やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 “患者の声を聞く“.これは,口腔機能を評価するうえで最も重要な方法である.もっとも,これは患者の訴えを傾聴することを強調しているわけではない.患者の声の“質”に耳を傾けるということである.発声発語のための構音器官は紛れもない咀嚼器官であり,摂食・嚥下器官でもある.医療面接時に聞く患者の声は,患者の口腔機能を診断するための有効な手掛かりになる.
 口腔機能の低下は,加齢による生理的な原因により,さらには,脳血管障害の後遺症やパーキンソン病,抗精神病薬の副作用などによって起こる.ごく「ありふれた症状」なのだ.また高齢者にみられる口腔機能の減退は,他の機能の減退がそうであるように,避けることができない.これらは,いずれも咀嚼機能や摂食・嚥下機能に重大な影響を与える.口腔機能を低下せしめる因子のうち,最も考慮しなければならない最大かつ重要なものは,歯の喪失による影響である.しかし,とくに歯科医師の場合には歯の問題を意識すればするほど,口腔機能全体に視野を広げる機会を逸することになる恐れがある.さらには,口腔機能に影響を与える疾患の発症時期が,加齢による歯の喪失や義歯の問題など歯科的な問題を多く発症する時期と重なることが多く,問題を複雑化させている.
 最近では,介護保険に口腔機能向上サービスが導入されたことをきっかけとして,歯科医療者の間にも口腔機能のリハビリテーションに対する考えが浸透しつつある.しかし,残念ながら口腔機能訓練法というとパッケージ化された「○○体操」の類を提示することしかできていない実態に遭遇する.これは,とりもなおさず口腔機能に対する評価が十分ではないことが原因なのではないかと考えている.そこで本書では,口腔の運動機能の評価法やさまざまな状態の口腔諸器官について動画や写真を豊富に用いて解説することを目指した.口腔機能を支えることが期待されている歯科医師,歯科衛生士,言語聴覚士の皆さんにとって,それらを目にすることが日常の診療に必須な口腔機能評価を行う際の一助につながれば幸いである.
 平成22年6月
 菊谷 武
 序文
 付録DVD使用にあたって
I編 何をみて何を評価するの?
 1章 全身の運動障害をみる―初診時に目でみてわかること(西脇恵子)
  ・運動障害把握のポイント
   1)歩行 2)体幹・姿勢 3)上肢の機能 4)不随意運動 5)顔面全体の観察
  ・おもな運動障害の特徴
   1)上位運動ニューロン障害 2)下位運動ニューロン障害 3)錐体外路系運動障害 4)運動失調
 2章 認知レベルを知る―高次脳機能と食べること(西脇恵子)
  ・認知機能の解説と評価
   1)認知機能とは 2)認知機能の食べることへの影響 3)認知機能低下による機能検査への影響 4)認知機能のスクリーニング検査
 3章 服用薬を知る―高齢者が服用している薬剤の副作用等(田村文誉)
  ・服用薬の影響
   1)口腔機能(摂食・嚥下機能)に影響を与えるおもな薬剤 2)口腔乾燥を生じる薬剤
 4章 患者の声質からわかること―口腔・咽喉頭の機能低下(西脇恵子,菊谷 武)
  ・声の変化
   1)口腔機能低下を疑う声や構音の変化 2)咽頭機能の低下を疑う声の変化 3)喉頭機能の低下を疑う声の変化 4)「鼻咽腔閉鎖機能不全に伴う声の異常」─いいなまし??─ 5)舌の運動機能不全を疑う声の異常─ひふさにさへし?─
 5章 食機能支援のために医療面接で確認すること―適切な口腔,身体状況の把握(菊谷 武)
  ・医療面接の確認事項
   1)既往歴の把握 2)現病歴の把握 3)現症の把握
II編 口腔機能の評価
 1章 口腔運動機能の評価―摂食・嚥下,発声発語における口腔の意義(菊谷 武)
  ・口唇,頬(顔面)の機能評価
   1)神経・生理 2)機能評価 3)機能障害時の臨床症状
  ・舌の機能評価
   1)神経解剖 2)機能評価 3)舌に認められる異常な動き 4)機能障害時の臨床症状
  ・鼻咽腔の機能評価
   1)神経解剖 2)咀嚼,嚥下,発声・発語における意義 3)機能評価
 2章 構音機能のみかた―声が出るしくみと構音の評価(西脇恵子)
  ・声が出るしくみと構音の評価
   1)発声発語のメカニズム 2)声が出るしくみ 3)構音とは 4)母音と子音 5)母音 6)子音 7)共鳴について 8)声について 9)構音について 10)プロソディーについて 11)会話明瞭度の評価 12)おもな障害の構音の特徴
III編 咀嚼機能の概要とその評価法
 1章 咀嚼とは 中枢からの考察(菊谷 武)
  ・咀嚼のしくみ
   1)咀嚼のしくみ 2)咀嚼障害の考え方
 2章 咀嚼とは 発達過程からの考察(田村文誉)
  ・咀嚼の発達
   1)栄養摂取方法 2)哺乳期能 3)哺乳行動 4)摂食機能の発達
 3章 咀嚼の評価方法 食事場面の観察
  ・観察のポイント(田村文誉)
   1)基礎情報 2)口腔内の状態 3)食事環境 4)口腔周囲の観察―口唇・口角・顎・頬の協調運動をみる
  ・咀嚼の評価(菊谷 武)
   1)テストフードを用いて観察する 2)咀嚼運動に影響を与える高齢者の原始反射
IV編 歯科補綴的対応
 1章 嚥下機能補助装置による対応(菊谷武,田村文誉)
  ・嚥下機能補助装置
   1)舌接触補助床(PAP:palatal augmentation prosthesis)
   2)軟口蓋挙上装置(PLP:palatal lift prosthesis)
   3)Swalloaid

 文献
 索引