やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

『口腔インプラント治療とリスクマネジメント』発刊にあたって
 日本口腔インプラント学会は,口腔インプラント治療を通じて歯の喪失に悩む人々へ質の高い治療を提供すべく,最小限のリスクそしてより確実な治療を目指し,会員一人一人の先端的治療技術の研鑽を推進,支援している.口腔インプラント治療は今日高い審美および機能回復が可能で,長期間の機能が期待できることが認知されてきているが,従来の欠損修復に比べてリスクが高いことも事実である.しかしこれまでに手をつけられなかった大きな骨欠損に際してもティッシュマネジメントを行うことにより,インプラント治療が可能となる症例,審美的に回復される症例も少なくない.
 本学会ではさまざまな状態の患者さんに対して,より的確な治療を提供するため,口腔インプラント専門医育成を目指し,教育研修プログラムを実施している.口腔インプラント治療が適切に行われるためには,患者さんの全身的,局所的状態を細かく的確に診断し,治療に伴うリスクを明確にし,これらを可能な限り,排除して治療を行うことが求められる.またそれぞれ個々の患者さんに対して求められる治療であるかを十分に理解することが必須である.
 本書は口腔インプラント治療に伴うリスクの観点から医療・社会保険委員会を中心に執筆して頂いた.日常臨床の現場で何がリスクとなりうるか,またその対応がわかりやすくコンパクトに記載されている.日常で見落としやすいリスクを確認するために活用して頂きたい.
 本書を上梓するにあたり多大な時間とご尽力を頂いた塩田 真委員長はじめ委員会の方々に厚く御礼申し上げる.本書は学会員のみならず,口腔インプラント治療を行う先生方に治療の現場で頻繁に使われ,また一般の方々にもお読みいただくことができれば口腔インプラント治療を受診される患者さん自身のリテラシーの向上にもつながると期待する.
 2015年7月
 公益社団法人 日本口腔インプラント学会
 理事長 渡邉 文彦


序文
 口腔インプラント治療は歴代の学会員の方々の努力によって歯科医療の中における地歩を着々と固めてまいりました.それにしたがって口腔インプラント治療は予想を超える広がりをみせ,多くの喜びと幸せを国民の方々に届けることができるようになりましたが,安心と安全に眼を向ける必要が併せて喚起されるようになりました.マスコミにより口腔インプラント治療の問題がしばしば取り上げられ,国民生活センターから要望書が出されたのも記憶に新しいところです.それに対して日本口腔インプラント学会は「口腔インプラント治療指針」の刊行,「専門医臨床技術向上講習会」の開催,「口腔インプラント治療相談窓口」の開設といった多くの取り組みを行ってきました.ここに,さらなる口腔インプラント治療の安全推進と質の向上を図るために,医療安全に焦点を当てた小冊子の刊行が2014年の理事会で決定され,その任を医療・社会保険委員会が負うこととなりました.
 口腔インプラント治療では,初診からインプラント埋入手術を経て補綴装置が装着されるまでの治療行為を倦む事無く行い,さらに抜かりなくメインテナンスを行うことが求められます.この長いプロセスの中に安心と安全がほころびを見せる箇所はいくつも潜んでいます.このほころびの芽を一つ一つ摘む事ができるよう本小冊子は編集いたしました.また,検査や治療といった実践的な面に加えて,医療広告のありかたや医事紛争発生時の対応といった内容も扱い,多角的な方面から医療安全に向かい合うこととしました.
 本書は小冊子という性格上,手元において臨機応変に事態に対応して頂けるように,要旨をなるべく箇条書きにした体裁をとらせて頂きました.本書を手に取って行われた治療が国民の幸せに大きく寄与することを願ってやみません.
 最後になりましたが,多大な援助を頂いた学会事務局,医歯薬出版編集部に心から御礼申し上げます.
 2015年7月
 公益社団法人 日本口腔インプラント学会
 医療・社会保険委員会
 委員長      塩田  真
 副委員長     黒岩  茂
 委員(五十音順) 井上 一彦
          江黒  徹
          佐藤 暢也
          佐藤 裕二
          田島 伸也
          横山 敦郎
1 医療安全の必要性と対応
 1.はじめに―多発する医療事故と各界の対応 2.その背景―現代医療の宿命
 3.何が危険か?―危険(リスク)探し 4.対策―リスクマネジメント
 5.医療安全推進行動―座学でなく,行動である 6.おわりに
2 医療面接
 1.医療面接の目標 2.歯科医師が行う質問 3.医療面接の流れ 4 患者から聴取する順番と内容
3 全身状態の把握(必要検査項目)
 1.全身の診察(チェック項目と疑われる疾患) 2.血圧測定
 3.全患者に行う血液・尿スクリーニング検査 4.一部の患者(疑いのある患者)に行う検査
4 局所状態の把握(必要検査項目)
 1.顎機能の検査 2.口腔内の検査 3.咬合状態の検査 4.欠損状態の検査
 5.審美領域に必要な検査 6.研究用模型による検査 7.エックス線写真による検査
5 術前管理と手術器材の準備
 1.全身状態の管理 2.口腔内環境の改善 3.手術器材の準備 4.薬剤等の準備
 5.インプラント体について
6 術中管理
 1.清潔域の管理 2.手術室,診療台等の清掃と拭掃 3.器械・器具の用意
 4.患者誘導と全身状態のチェック 5.生体モニタとバイタルサインの測定 6.手指の消毒
 7.滅菌ガウン,グローブの着用(術者と直接介助者) 8.手術担当者の留意事項 9.術野の消毒
 10.インプラント体埋入手術 11.手術終了直後の点検 12.滅菌グローブと滅菌ガウン,覆布の処理
 13.手術終了後の確認事項
7 術後管理
 1.術後注意 2.投薬 3.術後疼痛管理
8 術中の偶発症・合併症発生時の対応
 1.器具の破損 2.骨火傷 3.上顎洞穿孔・上顎洞内インプラント迷入 4.出血 5.誤飲と誤嚥
 6.下顎管損傷 7.既往疾患の増悪
9 術後の偶発症・合併症発生時の対応
 1.神経損傷 2.感染 3.術後疼痛 4.血腫
10 メインテナンス期のトラブル発生時の対応
 1.補綴装置の破損 2.スクリューの緩みおよび破損 3.インプラント体の破折
 4.インプラント周囲炎 5.審美障害
11 超高齢社会への対応
 1.インプラント補綴の長期経過で生じること 2.ライフステージに応じた対応
12 医事紛争発生時の対応
 1.医事紛争の種類と判断 2.医療過誤の対応 3.責任の種類と対応 4.日頃の準備と心構え
13 医療安全のための情報収集
 1.医療機器(インプラント体,アバットメント,アバットメントスクリュー等も含む)と医薬品に関する安全性情報
 2.インプラント治療の安全性を担保するためのガイドライン等の情報
 3.歯科医療全般に関係する安全性に係るマニュアルおよび指針
 4.インプラント受診者からの危害等の情報 5.インプラント治療に係る不具合の報告
14 医療広告の適切性
 1.医療広告の役割 2.医療広告規制の歴史 3.医療広告の現状
 4.規制の対象となる医療機関の広告 5.医療広告の今後の課題 6.おわりに
15 文例集
 (1)治療説明書
 (2)説明確認書
 (3)インプラント料金見積書
 (4)手術前同意書
 (5)診療情報提供書
 (6)クリニカルパス
 (7)インシデントレポート
 (8)インプラントカード
 (9)チェックリスト

 コラム
  「クラスB」の滅菌
  社会の高齢化の段階
  平均余命の考慮
  再生医療等の安全性の確保等に関する法律
  合併症と併発症
 参考文献