やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書は,2002年に栃木県宇都宮市で開催された第8回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会のシンポジウム「摂食・嚥下障害者の食事」を元にしています.シンポジスト達の発表は,実践に則した素晴らしい内容で,多くの聴衆から拍手喝采をうけました.そのときの貴重な発表をさらに多くの方々に実践書としてお届けしようと考え,本書は誕生しました.
 本書の執筆者であるシンポジストは,静岡県浜松市にある聖隷三方原病院で,嚥下食を通して医療者や患者さんとして出会った方々です.無を有へ,不可能を可能とする挑戦者達でした.
 大熊るり医師は,リハビリテーション医学の立場から明解な示唆を与えてくださいました.大熊医師の担当領域は深くかつ広域であったため,本書では,同じく嚥下障害に造詣が深い,高橋博達医師にも参加いただきました.言語聴覚士からは,豊富な実践経験をもつ柴本 勇氏が,どのステージにどのような嚥下食を提供するかなど,現場で常に直面するテーマを丁寧に書きおろしてくださいました.また江頭文江氏は,在宅訪問をする管理栄養士の立場から,実践に裏打ちされた内容を提供してくださいました.シンポジウムでは,ほかに斉藤和博氏,赤堀敦子氏が,嚥下障害体験者とその家族の立場から貴重な経験を発表され多くの感銘を与えましたが,本書からは残念ながら割愛いたしました.本書ではまた渡瀬峰男氏に,食品工業研究の立場で開発・生産された嚥下食の三次元考察をTOPICSとしておまとめいだきました.
 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会における多くの発表を見ると,いまだにきざみ食,ミキサー食などの食事名が使われていることがわかります.最も重要な食事名の統一がなされていないことで,混乱を招き議論がかみ合わない現状は驚くべきことです.「嚥下食」の基準化は,緊急かつ重要なテーマです.そこで本書では,嚥下食をRevelであらわす「嚥下食ピラミッド」と,聖隷三方原病院における「嚥下食・食事基準」での統一を提案しています.このことにより病院,施設,在宅など,いつどこにいても,その人に最適な嚥下食の提供が可能となることでしょう.
 嚥下食の進歩を顧みると,そこには多くの嚥下障害者と家族の参加がありました.私たちは,そのかけがえのない一つひとつの症例から多くのことを学び,そして嚥下食は進化してきました.進化の裏には,必ず技術革新(Technological innovation)があります.そのひとつに,1965年にスウェーデンでうまれ,フランスに渡って3大珍味の「フォアグラ」の提供によって一躍世界的に有名になった「真空調理法Cuisine de vide;スービッド」があります.食材の美味しさを引き出す最適温度と時間で制御する真空調理法は,嚥下食への道をさらに拓いたといえます.香りを封じ込める真空調理法は,美味しさだけにとどまらず,五感刺激である嗅覚をも賦活化させたのです.
 嚥下食に携わる多くの医療者,患者さん・家族が嚥下食の道を拓き,新たなる歴史を創りました.嚥下食を科学することで,この後もさらに嚥下食は進化していくことでしょう.
 本書が実践の書として,多くの嚥下障害のリハビリテーションに携わる方々のお役に立つとともに,嚥下障害者とその家族が「生きていて良かった」と思っていただける社会作りのお役に立てれば幸いです.
 2006年8月
 金谷節子
序(金谷節子)

嚥下食の作り方(金谷節子)
 ちらし寿司
  Level5 普通食
  Level4 介護食
  Level3 嚥下食2
  Level2 嚥下食3
 ハンバーグ
  Level5 普通食
  Level4 介護食
  Level3 嚥下食
I 嚥下食の理解(金谷節子)
 Chapter1 嚥下食とは―定義と臨床研究の歴史
  嚥下食の定義
  嚥下食の歴史
 Chapter2 嚥下食ピラミッド―難易度のレベル分け
  嚥下食ピラミッド
  障害児の段階的嚥下食
 Chapter3 嚥下食の適正と条件
  嚥下食の条件
  充分な水分・栄養摂取のために
  良好な栄養状態の確保はどうするか
  きざみ食=嚥下食ではない
  飲み込みやすく誤嚥しにくい食事
  美味しい嚥下食の開発
II 嚥下機能評価と嚥下食
 Chapter1 ベッドサイドにおける嚥下機能評価(柴本 勇)
  嚥下食提供の考え方
  ベッドサイドで行う観察と情報収集
  嚥下食決定のためのフローチャート評価
  フードテスト(食物テスト)
  頸部聴診法
 Chapter2 機器を使った検査(大熊るり)
  嚥下造影検査(VF)
  嚥下内視鏡検査(VE)
  その他の検査法
III 摂食・嚥下の過程における嚥下食
 Prologue 摂食・嚥下の過程と障害の原因(大熊るり)
 Chapter1 先行期における嚥下食(高橋博達)
  先行期(認知期)における病態のあらまし
  食事指導と対応
 Chapter2 準備期における嚥下食(高橋博達)
  準備期(口腔準備期)における病態のあらまし
  食事指導と対応
 Chapter3 口腔期における嚥下食(高橋博達)
  口腔期における病態のあらまし
  食事指導と対応
 Chapter4 咽頭期における嚥下食(大熊るり)
  咽頭期における病態のあらまし
  食事指導と対応
  個々の病態への対策
  適切な食物形態を選択するために
 Chapter5 食道期における嚥下食(大熊るり)
  食道期における病態のあらまし
  食事指導と対応
IV 在宅における摂食・嚥下アプローチと食生活指導(江頭文江)
 1.在宅での食生活,栄養指導の現況
 2.在宅での摂食・嚥下障害の分類
 3.在宅栄養管理の実際
 4.病院から在宅へ―医療スタッフが注意すべきポイント
TOPICS 嚥下食の物性的検討(渡瀬峰男)
 はじめに
 食品ハイドロコロイドの安定性
 食品の感覚特性測定の意義
 テクスチャーと動的粘弾性測定を関連させて嚥下食を生産する意義
 客観的に評価される動的粘弾性測定の意義
 嚥下食の意義
 少子高齢社会における嚥下食の生産および摂取量の確保

索引