やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 補綴修復治療の技術は,20世紀後半になって飛躍的に発展した.補綴材料はもとより,切削器具から印象材に至るまで,材料・技術の研究・開発が急速に進み,支台歯形成から印象,合着までの過程で補綴物の適合を数十μm単位でコントロールすることが可能となった.審美性の点でも,材料が従来の金属から,新たに開発されたオールセラミックスやコンポジットレジンへの移行が進み,より天然歯に近い補綴修復が可能になった.しかし,ひるがえってそれらの補綴修復を施した歯をどこまで延命させることができたかを問われたとき,胸を張って答えられる歯科医師がどれだけいるだろうか.技術の進歩・発展が,必ずしも歯の保存・延命に寄与してこなかったことを,真摯に術後経過を追い続けている歯科医師であれば,誰もがどこかで気づいているのではないか.
 筆者が長野県から上京して東京にある大学の歯学部を卒業したのは1969年.卒業後すぐに地方の大学の補綴学教室に籍を置かせていただき,研究の真似事を始めたばかりの身にも,日々進歩する学問と次から次へと開発される治療技術は新鮮で,歯科医療の明るい未来が予感された.9年間の大学勤務をへて,1978年に東京に戻り新宿のど真ん中で開業した.腕には少なからぬ自信があった.医院の評判も悪くなかった.しかし,開業して数年経過すると,大学で学び,学生にも教えてきたセオリーに忠実に従って治療しているにもかかわらず,二次齲蝕や補綴物の脱落,歯根破折などのトラブルが予想以上に多いことを思い知らされ,愕然とした.
 「いま自分の行っている治療法はどこか間違っているのではないか」.そう悶々と自問自答する日々を送っていたところに,歯科医療の世界に導入されて間もない「接着」に出会った.これこそ補綴修復治療の抱えるさまざまな問題を解決してくれる救世主とばかり,大きな期待をもって技術の習得に励み,またみずからも臨床研究の一端を担うほどにのめり込んでいった.
 結果は,確かに総じてトラブルは少々減りはしたが,同時に新しい材料ゆえのリスクも背負い込むことになった.特に,接着に多大な期待をかけて嵌合による維持を軽視した接着ブリッジの脱落は,信頼を損ねるものであった.「接着材を使えば従来の方法と比べて長期にもちますよ」と,患者さんに言うのははばかられるような状態が長く続いた.
 結局,補綴修復治療におけるトラブルの原因を根本から追究し,その原因を除去しない限りトラブルはなくならないと考えるようになった.新材料に頼るという発想から,原因除去療法への発想の転換であった.トラブルの原因を追究するために,毎日の診療の傍ら,多くのin vitroとin vivoの実験を行った.予期しなかったところで,大学での研究生活の経験が役に立った.その結果,次第にわかってきたことは,トラブルの原因を追究していけば必ず「細菌」と「咬合力」に行き当たるということであった.従来信じられていた補綴修復学の「常識」の多くが「非常識」であったことに気づいた.
 従来の補綴修復の主役は,補綴材料と補綴物であった.補綴修復を成功させるためには,主役は生体に取って代わられなくてはならない.全身から口腔内へ,さらに歯列から1本の歯へと目を向け,歯髓,象牙質,歯周組織,咬合などの問題を包括的に解決していくなかでしか,補綴修復による歯の長期保存は達成されない.
 研究を始めてから二十数年が経過した.今日,筆者の歯科医院では,補綴修復歯において二次齲蝕や補綴物の脱落などのトラブルは皆無とはいわないまでも,ごくまれにしかみられなくなっている.この方法を多くの臨床家に伝えたいと考え,母校の同窓会をはじめとして,多くの会場で講演会・講習会を開催してきたが,受講した方々から「本は出版されていないのか」という質問をいただくのが常であった.
 実は,本の出版の話は8年前から持ち上がっていたのだが,根っからの筆不精と,常に新しい興味の対象に挑戦しなくては収まらない性分のせいで,延ばし延ばしにしてきたというのが偽らざるところである.ただ,少々言い訳がましいことをいうのを許していただけるなら,自分のなかで補綴修復治療のコンセプトが煮詰まった今こそ,筆者にとっては出版に最もふさわしい時期だったとも思えるのである.
 幸いにも,開業当初から優秀なスタッフに恵まれ,とりわけ加藤正治先生,森田 誠先生は約8年もの長期にわたって勤務していただき,臨床の傍ら,文字どおり寝食を忘れてともに多くの研究に携わっていただいた.本書の執筆にあたっても,遅々として進まぬ筆者の筆ならぬキーボードを,ずいぶんと筆者に代わって叩いていただいた.本書が出版にこぎつけられたのも,2人の存在があったればこそである.
 出版にあたり,科学的な物の考え方と実験の方法を教えてくださった東北大学名誉教授・吉田惠夫先生,陰に日向に研究を応援してくださった北海道大学名誉教授・内山洋一先生,常に最新の情報を提供してくださった岡山大学名誉教授・山下 敦先生,根管治療の細菌学的研究の実験を快く引き受けてくださった新潟大学名誉教授・岩久正明先生に深謝いたします.また,研究に多大なご協力をいただいたクラレメディカル社の方々,そしていろいろとご助言をいただいた多くの先生方に,心よりお礼申し上げます.これまで臨床と研究に携わった恵愛歯科のスタッフにも,心からお礼を言わせていただきます.
 そして最後に,約束を8年間も延ばし続けた筆者を,叱咤激励しながらも,我慢強く見守っていただいた医歯薬出版株式会社編集部の米原秀明氏と,数々の無理を聞き入れてくださった水島健二郎氏に厚くお礼申し上げます.
 2007年8月
 著者を代表して 柏田聰明
第1章 補綴修復治療の新しいコンセプト
 1.「補綴物本意」から「歯本意」へ
 2.新しい補綴修復治療のコンセプト
 3.10年保証する補綴修復を考える
第2章 次世代補綴修復に向けての「検証」と「提言」
 1 従来型補綴修復にまつわる問題点を検証する
  1.適合を追求しても二次齲蝕は防げない
  2.失活に起因するトラブル
  3.メタル主体の失活歯補綴修復の問題点─脱離・歯根破折はなぜ起こるか
  4.予防と補綴の分離
  5.トラブル連鎖が起こっている
  6.高齢者にとって厳しい補綴修復の現状
 2 次世代補綴修復の提言
  1.次世代補綴修復の鍵を握る「発症予防」と「再発予防」
  2.カリオロジーをベースにした再発予防の展開
第3章 次世代補綴修復の理論と実際
 1 細菌の侵入をブロックするために
  1.従来の接着システムの特徴と問題点
  2.補綴的立場から追求する象牙質の接着耐久性
  3.高い辺縁封鎖性を実証したADゲル法
  4.ADゲルの特徴と使用法
 2 咬合力に負けない接着安定性を得るために
  1.理工学的考察─弾性率を中心に「歯質─修復物複合体」としてとらえる
  2.臨床的考察─マージン形態と応力集中
 3 生体の治癒力,歯質強度を低下させないために
  1.補綴修復における抜髄を考え直す
  2.歯髄を救うレジン直接覆髄
  3.歯髄症状を有する症例に対するアプローチ
  4.歯髄を残すための判断基準
  5.断髄法への応用
  6.歯髄保護のためのコーティング法についての見解
 4 安心・安全な根管治療をするために
  1.根管治療の目的
  2.根管治療におけるADゲル法の有効性
  3.ADゲル法を用いた新たな根管治療の展開
  4.ADゲル法を用いた根管治療の実際
 5 歯根へのストレスを軽減するために
  1.支台築造の本来の目的─上部構造から考える
  2.歯根に加わる応力を緩和する
  3.コンポジットレジン支台築造における間接法の有用性
  4.臨床経過からの考察
 6 耐酸性の高い歯質を獲得するために
  1.歯質を強化するためのアプローチ
  2.耐酸性層形成による歯質の強化
  3.再石灰化促進による歯質の脱灰抑制
第4章 補綴修復治療の実際
 1 チャートに基づく目で見る補綴修復治療
  1.パナビアF2.0を中心とした接着チャート
  2.T(支台歯被着面)の処理法
  3.R(補綴修復物被着面)の処理法
  4.チャートに適応する接着材の操作
 2 補綴修復のベースになる形成テクニック
 3 二次齲蝕予防のための接着テクニック
  1─エステニアインレーの接着法(チャートT1・R2)
  2─エステニアクラウンの接着法(チャートT1・R2)
  3─オールセラミッククラウンの接着法(チャートT1・R3)
  4─メタルボンドブリッジの接着法(チャートT1・R3,R4)
  5─ジルコニア─セラミッククラウンの接着法(チャートT1・R3)
 4 歯髄を残すためのテクニック
  1─間接覆髄+エステニア接着(チャートT3・R2)
  2─直接覆髄+エステニア接着(チャートT2・R2)
  3─断髄法を用いた外傷歯の修復法(チャートT2)
 5 失活歯に関連するテクニック
  1─ファイバーポストとDCボンドを使用した直接支台築造法(チャートT4・R2)
  2─ファイバーポストを使用した間接支台築造法 レジンコア作製方法(前歯)
  3─間接法によるレジンコア接着法(前歯)(チャートT4・R1)
  4─ファイバーポストを使用した臼歯分割支台築造(間接法)コア作製法と接着法,エステニア接着法(チャートT4・R1,R2)
  5─ファイバーポストを使用した支台築造(間接法)コアの作製法 大臼歯非分割型コア(チャートT4・R1)
  6─コンポジットレジン築造(大臼歯・間接法ノンポスト)(チャートT4・R1,R2)
 6 審美障害を回復させるテクニック
  1─ポーセレンラミネートベニア接着法(チャートT1・R3)
  2─クリアフィルエステティックセメントによるポーセレンラミネートベニア接着法(チャートT1・R3に準ずる)
  3─歯根の漂白を併用した審美補綴修復法(チャートT4・R1,R3)
 7 接着を応用したリカバリーテクニック
  1─リペアテクニック(チャートR3,R4)
  2─歯根破折歯の救済法(チャートT4・R1,R3)
  3─動揺歯の固定(天然歯の場合)
第5章 接着を成功させるための基本知識
 1.歯質との接着
 2.金属との接着
 3.セラミックスとの接着
 4.被着面の防湿
第6章 次世代補綴修復治療Q&A
 1 歯髄の保護(直接覆髄を含む)
 2 支台築造
 3 ADゲル
 4 パナビアF2.0
 5 接着メカニズム
 6 耐酸性層

 索引