やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

翻訳の序にかえて
 歯学ならびに歯科臨床において,齲蝕は,その特殊性を体現する最も重要な疾患である.齲蝕は,消化管の入り口である口腔に存在する歯という特殊な器官に生じ,古代から人類を悩ませてきた疾患というだけではなく,ホスト(歯)と口腔常在微生物叢という不可分の生態系で生ずる,他の医学的感染疾患とはその病態を異とする疾患である.
 コッホに始まる病原微生物学は多くの感染症を解明してきたが,それらの感染症は微生物がホスト内部に侵入し,ホストの免疫防御機構を突破することで成立する.それを可能とする微生物はごく限られ,病原性微生物と呼ばれる所以である.一方,齲蝕も微生物の生物活性すなわち糖質からの酸産生による歯面の脱灰に始まるが,この生物活性は500種を超すといわれる口腔細菌に広く分布する代謝活性であり,微生物種によってその多寡はあるものの,特定の微生物種にその原因を求めることは難しい.また,脱灰という現象は,歯表面とそこに生息する共生微生物叢(歯垢,口腔バイオフィルム)の境界で生ずることから,ホスト防御反応はそれほど強くはなく,むしろ常在細菌叢との共生を図っているものと思われる.さらに,微生物叢の齲蝕誘発能は,その酸産生活性だけではなく,食習慣や唾液などのホスト因子,すなわち口腔環境によっても規定される.このため,齲蝕はいわゆる“感染症”というよりも,歯学に独特の多因子性疾患や(食)生活習慣病と捉えられる微生物性疾患である.
 一方,臨床面では,齲蝕病変の再石灰化による可逆的病変としての側面が明らかになり,さらに,歯質接着性材料が大きな進歩を遂げたことを背景として,今世紀に入ってminimal interventionの概念に基づいた齲蝕治療が急速に取り入れられてきた.その結果,これまでの修復的処置に重点を置いた齲蝕病変の早期発見と予防拡大による早期修復から,最小限の介入による,齲蝕リスクの評価や再石灰化療法などの非修復的処置にシフトした齲蝕の治療方針の構築や処置が広く行われるようになっている.しかしながら,わが国の保険制度はいまだに修復的処置をベースにしたものであり,一般歯科臨床や学問的体系においても旧来の修復的処置偏重の流れを完全には断ち切れていないのが現状である.
 齲蝕に関する多岐にわたる学問は,欧米では長い歴史の中で,“cariology(齲蝕学)”として体系化されてきたが,わが国では,口腔生化学,口腔微生物学,口腔病理学,歯科保存学,予防歯科学,歯科補綴学等の一部として細分化して学ぶことが多く,必ずしも体系的な学問とはなっていないのが実状である.このような状況は,齲蝕を学ぼうとする学生にとってはもちろんのこと,教育研究者や臨床家にとっても望ましいことではなく,わが国において,齲蝕についての基礎研究や臨床研究,さらにそれを取り入れた一般歯科臨床が進展しにくい一因でもあろう.
 本書『Dental Caries』は,世界の第一線で活躍する齲蝕研究者および臨床家が結集し,齲蝕の歴史からエビデンスに基づいた科学的基礎と病因論,minimal interventionの概念に基づく臨床的側面,さらには保健衛生や社会科学的側面までを網羅し体系化した,齲蝕学の成書である.そして,今日に至るまで,わが国で営々と行われてきた齲蝕の予防および治療と,その結果もたらされたこれまでの常識と現実,ならびに臨床としてあるべき将来を思えば,実に示唆に富む内容が満載されているものと確信する.
 本書の和訳は,その専門性と膨大な分量から,必ずしも容易ではなく,かつて第1版の翻訳が試みられたものの出版に至らなかったという経緯も理解できよう.しかし,この度,翻訳者並びに編集者各位の不断の努力と齲蝕に対する高い見識,そして学問的情熱から,本書の翻訳を成就することができた.もちろん専門用語の和訳が適切ではない部分も多々あると思われる.その際には,謹んで読者諸氏の教えを賜りたく思う.
 本書が,多くの学生,教育研究者ならびに臨床家諸氏にとって,歯学ならびに歯科医療における古くて新しい齲蝕という疾患に改めて興味を持ち,理解を深めるきっかけとなり,さらに,わが国の齲蝕学ならびに齲蝕の歯科医療の発展に寄与できれば幸甚である.末筆ながら,本書の翻訳を推し進めた具眼の諸氏,そして,翻訳および編集に携わった多くの方々に心より御礼申し上げたい.
 2013年9月
 監訳者 橋信博
 恵比須繁之


序文:本書を読むためのガイドとして
 本書の初版が世界中で読まれていることは,われわれ編者にとって大きな喜びである.第2版を刊行するにあたり,今回はVibeke BaelumとBente Nyvadの2人に副編集者としてご参画いただき,企画段階におけるご助力とともに本書への多大なる貢献を賜った.旧版の大部分は改訂され,新たに10の章が加わっている.国際色豊かな30名の執筆陣は,第2版では49名に増員された.
 本書の内容は,執筆者がそれぞれの課題に関する科学的データをどのように解釈しているかを反映したものとなっている.しかし,それが“齲蝕”と呼ばれる複雑な疾患の“真実”であると言うつもりはない.今日では,インターネットから幅広い情報が入手可能であり,情報量はますます増え続けている.このような状況は,臨床の学生や開業医にとって非常に大きな難題となる.これだけの膨大な情報をどうすれば理解できるのか.本書の執筆者には,それぞれの主題を十分に説明するための項目を設けるように依頼した.こうすることにより,データの寄せ集めとなることが避けられ,現代社会の齲蝕が個人や集団においてどのような状態にあるのかを,厳選されたデータによって説明することが可能である.
 この序文は,われわれが編集した本書の全容を順を追って俯瞰し,重きを置いている要点を明示することで,読者諸氏がページを読み進んで行く際の地図とならんことを意図している.本書の目的は,歯科学生や臨床家のために,齲蝕に関する最新情報を提供し,これらの情報が齲蝕の診断へ及ぼす影響や,齲蝕の進行を抑制するための最も適切かつ対費用効果の高い方法を示すことである.臨床的な方針決定や,修復的処置と非修復的処置とのバランスは,日常の診療活動においてより一層重要になっている.処置の転帰を予測し,また,個人や集団における齲蝕発症の危険性を評価するためには,齲蝕のプロセスを理解することが必要である.
 本書は,齲蝕に関与しているさまざまなプロセスは実際のところ高度に複雑なものであることを示すであろう.理想的には,齲蝕の発生に関わるすべての決定因子を説明する完璧なモデルがあることが望ましい.しかし,本書を通して,齲蝕に関与する大部分の決定因子は,せいぜい代理変数として測定されるにすぎないことが明らかになるだろう.したがって,われわれが望みうるのは,齲蝕進行のリスクに影響する因子を示す確率的モデルを作ることである.しかし,以下のような状況では,齲蝕の予測はなおさら困難である:
 ・さまざまなフッ化物への異なる方法による曝露
 ・糖摂取の回数,時間の長さ,頻度,種類
 ・歯面清掃の質
 ・唾液の分泌量と組成の変動
 ・バイオフィルムの性質と構成
 ・個人の行動様式
 ・個人のおかれている社会的状況
 これらの要素はそれ自身非常にばらつきが大きいものである.このばらつきの大きさと予見性の低さが,齲蝕プロセスの進行様式において重大な影響を与えている.しかし,このような要素があるからこそ,歯科に関わる専門家は関心を高め,難題に挑戦するのである.
 本書を読むことによって,読者諸氏が独断に陥らず見識を備えたプロフェッショナルとなり,最も対費用効果の高い方法によって齲蝕をコントロールしようと懸命に努力されることが,われわれ編者の望みである.

Part I 齲蝕とその診断
 第1章では,齲蝕は歯面の局所的な化学的溶解であり,罹患部位を覆っているバイオフィルム(デンタルプラーク)内で起こる代謝活動によってもたらされるものと定義している.この代謝活動こそが齲蝕のプロセスである.微生物堆積物と歯の硬組織との間で相互作用が行われた結果,齲蝕病変(すなわち,プロセスの徴候あるいは症状)が出現することがある.齲蝕プロセスに関わってくる要素の大部分(バイオフィルム,食事,唾液など)に対しては介入を行うことが可能である.これらは歯面上において齲蝕プロセスに関与するものであるが,他にも個人レベルにおいて作用している一連の決定因子が存在する.そのようなものとしては,その人の行動様式,知識,考え方,教育レベルなどがあるが,これらを変容させるのははるかに困難であろう.
 齲蝕を検討する際には,歯面レベル,個人レベル,集団レベルといったさまざまな段階がある.このことは,本書において常に考慮されなければならない.この章では用語に関しても取り上げ,齲蝕病変を歯の部位と活動性によって分類する方法を紹介している.齲蝕という普遍的かつ自然なプロセスが進行して歯の崩壊へと至らないように,病変の進行をコントロールすることを目指す本書にとって,この活動性の概念は決定的に重要である.
 第2章では,それぞれの歯面の齲蝕病変が肉眼所見でどのように見えるかを紹介している.これまでわれわれは,齲蝕の臨床像はすべての学生が理解しているものと考えていた.ところが,世界中の教員から,重要と見なされる多種多様な臨床像を提示してほしいとの要望が寄せられた.齲蝕の臨床像は多岐にわたることを,これらの写真によって十分に認識していただきたい.齲蝕をコントロールするというテーマを押し進めるために,“活動性”や“進行性”であることが明らかな病巣を提示するだけではなく,“停止性”病巣も示されている.さらに,口腔衛生の改善やフッ化物塗布といった非修復的処置によって“活動性病巣”から“非活動性病巣”へと変化した症例も掲げている.
 齲蝕の肉眼所見を提示した第2章に引き続いて,第3章では組織学的所見を検討する.病巣は解剖学的構造に応じてそれぞれ異なる所見を示す.解剖学的構造によって齲蝕の臨床像がどのように違ってくるかを理解することは,齲蝕診断にとって重要なことである.また,病変がどのように進行していき,いつ修復が必要になるのかを理解することも大切である.いつ,どのような機序で歯の表面が崩壊して齲窩を生じるのか,また,その齲窩は患者自身による清掃が可能かどうかは,解剖学的特徴によって左右されるのである.バイオフィルムに対する介入が行われない場合には病変のコントロールは不可能で,進行してしまう可能性が大きい.
 これ以降の4つの章では,診断について検討する.治療方針を決定する前に,必ず立ち止まって行わなければならないのが,診断である.第4章では,肉眼によって何が確認できるか(視診),また注意深いプロービングを追加することで何を知りうるか(触診)について焦点を当てる.まず最初に,病変はバイオフィルムの代謝活動の結果として生じたものであることが強調される.すなわち,歯科医師が眼にしているのは齲蝕プロセスが反映されたものであって,プロセスそのものではない.それゆえ,診断の目的は歯科医師を適切な管理法へと導くことであると強調されている.齲窩の形成や病巣の活動性といった特性が重要なのは,そのためである.患者が齲窩を清潔に保てない場合には,修復が必要とされるかもしれない.活動性病巣に対しては積極的な介入が必要である.一方,停止性病巣にはそのような必要はない.良好な診断検査とは,妥当性(測定したいと考えているものを測定していること)と信頼性(測定を繰り返しても同じ結果が得られること)を備えたものである.本章では,一般的に使用されている視診・触診の診断基準について解説し,系統的な臨床アプローチを提案する.この結果は,臨床マネージメントへと直結するのできわめて重要である.
 時には,隣在歯の存在などにより視野が限定され,病巣を検出するのにX線診査が必要とされる.しかし,1回だけのX線撮影では,病変の活動性評価や齲窩形成の判断はできないことに留意すべきである.ましてや,いい加減な視診・触診を補う意味でのX線診査は行うべきではない.第5章では,齲蝕診断におけるX線診査の方法,適応,およびその限界について述べ,どのような時にX線診査を行うべきかを提言している.
 第6章では,補助的診断法を解説する.このような診断法は多くの場合,定量的であり,視診やX線診査の結果を補うことを目的としている.しかし,これらの診断法には高額な設備を要することが多く,診断結果は歯科医師による解釈が必要であり,機器による測定結果をそのまま診断材料にすることはできず,最終的には歯科医師の責任によって診断を下さなければならない.この章で紹介する診断法の中で現在実用に供されているのは,レーザー蛍光法とデジタルX線撮影に限られている.歯科医師の中には“診断オタク”と称される人たちもいるが,彼らにこそ読んでいただきたい章である.
 Part Iの最後は,非常に示唆に富んだ第7章で締めくくられる.そこでは,適切な診断を下すための基盤となる事柄が検討されている.われわれは何を検出しようとしているのか,また,それは何のためなのか.得られた情報を使って何をするのか,エラーが生じた場合にはどのような結果となるのか.診断はエラーを伴いやすいものであり,方針決定を下す際に不確定要素が入り込むのは避けられないことに注意すべきである.本章は1度だけではなく,何度も繰り返し読んでいただきたい.ここでは,適切な齲蝕管理法に直結するような診断法(例えば,齲窩を形成しているか,形成していないか)であるべきと主張しており,エラーとバイアスを正しく理解することで,より低侵襲な管理法を選択することが可能となる.これはおそらく,齲蝕のマネージメントにおいて最も重要な検討事項であろう.

Part II 齲蝕の臨床疫学
 疫学とは,集団における健康と疾患に関する研究である.第8章は,疫学研究における齲蝕の評価法の解説と,これらの評価法が集団レベルにおける治療の必要性を評価するのに使用できるのかという疑問からスタートしている.このアプローチには相当な困難を伴うことが予想される.さらに,齲蝕の分布について考察され,また,環境の影響,特に社会的環境の及ぼす影響が検討されている.齲蝕は不適切な食生活に伴う問題であると同時に,社会的剥奪による疾患でもある.このような考え方は,歯科専門職が扱える範囲内では限界があるという意味で,非常に重要である.齲蝕コントロールの鍵を握るのは,口腔内環境だけではなく,社会的環境も改善することにある.
 第9章では,齲蝕の疫学における評価法の問題について詳解する.診断閾値を変えることで,個人や集団における総齲蝕経験がいかに上下するかについて,例を挙げながら示されている.特に,“カリエスフリー”という用語の解釈には注意が必要である.というのは,時にその用語は単に“齲窩が存在しない”ことを述べているにすぎず,齲蝕病変のあらゆる初期症状が存在しないという意味ではないからである.

Part III 生物学的観点から見た齲蝕
 Part IIIではバイオフィルムと唾液に焦点を当て,歯と口腔液との化学的相互作用に着目する.ここでは,口腔内の状態を観察するだけではなく,ほとんどの事例において1つの歯面上で何が起こっているのかが具体的に述べられている.
 第10章では,常在微生物の共同体であるバイオフィルムに注目する.バイオフィルムは歯面上で増殖し,まとまって機能するようになり,その生態は唾液と食事によって影響を受ける.バイオフィルムの生成と構造が解説され,微生物共同体としての機能(つまり,微生物が別々に働くのではなく,それぞれが協調して機能すること)の重要性が強調される.齲蝕の生物学が解説されるとともに,1種類の微生物あるいは特定の微生物集団だけが,齲蝕の発症や進行に関与しているわけではないことが強調されている.局所の環境条件が変化することによって,常在微生物叢のバランスが変わり,その結果として齲蝕病巣の進行が起こるのである.したがって,食事,唾液,口腔衛生の変化は齲蝕との関連性が非常に高い.何が齲蝕を悪化させているのかを特定することは,1人ひとりの患者に合わせたコントロール法を見出すために欠かせない要素である.
 第11章においては,非常に複雑な分泌物である唾液を,齲蝕学的観点から探求する.口腔内の潤滑剤である唾液は,分泌量が減少して初めてその真価を認識することとなる.唾液はユニークな液体フィルムであり,口腔内のすべての粘膜と歯面を覆っている.したがって,唾液の組成と分泌量は,口腔内のすべての微小環境に対して決定的に重要な影響を与える.
 歯と唾液(むしろ口腔液)との化学的相互作用については,第12章において検討されている.齲蝕病変は歯質から無機物が失われることによって生じるものであり,この変化は数か月から数年をかけて進んでいく.バイオフィルムの代謝活動により,アパタイト結晶とその周囲の液体との界面においてpH値が変動する.すなわち,歯の無機物とプラーク溶液との平衡は常にpH変動によって影響を受けていることになる.本章では,齲蝕による歯質溶解の基礎的な化学反応を解説するとともに,フッ化物イオンが病変の進行においてどのような役割を果たすかを説明する.
 酸蝕とは,バイオフィルムが存在しない状況において,歯質の表面が損失することである.一見したところ健全なエナメル質表面の下で無機質が損失している(齲蝕病変)のか,それともいわゆる酸蝕(表面エッチング)なのかを理解するためには,石灰化している歯質に対する口腔液の飽和度という考え方を理解することが鍵となる.第13章では,酸蝕と齲蝕の基本的な違いを化学的に説明する.特に重要なこととして,酸蝕における歯の化学的溶解を抑制するのに,なぜフッ化物の有効性が期待できないのかが説明されている.また,酸蝕の原因,臨床症状,管理法を簡潔に紹介している.

Part IV 非修復的治療
 Part IVは,非修復的あるいは手法や処置法を用いて齲蝕をコントロールすることについて述べられている.第14章では,“処置”という言葉が何を指しているのかを考える.多くの人々は,この言葉を歯の充填と同じことだと解釈しているが,本書においてはこれまでの生物学的側面を推し進め,“齲蝕のコントロール”という概念となる.それゆえ,非修復的処置という言葉が登場することとなる.
 数十年にわたり,清潔な歯に齲蝕は生じないと信じられてきた.にもかかわらず,齲蝕コントロールにおける口腔衛生の役割を他の要素と比較しながら,口腔衛生が鍵となる要素なのかについて,多くの人々による熱い議論が続いているとともに,疑問視する声もある.そこで,第15章では,個々の歯面・個人・集団の3つのレベルにおいて,機械的プラークコントロールの重要性に関するエビデンスを紹介する.
 齲蝕のプロセスは微生物バイオフィルムの中で進んでいくことを考えると,化学的あるいは抗菌的な手法による齲蝕コントロールは,はじめは期待できるように思えるかもしれない.第16章において,さまざまな抗菌的アプローチが概説されているが,バイオフィルムをコントロールするための理想的な抗菌剤は今のところ存在せず,ヒトにおける予防的効果を支持するエビデンスは,フッ化物を例外として,ほとんどない.その理由は,原因となる複数の微生物は複雑なバイオフィルムの中で組織的に機能しているからである.バイオフィルム内の微生物は互いに有機的にコミュニケーションをとり,このコミュニケーションがバイオフィルムの病因的な形質を調節している可能性がある.これらのコミュニケーション機構をさらに究明することが,抗菌療法の発展につながるものと思われる.
 抗菌的アプローチに引き続いて,第17章では齲蝕コントロールにおける免疫療法と遺伝子療法の可能性が検討されている.先に答えを言ってしまえば,“現状では可能性はない”ということなる.ワクチンの研究は50年以上前から行われており,多くの知見が蓄積されているが,この方法にはいくつかの重大な問題が存在する.齲蝕には複数の微生物が関与しており,しかもそれらは共生微生物であるという事実が特に重要な意味を持つ.ワクチンがヒト臨床試験に供されるかどうかは,疑問の残るところである.同様に,免疫反応に基づいたアプローチについても,まだ多くの研究が必要である.齲蝕原性菌については多くのことが知られているものの,実際にヒトの治療に用いられるようになる可能性は低い.
 現代の子供の集団においては約50%の齲蝕減少がみられているが,それをもたらしたのは母親の教育的背景と,口腔内環境にあるフッ化物である.齲蝕病巣の発生と進行をコントロールする際にフッ化物がどのような働きをしているかを詳細に知ることは,すべての歯科医師にとっての責務である.第18章では,フッ化物が歯科医療へ導入された経緯を紹介するとともに,現在の齲蝕抑制メカニズムの理解に基づいて,今日ではどのようにフッ化物を使用すれば最も適切なのかを解説する.フッ化物はどのような形態のものであれ,歯の形成期に摂取するとさまざまな程度のエナメル質形成不全を招く.その重症度はフッ化物の濃度に完全に依存する.したがってこの章においては,歯のフッ素症の臨床症状と組織学的所見とともに,いくつかの項目を割いてこの量─反応関係について解説している.また,最も効果的な齲蝕コントロールを得るためには,各種のフッ化物局所応用法をどのように活用すればよいのかを明らかにしていく.
 第19章には,食事と齲蝕についての多くの文献が紹介されており,食事と酸蝕に関する項目も含まれている.食事と齲蝕に関するエビデンスの多くは,今となっては時代遅れであり,一部の実験プロトコールは,現代の厳しい基準からすると問題がある.にもかかわらず,多くの取り組みが両者の関連の重要性を強く主張している.しかし,エビデンスの解釈は矛盾しており,あるいは少々混乱しているものもある.例えば,デンプンは齲蝕に関与しないと言えるだろうか.この章で提示されている最も重要な課題の1つは,フッ化物が普及した後の時代における食事コントロールの相対的役割である.また,重要なのは糖摂取の量なのか,それとも頻度なのかという問題も存在する.幸いに,量と頻度は関連があるので,この問題についてアドバイスを行う場合には,両者の意見を取り入れることになるだろう.ヒトを対象にして食事と齲蝕に関する実験を倫理的に行うことは,現実的に不可能であり,その事実を正しく認識しなければならない.したがって,あらゆる機会をとらえて摂食パターンを評価し,歯の健康に及ぼしうる影響を把握する必要がある.

Part V 修復的処置
 Part Vの各章は,修復的処置について取り扱っている.第20章のタイトルは『齲蝕コントロールにおける修復的治療の役割』であるが,一部の人々にとってこのタイトルはまったく受け入れられないものであろう.というのは,修復的治療は齲蝕のコントロールにおいて何の役割も果たしておらず,せいぜい損傷した歯質を置き換える(しかも,おそらく不適切な方法で)ことくらいしかできない,というのが彼らの強い主張だからである.このような考え方は,20世紀中頃に保存修復学に普及してきた不適切な考え方に対する過剰反応であると考えられる.その頃,われわれ編者は学生であり,齲蝕学と齲蝕管理法は,成人を対象とした歯科学のどの講座においても教えられていなかった.齲蝕は小児の疾患として扱われており,予防的な方策が講じられるのはこの年代の子供たちに限られ,成人の齲蝕は齲窩を充填することで“治療”されていた.このような考え方は,いったん教え込まれると忘れることは困難で,齲蝕プロセスの科学的知識に基づいた教育を行っていない保存修復学の教室が,いまだに存在すると思われる.
 第21章のテーマは齲蝕除去である.この章を執筆するのはある種の冒険でもある.なぜなら,修復処置に先立って感染組織を除去するという現代の修復パラダイムには,エビデンスが不足していると思われるからである.実際のところ,今あるエビデンスが示唆しているのは,現行の齲蝕除去は歯髄─象牙質複合体に対してむしろ有害であるということである.つまり,活動性齲蝕病変に対する介入があまりに尚早かつ過剰なため,硬化象牙質や修復象牙質による本来の防御反応が惹起されないのである.
 この章で示されている意見として,齲蝕の進行を停止させるために“感染”脱灰組織を除去する必要はないかもしれない.齲蝕プロセスはバイオマスの中で起こっている現象であり,感染した齲蝕病巣はこのプロセスの結果にすぎないことを理解すれば,このような考え方はすべて納得できるはずである.おそらく,脱灰組織中の細菌は,被覆しているバイオマス(すなわちプラーク)が除去されてしまうと,齲蝕プロセスの主役を果たすのではなく,日和見感染的に存在するにすぎないと考えられる.
 しかし,この提案は,生物学的に論理的ではあるが,さまざまな議論を招く.今のところ,根拠となるような研究はほとんど存在しない.換言すると,診療のためのエビデンスの基盤が欠けているということである.それゆえ臨床家が唯一頼ることのできるエビデンスは,“今行っている方法”しかないのである.除去する感染組織の量をさまざまに変えて,その結果を縦断的に追跡する無作為化臨床試験の計画が急務である.
 第22章では,歯の修復処置を取り扱い,窩洞を封鎖して歯髄─象牙質複合体を保護することに重点を置く.G.V.Blackによるアマルガムの研究以降,材料学は長足の進歩を遂げている.この著名な歯科医師は保存修復学の問題に対して完全に論理的な視点から取り組んだ.まず最初に,齲蝕を臨床と顕微鏡を通して研究した.次に,それによって得られた知見を応用して,プラーク除去による齲蝕予防と,プラークが付着しにくい部位にマージンを設定するための窩洞デザインを行った.そうして,当時の設備と材料からすると技術的に最高水準の修復物を製作した.そのアプローチは規範的なものであり,100年後においても本章でこのアプローチは採用されている.
 また,現在使用することのできる材料が解説されており,中でも接着性材料に注目している.これらの材料は歯冠色であり,正しく扱えば歯質の支持と良好な窩洞封鎖性を得られる.
 潔癖で厳格な臨床家は,多くの写真を用いた修復方法の紹介に興味を惹かれるだろう.完璧な手技に対するこだわりが感じられるはずである.要するに,修復の目的が歯の清掃性を改善することならば,歯と充填物との適合性を完璧にすることが重要である.学生諸氏はここで紹介されている優れた技術力を見倣うべきである.このような技術を身につけることは可能であるが,それには条件がある.それは,あなた方の先生が前向きで見識があり,ハンドピースという歯科機器を手にして,どうすればあなたの手技が向上するかを教えられることである.つまり,最も質の高い修復的治療を行える人のみが,それを教えることができるのである.
 第23章では,非侵襲的修復処置(ART)について述べている.この手法が開発された端緒は,開発途上国においてすべての年齢層の人々の齲歯を保存する方法を見出す必要性に応えるためであった.修復材料としては,化学重合型の接着性グラスアイオノマーセメントが一般的である.ARTは咬合面齲蝕に対しては成功率が高いことがエビデンスによって示されているが,咬合圧負担の大きい隣接面齲蝕の成功率はやや低い.非修復的処置との併用も行われる.この章においてARTの本質がわかりやすく解説されている.ARTは低所得国で修復的処置を行う際の二流の方法ではなく,ARTによる齲蝕除去と修復は生物学に基づいた合理的な方法であり,どのような国や地域においても適用できるものである.
 Part Vの最後の章である第24章では,修復物の耐用年数について考える.修復物の耐用年数には限りがあり,その多くは臨床的に再発性齲蝕と診断されて失敗に終わることが強調されている.歯科医師が実利的な決定に従って再修復を行っていることを指摘した縦断的無作為化臨床試験と横断研究は,修復物の耐用年数を評価する際に有用である.歯に対していったん修復治療が行われると,患者の人生において何回かの再修復が余儀なくされ,この修復が繰り返されることで歯の保存が脅かされる.歯面に修復を行うのは,病変の停止が期待できない場合に限られるべきである.修復物の耐久性を限界まで引き出すために,最適な修復材料を使用し,再発性齲蝕を予防し,修復物を慎重かつ適切に調整・研磨すべきであり,再修復をできるだけ先延ばしにしなければならない.洞察力に優れた読者なら,アマルガム修復と比較したグラスアイオノマー修復の耐用年数に関する論文について,第23章の執筆者と第24章の執筆者は異なる解釈をしていることに気づくであろう.

Part VI 齲蝕のコントロールと予測
 齲蝕のコントロールと予測に関するPart VIは,齲蝕コントロールの背後にある思考過程と倫理観についてまとめた第25章から始まる.ここでは,齲蝕の管理方針を決定するにあたって,技術的な解決策に頼るのではなく,生物学的知識に基づく必要があることが強調されている.「歯科医学生は図書館にいない唯一の学内専門学生である」というのが大学周辺での定番のジョークであるとの引用に,われわれ編者はたじろいでしまった.われわれの大学で歯学部学生が図書館にいないのは,歯学部専用の図書館がずっと閉鎖中だからであり,その理由を知っているだけに納得はいかない.この章では,生物学的なプロセスである齲蝕をコントロールするには,技工的な歯科医学はあまり役に立たないことが再度強調されている.また,適切な治療戦略と関連づけて診断を下すべきであり,どのような治療が適切なのかは十分なエビデンスに基づいて判断しなければならない.それゆえ,図書館は必要なのである.
 第26章では,健康に関する教育と行動に焦点を当てる.これは齲蝕コントロールにとってきわめて重要な課題である.なぜなら,多くの非修復的処置の結果は,患者のコンプライアンスによって左右されるからである.最初に,オーラルヘルスのプロモーション(促進)とエデュケーション(教育)の概念を概観する.そこには,行動変容のための有用な情報が含まれている.しかし,われわれ編者も驚いたのは,この分野において歯学に関する研究が不足しており,それゆえこの領域で根拠とすべきエビデンスも乏しいことである.行動とその変容に関する研究は,齲蝕コントロールという狭い分野にとってはもちろんのこと,全身の健康にとっても特に重要であると考えられるので,これは驚くべき事態である.
 第27章は,1人ひとりの患者に応じた齲蝕コントロールについて書かれており,担当した3名の歯科医師は,本書において紹介されたエビデンスに基づいて彼らが患者のために実践していることを紹介している.われわれは,この章が歯科医師以外にも,歯科医療従事者や学生にとって有用で理解できる内容であることを願っている.担当執筆者が重要性を主張しているのは,齲蝕進行のリスクが高い患者を特定し,鍵となる生物学的因子を明確に示すことである.また,歯科医師が変容させることのできない社会的要因が,それ以上に大きな影響を及ぼしうることに注意が必要である.プラークコントロール,フッ化物の使用,食生活の改善といった非修復的処置の実践的な方法を紹介するとともに,子供や若年者,ドライマウス患者やセルフケアのできない患者における齲蝕コントロールについても個別に解説されている.
 第27章を読んで,診療室内ではどのようなことが可能なのかを知った読者諸氏は,楽観的で心地よい気分に浸っているかもしれないが,第28章によって冷徹な現実に引き戻されることになる.ここでは,社会歯学の研究グループが集団に対する齲蝕コントロールについて検討しており,臨床に携わる歯科医師にとって残念な内容となっている.近年にかけて齲蝕は減少しているが,チェアサイドで行う歯科医療はその減少にほとんど寄与していないというエビデンスは,歯科医師の自己満足の笑顔を消し去るのに十分である.齲蝕レベルの低減を集団において達成するためには,純粋な生物学的要因だけではなく,社会的状況をも考慮に入れた取り組みが必要である.健康的な選択を行いやすく,不健康な選択を行いにくくなることを重視した取り組みが求められている(例えば,歯磨剤にはフッ化物を配合すべきである).
 この章では,予防に対する2種類の基本的アプローチについて検討する.1つはハイリスクストラテジーであり,これは文字どおり,ハイリスクと考えられる人々をターゲットとした取り組みである.これに対してもう1つのアプローチである母集団ストラテジーは,リスクにかかわらず全員を対象とする.母集団ストラテジーが優先される理由は,説得力に満ちたものである.結局のところ,おそらく最も説得力にあふれ興味深い予防策は,共通リスクファクターアプローチである.衛生状態,食生活および禁煙は,多くの疾患と関連性があるので,このアプローチを使えば歯科医師は,将来的に歯や口腔の健康への貢献に特化するというよりも全身の健康に貢献することになるであろう.
 ここ数年,歯科公衆衛生学を学んでいる学生から,ある種の無気力感を感じることがある.それは無駄な時間,すなわち臨床からの気晴らしのように見える.一部の歯科大学や歯学部では,公衆衛生学の教え方が適切ではないのかもしれない.学生がこの章から刺激を受け,関連している第8,26,29,30,32章を読むことによって意欲を高めてくれることを願っている.
 第29章は齲蝕の予測に関する章である.1人ひとりの患者レベルにおいて,誰の齲蝕が進行し誰の齲蝕が進行しないかを予測することは可能だろうか?この質問に対する答えは実際の臨床に直結するものである.もし予測が可能ならば,齲蝕コントロールのための方策は,リスクの高い人々を対象に行われるべきである(ハイリスクストラテジー).予測できないのであれば(実際のところ,予測できないことの方が多い),全住民を対象とする母集団ストラテジーを適用すべきである.この章で示しているエビデンスによると,診断が準拠すべき最も重要な情報源は,適切な歯科履歴の聴取と臨床診査である.しかしながら,病巣が形成される以前の予測は信頼性が低い.したがって,齲蝕のコントロールは母集団ストラテジーか指定母集団ストラテジーに基づいて行われるべきである.今存在している齲蝕病変をセルフケアストラテジーでコントロールしようとしている臨床家の取り組みも,将来的な齲蝕の発生を抑制するのに役立つと考えられる.第27章と28章では,個々の患者に対するアプローチと集団に対するアプローチを併用して健康を増進する方法が示されているが,第29章はこれらの2章との関連性が高い.
 齲蝕のコントロールと予測に関する最後の章である第30章では,経済的問題について考える.経済学とは,効率的な資源の配分に基づいた決定が下せるようにするための原則と定義されている.この章における冒頭の文章は,担当執筆者の苦労をするどく浮き彫りにしている.筆者らの報告によると,アメリカ合衆国がヘルスケアに費やしている金額は,全世界が費やしている額の半分近くに及ぶことが示されている.もう一度この文章を読んで,しばし熟考してほしい.果たして,このような高所得国における経済的問題と低所得国における問題とを同じ俎上で語ることが可能であろうか.しかし,いくつかのテーマが明らかになっている.一部の人々にとって,修復的処置に要する費用は彼らの平均賃金からすると常識外の金額である.実際に,歯科医師が提供するプログラムは,経済的観点から見ると,受け入れがたいものであろう.これとは対照的に,地域水道水へのフッ化物添加は安価な計画ではあるが,それには上水道が整備されていることが必要である.フッ化物配合歯磨剤は,配合されていないものと比較してさほど高価なわけではないので,フッ化物配合歯磨剤を使用して口腔衛生状態を改善させる取り組みは,まさに推奨されるべき方法である.とはいえ,歯磨剤と歯ブラシを“ただで”提供すればよいという単純な話ではない.これにも費用がかかるのである.齲蝕病変は社会的弱者に遍在している.ここで述べられている経済的考察は,社会的意識の高い歯科学生にとって,看過できない見解であろう.

Part VII 21世紀の歯科学
 最後の2つの章は,あらゆる学生諸氏にとって興味がそそられると同時に,絶対に必要な内容となっている.これまでの各章で述べられた詳細な解説の重要な部分が抽出され,以下の2つの項目が世界的視野から捉え直されているからである.
 ・臨床における方針決定
 ・集団の利益のために役立とうとする時に,将来的な歯科医療の知識によってもたらされる結果
 第31章は,齲蝕に関する臨床方針決定にばらつきがみられるという問題に取り組んでいる.ばらつきの問題を詳細に解き明かすことで,病変の検出とその管理法の両者にばらつきが生じる理由を解説している.さらに,ばらつきがどのような結果を招くかを提示しているので,少し気が滅入ってしまう読者がいても仕方がない.幸いなことに,この章の最後の部分において希望の光が示されている.ばらつきを減らすことは,システマティックレビューによる科学的なエビデンスを使用すれば,実際に可能である.ただし,このようなレビューの数は多いとはいえない.
 第32章は,齲蝕と歯周疾患のマネージメントに対してチェアサイド歯科医療の果たす役割について検討している.高所得国,中所得国,低所得国の集団の疫学的データを詳細に調べた結果,オーラルヘルスケアを供給するためにこれまでチェアサイドで行われてきた歯科医師から患者へのアプローチは,非常に高価かつ非効率的であることが明らかになった.スケーリングや充填を一生懸命行っても,機能的な歯を残す結果とはならないのである.低所得社会において,高所得国の事例に追従し資源を歯科医師の育成に投じることは,実際的でないばかりか,何の効果ももたらさないであろう.さらに,高所得国にとっても,歯科医師を育成して数を増やすことは費用がかかりすぎ,失敗に終わると思われる.オーラルヘルスにとって重要なことは,とにかく単純である.つまり,フッ化物配合歯磨剤の使用と禁煙の推奨による口腔衛生の改善という母集団アプローチである.この章を読んだ読者の多くは,血圧が上がってしまうかもしれない.しかし,落ち着いてからじっくり考えていただきたい.担当執筆者は現存するエビデンスからこの結論を導き出したのである.エビデンスに基づいたなるべく対費用効果のすぐれた方法で,できるだけ多くの世界中の人々のために役立とうとするならば,将来的に歯科医療チームはどのように構成されるのが望ましいかが,この章の最後に示されている.
 O.Fejerskov & E.A.M.Kidd
 2007年12月
Part I 齲蝕とその診断
 第1章 齲蝕の定義(山口幹代)
  はじめに
  専門用語
 第2章 齲蝕の臨床所見(山口幹代)
  齲蝕病巣は臨床的にどのように見えるか
  乳歯列
  永久歯列
 第3章 齲蝕の病理(青葉孝昭)
  はじめに
  萌出に伴うエナメル質の変化
  初期齲蝕病変の成立に伴うエナメル質の変化
  隣接面の白斑病変
  エナメル質齲蝕病変の進行
  齲蝕病変の停止
  咬合面齲蝕
  齲蝕進行に伴う象牙質の反応
  歯髄─象牙質の反応
  エナメル質の崩壊と細菌感染
  根面齲蝕
 第4章 視診と触診による齲蝕診断(景山正登,大野純一)
  はじめに
  診断プロセス
  われわれはなぜ齲蝕の診断を行うのか?
  齲蝕の観点から見た診断
  齲蝕病変はどれくらい早期に検出すべきか?
  視診と触診での最高の齲蝕診断基準とは?
  一般的な視診・触診基準
  鑑別診断
  視診と触診による齲蝕診査:系統的な臨床的アプローチ
  視診と触診を補助する診断法
  視診と触診による齲蝕診断の利点と限界
 第5章 齲蝕診断のためのX線写真(佐野哲也,大野純一)
  はじめに
  技術的・性質的側面
  咬翼法X線写真を撮影する時期
 第6章 補助的診断法(岩見行晃)
  はじめに
  X線を応用した診断法
  可視光線を応用した診断法
  電流を応用した診断法
  臨床応用に適した診断法か,研究目的に限定された診断法か
  単独で使用可能な診断法か,視診の補助的診断法か
 第7章 適切な診断実践の基礎(木本 敦,大野純一)
  はじめに
  歯科医師の養成
  歯の診査:患者の利益を最優先に
  われわれは何を探しているのか─齲蝕とは何か
  多彩な齲蝕診断法
  齲蝕診断法の発展
  齲蝕診断法を評価する
  本質論的なゴールドスタンダードパラダイムにおける診断テストの評価
  本質論的なゴールドスタンダード理論の飛躍
  唯名論的な齲蝕パラダイムにおける診断テストの評価
  齲蝕診断における診査者間エラーおよび診査者内エラー
  避けられない診断の不確定さにどう対処すべきか?
  診断法の追加により診断率は向上するか?
  おわりに
Part II 齲蝕の臨床疫学
 第8章 齲蝕の疫学(岩見行晃)
  はじめに
  齲蝕の評価
  齲蝕の分布
  要約
 第9章 齲蝕の有病率・進展度・重症度の評価に対する診断規準の影響(稲葉大輔)
  はじめに
  疫学的観点から見た齲蝕の診断規準
  齲蝕の診断基準と疫学的検討事項
  齲蝕有病率の評価に対する診断規準の影響
  齲蝕進展度の評価に対する診断規準の影響
  齲蝕重症度の評価に対する診断規準の影響
  疫学調査における適切な診断規準の選択を考えるための枠組み
  要約
Part III 生物学的観点から見た齲蝕
 第10章 口腔内微生物叢と歯面のバイオフィルム(佐藤拓一)
  はじめに
  常在菌叢
  デンタルバイオフィルム:生成機序,構造,組成,特性
  齲蝕の細菌学:これまでの考え方の変遷
  齲蝕の細菌学的研究における方法論的問題点
  齲蝕の微生物学
  バイオフィルム構成細菌による齲蝕発生機序
  おわりに
 第11章 唾液の役割(渡部 茂)
  はじめに
  唾液の生成
  唾液腺機能低下症
  口腔内クリアランス
  唾液中無機成分
  唾液緩衝能,およびpH調節
  唾液蛋白質
  ペリクルの役割
  唾液のその他の齲蝕関連成分
  唾液と齲蝕発症リスク
  唾液腺の機能低下の管理
  結論的見解
 第12章 歯と口腔液の化学的相互作用(渡部 茂,渡辺幸嗣)
  はじめに
  エナメル質における無機相の重要性
  エナメル質無機物および口腔液
  歯硬組織の脱灰と再石灰化
  再石灰化
  象牙質齲蝕
  口腔内環境におけるフッ化物の反応
  歯石
 第13章 歯の酸蝕(中條和子,橋信博)
  はじめに
  臨床所見と診断
  病理学的特徴と化学的変化
  酸蝕深度による分類
  病理学的分類
  飲食物による酸蝕
  胃内容物による酸蝕
  浮遊酸性物質による酸蝕
  特発性酸蝕
  酸蝕の予防と治療
  結論
Part IV 非修復的治療
 第14章 齲蝕進行のコントロール:非修復的処置(鷲尾純平)
  はじめに
  齲蝕の進行は食い止められるか
  齲蝕進行過程のコントロール
  齲蝕のコントロールが齲蝕病変の“治療”とみなせるか
  “非修復的処置”という用語を使用する理由
  治療の有効性と対費用効果
 第15章 口腔衛生の役割(鷲尾純平)
  はじめに
  理論的考察
  歯面清掃の生物学的効果
  歯面清掃の臨床的効果
  PTC(専門的歯面清掃)の効果
  フロッシングの効果
  まとめ
 第16章 齲蝕に対する抗菌薬療法(中條和子,橋信博)
  デンタルプラーク:バイオフィルムの生態と抗菌薬療法の理論的根拠
  生物学的活性と作用機序
  デンタルバイオフィルムの生化学的および生態学的修飾
  齲蝕予防剤の剤形と投与方法
  使用される薬剤
  その他齲蝕予防用薬剤(ただし,抗齲蝕効果についての報告はない)
  結びの言葉と将来へのアプローチ
 第17章 免疫療法と遺伝子療法の可能性(中條和子,橋信博)
  はじめに
  齲蝕ワクチン
  齲蝕原性細菌をターゲットにしたその他のアプローチ
  歯が本来備えている齲蝕防御機構
  結論
 第18章 フッ化物による齲蝕のコントロール(飯島洋一)
  はじめに
  フッ化物の歯科への導入経緯
  フッ化物応用の生理学的ならびに中毒学的所見
  フッ化物応用方法の現状
  齲蝕コントロールにおけるフッ化物の適正使用
  適正なフッ化物応用法のまとめ
 第19章 食事指導の役割(鷲尾純平)
  はじめに
  食習慣とヒトの齲蝕
  摂取パターンの違いによる影響
  糖類と齲蝕の関係におけるフッ化物の影響
  齲蝕のリスクが高いグループと食習慣との関係
  さまざまな炭水化物の齲蝕原性
  新しい糖質と歯の健康
  食品中の防御因子
  食習慣と酸蝕
  歯の健康のために推奨される食習慣の推進
Part V 修復的処置
 第20章 齲蝕コントロールにおける修復的治療の役割(山口幹代)
  はじめに
  歯学部で何が起こっているか?
  非修復的治療の結果
  非修復的治療は常にうまくいくか
  咬合面
  隣接面
  再発性齲蝕
  乳歯
  要旨
 第21章 齲蝕の除去と象牙質-歯髄複合体(騎馬和歌子)
  はじめに
  象牙質における齲蝕病変の進行
  象牙質─歯髄複合体と齲蝕
  象牙質─歯髄複合体の反応と修復治療との関連性
  一般的に行われている齲蝕除去の考え方
  感染象牙質に対する考え方とその処置法
  感染象牙質の封鎖に関する研究
  感染象牙質の段階的切削に関する研究
  リエントリーの必要性
  無作為化比較臨床試験
  結論
 第22章 歯の修復:封鎖の重要性(吉岡靖介)
  はじめに
  修復材料
  小窩裂溝齲蝕の治療
  隣接面齲蝕の治療
  前歯部および歯頸部の齲蝕治療
  乳歯の修復的治療
  修復的治療の失敗と修正
 第23章 非侵襲的修復処置(ART)(騎馬和歌子)
  ARTの歴史
  小窩裂溝充填と侵襲を最低限に抑えた介入法
  非侵襲的側面
  グラスアイオノマーを用いたART手技
  ARTシーラントとART修復の成功率
  ARTと通法との比較
  ART修復失敗の原因
  ARTを組み込んだ口腔のヘルスプロモーション
 第24章 修復物の耐用年数:修復の繰り返しによる歯の喪失を避けるために(前薗葉月)
  はじめに
  修復物の臨床的評価
  修復物の耐用年数についての評価
  アマルガム修復に関する考察とその長期的予後
  乳歯列における修復物の耐用年数
  永久歯列における修復物の耐用年数
  修復物の耐用年数に影響する因子
  修復物の耐用年数が口腔衛生と治療費に与える影響
  おわりに
Part VI 齲蝕のコントロールと予測
 第25章 臨床における方針決定:生物学的疾患に有効なのは,技術的解決策か,それともエビデンスに基づいた齲蝕マネージメントか?(稲葉大輔)
  はじめに
  なぜ歯科医師は技術的側面を重視しがちなのか
  適正な歯科診療とは何か
  適切な齲蝕管理を行うには
  歯科診療のマニュアル化の危険性
  齲蝕に関する方針決定にまつわる誤解
  齲蝕に関する実際の方針決定
  適切な齲蝕スクリプト:ガイドラインの提案
 第26章 集団におけるオーラルヘルスの促進(米畑有理)
  口腔の健康(オーラルヘルス),ヘルス教育,ヘルスプロモーションとは
  健康関連行動の理論
  オーラルヘルスに関する教育は有効か?
  患者の行動変容に役立つヒント
  まとめ
 第27章 患者に応じた齲蝕のコントロール(前薗葉月)
  はじめに
  現在の齲蝕活動性と将来的に進行するリスクの評価法
  患者を各リスクに分類するために必要な情報
  適用される非修復的治療法とは
  患者の齲蝕進行制御を支援する方法
  リコールのタイミング
  小児および若年者の齲蝕コントロール
  ドライマウス患者の齲蝕コントロール
  介護が必要な患者の齲蝕コントロール
  齲蝕コントロールの失敗
 第28章 母集団向けの齲蝕コントロール(西真紀子)
  はじめに
  齲蝕の減少と歯科臨床の変化
  なぜ齲蝕は起こるのか?
  上流と下流:何が重要か?
  病気の個人か病気の母集団か?
  変化のための選択肢:どの予防ストラテジーを使うべきか?
  ハイリスクアプローチ
  齲蝕予防の母集団ストラテジー
  指定母集団ストラテジー
  母集団に対する齲蝕予防ストラテジーの歴史
  予防に関するより広い見方
  着目:母集団に基づいた予防の共通リスクファクター・アプローチ
  従来型の歯科医師にどこで決別となるか?新しい専門職の必要性
 第29章 齲蝕の予測(西真紀子)
  はじめに
  臨床家はリスクを評価し,研究者は予測する
  典型的な予測研究の流れ
  実例
  日常臨床ではどのレベルの正確性で十分だろうか?
  どのくらいのレベルの正確性が達成可能だろうか?
  提示された方法はどのくらい価値があるのだろうか
 第30章 齲蝕の予防:対費用効果(米畑有理)
  はじめに
  ヘルスケアの経済学
  利益とは何か? 費用(コスト)とは何か?
  齲蝕に要する費用
  予防的アプローチに対する経済的研究の概説(レビュー)
  まとめ
Part VII 21世紀の歯科学
 第31章 齲蝕に関する臨床的方針のばらつき(佐藤拓一)
  はじめに
  齲蝕の検出のばらつき
  齲蝕の管理法決定のばらつき
  ばらつきが結果にもたらす影響
  ばらつきを減らすための長期的アプローチ
 第32章 “富めるときも貧しきときも,病めるときも健やかなるときも…”齲蝕と歯周炎の世界的コントロールにおける歯学の役割(橋信博)
  はじめに
  歯学の発達:職業として
  歯学の発達:疾患の概念
  歯学の発展:低所得国
  計画的歯科医療:希望的観測それとも達成可能な目標?
  疾患によって被る負担の大きさ
  歯周疾患によって被る負担
  齲蝕:負担をもたらす主要な口腔疾患
  口腔疾患による負担の動向
  口腔疾患による負担における社会的格差
  口腔疾患による負担を被るのは誰か
  どこへ向かうのか? 低中所得国におけるオーラルヘルスケアの優先順位
  どこへ向かうのか? 高所得国におけるオーラルヘルスケアの優先順位

 索引