やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 我が国の高齢者が全人口の22%に達して,他国には類を見ない早さで超高齢社会に突入したのは2008年・平成20年のことであり,現在世界一の長寿国である.
 我々誰しもが望むのは健康を保った長寿社会「健康長寿」であり,そのためには自分の口から,自分の歯で噛み,食事をとることが最も基本的な要件となってくる.「80歳で20本の自分の歯を保ち,楽しく食事をしよう」を目標に,口の健康を保持・増進する活動「8020運動」が平成元年(1989年),厚生省(当時)と日本歯科医師会によって開始された.
 運動開始当初の8020達成率は7%程度であったが,2007年(平成19年)に出された「健康日本21中間報告」によると,25%に達したとのことである.
 仮に8020を達成できなかった方も,しっかりとした咬合をもつ義歯で口腔を保つことにより,20本の歯と同様の効果が得られることは知られている.
 急速な超高齢社会の到来のなかで,摂食や発語といった顎顔面や口腔に関する機能は,健康維持に不可欠なものとして社会の中で認知されてきており,その中で歯科補綴学は口腔機能の回復という大きな使命を担っている.
 社会の人口構成が超高齢化へと変化する中で,歯科補綴学の臨床がどの様に機能していくのか,我々は大きな責任を背負っている.その為には為害作用のない補綴装置,顎口腔系の機能に適応する補綴治療が不可欠である.
 そこには,補綴装置に与える「咬合の知識」が必要である.
 バンドクラウン(帯環冠)は知らなくても,歯科医であればキャストクラウン(鋳造冠)は知っている.同様に,ナソロジー・Gnathologyという名は知らなくても,ヒンジアキシスや中心位,あるいは犬歯誘導などという用語は聞いたことがあるだろう.
 しかし,鋳造冠が“1960〜70年に”この世に出現してきたことを知る歯科医は,それほど多くはない.この鋳造冠の出現と時を同じくして,この鋳造冠を土台として,これまでは床義歯が主な対象であった咬合学の舞台に登場してきたのが,米国の西海岸で生まれたCr-Brの咬合を対象としたナソロジー学派である.
 このナソロジーが繰り広げた咬合論により,我が国のCr-Brの臨床レベルは大きく向上したと言っても過言ではない.この意味でCr-Br咬合のルーツはナソロジーにありといっていいかもしれない.
 しかし,ナソロジーが浸透していくにつれ,その理論に幾つかの疑問点が生じてきた.これらの疑問点を解決するものとして「顆頭安定位」,そして「全運動軸」が発見された.この研究の指導者が東京医科歯科大学の石原寿郎教授であり,そこにCr-Br咬合のルーツが生まれてきた.
 これらの咬合論のルーツを知ることは,新たなCr-Br咬合学の構築には不可欠なものであろう.
 数年前に筆者の一人である河野は,咬合を中心としたこれまでの研究と臨床をまとめるかたちで『咀嚼機能を支える臨床咬合論―欠損補綴とインプラントのために―』と題する書籍を,医歯薬出版(株)から出版させて頂いた.その際に,読者諸氏より種々貴重なご意見,ご質問を頂戴しありがたく感じている.その中に咬合に関するご質問があり,それに答えるかたちで筆者に大石を加えて『補綴臨床』誌に,2012年から13年にかけて7回の連載を書かせて頂いた.その連載に新たに加筆し,ここに本書として纏めることとなった.
 ここに至るまでに種々お支え頂いた読者の皆さまに感謝すると共に,医歯薬出版の諸氏に御礼申し上げたい.
 2013年8月
 河野正司
 大石忠雄
 序
第1部 Cr-Br咬合のルーツを辿る
 第1章 咬合のルーツと臨床
  1.咬合学(論)はなぜ必要か
   1)補綴治療の目標実現のために
   2)咬合に起因する機能障害の診断・治療のために
   3)咬合の支持機構と咬合学
  2.咬合は総義歯から
   1)なぜ総義歯から咬合論が始まったのか
   2)有床義歯の咬合学
   3)総義歯の咬合論
  3.全部鋳造冠出現までのクラウン小史
   1)バンドクラウンから全部鋳造冠へ
   2)バンドクラウン時代の支台歯形成術
   3)バンドクラウンの功罪
 第2章 Cr-Brの咬合−Gnathologyの登場−
  1.Cr-Brが咬合の表舞台に登場
  2.Gnathologyの特徴
   1)咬合再構成法の特徴
   2)顎運動記録・再現法の特徴
   3)咬合様式と歯のガイド
  3.Gnathologyに対する問いかけ
   1)Hinge axisに対する疑間
   2)「咬合位は下顎後退位」に対する批判
   3)咬頭嵌合位は下顎後退位ではない
 第3章 PosseltとGerberの出現
  1.Gnathologyその後
  2.Posseltの業績について
   1)切歯部の三次元運動野
   2)後方限界運動路の変曲点
   3)咬頭嵌合位と中心位
   4)顎機能障害と咬合
  3.Gerberの業績について
   1)Gerber理論の特徴
   2)咬合の安定について
   3)口内描記装置を使用した咬合採得法
   4)レジリエンステストについて
   5)咬合器Condylator<Vario>型
  4.PosseltやGerberとGnathology
 第4章 中心咬合位とゆれる中心位
  1.咬合論のルーツを振り返って
  2.下顎位は咬合接触と下顎頭の位置によって決まってくる
  3.咬頭嵌合位と中心咬合位
   1)咬頭嵌合位とは
   2)総義歯の咬頭嵌合位と下顎頭位
   3)中心咬合位とは
   4)中心咬合位は補綴処置に関連した用語
  4.中心位と顆頭安定位
   1)中心位はGnathologyと共に
   2)顆頭安定位の出現
  5.下顎頭の後退位は生体にとって問題である
   1)下顎後方変位の病理性
   2)頭頸部の筋に見られる症状
   3)顎関節症III型と外側翼突筋について
  6.ゆれうごく中心位
   1)中心位の定義が変化
   2)なぜ定義が変化したのか?
   3)新しい定義の中心位をいかにして求めるか?
第2部 Gnathologyと対峙した顆頭安定位と全運動軸
 第5章 顆頭安定位の発見
  1.Gnathologyと対峙する石原咬合論
  2.顆頭安定位はどのように発見されたか
   1)新しい下顎頭位が待望されていた
   2)解剖研究に戻ろう
   3)顆頭安定位の発見と命名
  3.顆頭安定位とは
   1)顆頭安定位と咬頭嵌合位の関係
   2)顆頭安定位と中心位の関係
  4.臨床における顆頭安定位の求め方
   1)顆頭安定位とmuscular position
   2)「顆頭安定位」を求めるタッピング運動の条件
   3)「顆頭安定位」の臨床的な決定法
  5.中心咬合位は顆頭安定位と共にある
   1)2つの中心位
   2)中心咬合位の下顎頭位は「顆頭安定位」
  6.顆頭安定位の臨床診断法
 第6章 石原寿郎教授と咬合研究
  1.医歯大第2補綴
   1)石原教室とは
   2)医科出身の石原と歯科補綴学
   3)どうして歯科へ
  2.石原教授の補綴学研究
   1)はじまる下顎運動研究
   2)咬合研究の進行
   3)下顎運動研究の問題点
  3.外国視察とパラダイム転換
   1)1年間の留守番
   2)帰国後の変化
   3)顆頭安定位の発見
   4)全運動軸の発見
  4.研究のフォーメーション
   1)研究遂行に必要なフォーメーション
   2)新型1点三次元測定装置の開発
   3)臨床重視の口腔内カメラ
  5.石原教授の研究休止期
 第7章 全運動軸の出現
  1.下顎頭運動は下顎運動の要
   1)ヒトの食性から生まれた下顎頭運動
   2)回転中心とは
   3)hinge axisは下顎運動の回転軸?
   4)全運動軸は必要とされていた
  2.全運動軸とは
   1)マルチフラッシュ法の再登場
   2)全運動軸の描く顆路
   3)描記法によっても求まる
  3.hinge axisは全運動軸にはなり得ない
   1)全運動軸は下顎頭上にある.hinge axisは必ずしも下顎頭上にはない
   2)安定して求まる全運動軸,不安定なhinge axis
   3)hinge axisは特殊な矢状面回転軸
   4)終末蝶番運動時の全運動軸の様相
  4.全運動軸で臨床は変わる
   1)すべての運動に対応する顆路
   2)歯のガイドの概念の出現
   3)咬合高径を変えても顆路は一定
第3部 歯のガイドと咬合の安定
 第8章 歯のガイドとその機能
  1.下顎滑走運動のガイド
   1)歯のガイドの役割
   2)切歯路と顆路の関係
  2.歯のガイドが顎骨に加わる メカニカルストレスをコントロールする
   1)噛みしめ位置で咀嚼筋活動は変化する
   2)犬歯部ガイドで大臼歯接触の除去
  3.歯のガイドの運動学的要件
   1)顆路と調和した切歯路の決定
   2)ブラキストは要注意
  4.group functionは可能か-歯のガイドの歯種要件-
   1)側方滑走運動に大臼歯接触が必要か?
   2)限定したgroup functionであれば許容
   3)パラファンクション癖に対する対策
  5.ガイドについての診断
   1)適正なガイドが存在する症例
   2)適正なガイドが存在しない症例
  6.ガイドの機能を考えた咬合調整法
   1)咬合接触の診査法
   2)咬合調整法の要点
 第9章 歯のガイドのルーツ
  1.歯のガイドを振り返る
   1)歯のガイドを浮上させた全運動軸の出現
   2)歯のガイドの祖はGysi
   3)anterior guidanceとGnathology
   4)歯のガイドの機能概念の進化
  2.Gnathologyを越える「歯のガイド」
   1)Gnathology術式のその後
   2)パントグラフと全調節性咬合器はどこへ?
   3)歯のガイドと咬合様式
  3.歯のガイドの咬合器上へのトランスファー法
   1)口腔内で機能している歯のガイドは保存する
   2)顆路を基準としたガイドの付与法
 第10章 咬合の安定を求めて
  1.安定した咬合の付与
   1)安定とは
   2)咬合の安定
   3)補綴治療で守るべき原則
  2.大臼歯咬合面と咀嚼機能
   1)咬合面形態の役割
   2)咀嚼機能と圧搾空間
   3)咀嚼を考えた補綴装置の咬合とは

  参考文献
  索引
  あとがき