やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 「認知症の本態は前頭前野機能の障害にある」と私が提唱してから20年の歳月がたつ.近年になって,ようやくその真意が国内外ともに理解され,認められるようになってきたようである.
 衰え始めた前頭前野機能を活性化し,回復させようとする試みこそが「脳リハビリテーション」である.20年前,この言葉を用いて,初めてわが国の学会で発表したのは私であるが,論文としては「前頭葉障害に対する評価と機能訓練の試み」(失語の経過と予後;367-391,医学教育出版社,1986)と題して,その発想の原点と実際の訓練成果を記述している.20年間にわたる私たちの実践を通して,この脳リハビリテーションこそが認知症に対する正統的,理論的治療法であることを確信するものである.
 認知症の大部分は,がんや感染症,変性疾患などの特殊疾患ではないのだ.
 早期認知症の正確な診断に基づく疫学調査を広範な地域住民高齢者で実施してみると,認知症(軽度,中度,重度を含む)は加齢とともに,概ね以下のように増加してくることが分かった.すなわち,60歳代で12%,70歳代で30%,80歳代で50%,90歳代で75%,100歳代で98%となる.この変化は,認知症が基本的に加齢変化であることを示していると言える.それらの病因分析では全認知症の95%は老化・廃用性変化に基づくことが分かる(私たちはこれを生活習慣病型認知症と呼んでいる).若年性アルツハイマー病やピック病などの変性疾患に基づく認知症は,全体でも2%にも満たない.
 他方で,同じ高齢者世代でどんな人が早く認知症に陥り,どんな人が陥りにくいかを調査してみると,認知症発生のメカニズムまでも明確になってくる.私たちの十有余年にわたる調査の結果,明確な回答が得られたのだ.左半球の勉強・仕事の脳だけは十分に活用してきたが,右半球に関与した趣味,遊びを何一つ楽しんでこなかった人に認知症は早期に起こっていたのである.つまり,右半球は感性の脳であり,そこに意欲の二次中枢も交友の中枢も位置していたのである.右半球が司る音楽,絵画,詩歌,ゲーム,スポーツなどを楽しむ感性の領域の部位,配置が,今ではMRI,PET検査などで明白に示される時代になった.
 思い出して欲しいのだが,認知症の最初は,まず意欲,好奇心,挑戦欲の低下から始まる.つまり,右脳にある意欲の二次中枢の廃用性変化が脳の老化を加速させていると考えれば,この実態がよく理解できる.
 このような認知症の実態を理解していれば,認知症が何らかの薬物とかワクチンなどで根治できると思う愚は明白であろう.万が一にも,そのようなことが実現されたとするならば,エジプトのファラオの時代から人が願い続けてきた不老長寿が実現するのだろうが,そんなことは起こるはずがない.
 前述した私たちの統計から,85歳まで何とか認知症にならないで生きられた人は,うまく人生を生き抜いてきたと言える.それ以前にボケ始めた人は早期に手を打って,85歳くらいまでは自立生活を送れるようにしてあげようとするのが,認知症対策の本筋の考え方になるだろう.
 私たちの脳リハビリの神髄は,感性教育によって右脳の意欲,感動を活性化し,好奇心,関心,挑戦欲を高めることにある.
 豊富な経験の蓄積により,私たちが今到達しえているレベル,および基本精神は以下の通りである.
 (1)認知症に早く陥る人は40歳代,50歳代ですでに明瞭に推定できるので,早期に予防対策を実施する.
 (2)軽度,中度レベルで診断された人は,脳リハビリにより,その約90%の人の進行を阻止できるし,むしろ脳機能の改善が可能である.また,改善されたレベルをその後7〜10年間維持することも可能である.
 (3)私たちが上手に生活指導をすれば(もし特別な全身疾患に罹患しなければ),誰でも90歳まではかくしゃくと生きることが可能である.
 2007年5月
 金子満雄
 はじめに(金子満雄)
I 認知症(痴呆)とは─早期認知症の病因と診断(金子満雄)
  1)認知症(痴呆)の本態とは何だろう
   「全般的,広範」な障害
   前頭前野の働き
   付記:痴呆は認知症とイコールではない!
  2)初期の認知症(痴呆)をどう診断するか?
  3)認知症(痴呆)はどのような症状を示し,どのように進むか?
  4)認知症(痴呆)の病因について
  5)認知症(痴呆)治療の根本精神
II 脳リハビリテーションの理論と方法
 1 (金子式)脳リハビリテーションとは(渕上 哲)
  1)認知症および認知症高齢者とは
  2)脳リハビリとは
  3)浜松二段階方式について
  4)早期認知症について
  5)知的機能について
  6)脳のリハビリテーションについて
  7)認知症短期集中リハビリテーションについて
  8)介護老人保健施設における脳リハビリ
   脳リハビリの実施期間と対象者の内訳
   脳リハビリの実施方法
   脳リハビリの成績
  9)脳リハビリ実施に際しての留意事項
   神経心理検査の精度管理を行うこと
   前頭葉(前頭前野)の機能低下を意識すること
   長期的,継続的に観察すること
  10)介護老人保健施設における脳リハビリの課題
 2 (金子式)脳リハビリテーションプログラムとは(杉田フミエ)
  1)合宿型脳リハビリとは
  2)脳リハビリのポイント
  3)合宿型脳リハビリの事例
  4)フォローアップ
 3 やさしい早期認知症診断法の実際―浜松二段階方式における神経心理機能テストの活用法(佐原陽子)
  かなひろいテスト
   1)検査の特性
   2)実施法
   3)採点法
   4)評価法
   5)正常者の年齢群別得点の分布と境界値
   6)信頼性
   7)妥当性
   8)まとめ
  MMS(Mini-Mental State)
   1)必要な用具
   2)実施方法と注意事項
   3)採点法
   4)検査所要時間
  浜松二段階方式認知症診断法の要点
   1)軽度認知症
   2)中度認知症
   3)重度認知症
   4)重症度判定の困難例について
  そのほかの神経心理テスト
   1)花・動物名想起テスト
   2)表情読み取りテスト
  最後に
III 脳リハビリテーションの実際
 1 早期認知症対応施設における実践
  合宿型脳リハビリセンター(鈴木敏子)
   1)プログラムの立て方
    3つの柱の活用方法
    プログラムの例
    脳活性化リハビリの生活の様子
    生活の様子
   2)展開の仕方
    散歩4つのポイント
    ゲーム類の進め方のポイント
    ゲームの指導ポイント
     オセロ/五目並べ/花札/ジグソーパズル/麻雀/一人チェス/うすのろ(トランプ)(トランプ)並べ(トランプ)/神経衰弱(トランプ)
    心得
   3)集団ゲームのコツ
    集団ゲームの魅力の理解
    楽しみ方の伝え方
    個人を大切にするアプローチ
    目的に沿った演出
    集団ゲームのコツを利用した結果
    集団ゲームの例
     (1)指体操:関節開きグー,1グー/グーパー/折り曲げ開き/親指,小指/パーでこんにちは/指回し/さんでグー,さんでパー・2・3パー/いちにいちに/せーの
     (2)ハンドゲーム:グーチョキパー/もしもし亀よ・2・/どんぐりころころ/蝶々
     (3)文字しりとり
     (4)色文字ゲーム
     (5)丸めてホイ
     (6)ジェスチャー
     (7)どすこい相撲
   4)手工芸の例
    仲良し家族(かえる編)
    爪楊枝入れ
    花を咲かせましょう
    マイうちわ
    一輪挿し
    ステンドグラス
  認知症対応型共同生活介護(グループホーム)(杉田フミエ)
   1)グループホームとは
   2)私たちのグループホーム紹介
    ねんりんはうす西都台
    ねんりんはうす佐鳴湖
    当施設の特徴
   3)ホームでの1日のおおまかな流れ
   4)まとめ
  デイサービスにおける脳リハビリ活用法(奥山惠理子 木村 功)
   1)脳リハビリ集団ゲームの効果
   2)通所介護施設での脳リハビリの実績報告
    富塚パークタウンデイサービスセンター・上島ハーモニータウンデイサービスセンターでの取り組み
   3)オリジナル脳リハビリゲーム
    パスは声かけ
    モジだすゲーム
    変身へんしんハイチーズ
    ピンポン玉ホイホイ
    フラッシュピクチャー
    触ってなぁーんだ?
    パニック買い物ゲーム
    巻き巻き巻きゲーム
    運んで運んでホイサッサ
    缶カン引っパレード
    ふーフゥは息ながーく
    パタパタゴルフ
    創造と表現
  日本人高齢者向きの音楽療法とは(金子満雄)
   歌が顕著な効果を示した一例から
   音楽は楽しむもの
   わが国の音楽療法の欠陥
   認知症とは何か?どのように起こるのか?
   脳機能の分析から見た音楽療法
   まとめ
 2 家庭における脳リハビリテーションの継続(杉田フミエ)
   1)目的
   2)家族指導の取り組み
    家族介護者教室の開催
   3)具体的な実践内容
IV 地域における早期認知症対策とネットワーク
 1 浜松早期認知症対策ネットワークの理念と目標―待ったなしの認知症進行予防(清水孝俊)
  デイサービスセンターの開設
  脳リハビリセンターの開設へ
  今後の展開
  まとめ
 2 全国早期認知症対策実務研修会(金子俊一)
  プログラムの実際
  フォローアップ
 3 浜松早期認知症研究所(志村孚城)