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力のコントロール 歯科過剰負荷症候群/Dental Overload Syndrome
 歯科のプロフェッショナルは,よく噛める口腔を作りあげたり維持したりする一方で,噛みすぎることによって起こるさまざまなリスクに関しても,常に意識的でなければいけない.
 それを怠ると,思いがけない臨床の落とし穴にはまることになる.
 あえて誇張すれば,質の高いSPTにより炎症が十分にコントロールされた歯周組織も,慎重な試行錯誤の末の美しく調和した補綴物も,患者さんの無防備な咬合力の前では砂上の楼閣でしかない.
 よく噛めるという快適さは,噛みすぎることによって起こる顎口腔系の障害と裏腹の関係にあるのだ.
 「噛める」ことがかえって残存歯に過剰な負荷を与え,歯根の破折やセメント質剥離,さらには充.物・補綴物の破損につながり,そのリスクは必ずしも加齢とともに衰えるものではない.
 たとえ微小な咬合力であっても,それが持続的に作用すると想定外の破壊力へとつながる.噛む力は私たちが生きるための基本であるから,本来はとても大切なものなのだが,たとえば過剰な免疫反応が病気につながってしまうように,過剰な咬合力もおおいに警戒が必要である.「力」は,「慣れ」という隙に乗じて,ちょっとしたきっかけで口腔内を激しく暴れ回る.繰り返すが,プロフェッションとしていつもそのことを意識しなくてはいけない.
 本書では,この「持続的に加わる微小な力,あるいは過剰で暴力的な咬合力によって起こるさまざまな歯科的病態」を,歯科過剰負荷症候群Dental Overload Syndrome(DOS)と定義し,それに対処するための臨床的視点について検討してみることにする.
 この分野に関しては,すでに1991年にGene MaCoyらが発表したDental Compression Syndrome(DCS)という概念がある1,2).これは歯にかかる力の問題を,おもに習癖と咬合(顎関節障害を含む)の観点から論じたものだが,本書では範囲をさらに拡げて,外傷性咬合と歯周病との関連,歯列接触癖Tooth Contacting Habit(TCH),知覚過敏や歯根破折への対応など,臨床に身近な観点からより多角的に論じてみたい.
 本書では,力の制御についてもいろいろと考察するが,実はこれがそれほど単純ではない.力は目に見えないだけに,ときとして取り返しのつかない破壊像となってはじめて私たちの前に姿を現す.
 大切なことは,事後に何を行うかではなく,事前にどれだけそれを意識するかということである.
 DOSに対処するためには,これが「治療→治癒」といった一連の医療の図式になじまない性質のものであり,メインテナンスを通してきわめてきめ細やかな対応を必要としていることを理解しなくてはならない.つまり,炎症のコントロール同様,歯科医師だけの力で解決するものではなく,チーム医療で対応するということが治療の原則となる.
 治そうとするから解決の糸口が見えないわけで,そこに長い時間軸のなかで定期的に患者さんをお世話していくというケアの視点を組み込むことで,この分野の臨床の幅が驚くほど拡がっていくことを強調したいのである.
 歯にかかる力は,加齢,嗜好,性格,筋力,歯質,咬合,ストレスなどの影響を受けながら,日々刻々と変化している.しかも,その増幅と減衰のせめぎ合いは相互に絡み合い,複雑に入り組んでいる.したがって,それらと口腔の諸問題との隠れた符号を読み解いた瞬間は,かなり興奮し,まさに推理ドラマでトリックを見破ったときのようだ.いまの私には,そういったことこそが「臨床」の楽しさと思えるのだが,はたして読者の皆さんはどうお考えになるだろうか?
 文献考察などに関しては,はなはだ心もとない部分もあるが,私の三十余年の臨床経験に免じてどうかご寛容に読み進めていただきたい.
 最後に,古谷野潔氏らの著書「入門咬合学」3)から一部引用して前文とする.

 「……従来,咬合について論ずる際には,咬合面の形態,具体的には咬合接触と下顎運動の関係から,咬合様式というものを主体として論じられてきた.しかし一方で,そこにかかる力の大きさや持続時間については,あまり顧みられてこなかった.今後は,咬合を咬合面の形態などの形態的要素をどのようにするかという視点とともに,個々の患者の機能的要素,すなわち力の強さとそのコントロールを視点に加える必要がある」.

 なお,巻末に講演会などで受けた質問のいくつかをQ&Aとしてまとめ,読者の便宜をはかった.索引と合わせ随時ご参照いただければ幸いである.
 2012年 還暦の年に 内山 茂
1 力を察知する Periodontitis & Occlusion
 SPTにおける力のコントロール
 咬合性外傷
 咬合調整/歯の動揺と骨レベルの低下
 咬合性外傷は歯周病の原因になるか?
 歯周病の痛みに力が関係している場合
2 歯列接触癖 Tooth Contacting Habit
 顎関節の痛みと歯列接触癖
3 トゥースウェア・セメント質剥離 Tooth Wear & Cementum Detachment
 トゥースウェア
 アブフラクション
 セメント質剥離
4 咬耗・歯冠破折 Attrition & Crown Fracture
 咬耗・歯冠破折
5 歯根破折 Root Fracture
 歯根破折
 破折歯の経過観察とケア型医療
 ファイバーポストによる歯根破折予防
6 知覚過敏 Hypersensitivity
 知覚過敏とブラキシズム
7 噛みしめ Clenching
 噛みしめに気づく
 噛みしめを防ぐ
 噛みしめから歯を守る
8 補綴後にかかる力 Prosthesis & Overload
 補綴後にかかる力/Case Report
 術者可撤性ブリッジでトラブルに備える

 COLUMN1 SPTにおける炎症のコントロール/歯肉の透明度に注目
 COLUMN2 硬い食べ物は歯によい?
 COLUMN3 一流とメインテナンス

 力についてのQ&A
 索引
 参考文献
 あとがき