やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書は,歯科医療に携わる歯科医師・歯科医師を志す人・コデンタルを対象に,「遵守・参照すべき法律・制度・仕組みを学び」「これを実際のリスクマネージメントに生かす方法を学び」「ひいては,歯科医療の質の向上に結びつける」ということを目的として執筆しました.
 私は,判事・検事・大学教員を経て,約5年前から医療の世界に足を踏み入れました.法律家として多数の医療過誤訴訟を扱いましたが,医療については門外漢でした.しかし,私が医療の世界に入ったまさにそのころから,世の中は「(歯科)医療過誤」「医療紛争」が大きく社会の関心事となり,医療と法律をまたぐ役割をいやがおうにも担わざるを得なくなりました.
 現在,歯科医療も社会との関係でのそのあり方が問われており,今後患者らのニーズが多様化するなか,歯科医療が社会との関係で問われることは必至と思われます.診療行為にともなって生じた患者の死亡についての届出機関構想を検討するなど,最近は医療者自身も活発に動こうとしており,歯科医療もこれと無縁ではありません.
 私は,医療・看護については,これまでに大学,学会,医療機関やセミナーにおいて100回を超える講演を行いました.それを踏まえ,「医療・看護過誤と訴訟」(メディカ出版,2003年3月)を著しましたが,今回,医歯薬出版から「歯科医師のための法によるリスクマネージメント」を著す機会に恵まれました.この本を執筆するきっかけは,直接には,大阪歯科大学の3年生に「医事法制」として開講することでしたが,友人の歯科医師や,歯科医療紛争を扱う法律家などから多くの刺激を受け,歯科医師や歯科医師を志す人のためには,医療にもかかわる法律家によるわかりやすい解説書・自習書が必要だと感じたことによります.
 当初「歯科医療と法や訴訟」の問題は,「医療・看護と法や訴訟」との問題のアナロジー(類比)であると考えて進めましたが,意外と「歯科医療」にはその独自の問題点があり,共通事項よりも歯科医療ゆえの問題点を強く意識しながら執筆を進めることとなり,私にとっても新しい問題点の発見の過程となりました.歯科医療に携わる方が,最低限の法を知り・理解し,使うことで,自らの歯科医療が有する法的なリスクを最小限にし,それが自らを守ると同時に患者をも守るということに気づいていただければ幸いです.
 なお,本書は成り立ちの経緯からも,歯科国家試験や法科大学院(ロースクール)での利用も視野に入れております.
 2005年3月
 義母にささげる
 稲葉一人
・本書の特色・本書の構成

第1講 歯科医師が知るべき法とは
 (1)歯科医師がなぜ法を勉強しなければならないかを理解する.
 (2)歯科医師が遵守・参照すべき法制の全体像を理解する.
第2講 法・道徳・倫理の違いと関係を理解する
 (1)法と道徳・倫理の違いと共通点を理解する.
 (2)権利・義務・正義といった基本用語を理解する.
第3講 法の基礎的知識と法制度の基本的仕組みを理解する
 (1)法の形からの分類,法を担う制度と人,法の役割による分類という観点から,
  法の正確な基礎的知識と法制度の基本的仕組みを理解する.
 (2)法情報へのアクセスの仕方を学ぶ.
第4講 判例を理解する
 (1)判例の拘束力の仕組みを理解する.
 (2)判例を具体的事例に当てはめてみる.
第5講 歯科医師の権利義務 その1
 (1)歯科医師の権利義務が,公法上のものと私法上のもので構成されていることを理解する.
 (2)歯科医師と医師との法的権利義務の異同を理解する.
 (3)具体的な事例を通じて,歯科医師の権利(益)と義務の現われを理解する.
第6講 歯科医師の権利義務 その2
 (1)歯科医師の権利義務が,公法上のものと私法上のもので構成されていることを理解する.
 (2)歯科医師と医師との法的権利義務の異同を理解する.
 (3)具体的な事例を通じて,歯科医師の権利(益)と義務の現われを理解する.
第7講 医療事故に対する法的責任 その1 行政処分
 (1)医療事故に対する法的な責任としての行政上の責任,刑事上の責任,
  民事上の責任について理解する.
 (2)行政上の責任(行政処分)の根拠・要件・手続と今後について理解する.
第8講 医療事故に対する法的責任 その2 リスクマネージメントと民事責任
 (1)民事医療訴訟の現状を理解する.
 (2)民事責任の追及の仕組みを理解する.
 (3)民事裁判の最近の動きを理解する.
第9講 医療事故に対する法的責任 その3 リスクマネージメントと刑事責任
 (1)刑事責任を理解するために,基本用語を理解する.
 (2)刑事責任を追及するための,捜査・起訴・刑事裁判を理解する.
 (3)法によるセルフ・リスクメネージメントができる.
第10講 守秘義務
 (1)古典的な守秘義務を理解する.
 (2)新しい守秘義務を理解する.
 (3)守秘義務の解除と法の「正当な理由」との関係を理解する.
第11講 個人情報保護
 (1)守秘義務から個人情報保護への流れを理解する.
 (2)医療個人情報の保護・利用・開示の基本ルールを理解する.
第12講 歯科医療の特色―医療との接点において
 (1)医療(医科)と比較して,歯科医療の特色を理解する.
 (2)歯科医療における説明義務の重要さを,判決を通じて理解する.
第13講 特殊な歯科医療
 (1)歯科医療のなかでの審美性を求める医療について考える.
 (2)インプラント事件判決を元に,その問題点を理解する.

・判例集1 最近の最高裁判所の医療過誤判決
・判例集2 最近の歯科医療過誤判決
・コラム「新しい医療の改革」
・法令等集
・用語集
・各講確認テストの解答・解説
・索引