸法
  4.3.1 一般的方法
  4.3.2 指標アミノ酸法の要約
 4.4 不可避窒素損失量からの予測
 4.5 タンパク質利用の測定による間接的推定
 4.6 結論
 文献
第5章 タンパク質とエネルギーの相互作用
 5.1 エネルギー摂取量とタンパク質必要量
  5.1.1 タンパク質保留と変動するエネルギー出納
  5.1.2 窒素保留とエネルギー代謝回転変動
  5.1.3 エネルギー摂取量と必要量試験の解釈
  5.1.4 小児でのタンパク質とエネルギーの相互作用
  5.1.5 非タンパク質エネルギー基質のタンパク質節約効果
 5.2 タンパク質:エネルギー比率
  5.2.1 食事タンパク質の質の評価指標としてのタンパク質:エネルギー比率
  5.2.2 必要量のタンパク質:エネルギー比率と食事の評価
  5.2.3 基準タンパク質:エネルギー比率の算定
 文献
第6章 タンパク質の質の評価
 6.1 タンパク質消化吸収率補正アミノ酸スコア(PDCAAS)法によるタンパク質の質の推定
  6.1.1 タンパク質の消化吸収率
  6.1.2 生物価
  6.1.3 アミノ酸スコア
 6.2 タンパク質消化吸収率補正アミノ酸スコア(PDCAAS)法に関する現時点での問題点
 6.3 結論
 文献
第7章 高齢者を含む成人と妊婦,授乳婦のタンパク質必要量
 7.1 既報の窒素出納試験の評価
  7.1.1 皮膚とその他様々な経路からの窒素損失の調整
  7.1.2 窒素出納データの統計解析
 7.2 タンパク質必要量の人口分布と中央値決定
 7.3 変動の推定と集団の摂取基準
 7.4 基礎的代謝要求:不可避窒素損失量
 7.5 当メタ解析で確認された重要であると思われる影響要因
  7.5.1 食事のタンパク質源
  7.5.2 気 候
  7.5.3 年 齢
  7.5.4 性 別
 7.6 これまでの報告や他の情報との比較
  7.6.1 食事のタンパク質源
  7.6.2 高齢者のタンパク質必要量
  7.6.3 女性のタンパク質必要量
 7.7 妊娠中のタンパク質必要量
  7.7.1 要因加算法
  7.7.2 窒素出納
  7.7.3 妊娠中におけるタンパク質の推奨摂取量
  7.7.4 妊娠中の食事介入
  7.7.5 双生児妊娠
  7.7.6 低年齢妊娠
 7.8 授乳中のタンパク質必要量
 7.9 不確かな分野
 7.10 妊婦と授乳婦を含む成人のタンパク質必要量の要約
 文献
第8章 成人のアミノ酸必要量
 8.1 不可欠アミノ酸の必要量
  8.1.1 リシン
  8.1.2 ロイシン
  8.1.3 イソロイシンとバリン
  8.1.4 トレオニン
  8.1.5 芳香族アミノ酸
  8.1.6 トリプトファン
  8.1.7 含硫アミノ酸
  8.1.8 ヒスチジン
 8.2 可欠アミノ酸
 8.3 成人のアミノ酸必要量の要約
 8.4 不可欠アミノ酸の安全摂取量
 8.5 高齢者の不可欠アミノ酸必要量
 8.6 食物タンパク質と食事に含まれるアミノ酸含量と比較した必要量
 文献
第9章 乳児と幼小児のタンパク質とアミノ酸の必要量
 9.1 タンパク質の維持必要量
  9.1.1 実験情報の解釈
  9.1.2 維持量の変動性
 9.2 タンパク質蓄積
  9.2.1 乳児と年少幼児,0〜2歳
  9.2.2 4〜18歳の幼小児/青少年
  9.2.3 タンパク質蓄積量の変動
  9.2.4 以前の推定値と比較した成長率
 9.3 タンパク質必要量の要因加算推定
  9.3.1 母乳栄養児のタンパク質摂取量との比較
  9.3.2 粉ミルク栄養児のタンパク質推定必要量の意味するもの
  9.3.3 6カ月齢から18歳の幼小児/青少年の平均タンパク質必要量と推奨量
 9.4 乳児から18歳までのアミノ酸必要量
  9.4.1 6カ月齢までの乳児
  9.4.2 年長乳児と幼小児
 文献
第10章 追いつき成長
 10.1 るいそう児での急速な体重増加のためのタンパク質必要量
 10.2 るいそう児における身長の追いつき
 文献
第11章 タンパク質とアミノ酸の必要量に対する感染症の影響
 11.1 感染症に対するタンパク質とアミノ酸反応のパターン
 11.2 HIV/AIDSの意味するもの
 11.3 感染症におけるタンパク質推奨量についての提言
 文献
第12章 先進国と発展途上国の集団におけるタンパク質とアミノ酸の必要量が意味するもの
 12.1 十分な成長速度に関連する小児のタンパク質摂取量
 12.2 集団の摂取量と新しい必要量
 12.3 発展途上国における食事で明らかに不足であることの意味
 文献
第13章 タンパク質摂取量と健康
 13.1 腎機能
 13.2 骨の健康
 13.3 腎結石
 13.4 心臓血管疾患
 13.5 癌
 13.6 食事タンパク質摂取量に上限はあるか?
 13.7 結論
 文献
第14章 必要量のまとめ
 14.1 必要量の算定
  14.1.1 個人と集団の安全摂取量
  14.1.2 算定値の精度
  14.1.3 年齢の範囲
  14.1.4 体重との関係
  14.1.5 食事特性に対する補正
 14.2 成人のタンパク質必要量
 14.3 幼児,小児,青少年のタンパク質必要量
 14.4 妊婦と授乳婦のタンパク質必要量
 14.5 成人のアミノ酸必要量と評点パターン
 14.6 幼児,小児,青少年のアミノ酸必要量と評点パターン
 14.7 食事のタンパク質の質に対する補正
 14.8 食物のタンパク質濃度と必要量のタンパク質・エネルギー比
 文献
第15章 研究の必要性
 15.1 将来の研究についての提言
 15.2 規制に関する課題
 文献

 謝辞
 付録
  統計学的手法
  個人の食事の基準タンパク質エネルギー比率の算出
  分布パラメータの推定
  回帰
  数学モデル
  線形モデル
  一般ロジスティックモデル
  単分子モデル
  二相性線形モデル
  回帰分析結果の出力
  係数とその標準誤差の推定
  データとモデルの全体的な適合性の推定
  モデルとデータのサブセットの適合性の推定
  独立変数間の相互作用の推定
  回帰分析の仮定
  分散分析
  文献