やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者序文
 MASA(The Mann Assessment of Swallowing Ability)は,臨床評価により嚥下障害と誤嚥を効率よくスクリーニングする方法である.これまで報告されている臨床評価のなかでは最も充実した優れた臨床評価法といえる.特殊な機器を用いることもないため,どのような環境下でも熟練すれば10数分で評価が完了する.各評価項目のプロフィールを見て基準に従えば,嚥下障害と誤嚥それぞれについて,「確実」「可能性が高い」「あるかもしれない」「なさそう」の4段階で判定ができる.また,経時的な評価によって各評価項目の変化を知ることができる.また,各項目には重み付けされた点数がつけられており,合計点から「重度」「中等度」「軽度」「異常なし」を判定することもできる.米国のDRS(Dysphagia Research Society)でMASAを用いた研究発表は多く,わが国での学会発表も散見されてきている.
 MASAは,Part1「背景と開発過程」,Part2「技術マニュアル」,Part3「指示マニュアルとスコアシート」の3部構成となっている.実際の使用にあたっては,Part3の理解だけで十分と思われ,当初はPart3と簡単な使用説明文にしぼった出版も考えていた.しかし,MASAの理解を深めるためには,やはり全体を知る必要がある.確かに,Part1,2ではMASA開発の経緯や評価項目の選定・統計処理による妥当性,信頼性などが主体で,一般の臨床家には難解な部分も多く,実際の使用においては必須ではない.正直に述べれば,訳者らの興味もうすい部分であったが,大切な内容が記載されており,また評価法の開発がいかに大変な作業であるかも理解できることから掲載した.なるべく平易に訳してあるので,時間がある時にご一読いただきたい.詳細に関しては,参考文献や原文も参照していただければ幸いである.
 さて,訳者らがMASAを知ったのは,2008年の第14回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会(大会長:里宇明元先生)のゲストスピーカーとして,Michael Crary先生をお呼びしたときのことである.その機会に,奥様でいらっしゃるGiselle Mann先生にも同行をお願いした.お二人ともお忙しい先生であるため,当初ご一緒に来日されることは難しいと思われたが,幸運にも日程が合い,一緒に来日いただくことができた.その際に浜松にもお越しいただき,MASAについて貴重なご講演をいただいた.それまでもMASAの存在は知っていたものの,講演を聴いて初めて素晴らしい評価法であることを認識し,その場で翻訳の許可をいただいた.その後,日本語訳を出したいと思いつつも5年も経過してしまった.2009年の夏に浜松市リハビリテーション病院のSTとリハ医,さらに東京歯科大学の石田 瞭先生,大平真理子先生が加わり,土曜の午後に集まって相談しながら,本書の核となるPart3「指示マニュアル」を訳していった.実際に訳してみるとかなり難解な部分や不明瞭なところがあり,議論が噴出して難渋し,統一した訳にはなかなか至らなかった.とりあえず完成したものはそれぞれが実際に使用し,学会発表などで使用し,問題点に再検討を加えた.その後,日本語を英語にback translationをし,不明瞭な部分はMann先生に直接確認して正確な訳に努めてきた.読者の便宜を図り理解を深めるために,訳者の解説と注釈も加え,やっと出版にたどり着いた.スコアシートの合計やグラフ化など独自の工夫を加え使いやすくなっていると思うが,5年も経過してしまったのは,ひとえに訳者らの怠慢が原因であったと反省している.
 なお,食品に関しては栢下 淳先生(県立広島大学),構音に関しては長谷川賢一先生(東北文化学園大学),藤原百合先生(聖隷クリストファー大学),呼吸に関しては神津 玲先生(長崎大学病院)にアドバイスをいただきました.翻訳に際しては倉橋(旧姓:青野)有里さん,中尾真理先生(横浜市立脳血管医療センター),岡本圭司君,市川江美さん(浜松市リハビリテーション病院)にご協力をいただきました.また,村田和弘先生(飯塚市立病院)の訳も参考にさせていただきました.ここに感謝申し上げます.
 本書が嚥下障害の臨床の一助になれば幸いである.
 2014年5月
 訳者を代表して
 藤島 一郎


はじめに
 MASAの評価用紙は1ページとなっており,短時間に施行できる嚥下障害の評価法である.嚥下障害への関心が高まるとともに,SLP(米国の言語療法士)はベッドサイドで実施できる信頼性と妥当性を兼ね備えた評価法が必要であると思っていたが,今日までそのようなものは存在していなかった.MASAは理論と実践をつなぐ評価法であり,簡便に施行でき,SLPだけでなく他の職種にも利用できるものである.また患者さんが精密検査を必要とするか,経時的評価が必要かなどを振り分けることができる.
MASAの開発
 Giselle Mann(原著者)は救急とリハビリテーションの施設で働くなかで,嚥下障害の評価法がないことに気づいた.神経疾患についてだけでも経時的に評価できる,簡便で信頼性の高い嚥下障害の評価法が必要であると思い,標準的なテスト法を開発する必要があると考えた.MASAは,神経疾患の嚥下障害の診断と帰結を評価できるようにして開発された.
概要
 本書は,MASAの理論面と具体的な実施マニュアルから構成されている.MASAの各評価項目は臨床経験や観察,研究結果に基づき,他の臨床評価で用いられるものと類似している.MASAは神経疾患の嚥下障害ですでに使われている評価項目を利用しており,推奨する食品や点数化した結果も記載するようになっている.患者さんへの指示マニュアルには項目ごとに解説を加え,反応を引き出すコツも示してある.また,データは信頼性と妥当性の検証が加えてあり,点数による誤嚥と嚥下障害の重症度判定ができるようになっている.点数は合計してリスクの度合いを判定するとともに個別に項目ごとに比較してみることができ,その経時的変化を知ることができる.データを集積することで患者個人の比較と集団同士の比較ができる.
特徴
 ・ベッドサイドで使用できる簡便でわかりやすい1ページの評価シート
 ・臨床で慣れ親しんだ評価項目
 ・指示がやさしく,理解しやすい
 ・点数が図表化して見やすい
 ・多数の神経疾患で信頼性と妥当性が検証されている
 MASA以外の評価法で,これほど多数の患者を用いて妥当性の検討など,しっかり統計的検討がなされたものはない.標準化され,経時的・系統的に嚥下を評価することができる臨床的な手段としては初めてのものである.
原著者
 Giselle Mann(博士)は,フロリダ大学コミュニケーション障害学の准教授である.西オーストラリアのカーチン大学にて応用化学の学士号,疫学と研究の大学院を卒業し公衆衛生の修士と学位を得ている.その後,成人の神経疾患に関する急性期とリハビリテーションの施設で仕事をし,神経疾患と頭頸部癌の嚥下障害治療を精力的に行った.7年以上にわたり西オーストラリアの王立パース病院の神経科学科脳卒中研究部門で研究員を務め,この分野の臨床研究を専門的に行った.
謝辞
 G.Hankey先生とJulia Pizzi先生にはデータ集めと処理にご尽力いただきました.お二人が時間と労を惜しまずご協力くださったおかげで本書を完成することができました.
 訳者序文
 はじめに
  MASAの開発 概要 特徴 原著者 謝辞

Part1 MASAの背景と開発過程
 1 導入
  テスト開発の経緯 臨床的嚥下評価
 2 テストの概要説明
  項目 配点 対象患者
 3 テストの方法
  概要
 4 テスト結果のまとめと解釈
  点数による評価 感度・特異度分析 尤度比
Part2 技術マニュアル
 1 導入
 2 妥当性
  外観的妥当性 内容的妥当性
 3 テストデザイン
  対象患者群に対する検証 研究対象
 4 MASAの開発
  内的整合性の検査(項目の削減) 評価者間一致率(再現性)17
  妥当性のさらなる検証 基準妥当性と併存的妥当性
 5 MASAの順序尺度
  嚥下障害と誤嚥の有病率 嚥下障害と誤嚥の臨床診断の正確性
  より厳しいカットオフの使用(あり/なし)
 6 MASA-点数
  MASAスコアの嚥下障害に関する予測能力 MASA合計点を用いた嚥下障害や誤嚥の有病率
  嚥下障害と誤嚥の診断におけるMASAの正確さについて
 7 サマリー
 8 結論
Part3 MASA指示マニュアルとスコアシート
 MASA指示マニュアル
 MASA日本語版スコアシート
 MMASA日本語版スコアシート
  References
Part4 訳者解説
 MASAの使い方(藤島一郎)
  対象患者 検査者 具体的な使用方法 総合評価と推奨する食形態
  自由記載
 MASA日本語版スコアシート対応データ入力用ファイル(DVD-ROM)の使用方法(大野友久)
 MASA日本語版スコアシート対応データ入力用ファイル(DVD-ROM)の患者への使用例(藤島一郎)
 嚥下障害の症状をどうスクリーニングするか(藤島一郎)
  嚥下障害の症状 問診 身体所見 摂食場面の観察
  スクリーニング検査,モニター 外来や病棟ではどのようにスクリーニングをすすめるか
  スクリーニングテストと診察は無駄な検査を減らせるか
 文献サマリー
  1 さまざまな疾患をもつ患者に対しMASAを用いて誤嚥のリスクを判定した臨床経験(大平真理子)
  2 イラク人の急性期脳卒中における嚥下障害患者の評価(大久保真衣)
  3 脳卒中治療室に入院中の患者における摂食・嚥下障害評価のための内科医の手法の検討:修正MASA(MMASA)(大平真理子)
  4 急性期脳卒中患者における嚥下障害スクリーニングツールの妥当性の検証(國枝顕二郎)
  5 脳卒中患者に対するFOISを用いた評価(大平真理子)
  6 脳卒中後嚥下障害の初期評価時の臨床的・人口統計学的予測因子(金沢英哲,國枝顕二郎)
  7 脳梗塞急性期における嚥下障害,栄養・脱水状態の入退院時評価(金沢英哲)
  8 難治性嚥下障害に対する補助的神経筋電気刺激治療(金沢英哲)
  9 脳梗塞の病院入院時点の嚥下障害と栄養状態(重松 孝)
  10 嚥下障害治療の発声障害に対するクロスシステム効果:症例報告(重松 孝)
  11 頭頸部癌患者専用の嚥下評価法MASA-Cの開発と検証(藤島一郎)

 付録DVD-ROMについて

 付録DVD-ROM収載
  1 MASA日本語版スコアシート
  2 MASA日本語版スコアシート対応データ入力用ファイル
  3 MASA日本語版スコアシート対応動画(検査法・レベル例)