やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

 主な登場人物
 私……歯科医師,留学生
 マーロウ先生……老開業医

プロローグ
 20世紀も終わりに近づいた頃の話である.大学の医局員生活にピリオドを打った私は,歯周病学の本場,北欧の港湾都市・ヤンセンバーグで留学生活を送っていた.
 地元で開催された学会に参加したときのことだ.そこでミニ・セッションがあった.壇上にはその国の予防歯科の研究者や,地域の公衆衛生担当者たちと並んで,小柄な年配の男性が座っていた.司会者にDr.マーロウと紹介されていた.
 Dr.マーロウの名前には見覚えがあった.というのも,以前に大学のクリニックで私が担当した患者さんの紹介元だったからだ.
 そのシンポジウムはある大企業が後援しており,その企業の新しい歯磨剤が最近のジャーナルで良好な臨床データを発表されていたこともあって,シンポジウムの途中まではその話題でもちきりであった.
 ところが,シンポジウムの中盤,それまで黙っていたマーロウ先生が発言すると,ディスカッションの流れはガラリと変わってしまった.マーロウ先生はこう言った.
 「本質を知らないことはとても不自由だ.予防医療のコアな部分がわからずに,文献や予防グッズに流されてしまう.これは見ていて辛いものだ」
 ペリオとは切っても切れない予防歯科やカリオロジーに関して,表面的なことしか知らなかった私は,マーロウ先生の言う“コアな部分”を知りたいと思った.
 翌週,ヤンセンバーグ大学総合診療科のマッカラム教授に大学のカフェで会ったとき,マーロウ先生のことを聞いてみた.
 「私の先輩で,友人でもあり,かつて南のほうの大学で予防歯科を教えていたとても優秀な教師であり,すばらしい臨床医だ」
 後日,私はマーロウ先生にコンタクトを取った.快く会ってくれたマーロウ先生とは,以来,大学の授業が終わった後およそ1年間,予防だけではなく治療全般についてディスカッションを重ねることになる.
 マーロウ先生と初めて個人的に話をしたとき,私はマーロウ先生が開業医としてどのように予防歯科を実践しているか,なにか特別なシステムや,ほかとは違う便利な器材を使っているかを聞いてみた.
 マーロウ先生はこう言った.
 「予防には特別な器材や薬剤は必要ないだろう.それに予防歯科学(Preventive Dentistry)という名前自体が,臨床の現場からみれば歯科大学のカリキュラムや講座割りをするときの都合だけで存在する便宜的なものに思える.
 そして“予防“と“治療”を区別することにあまり意味がないとわかった瞬間に,君は今よりも賢くなるだろう」
 この一言から,マーロウ先生のレッスンは始まった.
プロローグ
Lesson1 病気と健康,そして検査と診断について
Lesson2 予防の目的と対象の明確化―クワドラント分類
Lesson3 クワドラント分類と主体的な臨床
Lesson4 だれを予防するのか?
Lesson5 予防のプランとシステム
Lesson6 原因の原因
Lesson7 マーロウ先生のリスク論1
Lesson8 マーロウ先生のリスク論2
Lesson9 マーロウ先生のリスク論3
エピローグ
References
あとがき