やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 私の医院では,新人の歯科衛生士が就職すると,患者対応,治療のプロセスなどを勉強してもらうことに加えて,技工室も見学してもらいます.すると歯科衛生士は,技工室の雑多な器機,材料にただ驚き,鋳造冠のワックスアップや,義歯ができあがる過程に興味深く見入っています.ほとんどの歯科衛生士は,鋳造冠にしても義歯にしても,その製作過程を見学していない,知らないのが現状のようです.
 いま日本は高齢社会に入り,高齢化率(65歳以上人口が総人口に占める割合)は19%,2025年には,28.7%に達すると予測されています.しかし,この世代の方たちは,ほぼ昭和10年以前の生まれで,日本が敗戦し貧困な時代に幼少年期を過ごし,歯科の治療技術も未発達で,痛くなると抜歯,そして義歯を入れるという時代を過ごしています.
 いま,歯科医学で予防がさかんに叫ばれていますが,この効果が出るのは20〜30年後であると考えられています.それゆえに,高齢者の増加と欠損・義歯との関係は切っても切れないものといえるでしょう.
 多数歯の欠損をもった人は,“咀嚼の障害者”なのです.義歯は,この障害を取り除くバリアフリーの役目を果たすことができます.また,社会活動に常時参加する人とほとんどしない人の間には,生存率に大きな違いがあると報告されています.社会活動に参加するには,笑顔,発音,そして交流のための食事が欠かせません.多くの歯の欠損のある人にとって,義歯の装着は社会活動への第一歩なのです.さらに最近は,欠損が体の平衡感覚,さらには転倒・骨折と関係しているとされています.
 このように,欠損のある人にとって,義歯は生命維持装置であるばかりでなく,日常生活の活動性(ADL),そして日常生活の質(QOL)を保つうえで,欠かすことのできないものです.
 保険請求のなかに,有床義歯長期調整指導科(略:長調I,IIまたは調DI,DII)という項目があるのをご存じですか? これは義歯を長く有効に使用していただくために設定されたもので,長調Iは義歯装着から6カ月〜1年未満,長調IIはそれから6カ月〜1年未満の義歯のメインテナンスの期間で設定されており,保険請求ができるものです.しかし,メインテナンスが叫ばれているにもかかわらず,保険の請求は少ないといわれています.
 診療室において,患者さんがもっとも気楽に話ができる人,それは歯科衛生士なのです.患者さんの言葉を受けとめ,それを術者である歯科医に伝える.その通訳の役目を保険の制度を有効に活かしつつ担ってほしいと思います.
 本書は,日々の忙しい臨床のなかでもすぐ読め,わかりやすいように編集したつもりです.この本が患者さんと歯科衛生士の皆さんの福音となれば幸いです.

 2003年11月 中尾勝彦・藤本篤士
デンタルハイジーン別冊 もっと知りたい義歯のこと CONTENTS
The Journal of Dental Hygiene.Extra Issue・2003/ Let's study more about denture

はじめに

1章 なぜ義歯について知る必要があるのか
 対談/中尾勝彦・藤本篤士
  急速に進む日本の高齢化/向こう4半世紀は義歯患者が増える/女性50代,男性60代前半の歯科受診は必須―患者さんにアピールしよう―/長生きの方より,短命群のほうが医療費がかかる/“ピンピンコロリ”(PPK)運動/患者さんからの入れ歯についての質問に答えられますか?/患者さんと歯科医の架け橋になってほしい/歯科衛生士に期待すること

2章 義歯の知識・8つのポイント
 (1)義歯の対象者は増え続ける―人口推計から― ●藤本篤士
  日本がもし100人の村だったら/義歯なしには語れないこれからの歯科
 (2)全身の健康・ADLに関係すること ●藤本篤士
  口から食べられなくなると/義歯の使用率は老化の進行程度に左右される
 (3)将来像をみることで,予防にいっそう努力できる!●藤本篤士
  要介護の期間を限りなくゼロに近づけたい/寝たきり予防のために
 (4)介護予防の観点から―1つの症例から学んだこと― ●藤本篤士・藤本晶子
  出会ったころのK.N.さん/おしゃれをして出かけるようになった!/転倒・骨折,そして転院/戻ってきたK.N.さんは
 (5)口腔の機能から考えても義歯は必要 ●舞田健夫
  口腔の機能―摂食,咀嚼,嚥下について―/義歯の役割
 (6)装着前にリハビリやトレーニングが必要なこともある ●中尾勝彦
  欠損によって生ずる変化/正常な機能の回復のために
 (7)義歯を使う患者さんの視点に立って寄り添うこと ●中尾勝彦
  義歯を使いたくないわけ/義歯を装着していても不満はある
 (8)義歯のケアが必要なこと―口腔乾燥とカンジダ― ●藤本篤士
  デンチャープラークを知っていますか?/本人による習慣づけが大切

3章 快適な義歯を作り大切に使うために
 (1)歯科衛生士のガイダンスが必要 ●中尾勝彦
  高齢者の要望を引き出す/「総義歯を作る前のおたずね」の活用/咀嚼能率判定表の活用/「義歯を快適に使うために」をさしあげる
 (2)患者さんにわかりやすく説明するために ●槇田大介・赤澤裕二・和田弘毅
  十分な知識がありますか?/自費補綴物の説明時に求められること/説明時に求められる知識と技術/説明用ツールのいろいろ/患者さんの判断を尊重する
 (3)義歯のいろいろ ●川村真弓・村田比呂司・浜田泰三・中尾勝彦
 残存歯の有無による分類/床材料の種類による分類/部位による分類/義歯の目的による分類/特殊な構成の義歯/まとめ
 (4)義歯はどのような工程で作られるの?●槇田大介・赤澤裕二・和田弘毅
  義歯ができるまで/卓越した技術と労力が必要
 (5)修 理 ●吉谷正純
  よく起きる修理の例/レジンを使用するにあたって
 (6)リライニング ●藤本篤士
  新製するより修理のほうが好ましいわけ/リライニングの方法/間接リライニングの手順
 (7)メインテナンス●村田比呂司・浜田泰三・中尾勝彦
  診療室(歯科医,歯科衛生士)でのメインテナンス/患者さんによるメインテナンス/介護者によるメインテナンス
 (8)義歯不具合の初期徴候 ●(田善規・中尾勝彦
  大きなトラブルになる前に/義歯床に関するもの/クラスプ(維持装置)に関するもの/人工歯に関するもの
 (9)在宅診療の制度と相談窓口 ●青柳公夫
  日本歯科医師会の取り組み/訪問歯科診療に診療報酬が/診療報酬の見直し/介護保険制度では/増え続ける訪問歯科診療のニーズ/都道府県の相談窓口

4章 Q&A
 Q1 義歯材料と義歯洗浄剤の相性は?
  ●村田比呂司・浜田泰三
 Q2 ティッシュコンディショナーを使用している義歯での注意点は?
  ●中川英俊
 Q3 義歯の破折線の見方を教えてください●片山 昇
 Q4 義歯を24時間装着していると不都合な点がありますか?
  ●藤本篤士・伊藤美穂
 Q5 義歯の取りはずしはどうすればよいの?●瀧井百合子・藤本篤士
 Q6 開口してくれないときは,どうすればよいのでしょう?
  ●三瀬三栄子・藤本篤士
 Q7 義歯が着色してしまったのですが,どうすればよいでしょう?
  ●中川英俊
 Q8 義歯が頻繁に割れてしまうことがあります.壊れにくい義歯は作れますか?●梶谷真史
 Q9 新しい義歯が合わなくて痛い場合,慣れるまでがまんしたほうがよいのでしょうか?●大栗孝文・市川哲雄
 Q10 患者さんが「痛い」と言ったら?●梶谷真史
 Q11 義歯をはずしたままにしていると?●小林國彦・井上農夫男
 Q12 義歯に名前を入れてもらえますか?●玉本光弘・志賀 均
 Q13 義歯着脱時に,とがった金具の部分で
 患者さんを傷つけてしまいそうでこわいのですが?●吉田光由
 Q14 痴呆症の患者さんが義歯洗浄剤を食べてしまいました!
  ●藤本篤士・伊藤美穂
 Q15 義歯は,上下そろっていないといけませんか?●吉田光由

付録
 ●カラーグラフ・自費の総入れ歯と保険の総入れ歯
 ●カラーグラフ・義歯のいろいろ
 ●咀嚼能率判定表
 ●義歯を快適に使うために
 ●義歯関連の商品リスト
執筆者一覧
編集後記