やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 私は二〇〇二年の三月で特別養護老人ホーム(本書では,特養と略)に介護職(いわゆる寮母)として入職して丸七年間を過ごした.この間,サービス利用者・関係職員とともに様々な出来事に出会い,学ばせてもらった.その一つひとつを書きとめておきたいという思いと,教科書や各指導で良いとされている老人ケアを現場で実践しようとするとどのようなことになるのか,私たちの取り組みを整理して検討したい気持ちが強くなってきていた.
 しかし,仕事としての老人ケアをより具体的に,確実に語り合う土俵のようなものに,私は現在のところ巡り合っていない.たとえば,入居者五〇名規模の特養での介護担当職員の業務内容・日課の考えかた,人事の指針,役職の捉えかた,研修項目,段階別に必要な知識と技術,そして地域化・多機能化にむけて,今何をなすべきなのか等々,知っておかなければ仕事にならないこれらの数々が見あたらないのである.
 もちろん私が不勉強なだけで,どこかに優れた指南書があるのかもしれないが,少なくとも私が目にしたものは,理論・理想を高らかに歌い上げたものか,熱意あふれるケース報告が多く,どちらも大切なのであろうが,今日の仕事が見えてこない.実践書とされているものも,その著者は現場で人と組んで働いたことがあるのだろうか.本当に書かれているようなことをして給料をもらったことがあるのだろうかと思ってしまう.つまり,現場で働く寮母に思わず「これ,これ」といわせるものがないのである.
 それでは特養の寮母には何の蓄積も検討もないのかといえば,決してそんなことはない.大先輩の寮母の多くが繰り返したチームで取り組む業務への創意工夫,経験に裏打ちされた介護の意味とありかたなどが世代を越え,場所を変え,老人の居る現場のそこかしこのあちこちに脈々と生きているのである.なのになぜ,いまだに特養介護業務の原理・原則さえできていないのであろうか.私は当初,寮母たちが寮母の言葉で仕事を語らなかったことに最大の責任があると思っていたが,現場にわが身を置いてその訳がわかったような気がしている.
 良い寮母というのは,仕事場においても決定的に今を生きる生活者である.“今”を言葉でからめ取り,まして形として整理する作業の空しさを直感している当事者だ.日々の仕事を繰り返すうちに人間への信頼と生きることへの共感から,「人間もいろいろだから,あなたはあなたのやりたいようにして下さい.私も私らしくやってみます」と,いずれ静かにどっしりと落ち着いてしまうのである.
 私もこのような,大きくて良い寮母になりたいと思う.そこへたどり着くまでに,そうなるために,今までと今を書きとめておきたいとより強く思うのである.ここに,出会った“介護する者・される者”の双方に醸し出される,真の親密性を仕事としての介護からどのように手に入れていくのか.これを言葉にするのはむずかしそうでもあるし,言葉にした途端異なってしまう不安は大きい.
 本書では,特養という場所で仕事としてのケアを展開するとはどういうことなのかを書き綴っていく.それが,あなたとケアを語る土俵作りのきっかけにでもなれれば幸いである.
 二〇〇二年三月 口光子
 はじめに

第1章 介護と管理の関係を求めて,そして「介護職会議」が始まった
    現場の職員数はこれでいいのか
    老人ケアを本音で語ろう 「介護職会議」のスタート
第2章 語り始めた介護職たち,まずは入浴ケアからとりかかろう
    “私のケア”を語り始める
    たったひとりの老人
    入浴ケアから始めよう
    自由入浴はできるのか
第3章 バイキング食と“ひとり誘導” 食事のケアを見直そう
    食事のケアを話し合おう
    ひとり誘導をやってみようよ
    やってみたら見えてきた
    誰とどこで食べるのか
    食事ケアへの「思い」
    生活の側から発信しよう
第4章 排泄を制するものは介護を制す 排泄委員会はどこへ行く
    排泄ケアを考えてみよう
    おむつはずしをなぜするのか
    シルバー日吉の委員会活動
第5章 排泄ケアへの情熱 何が排泄委員長を阻んだのか
    排泄委員長の意気込み
    論文から考える
    私の反省
    排泄ケアの大きな壁
    シルバー日吉の排泄ケア
第6章 リハビリテーションとレクリエーション 時空間を創り出せ
    業務の流れをつかむこと
    生活の場でのリハビリテーション
    特別養護老人ホームのリハビリテーション
    レクリエーションを考える
    行事を創造する
第7章 生活支援への記録のむずかしさ 日常への取り組みと非日常への段取り
    ケアプランの登場
    生活支援の場の記録
    老人の可能性を創り出す
第8章 かけがえのない時間 非日常を創造するケアプラン
    大好きな老人
    好きなことをするケアプラン
    かけがえのない人になる
第9章 施設と在宅の接点 ショートステイの限りない創造性
    ショートステイはむずかしい
    ショートステイとの接点を探る改革案
    ショートステイに求められる創造力?
    ショートステイの限りない可能性
第10章 看護職とボランティア・実習生 介護現場のダイナミズムに学ぼう
    生活の場から看護が消えた?
    特別養護老人ホームの看護と介護
    歓迎したいボランティア 歓迎できないボランティア
    実習生は何を得ている?
第11章 マニュアルのない認知症とターミナルのケア 思いなくして介護はできない
    介護に答えがあるものか
    仕事としての認知症ケア
    認知症高齢者の見かた
    ターミナルケアと思い
第12章 仕事としてのケアを表現できればケアプラン 手渡しできればサービスプラン
    老人と介護職を近づけるプラン
    人気者の寅さん
    帰ってきた寅さん
    卒寿のお祝いがしたい
    喜びあふれるターミナルケア
    悔しくはないターミナルケア
第13章 一緒に居場所をつくるケア 問題解決能力って何だろう
    百年の個性
    脳卒中
    藤井さんはどこへ
    藤井さんは帰れるか
    藤井さんは帰ってきたが
    命だけが大切か
    介護部長の苦悩
    介護職の答
    やってみよう
    ターミナルの決意
    一緒に居場所をつくること
第14章 介護新時代を乗り切れるか 福祉の管理・運営を考える
    社会福祉法人での監査
    福祉の監査は甘い?
    福祉に問われていることは?
    良い介護,良い管理
    介護保険と新しい管理者
    現場が管理を支える
    理念と空間と介護業務
    新しい介護部長
    本当の管理とは
第15章 入居の規程が変わるとき 寮母の思いはどうなるか
    入居規程の見直し
    満床維持という命題
    何が緊急なのか
    入居者への思い
    退居のケアプラン
    あなたと私

おわりに
 カバー・本文デザイン/エムズ