発刊に寄せて
「歯科治療の需要の将来予測のイメージ図」が,平成23年に厚生労働省から発表されました.これまで,う蝕治療や義歯治療のように形態を回復する治療が主体であったのが,全身疾患を抱えた通院困難な高齢者の全身的な状況を考慮に入れて口腔機能の維持回復を主眼とした歯科医療が求められてくることが記載されています.
平成26年に国立長寿医療研究センターの研究班より「オーラルフレイル」の概念が紹介されました.口腔機能や食環境の悪化に起因する身体機能の低下や虚弱の発生から要介護状態に至る流れをプレフレイル期やオーラルフレイル期といった4期に分けて説明し,口腔の機能低下を経由して,全身の機能低下が進行する過程の概念をはじめて示しました.まさに私たちが高齢者歯科医療で実感していることでした.また日本老年歯科医学会は口腔機能障害の前段階である「口腔機能低下症」について学会見解論文を発表いたしました.そして日本歯科医学会や日本老年学会などでは,義歯治療と栄養に関する講演やシンポジウムが多く開催されるようになりました.このように高齢者の口腔の健全さを維持し,社会性を回復し,適切な栄養摂取を保つことが要介護状態に陥ることを遅らせ,あるいは回復させ,健康寿命の延伸に貢献すると広く認識されてきたのです.私たち歯科医療に携わる者の責任は大きいのです.
ところで2025年には75歳以上の高齢歯は2,167万人と推計されています.直近の歯科疾患実態調査によると8020達成者(80歳以上で20本以上歯が残っている人)は38.3%で,歯のある高齢者の割合は増えているのですが,母数が増えているので義歯を必要とする人は当面減ることはないと思います.また,要支援,要介護認定を受けている高齢者は,平成27年4月末には607.7万人となっています.訪問診療の患者さんの中にも多くの義歯装着者がいらっしゃいます.義歯治療は難しいものです.それをさまざまな制限のある訪問診療で行うのはさらに難しいです.大学で習ったことや教科書に書いてあることだけでは十分ではありません.さまざまな工夫をしなければなりません.ときには一見,補綴のセオリーには合わないようにみえる処置を選択しなければならないときもあります.
著者である竹前健彦先生は私どもの教室の先輩であり,長きにわたって訪問診療に情熱を傾けてこられた先生です.本書をご一読いただくとわかるように,補綴の原則を押さえつつ,訪問診療のために大胆に工夫した治療法が書かれています.またその行間には竹前先生の熱い思いを感じ取ることができると思います.ぜひ,一読だけでなく,文字を追ってじっくり読んでください.日頃の訪問診療で悩んでいることの解決策がみつかるに違いありません.
平成29年6月
東京医科歯科大学大学院 高齢者歯科学分野教授
水口俊介
「歯科治療の需要の将来予測のイメージ図」が,平成23年に厚生労働省から発表されました.これまで,う蝕治療や義歯治療のように形態を回復する治療が主体であったのが,全身疾患を抱えた通院困難な高齢者の全身的な状況を考慮に入れて口腔機能の維持回復を主眼とした歯科医療が求められてくることが記載されています.
平成26年に国立長寿医療研究センターの研究班より「オーラルフレイル」の概念が紹介されました.口腔機能や食環境の悪化に起因する身体機能の低下や虚弱の発生から要介護状態に至る流れをプレフレイル期やオーラルフレイル期といった4期に分けて説明し,口腔の機能低下を経由して,全身の機能低下が進行する過程の概念をはじめて示しました.まさに私たちが高齢者歯科医療で実感していることでした.また日本老年歯科医学会は口腔機能障害の前段階である「口腔機能低下症」について学会見解論文を発表いたしました.そして日本歯科医学会や日本老年学会などでは,義歯治療と栄養に関する講演やシンポジウムが多く開催されるようになりました.このように高齢者の口腔の健全さを維持し,社会性を回復し,適切な栄養摂取を保つことが要介護状態に陥ることを遅らせ,あるいは回復させ,健康寿命の延伸に貢献すると広く認識されてきたのです.私たち歯科医療に携わる者の責任は大きいのです.
ところで2025年には75歳以上の高齢歯は2,167万人と推計されています.直近の歯科疾患実態調査によると8020達成者(80歳以上で20本以上歯が残っている人)は38.3%で,歯のある高齢者の割合は増えているのですが,母数が増えているので義歯を必要とする人は当面減ることはないと思います.また,要支援,要介護認定を受けている高齢者は,平成27年4月末には607.7万人となっています.訪問診療の患者さんの中にも多くの義歯装着者がいらっしゃいます.義歯治療は難しいものです.それをさまざまな制限のある訪問診療で行うのはさらに難しいです.大学で習ったことや教科書に書いてあることだけでは十分ではありません.さまざまな工夫をしなければなりません.ときには一見,補綴のセオリーには合わないようにみえる処置を選択しなければならないときもあります.
著者である竹前健彦先生は私どもの教室の先輩であり,長きにわたって訪問診療に情熱を傾けてこられた先生です.本書をご一読いただくとわかるように,補綴の原則を押さえつつ,訪問診療のために大胆に工夫した治療法が書かれています.またその行間には竹前先生の熱い思いを感じ取ることができると思います.ぜひ,一読だけでなく,文字を追ってじっくり読んでください.日頃の訪問診療で悩んでいることの解決策がみつかるに違いありません.
平成29年6月
東京医科歯科大学大学院 高齢者歯科学分野教授
水口俊介
発刊に寄せて(水口俊介)
プロローグ(竹前健彦)
Chapter 1 訪問診療の現場で行う全部床義歯のリベース
(竹前健彦)
1 訪問診療では,今使用している義歯の改善を第一に考える
2 「リベース」と「リライン」について
3 口腔内で行う直接法は必ずリベース材を使用すること!
4 訪問下での限られた時間で効果を発揮する上顎全部床義歯の吸着力回復を目的としたリベースの考え方
(1)リベースの流れ
(2)辺縁封鎖の状態
5 上顎全部床義歯のリベース─診療時間を短くし,苦痛を与えず効果を上げる必要最小限のリベース
(1)ポストダム部の封鎖とバッカルスペースの封鎖
(2)全顎的にリベース材を盛ってしまうと
(3)顎堤が小さな場合等
(4)バッカルスペースのリベース材による封鎖法
(5)金属床のリベース(リライン)は無理だとあきらめていないか?
6 下顎全部床義歯のリベース─辺縁封鎖が甘いのはどこか
(1)下顎義歯と辺縁封鎖
(2)舌の圧を利用した義歯床舌側辺縁の工夫による辺縁封鎖
(3)下顎の床形態の学術的見解
(4)舌訓練
(5)下顎総義歯が浮き上がる主訴の症例舌小帯部分のリベース材補修
(6)下顎全部床義歯の舌小帯部分のみの封鎖力をリベース材で簡単に補足する方法
7 訪問下で上・下リベースに失敗しないコツ
Chapter 2 全部床義歯と部分床義歯の考え方,対応の違い
(竹前健彦)
1 部分床義歯設計の3原則
2 部分床義歯の安定
3 部分床義歯の設計は,一番大事な支持機構としてのレストの配置を決めることから始める
(1)前歯部切縁レストにより義歯の沈下を防ぐ工夫
4 咬合調整するときの全部床と部分床の大きな違い
5 部分床義歯のリベース
(1)部分床義歯のリベースは,レストに気をつける
(2)レストつきクラスプ義歯のリベース手順
6 訪問下での褥瘡性潰瘍に対する粘膜面の義歯調整
症例A ピンポイントで処理できる褥瘡性潰瘍(34部褥瘡性潰瘍)
症例B 褥瘡性潰瘍のための訪問現場での10分間調整修理
症例C 顎舌骨筋線部:76舌側の褥瘡性潰瘍(リリーフが必要!)
症例D 大きな骨瘤の褥瘡性潰瘍─3舌側部に大きな骨瘤のある症例の義歯調整の工夫
Chapter 3 短時間でクラスプ・床の修理,咬合調整を行う
(竹前健彦)
1 はじめに─義歯を使用できなくなる理由
2 クラスプの修理について
(1)変形,破折の原因
(2)義歯を預からずに新製したクラスプを短時間でつける工夫
(3)1クラスプ修理ができるまでの義歯の維持,安定の工夫─即重レジンによる応急調節
3 部分床義歯から全部床義歯への移行─支台装置維持から辺縁封鎖に
4 義歯床の修理について
(1)人工歯の追加と動揺歯への対応
症例A 「1人工歯の追加修理と3の動揺歯の対策
(2)床の破折
症例B 床破折症例
5 咬合調整について─咬合を考える諸条件
(1)咬合採得時のエラーを防ぐために
(2)上下顎全部床義歯の咬合採得について
(3)人工歯排列の工夫─上顎歯槽骨は下顎歯槽骨よりもアーチが小さくなる
症例C 光重合レジンにて咬合面改善
症例D 咬合面の再構築
症例E 口腔内で継続して使える義歯改善修理
Chapter 4 残存歯の活用により,義歯性能をアップさせる
(竹前健彦)
1 遊離端義歯の設計ポイント
(1)支台歯の果たす役割
(2)床外形の大きさ
症例A ノンクラスプデンチャーの症例
2 訪問下での床外形の決め方
3 食べる幸せを運ぶ「テレスコープもどきオーバーデンチャー」
(1)訪問現場で喜ばれるリジッドでコンパクトなレジン床義歯
症例B 前歯部残根を活用したコンパクトな義歯
症例C 残根にして改善した下顎義歯の症例
症例D 上顎全部床義歯が,噛むと外れて落ちると訴える81歳男性患者
症例E 口元を何とかしたいという家族の希望があった症例→残根をほぼそのまま有効にいかす
4 意思の疎通困難な寝たきり状態の患者の咬合採得や咬合調整
(1)訪問診療と口腔ケア
(2)在宅や施設での義歯の管理
Chapter 5 舌接触補助床(PAP)と軟口蓋挙上装置(PLP)
(野本亜希子,戸原 玄)
1 はじめに
2 PAP
(1)PAPの適応と効果
(2)PAPのおもな適応疾患
(3)製作方法
3 PLP
(1)PLPの適応症と効果
(2)製作方法
あとがき(竹前健彦)
文献
索引
プロローグ(竹前健彦)
Chapter 1 訪問診療の現場で行う全部床義歯のリベース
(竹前健彦)
1 訪問診療では,今使用している義歯の改善を第一に考える
2 「リベース」と「リライン」について
3 口腔内で行う直接法は必ずリベース材を使用すること!
4 訪問下での限られた時間で効果を発揮する上顎全部床義歯の吸着力回復を目的としたリベースの考え方
(1)リベースの流れ
(2)辺縁封鎖の状態
5 上顎全部床義歯のリベース─診療時間を短くし,苦痛を与えず効果を上げる必要最小限のリベース
(1)ポストダム部の封鎖とバッカルスペースの封鎖
(2)全顎的にリベース材を盛ってしまうと
(3)顎堤が小さな場合等
(4)バッカルスペースのリベース材による封鎖法
(5)金属床のリベース(リライン)は無理だとあきらめていないか?
6 下顎全部床義歯のリベース─辺縁封鎖が甘いのはどこか
(1)下顎義歯と辺縁封鎖
(2)舌の圧を利用した義歯床舌側辺縁の工夫による辺縁封鎖
(3)下顎の床形態の学術的見解
(4)舌訓練
(5)下顎総義歯が浮き上がる主訴の症例舌小帯部分のリベース材補修
(6)下顎全部床義歯の舌小帯部分のみの封鎖力をリベース材で簡単に補足する方法
7 訪問下で上・下リベースに失敗しないコツ
Chapter 2 全部床義歯と部分床義歯の考え方,対応の違い
(竹前健彦)
1 部分床義歯設計の3原則
2 部分床義歯の安定
3 部分床義歯の設計は,一番大事な支持機構としてのレストの配置を決めることから始める
(1)前歯部切縁レストにより義歯の沈下を防ぐ工夫
4 咬合調整するときの全部床と部分床の大きな違い
5 部分床義歯のリベース
(1)部分床義歯のリベースは,レストに気をつける
(2)レストつきクラスプ義歯のリベース手順
6 訪問下での褥瘡性潰瘍に対する粘膜面の義歯調整
症例A ピンポイントで処理できる褥瘡性潰瘍(34部褥瘡性潰瘍)
症例B 褥瘡性潰瘍のための訪問現場での10分間調整修理
症例C 顎舌骨筋線部:76舌側の褥瘡性潰瘍(リリーフが必要!)
症例D 大きな骨瘤の褥瘡性潰瘍─3舌側部に大きな骨瘤のある症例の義歯調整の工夫
Chapter 3 短時間でクラスプ・床の修理,咬合調整を行う
(竹前健彦)
1 はじめに─義歯を使用できなくなる理由
2 クラスプの修理について
(1)変形,破折の原因
(2)義歯を預からずに新製したクラスプを短時間でつける工夫
(3)1クラスプ修理ができるまでの義歯の維持,安定の工夫─即重レジンによる応急調節
3 部分床義歯から全部床義歯への移行─支台装置維持から辺縁封鎖に
4 義歯床の修理について
(1)人工歯の追加と動揺歯への対応
症例A 「1人工歯の追加修理と3の動揺歯の対策
(2)床の破折
症例B 床破折症例
5 咬合調整について─咬合を考える諸条件
(1)咬合採得時のエラーを防ぐために
(2)上下顎全部床義歯の咬合採得について
(3)人工歯排列の工夫─上顎歯槽骨は下顎歯槽骨よりもアーチが小さくなる
症例C 光重合レジンにて咬合面改善
症例D 咬合面の再構築
症例E 口腔内で継続して使える義歯改善修理
Chapter 4 残存歯の活用により,義歯性能をアップさせる
(竹前健彦)
1 遊離端義歯の設計ポイント
(1)支台歯の果たす役割
(2)床外形の大きさ
症例A ノンクラスプデンチャーの症例
2 訪問下での床外形の決め方
3 食べる幸せを運ぶ「テレスコープもどきオーバーデンチャー」
(1)訪問現場で喜ばれるリジッドでコンパクトなレジン床義歯
症例B 前歯部残根を活用したコンパクトな義歯
症例C 残根にして改善した下顎義歯の症例
症例D 上顎全部床義歯が,噛むと外れて落ちると訴える81歳男性患者
症例E 口元を何とかしたいという家族の希望があった症例→残根をほぼそのまま有効にいかす
4 意思の疎通困難な寝たきり状態の患者の咬合採得や咬合調整
(1)訪問診療と口腔ケア
(2)在宅や施設での義歯の管理
Chapter 5 舌接触補助床(PAP)と軟口蓋挙上装置(PLP)
(野本亜希子,戸原 玄)
1 はじめに
2 PAP
(1)PAPの適応と効果
(2)PAPのおもな適応疾患
(3)製作方法
3 PLP
(1)PLPの適応症と効果
(2)製作方法
あとがき(竹前健彦)
文献
索引