やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推せんの言葉
 「乳幼児の口と歯」を主題とした本書の初版が刊行されたのは2005 年でした.当時は,厚生労働省の「健やか親子21」の課題において,母子保健の大きな目標である “子どもの心の安らかな発達促進と育児不安軽減”が採り上げられていました.本書もその主旨に沿った「健診ガイド」です.
 今回の改定版は,2005 年に制定された「食育基本法」も含む内容となりました.その法律の前文には,「子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ,生きる力を身につけていくためには,何よりも「食」が重要である……」とあります.
 本書も初版において,すでに「歯科保健」ではなく,「口腔保健」と位置づけて,口を通したこころと身体の健全育成を目標として,食育の実践をも担ってきました.
 たとえば「むし歯予防」も,胎児期では妊婦の食生活指導,乳幼児期には砂糖摂取のコントロールと,むし歯菌の伝播を防ぐために周囲の人たちの口腔ケアが重要であることを伝えてきました.さらに生後は,乳幼児の食生活や食の習癖,口腔の不慮の事故や感染など,国が掲げている小児保健のすべてと口腔保健とが,密接な関係をもつ時代になりました.そして今年は「母子健康手帳」の歯科に関する部分も,一部が改正追加されました.
 小児科領域でも同じ傾向で,戦後間もない頃は出生1,000 人に対して,乳児死亡数は60人でしたが,いまは2〜 3 人で,世界でも最低の域に達しています.しかし運動が活発になる幼児の不慮の事故死は,先進国の中でも1 位,2 位という現状です.また,予防接種の普及が遅れているという感染症も同様です.事故も感染症もこれを防ぐのは日常生活のあり方にかかっています.ことに0・1・2 歳児は,まだ自分という存在がないのに,毎日が発達の段階だから,事故と感染は避けて通ることができない問題です.予防は大人を含めての生活そのものなのです.これはまさに「乳幼児の口と歯」の問題と同じです.
 健全な歯を保っておいしく食べて快便,家族団らんの中で楽しく会話し,よくかみ,味わっておいしく食べ,食後は口の中をきれいにするという基本的な生活習慣が歯や口の健康を守り,食育にも通じます.
 本書は小児歯科専門医の方々が,日常生活の中での歯をめぐる実際問題を取り上げて解説してくださっていますので,医療従事者だけでなく,保育士さん,幼稚園・小学校の先生方,そしてお母さん方にとって,親切なガイドとしてお役に立つことと思います.
 2012 年5 月
 (社)母子保健推進会議会長
 小児科医 巷野悟郎

はじめに
 2010 年,日本学術会議(内閣府)健康・生活科学委員会子どもの健康分科会から「日本の子どものヘルスプロモーション」という報告書が出されました.その具体的な内容は,現代社会に生きる子どもの生活と健康課題を多方面にわたって審議し,わが国における子どものヘルスプロモーションのいっそうの推進と,取り組むべき具体的課題および提案についてです.そのなかで小児期の口腔保健の重要性が述べられています.すなわち,乳幼児期は,生涯を通じた口腔保健の出発点であり,将来にわたる心身の健康を左右するライフステージとしてもっとも重要な期間です.しかしながら,子どもの口と歯の健全な育成を願う気持ちは同じであるにもかかわらず,立場の違いから指導内容に大きな隔たりがみられる場合や,一方的な指導により保護者の方々の育児不安を助長しているとの指摘もあります.また,他職種間ばかりでなく,同一職種間においても見解が異なる情報については,混乱を深めるとともに,保護者は育児に自信を失うことにもなりかねません.そのため,日本小児歯科学会では,ホームページ上(http://www.jspd.or.jp)で,さまざまな情報を提供するとともに,歯科医師をはじめとした子どもの口腔保健にかかわる専門職種間でできるだけ共通認識をもっていただくための活動の一環として,本書を出版しています.
 子どもを取り巻く社会環境の変化に伴い,地域社会の連帯性や共同体としての絆や相互扶助機能の低下ならびに核家族化が進行し,子育て支援・養育機能の低下や各家庭の孤立により,保護者の育児不安や負担はますます大きくなっています.歯科関係者は,1 歳6か月児および3 歳児歯科健診,乳幼児歯科相談あるいは就学時歯科健診などの場において日常的に乳幼児と保護者に接する機会が多いことから,保護者の育児に対する不安やあせりを「気づき」としてとらえやすい立場にあるため,効果的な支援を行うことができる専門職種といえます.そこで,本書を健診の場で活用していただき,保護者の方々の育児不安を少しでも解消し,育児支援に役立てていただければと思います.
 2011 年には歯科口腔保健法が制定され,疾病予防と定期的な歯科検診を受けることが推奨されており,2012 年4 月からは母子健康手帳が改訂されましたので,新たな内容を加えた改訂版として発刊させていただくことになりました.
 母子保健の理念が疾病対策から健康増進や育児支援に大きくシフトした今日では,子どもの保健という目標を1 つにするチャイルドヘルスプロフェッショナル間の連携はきわめて重要であり,ぜひ,歯科医療関係者のみならず,保育所・幼稚園・学校などで子どもの保健に携わる専門関連職種の方々にも参考図書として活用していただくことを切望します.
 2012 年5 月
 一般社団法人日本小児歯科学会
 理事長 朝田芳信
 推せんの言葉
 はじめに

1章 乳幼児の口腔保健の考え方
 1 母子保健の流れと乳幼児健診のあり方
  1.母子保健の考え方も変わってきました
  2.いま,なぜ育児支援が必要なのでしょうか
  3.育児支援型の乳幼児健診を実践するために
   1)継続的な健診・支援を行う
   2)自由度のある公的健診にする
   3)母親に対する保健サービスの拡充をはかる
   4)地域における保健と教育の連携を深める
 2 いま,乳幼児歯科健診に求められるもの
  1.育児支援としての歯科健診
  2.育児支援を実践できる健診関係者像
  3.育児支援・生活支援型の口と歯の健診
 3 乳幼児期における口の健康の意義
  1.なぜ,歯科保健でなく口腔保健なのでしょう
  2.心身の発育と口の機能発達
  3.口の機能発達を支えるもの
 4 保護者への働きかけ
  1.何が育児不安を生じさせているのでしょう
  2.育児不安を解消するアプローチ
  3.育児支援としての保護者への働きかけ
 5 関連他職種との連携
  1.乳幼児を取り巻く環境
  2.口腔保健の維持・向上のための関連専門職種との連携
2章 乳幼児の口腔健康診査のポイント
  健診時の心構え
  母子健康手帳の使いかた
  母子健康手帳のみかた・書きかた
  口腔の模式図・乳歯列の模式図
  乳歯の萌出時期の図・乳歯の萌出時期
 1 乳児の口腔健康診査
  基本的な考え方
   (1)歯の状態
   (2)歯肉・粘膜の状態
   (3)口の機能の状態
   (4)歯ならび・かみ合わせの状態
   (5)歯の汚れの状態
   (6)その他
 2 1 歳6 か月児の口腔健康診査
  基本的な考え方
   (1)歯の状態
   (2)歯肉・粘膜の状態
   (3)口の機能の状態
   (4)歯ならび・かみ合わせの状態
   (5)歯の汚れの状態
   (6)その他
 3 3 歳児の口腔健康診査
  基本的な考え方
   (1)歯の状態
   (2)歯肉・粘膜の状態
   (3)口の機能の状態
   (4)歯ならび・かみ合わせの状態
   (5)歯の汚れの状態
   (6)その他
 4 4〜 5 歳児の口腔健康診査
  基本的な考え方
   (1)歯の状態
   (2)歯肉・粘膜の状態
   (3)口の機能の状態
   (4)歯ならび・かみ合わせの状態
   (5)歯の汚れの状態
   (6)その他
3章 相談・保健指導のQ&A −こんな質問にこんな答え方−
 1 哺乳,離乳・卒乳,哺乳ビンの中止
   Q1 寝つきが悪く,夜泣きをするため,添い寝をして母乳を与えてしまいます.やめるべきでしょうか.また,むし歯を予防する方法はありますか
   Q2 ゴム乳首で授乳すると,かむ力が弱くなったり,十分に発達しないと聞き,心配です.かむ力を強くするゴム乳首があるのでしょうか
   Q3 離乳のモグモグ期(中期)にスプーンで離乳食を与えていますが,こぼしたり吐き出したりして離乳が思いどおりに進みません.どのような注意が必要でしょうか
 2 口の癖(指しゃぶり,おしゃぶり,口唇閉鎖不全)
   Q1 3歳半になりましたが指しゃぶりがやめられません.上の前歯が前のほうへ出てきたようで,歯ならびが心配です.大丈夫でしょうか
   Q2 2歳を過ぎてもおしゃぶりを離せません.このまま使っていてもよいのでしょうか
   Q3 4歳になります.鼻も詰まっていないのにいつも口をポカンと開けているのですが,放っておいてもよいのでしょうか
 3 舌小帯と上唇小帯
  《舌小帯》
   Q1 生後1 か月の新生児です.舌が短いような気がしますが,授乳には特に支障をきたしていません.心配ないでしょうか
   Q2 5歳の子です.舌で上唇をうまくなめられず,舌を前に突き出すと先端がハート型にくびれます.このまま様子をみていてよいのでしょうか
  《上唇小帯》
   Q1 1歳6 か月の子ですが,上唇小帯が前歯のすぐ近くまで伸び,前歯にすき間があります.心配ないでしょうか
   Q2 2歳6 か月の子ですが,上唇小帯が前歯の間まで伸びていて歯みがきがしにくくて困っています.どうしたらよいでしょうか
 4 歯みがき
   Q1 どうしたら歯みがきの習慣がつくのでしょうか
   Q2 子ども一人に歯みがきを任せておいてよいものでしょうか
   Q3 子どもに歯みがきをしようとすると嫌がります.どうしたらよいでしょうか
 5 食べ方
   Q1 4歳児です.よくかまないで食べているようなのですが,大丈夫でしょうか
   Q2 食べものを口にためてなかなか飲み込まないようですが,心配ないでしょうか
   Q3 好きなものしか食べないので心配です.どうしたらよいでしょうか
 6 食生活習慣
   Q1 赤ちゃんに母乳を与える間隔はどのくらいがよいのでしょうか
   Q2 2歳児ですが,寝る前に何か食べたがります.食べた後そのまま寝てしまうこともあるので,むし歯になりそうで心配です.どうしたらよいでしょうか
   Q3 4歳児ですが,朝食を摂らないことが多いので心配しています.毎日,朝食を摂らせるにはどうしたらよいでしょうか
   Q4 5歳児です.食事の量が少なめなので気になっています.しっかりと食べさせるにはどうしたらよいでしょうか
 7 乳歯の変色・着色
   Q1 3歳児ですが,ほかの子どもたちと比べると,前歯の表面が茶色くなっているようにみえます.特に歯ぐきに近いところが濃くなっています.むし歯でしょうか
   Q2 4歳児です.3 か月前に転んで上の前歯2 本をぶつけました.2 本とも色が変わり,しばらくして左のほうはもとに戻りましたが右は戻りません.放っておいてもよいものでしょうか
   Q3 5歳児です.奥歯の溝で黒くなっているところがあります.むし歯でしょうか
 8 フッ化物を応用したむし歯予防
   Q1 フッ化物を使うとむし歯にならないのでしょうか
   Q2 むし歯予防のために家庭でフッ化物洗口をしたいのですが,どのようにするのでしょうか
   Q3 フッ化物歯面塗布は,何歳からしてもらうとよいのでしょうか
   Q4 歯科医院で買ったフッ化物配合歯みがき剤はどのように使用するのでしょうか
 9 代用糖の応用
   Q1 砂糖(スクロース)はなぜむし歯をつくりやすいのでしょうか
   Q2 子どものむし歯菌は親からうつるのでしょうか
   Q3 代用糖はどのように利用すればよいのでしょうか
 10 歯ならび,かみ合わせ
   Q1 前歯がデコボコに生えてきました.このままで心配ないでしょうか
   Q2 かみ合わせが反対になっています.このままでよいのでしょうか
   Q3 前歯の歯ならびにすき間があり,気になります.放っておいてもよいのでしょうか
 11 重症むし歯
   Q1 2歳児です.口の中全体に重症なむし歯があるといわれました.ジュース類が好きなので,毎日飲ませていますが,歯みがきをがんばればむし歯の進行は止まるでしょうか
   Q2 3歳児健診で,重症むし歯のため治療を受けるようにいわれました.でも,怖い思いをさせて,生えかわる乳歯を治す必要があるのでしょうか
   Q3 5歳児です.むし歯で奥歯がほとんど溶けてしまいましたが,どのような治療をするのですか
4章 障害・疾患のある子ども
 1 障害児・有病児への対応
  1.健診における障害児・有病児のとらえ方
   1)子どもの障害や疾患を認識している保護者への対応
   2)子どもに障害や疾患があるのではないかと不安な状態の保護者への対応
    相談・面談の際に注意すべきこと
  2.障害児の歯科的特徴
   1)それぞれの障害によくみられる歯科的特徴や傾向
   2)障害児に共通してみられやすい歯科的特徴
  3.有病児の歯科的特徴
   1)それぞれの疾患によくみられる歯科的特徴や傾向
   2)有病児に共通してみられやすい歯科的特徴
 2 障害児・有病児の口腔保健
  1.障害児の口腔保健
   1)障害児の歯科保健指導
   2)おもな障害と歯科保健指導の実際
   3)摂食・嚥下障害に対する指導
  2.有病児の口腔保健
   1)先天性心疾患の子どもへの対応
   2)血友病の子どもへの対応
   3)白血病の子どもへの対応
5章 歯の外傷
 1 診査・診断
  1.歯の位置がずれている(陥入,転位など)
  2.歯が欠けている(破折)
  3.歯の色が変わっている(変色)
  4.歯肉が腫れている(膿瘍形成)
  5.歯がなくなっている(歯の喪失)
  6.歯がかみ合わなくなっている(低位咬合)
  7.歯が動いている(動揺)
  8.かむと痛みがある(咬合痛)
   歯の外傷についての問診の取り方
 2 処置と経過とその注意点
  1.外傷に対する応急処置
   1)応急処置の必要性
   2)応急処置の基本
  2.外傷に対する治療
   1)歯がグラグラしたり,ずれたとき(脱臼[動揺,転位],歯の根の破折,歯槽骨の骨折)
   2)歯がめり込んだとき( 脱臼[陥入])
   3)歯が抜け落ちたとき(完全脱臼,脱落)
   4)歯が折れたとき(破折)
   5)口の中が傷ついたとき(軟組織損傷)
  3.経過における注意点
   1)すみやかな受診
   2)変色
   3)経過観察の必要性
   4)習癖の存在
  4.外傷の予防
   1)乳幼児の外傷
   2)予防の具体策

 コーヒーブレイク
  「健やか親子21」と日本小児歯科学会
  育児のしおり
  小児科と小児歯科の保健検討委員会
  要観察歯:CO(シーオー)について
  食育
  妊婦歯科健診

 文献
 索引
 執筆者一覧