やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 少し日焼けした初版のページをめくりながらさまざまなことを考えた.1970年代のリハビリテーションは,総体的に見れば外国の理論やシステムを啓蒙しようとしている段階であり,患者を社会的存在として捉えて生活や文化的背景をも対象とする人間的な医学として成長途上であった.そして,人々の生活を支える衣食住などの社会的な面と平行して,身体的な面の評価と治療の充実が望まれていた.そのことは過渡期の混乱を整理し,確かな専門分野を形成していく唯一の道であった.故荻島秀男先生の「編集にあたって」や竹内孝仁先生の「まえがき」に,医学の新しい分野を牽引しようとしている者として力強くそのことが述べられている.
 『リハビリテーションクリニックスNo.7表面解剖と代償運動』は,まさにそのようなシリーズの1つとして誕生したのである.その頃は個別的筋機能の異常と代償に関するテキストは,ダニエルスらの徒手筋力検査法しかなかったといってよい状況であった.これはどちらかというと基礎的であり,表面解剖を基盤にした実際的かつ臨床的な代償運動の成書は本書以外には存在しなかった.
 それから約25年経ち,リハビリテーションや理学療法も大いに成長したように見受けられる.もはや外国の理論の受け売りや啓蒙の時代は過ぎたかのようであり,本書の役割も達成したかと思われた.しかしリハビリテーションで,人々の生活や社会的側面を配慮することが当然となった今日であるからこその新たな視点が必要となった.たとえば当時は代償運動を,どちらかというと好ましくない異常なこととして捉えていた.しかし個人を尊重し,自己決定が当然のこととされ,「障害は個性」と考えられる現在ではそのようには考えない.最大公約数である「正常」が正しく,それとは違う方法で行動し生活することは「異常」であるなどとは考えない.どのような方法であれ,代償できることが大切なのである.方法が個性的であるかどうかではなく,その人にとって最適の方法であるかどうかが重要である.
 いま,表面解剖を基盤に据え,なおかつそのような視点で代償運動を捉えたテキストがない.私たちはそのような新しい視点で作られた成書の必要性を認め,本書を発行することとした.その意味で本書は前書の改訂版ではなく,装いを新たにした初版である.
 理学療法士の重要な専門能力の1つは触診技能と,動作や運動の分析能力である.また理学療法を行う場合,解剖学,運動学,生体力学,運動生理学,神経学等を統合した知識をもって評価と治療を行い,様々な生活場面に適用していくことが重要である.生体の構造や機能に異変が生じると,本来の代償機能により恒常性を維持しようとする.何らかの要因で代償運動が生じた際,上述したように専門家ほど往々にして否定的な捉え方をしがちである.しかし我々は常に対象者の一挙手一投足を,「正常」とは異なる動きの原因とメカニズムをとりあえず価値観を脇に置いて分析することが求められる.その際,局所にのみ目を向けず,全身を観察することが重要であることは当然である.
 本書は新しい視点による代償運動ばかりでなく,表面解剖の部分も大幅に増頁している.臨床にある幅広い職種の皆様や学生諸兄姉に役立てていただけたら編集者一同この上ない幸せである.
 最後に,本書の出版に賛同ご協力いただいた執筆者の皆様と,出版の労をおとり頂いた医歯薬出版株式会社編集部に深謝いたします.
 2001年7月 編集代表 細田多穂
第1部  体表解剖編
 1.全身の体表解剖
    ・体表区分前面
    ・体表区分後面
    ・体表区分側面
 2.顔面の体表解剖
    ・顔面の筋
    ・頚部の筋
 3.体幹の体表解剖
    ・体幹前面の筋
    ・体幹後面の筋
 4.上肢の体表解剖
    ・上肢部前面の筋
    ・上肢部後面の筋
    ・上腕部前面の筋
    ・上腕部後面の筋
    ・手掌の筋
    ・手背の筋
 5.下肢の体表解剖
    ・大腿部前面の筋
    ・大腿部後面の筋
    ・下腿部前外側面の筋
    ・下腿部内側面の筋
 6.骨格系の構造
    ・全身の骨格系前面
    ・全身の骨格系後面
    ・上肢前面の骨
    ・上肢後面の骨
    ・下肢前面の骨
    ・下肢後面の骨
 7.神経系の構造
    ・全身の脊髄神経の主要枝
    ・胸神経
    ・デルマトーム前面
    ・デルマトーム後面
    ・上肢の神経系
    ・腕神経叢
    ・腋窩神経,筋皮神経
    ・正中神経
    ・尺骨神経
    ・橈骨神経
    ・下肢の神経系
    ・腰神経叢,仙骨神経叢
    ・大腿神経,閉鎖神経
    ・坐骨神経
    ・■骨神経
    ・総腓骨神経
 8.血管系の構造
    ・全身の血管系
    ・上肢の動脈
    ・下肢の動脈前面
    ・下肢の動脈後面
    ・動脈拍動を触れる部位
 9.横断解剖
    A 上腕の近位部の上胸骨頭を通る断面(右)
    B 上腕の中央部の断面(右)
    C 前腕中部の断面(右)
    D 中手部の断面(右)
    E 大腿の近位部の大腿骨頭を通る断面(右)
    F 大腿中央部の断面(右)
    G 下腿中央部の断面(右)
    H(足の)長母指伸筋腱
    I 胸部
    J 腹部
 10.筋の起始と停止
    ・体幹前面
    ・体幹後面
    ・上肢前面
    ・上肢後面
    ・大腿前面
    ・大腿後面
 11.筋の作用と神経支配

第2部  代償運動編
第1章 代償運動とは
第2章 上肢
 1.肩甲骨の外転と上方回旋
 2.肩甲骨の挙上
 3.肩甲骨の下制と内転
 4.肩関節の屈曲(前方挙上)
 5.肩関節の伸展
 6.肩関節の外転
 7.肩関節の外旋
 8.肩関節の内旋
 9.肩関節の水平内転
 10.肩関節の水平外転
 11.肘関節の屈曲
 12.肘関節の伸展
 13.前腕の回外
 14.前腕の回内
 15.手関節・手指の屈曲
 16.手関節の伸展
 17.母指の対立
 18.母指の掌側外転
 19.中手指節間関節の伸展
  (握力計で握力を測るときの開始肢位)
第3章 体幹
 1.頭部と頚部の複合伸展
 2.頭部の伸展
 3.頚部の伸展
 4.頭部と頚部の複合屈曲
 5.頭部の屈曲
 6.頚部の屈曲
 7.頚部の回旋
 8.頚部の側屈
 9.顎を開ける
 10.下顎を閉じる
 11.下顎の前方突出
 12.下顎の後退
 13.下顎を側方へ動かす
 14.体幹の伸展
 15.骨盤の挙上
 16.体幹の側屈
 17.体幹の屈曲
 18.体幹の回旋
 19-1 安静吸気運動(腹式呼吸)
 19-2 安静吸気運動(胸式呼吸)
第4章 下肢
 1.股関節の屈曲
 2.股関節の伸展
 3.股関節の内転
 4.股関節の外転
 5.股関節の内旋
 6.股関節の外旋
 7.膝関節の屈曲
 8.膝関節の伸展
 9.足関節の底屈
 10.足関節の背屈
第5章 日常生活活動
 日常生活活動・基本動作における代償運動の意義
  1.寝返り(側臥位への寝返り)
   1.右片麻痺
   2.脊髄損傷
   3.パーキンソニズム
   4.ギラン-バレー,その他
  2.起き上がり(側臥位・背臥位からの起き上がり)
   1.右片麻痺
   2.脊髄損傷(第6頚髄機能残存)
   3.慢性関節リウマチ
  3-1.歩行
   1.大殿筋機能異常
   2.中殿筋機能異常
   3.大腿四頭筋機能異常
   4.下垂足歩行(鶏歩)
   5.分回し歩行
   6.その他の事例
    (1)片麻痺歩行
    (2)変形性股関節症による股関節拘縮
    (3)進行性筋ジストロフィー(デュシャンヌ型)
  3-2.車いす駆動
    健常者による駆動パターン
   1.肘伸展筋麻痺を有する頚髄損傷
   2.その他の事例
    (1)片麻痺
    (2)パーキンソン病
    (3)重度の四肢障害を有する脳性麻痺(アテトーゼ型)
    (4)慢性関節リウマチ(RA)
  4.椅子からの立ち上がり
   1.片麻痺
   2.脊髄損傷(第12胸髄機能残存)
   3.慢性関節リウマチ
   4.ギランバレー
   5.失調症
   6.廃用による全身的な筋力低下(ウェゲナー肉芽腫)
  5.床からの立ち上がり    1.片麻痺
   2.両下肢麻痺
   3.慢性関節リウマチ
   4.神経筋疾患(ミオパチー)
  6.階段昇降
   1.片麻痺
   2.対麻痺(第11胸髄機能残存)
   3.両膝関節伸展拘縮
  7.食事動作
   1.両上肢障害(麻痺)
   2.飲み動作
  8.衣服着脱等セルフケア動作
   1.靴下の着脱―左股関節人工関節置換術(股関節屈曲障害)
   2.洗顔動作―頚髄四肢麻痺
   3.更衣動作―頚髄四肢麻痺

文献一覧