やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行にあたって
 「根管内感染源の除去」と「緊密な封鎖による再感染阻止」─.これら二つが歯内療法の基盤かつ目標であることはいうまでもありません.ところが,一見シンプルとも思えるこれらの目標を確実かつ効率的に達成することの難しさは,歯内療法に真摯に取り組めば取り組むほど実感されるところです.いわゆる難症例では「手詰まり」が生じ,目の前にあるように思えるゴールにどうしてもたどり着けないジレンマが経験されます.ストラテジーのわずかなズレがたちまち打開しがたい状況を生み出すことや,予測の不確実性から思わぬ経過をたどってしまうことにも,歯内療法の難しさがあるといえます.
 筆者は,歯内療法の確実な成功を阻む要因として以下の二つを重視しています.その一つはいうまでもなく根管形態であり,そのバリエーションへの対応が歯内療法の主体といっても過言でありません.術者の「腕」より根管形態のほうが治療の成否に及ぼす影響が大きいとさえ感じられてしまいます.もう一つについては,本書では「ケースアセスメント」という言葉を用いました.これは,診断,難易度・リスク評価,および意思決定をまとめて表現したもので,「見立て」とでもいい換えられます.病名を決定すること(=狭義の診断)もさることながら,治療の成功を阻む因子のみきわめや,それを踏まえたうえで着手の是非や適切なストラテジーを選択する」―.これらの「見立て」の不確実性が,歯内療法の不確実性に大きく関連するのではないでしょうか.
 そこで本書では,「根管形態に応じたケースアセスメント」をキーワードとしながら,歯内療法を成功に導くための要点をまとめることにしました.不確実性を含んだキーワードであるがゆえ,歯切れの悪い箇所もあろうかと思いますが,できる限り臨床上の問題点への対処法や解決法を提示したつもりです.
 一方,NiTiロータリーファイルの開発,手術用実体顕微鏡や歯科用CTの導入など,歯内療法の器材・術式は著しく進歩しており,そのグローバルスタンダードが大きく変貌を遂げています.ところが,これらの真価はエビデンスに基づき確立されたトラディショナルな理念や術式とのコンビネーションにより,はじめて発揮されるともいえます.すべてを使いこなせる環境にある歯科医師は限られていることも事実です.
 そこで本書では,最新器材を駆使した臨床を紹介することはもちろんですが,トラディショナルな器材・術式にも十分配慮した記述を心がけました.本書の内容の多くは「教科書プラスアルファ」のレベルではありますが,「マニアック」な最先端の専門的情報よりも,評価がある程度定まった「手堅い」情報を優先したつもりです.
 本書が,歯内療法のステップアップをお考えの臨床家の皆様に多少なりともお役にたてれば,また,本書を通じて一人でも多くの若手の先生方に歯内療法の魅力をお伝えできれば,著者としてこれに勝る喜びはありません.
 本書の出版にあたり,遅筆の著者に根気強くお付き合い頂きました医歯薬出版株式会社,関係各位に心より感謝いたします.
 2013 年8 月
 興地隆史
I編 序説
 1章 歯内療法の「三要諦」を考える
  1.はじめに─歯内療法の「三要諦」とは
  2.根管内感染の制御(感染の予防,感染源の除去,再感染の阻止)
  3.根管形態に応じた対応
  4.ケースアセスメント(診断,難易度評価および治療法・治療手段の選択)
 2章 難治性根尖性歯周炎の細菌学
  1.抗菌戦略の現状と課題
 3章 難治性根尖性歯周炎の病理学
  1.病理所見と難治性との関連
  2.歯根嚢胞
  3.根尖孔外の異物
 4章 歯内療法の成功を阻む根管解剖
  1.複雑な根管形態と未切削根管壁の発生
  2.根管数の留意点
  3.根管のテーパー
  4.根管の横断面形態
  5.根尖孔の形態
 5章 歯内療法の予後
  1.歯内療法の成功率
  2.根管充填歯の生存率
II編 歯内療法におけるケースアセスメント(総論)
 1章 ケースアセスメントの考え方
  1.難易度/リスク評価(difficulty/ risk assessment)
  2.鑑別診断(differential diagnosis)
  3.意思決定(decision making)
 2章 ケースアセスメントの基礎となる診断技法のポイント
  1.口内法エックス線検査
  2.歯科用CT
  3.歯髄の生死の診断
  4.電気診や温度診に誤差が生じる要因
  5.歯の亀裂,破折の診断
 3章 歯と根管の形態の難易度/リスク評価
  1.高難度/ハイリスクな歯根・根管形態
  2.歯内療法,補綴処置による根管形態の変化
  3.歯冠の形態,植立状態
 4章 根尖性歯周炎と他種疾患との鑑別診断
  1.鑑別のポイントと根尖性歯周炎関連の非定型的所見
III編 歯内療法におけるケースアセスメント(各論)
 1章 歯髄保存と抜髄の分岐点
  1.象牙質/歯髄複合体の痛覚受容機構
  2.可逆性・不可逆性歯髄炎の鑑別と治療方針
  3.暫間的間接覆髄法(IPC法,歯髄温存療法)
  4.直接覆髄法の是非
 2章 歯内─歯周疾患の分類,ケースアセスメントと対応
  1.鑑別診断,臨床決断と難易度評価
  2.歯内疾患由来の歯周病変への対応
 3章 垂直性歯根破折への対応
  1.ケースアセスメントのポイント
 4章 穿孔症例のケースアセスメント
  1.穿孔の位置に応じた処置法の選択
  2.穿孔封鎖,外科的処置(抜歯,歯根分割など)の選択
  3.穿孔封鎖のタイミング
  4.封鎖材の選択
 5章 再根管治療
  1.再根管治療を困難とする因子
  2.再根管治療の成功率に影響を及ぼす術前因子
  3.根尖性歯周炎の活動性の概念と歯内療法実施の決断
  4.再根管治療におけるケースアセスメントの原則
  5.再根管治療か外科的歯内療法か
 6章 外傷歯(脱臼歯)の歯内療法
  1.通常の歯内療法と何が異なるのか
  2.歯の外傷と歯根吸収(1) 炎症性外部吸収と置換性外部吸収
  3.歯の外傷と歯根吸収(2) その他の歯根吸収
  4.不完全脱臼歯のケースアセスメント.歯髄診断の重要性.
  5.歯根水平破折歯のケースアセスメント
  6.完全脱臼歯(再植歯)の歯内療法
  7.移植歯の歯内療法:再植歯の歯内療法との異同
 7章 ライフステージに応じた歯内療法.根管形態への対応.
  1.ライフステージの特性に応じた歯内療法の意味
  2.根未完成歯の歯内療法
  3.高齢者の歯内療法の原則
  4.高齢者の歯の特徴と歯内療法
 8章 歯内療法と非定型歯痛
  1.非定型歯痛の定義と診断
  2.非定型歯痛の治療
IV編 歯内療法の臨床ストラテジー
 1章 歯髄保存療法の臨床
  1.象牙質/歯髄複合体の保護(間接覆髄法,裏装法)
  2.Mineral trioxide aggregate( MTA)の基礎と臨床
 2章 ラバーダム防湿と隔壁形成
  1.ラバーダム防湿の意義
  2.ラバーダム装着の工夫
  3.隔壁法
 3章 アクセス窩洞形成(access cavity,access opening,髄室開拡,髄腔開拡)
  1.アクセス窩洞の要件
  2.アクセス窩洞形成の手順
  3.歯髄腔の形態と歯冠形態との関連
  4.歯髄腔の形態とアクセス窩洞の形態との関連
  5.便宜形態の付与
  6.リスクを避けるためのアクセス窩洞形成の要点
 4章 根管口の探索
  1.根管口配置パターンのガイドライン
  2.根管口探索の術式
 5章 根管上部のフレアー形成(coronal flaring,coronal flare preparation)
  1.意義と目的
  2.使用器具と術式
 6章 根管形成総論
  1.根管形成の意義・目標
  2.根管形成でどのような形態を根管に付与すべきか
 7章 Apical transportationの諸問題
  1.Apical transportationの成因
  2.Apical transportationを避けるための形成操作
 8章 根尖部拡大サイズの基準
  1.「アピカルストップ形成」と「アピカルテーパー形成」
  2.直径とテーパーの基準
 9章 手用切削器具を用いた各種根管形成法
  1.規格形成法(standardized preparation technique)の功罪
  2.ステップバック(step-back)法と根尖部のフレアー形成
  3.クラウンダウン(crown-down)法とcoronal-to-apical形成法
  4.ステップダウン法(step-down)法
 10章 Ni-Tiロータリーファイルの特徴
  1.Ni-Tiロータリーファイルの一般的性質
  2.Ni-Tiロータリーファイルのデザイン
 11章 Ni-Tiロータリーファイルによる根管形成法
  1.クラウンダウン法
  2.ProTaperによる根管形成
  3.Mtwoによる根管形成
  4.Glide pathの形成
  5.Ni-Tiロータリーファイルの操作法
 12章 Ni-Tiロータリーファイル適用のための根管形態のアセスメント
  1.適応症のガイドライン
  2.適応の検討が必要な根管形態
  3.適用すべきでない根管形態
 13章 Ni-Tiロータリーファイルの破折を避けるためのポイント
 14章 Ni-Tiロータリーファイルの最近の話題
  1.M-wireを用いた製品
  2.Ni-Tiロータリーファイルによるglide path形成(mechanical glide path)
  3.正逆回転の往復運動(reciprocating motion)で用いる器具
  4.Self-adjusting file(SAF)
 15章 根管形成のトラブルシューティング
  1.レッジへの対応
  2.いわゆる閉塞根管への対応
  3.ガッタパーチャ除去
  4.根管内破折器具への対応
 16章 根管洗浄の重要性
  1.根管洗浄の意義
  2.次亜塩素酸ナトリウム液(NaClO)
  3.EDTA液
  4.洗浄の方法,器具
 17章 根管充填の考え方
  1.根管充填の目的と目標
 18章 根管形態に応じた根管充填法の選択
  1.多彩な根管充填法
  2.根管充填法がガッタパーチャ充塞率や根管封鎖性に及ぼす影響
  3.根管形態がガッタパーチャ充塞率や根管封鎖性に及ぼす影響
  4.根管充填法の相違が歯内療法の予後に及ぼす影響
  5.根管充填法の選択基準
 19章 各種の根管充填法
  1.側方加圧充填法
  2.Matched cone法
  3.加熱ガッタパーチャ法

 索引