やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊にあたって
 本書は,(社)全日本鍼灸学会主催の国際シンポジウム“International Symposium on Evidence Based Acupuncture”で行われたメインシンポジウム「変形性膝関節症に対する鍼治療の効果と安全性」の論文集として,Acupuncture in Medicine誌に掲載された論文をもとに翻訳・編集したものです.
 わが国の鍼灸治療は,肩こり,腰痛,関節痛などに広く用いられており,いずれの疾患にも一定の臨床効果を有することは誰もが認めるところであります.しかし,その有効性を示す論文がきわめて少なく,整形外科医も含めた医療関係者を納得させるだけのエビデンスが十分そろっているとはいえない現状にあります.
 一方,海外に目を向けますと,その状況はわが国とはまったく異なっています.諸外国では,厳密な臨床デザインのもとに大規模臨床研究が行われ,各種疾患に対する鍼治療の有効性と安全性が次つぎと明らかにされています.こうした臨床研究の成果は,残念ながら,わが国の医療関係者にあまり知られないまま,鍼灸治療の評価が行われることがあります.
 先般,厚生労働省により「変形性膝関節症に関する鍼灸臨床研究(平成15年度鍼治療の臨床効果と保険適用に関する調査研究,平成15年度厚生労働省保険局委託事業)」が実施されましたが,その結果,鍼治療は「臨床的有効性が客観的に乏しく不明」であるとされ,「結論として,(保険適応疾患に)追加すべきでないと考える」といった厳しい評価が下されました.しかしながら,鍼治療の変形性膝関節症に対する有効性とその安全性についてのエビデンスを示す研究論文は,すでにその当時から諸外国の一流医学雑誌に掲載されており,厚生労働省の調査研究結果とは明らかに異なるものでした.
 こうした日本の鍼灸臨床をとりまく現状を鑑み,(社)全日本鍼灸学会として国際シンポジウムを開催し,鍼灸治療のエビデンスについて国際的に討論することを企画した次第です.その第1回目として,変形性膝関節症に対する鍼治療の効果と安全性を取り上げ,諸外国から第一線の研究者を招聘してメインシンポジウムとして実施し,そこでの発表や討論の成果が論文集としてAcupuncture in Medicineに掲載されました.その内容を鍼灸師はじめ多くの医療関係者にも知っていただき,鍼灸治療に対する現時点における正確な認識を持ってもらうために,本書を発刊したものです.
 本書は,変形性膝関節症に対する鍼治療の効果や安全性を理解するうえで,きわめて有益で示唆的な内容になっており,鍼灸教育においてもきわめて有用であると信じています.また,諸外国における鍼治療の臨床研究の現状と医療的役割を知る上でも貴重であり,わが国の鍼灸臨床の研究にも大きく影響を及ぼすことになるものと思います.
 最後になりましたが,本書の出版にあたり尽力いただきました医歯薬出版竹内大氏に心から感謝申し上げます.
 社団法人全日本鍼灸学会会長 矢野 忠

推薦のことば
 この度,(社)全日本鍼灸学会が主催されました国際シンポジウムの成果が,『エビデンスに基づく変形性膝関節症の鍼灸医学』として刊行されますことを心よりお慶び申し上げます.
 今回の国際シンポジウムは,わが国の鍼灸研究の現状を世界に紹介するとともに,最新の鍼の臨床研究のエビデンスを集約し,その有効性,安全性について十分に相互理解を深めるという大きな目的を掲げたものでした.本東洋療法学校協会としては,その主旨に大いに賛同し,ささやかながら応援させていただいたところですが,その成果がかくも速やかに日本語で刊行されたことには驚きを隠せません.
 本書は,世界中で注目を浴びてきた鍼治療の変形性膝関節症に対する有効性,安全性についての大規模臨床試験を第一線で実施されてきた研究者の手になるものであり,その内容は,最新かつきわめて高度なものになっています.
 通常の鍼の臨床試験の学術論文は,それが仮りに和文のものであっても,その内容がきわめて難解なものになることは枚挙にいとまがありません.そのような観点からも,本書からは,単に学術論文集の翻訳出版にとどまらず,今回の国際シンポジウムで得られたすばらしい成果を何とか多くの医療関係者や学生諸氏に知ってもらいたいという,(社)全日本鍼灸学会の先生方の思いがひしひしと伝わってきます.
 鍼治療の変形性膝関節症に対する有効性と安全性は,今回のシンポジウムの内容からみると,すでに十分なエビデンスがあるように思われます.それをどのように生かし,どのように実践するかは,これから鍼灸に携わるすべての関係者の努力によるものと思います.
 近年の鍼灸医療の学校教育において,鍼灸治療の効果や安全性についてのエビデンスの必要性はますます高まっているところです.東洋療法学校協会としても,本書のようなエビデンスに基づく臨床効果あるいは基礎的な機序が明確にされ出版されたことは,教育研究の質の向上にとってきわめて有益なものと考えます.鍼灸の研究に携わる先生がたのみならず,学校教育に従事される先生方,また鍼灸を学ぶ学生諸氏が,本書を手にとって,世界の鍼研究の現状を知り,エビデンスのもつ意味を十分に理解されることは,わが国の鍼灸医学教育をさらに発展させるうえできわめて重要なことと信じるものです.私ども東洋療法学校協会としても,日本の鍼灸教育をより一層発展させる好機と捉え,貴重な成果を十分に生かしてまいりたいと考えております.
 最後となりましたが,本書の編集に携わられた矢野忠会長ならびにAdrian White博士,川喜田健司研究部長のご尽力に感謝申し上げます.
 社団法人東洋療法学校協会会長 谷口和久

推薦のことば
 この度,2006年11月京都にて開催された(社)全日本鍼灸学会国際シンポジウムの内容が『エビデンスに基づく変形性膝関節症の鍼灸医学」として出版されることになったことは,大変すばらしいことです.
 私事にわたって恐縮ですが,私は整形外科学教室に入局して2年目でカリフォルニア大学に留学しました.その際,インターンを務めたアメリカ海軍病院の指導者Dr.Weitzmannは「東洋医学と西洋医学の融合を計りたいという“夢”をもつ若手医師を紹介する」という推薦状を書いて下さいました.幸いこの夢は海外に受け入れられ,ハーバード大学留学の折にはリハビリテーションの視点から東洋医学をみつめることができました.ドイツのヴュルフブルグ大学の客員教授の生活でも,欧米の先生たちがいかに東洋医学に興味をもっているかを知ることができました.
 その夢の延長として,現在は明治鍼灸大学大学院教授として院生の鍼灸研究の指導に当たっています.私の知るところでは,鍼灸は運動器系疾患の愁訴や種々の疼痛の改善に大変効果的であるということです.しかしながら,ランダム化比較試験などの研究デザインに基づいた研究は少なく,その科学的根拠が曖昧であったことはきわめて残念に思っていました.それがこの度,本書のオリジナル雑誌“Acupuncture in Medicine”を一読する機会にあずかり,大きな衝撃を覚えました.それは,これまでのわが国では見られなかった論文集で,まさにエビデンスに基づいた研究成果でした.これは,鍼灸医療の将来展望を図る上できわめて重要な意味をもつ専門書になることを直観し,翻訳書の完成にあたって推薦のことばを引き受けた次第です.
 本書の執筆者をみますと,世界のトップジャーナルに論文を発表されたすべての研究者が京都に集い,最新の鍼治療の変形性膝関節症に対するエビデンスが報告されたことが分かります.本書は,その論文集ですが,日本語に翻訳されて1冊の本として刊行の運びになったことは,わが国における変形性膝関節症に対する鍼治療の効果や安全性を理解するうえで,きわめて有益で示唆的であると思います.
 鍼治療の臨床的な効果についての議論は,これまでややもすると経験主義に陥り,十分なエビデンスのないままにその効果と安全性が語られてきたように思われます.特に整形外科学の分野では,種々の運動器疾患や症状に対して広く鍼治療が行われている現状を鑑みると,その効果と安全性についてのしっかりとしたエビデンスを提示することが求められているように思います.
 国際シンポジウムの論文の内容は,いずれもLancet,British Medical Journal,Annals of Internal Medicine誌といった世界のトップレベルの学術専門誌に掲載された論文の著者による最新情報であり,それらの大規模臨床試験がいずれも鍼治療の有効性と安全性を明らかに示したことは,鍼灸治療の効果に対して懐疑的であった医師を含めた多くの臨床家を納得させるものと思うとともに,ここまで急速に進んだ鍼灸の臨床研究の発展に驚きを禁じえません.心から賞賛を送る次第です.また,臨床研究のほかに基礎医学的な視点から,鍼刺激がどのようにして鎮痛効果を現すのか,鍼灸刺激とツボとの関連性についても理解しやすく紹介されていることに本書の意義と意図を感じます.
 本書の内容を含めて,現時点で有効とされる変形性膝関節症の治療法は,【1】疼痛軽減のための鍼灸治療,【2】日本人に多くみられる内反膝(O脚)のための足底挿板装着,【3】膝関節安定化のための大腿四頭筋を中心とした筋力訓練であり,これらを“核”として治療を行えば,患者のADLの改善,さらにはQOLの向上のために大いに役立つものと確信しています.
 最後になりましたが,このような質の高い論文集の刊行を企画された(社)全日本鍼灸学会矢野忠会長をはじめ,国際シンポジウムの開催にあたり尽力された学会関係者,ならびに編集の労をとられたA.White博士,川喜田健司先生に敬意を表します.
 明治鍼灸大学 平澤 泰介

Foreword
 The fact that acupuncture is outside the mainstream of medicine has proved to be a major obstacle to good research,throughout the world,because of the lack of research capacity-people who have detailed knowledge about how to do research,statisticians,training courses and so on.In this respect,Japan has been no different from other countries:apart from some excellent laboratory studies on the autonomic nervous system,there have been few,if any,large multi-centre clinical studies that can provide good evidence of its effectiveness.
 There are now clear signs that Japanese acupuncture researchers are taking their place on the world stage,and are making major contributions in the fields of acupuncture mechanisms,acupuncture safety,and clinical trials of its effectiveness.
 One very major step forward has been taken by researchers from the Meiji University of Oriental Medicine and JSAM,in deciding to arrange an international conference to bring together world specialists in acupuncture for on one particular disease area-osteoarthritis of the knee.This common disorder can be painful and disabling,and the role of acupuncture in its treatment has,quite naturally,been the subject of intensive research in many centres.
 The important Japanese initiative was to invite international researchers to Kyoto,to meet together and have the opportunity to present the state-of-the-art evidence on the safety,effectiveness,cost-effectiveness,and mechanisms of acupuncture for osteoarthritis of the knee.
 I have been proud and honoured to have been invited to join in this project.I believe that the conference proceedings,which are presented here in Japanese together with some additional background papers,will become one of the classic publications that will stand as a landmark in the history of acupuncture research
 Adrian White
 Editor-in-Chief,Acupuncture in Medicine

序文(Foreword訳)
 鍼灸治療が現代医療の主流からはずれているという事実が,世界中において,優れた研究を推進する大きな障害になっていることは明らかである.なぜならそれは,どのようにして研究を実施するかをよく理解している研究者,統計学者,適切なトレーニングコースといった,研究遂行に必要な資源や環境が欠けていることを意味するからである.
 この点において,日本も他の国と変わりはなかった.鍼の自律神経系への影響を明らかにしたすばらしい基礎研究は別にして,これまで鍼灸治療の臨床研究は,仮りにあったとしても,鍼灸治療の有効性を示す優れたエビデンスとなる大規模多施設臨床試験はほとんどみられなかった.
 今ここに,日本の鍼灸研究者たちが世界の舞台に現れてきつつある明らかな兆候があり,鍼灸治療の作用機序,安全性,臨床試験の分野では大きく貢献しつつある.その中でも画期的な第一歩といえるのは,(社)全日本鍼灸学会と明治鍼灸大学の研究者らが,1つの特異的疾患である変形性膝関節症に関して,世界の専門家たちを交えた国際シンポジウムを企画・開催したことである.この変形性膝関節症はよくみられる疾患であり,疼痛をともない,機能障害をもたらす.その治療における鍼の役割は,きわめて自然に,世界の数多くの研究機関で精力的かつ集中的に研究される対象となってきた.
 日本の重要な先導によって各国の研究者たちを京都に招聘し,一同に集い,鍼灸治療の変形性膝関節症に対する最新の安全性,有効性,費用対効果,および作用機序を発表する機会を持った.
 私は,この全日本鍼灸学会のプロジェクトに招かれ参加したことを誇りと感じるとともに,おおいに光栄に思っている.今回,シンポジウムの論文集としてAcupuncture in Medicine誌に掲載された論文が,日本語に翻訳され,補足的な原稿を付け加えられて刊行されることは,鍼灸研究の歴史において画期的な最高の出版物の1つとなるものと信じている.
 Acupunctue in Medicine誌,編集長
 エイドリアン・ホワイト
 発刊にあたって
 推薦のことば
 Foreword
Introduction 変形性膝関節症の基礎知識
 1.膝関節の構造
 2.変形性膝関節症とは
 3.臨床症状
 4.診察法
 5.評価
 6.鍼灸治療
 7.東洋医学からみた膝痛
Chapter1 変形性膝関節症に対する治療の現状
 1.変形性膝関節症と健康問題
 2.治療方針
 3.治療に対する患者の選択
 4.治療の選択肢としての鍼
Chapter2 臨床試験にみる鍼治療のエビデンス
 I.米国におけるランダム化比較試験
  1.方法
  2.結果
  3.考察
 II.スペインにおけるランダム化比較試験
  1.方法
  2.結果
  3.考察
 III.鍼治療を受けた患者の評価に関するドイツのプロジェクト研究
  1.方法
  2.結果
  3.コメント
 IV.慢性痛に対する鍼治療の効果,有効性,安全性および費用対効果に関するドイツの大規模研究
  1.方法
  2.結果
  3.考察
Chapter3 鍼治療の効果の系統的レビュー
 1.方法
 2.結果
 3.考察
Chapter4 鍼治療と安全性
 I.鍼治療の安全性に関する調査研究
  1.方法
  2.結果
  3.考察
 II.鍼治療の安全性:英国におけるエビデンス
  1.方法
  2.結果
  3.考察
Chapter5 鍼治療の効果と作用機序
 I.慢性痛に対する鍼鎮痛の作用機序におけるポリモーダル受容器の役割
  1.鍼通電刺激による鎮痛のメカニズム
  2.痛み抑制機構の賦活のための求心性入力
  3.ポリモーダル受容器の特徴と鍼灸における役割
  4.経穴とトリガーポイントの類同性
  5.トリガーポイント形成の機序とその病理
  6.関連痛現象と慢性筋痛
 II.膝痛に対する鍼治療効果における報酬系の役割
  1.膝蓋大腿疼痛症候群について
  2.鍼治療と辺縁系
  3.鍼治療と報酬系
  4.無髄神経線維支配の触受容器の役割
Chapter6 変形性膝関節症に対する鍼治療の有効性とその保健医療政策における意義
 1.鍼治療は変形性膝関節症に対して生物学的作用がある
 2.鍼治療のメカニズム
 3.臨床における鍼治療の有効性
 4.臨床における鍼治療の安全性
 5.鍼治療の費用対効果
 6.鍼治療と他の治療法との比較
 7.ヘルスケア制度の中における鍼の現状
 索引