やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 2007年に発行しました『劇画でみる,これだけはしてほしい歯科医院の救急対処 AHAガイドライン2005準拠』は多くの方に読んでいただくことができて大変光栄に存じます.また同時に多くのご意見を頂くことができ,その関心の高さには感心いたしました.本来この資料を少しだけ改良して使用するべきでしょうが,アメリカ心臓協会は2010年にガイドライン2010を発表し,内容が大きく変わってしまいましたので,再度作り直す必要が生じてしまいました.
 昨今,日本でも各地で変更内容が説明されるようになりましたが,まだその全貌を理解するにはもう少し時間が必要なようです.そこで少しでも早く皆さんの理解を深めることができるようにと考えて,この本を新たに作成しました.今回は極力先の内容に変更を加えたかたちにし,特徴としては変更点については学術的な説明を加えて,できるだけ読者の皆さんに変更理由を理解していただこうと努めました.そのため随所に論文紹介が入ることになりました.これによって少しでも救急蘇生法の習得にお役に立てることができ,歯科医療界における事故が減るようになることを願っております.
 著者

趣旨
 本書は歯科医院内で発生しうる緊急事態として,歯科医師が独自の判断で対処することが可能である,または必ず対処しなければならないものとは何か?を考えて,それらの対処法を流れ図(以下アルゴリズムと言います)で作成しました.ここではアメリカ心臓協会(American heart association:AHA)の一次救命処置(Basic life support:BLS)のガイドライン2010を基準としました.
 緊急事態への対処の基本とは今までのガイドライン2005では,
 (1)意識,反応を確認すること
 (2)呼吸を確認すること
 (3)循環状態を確認すること
 でしたが,新しいガイドライン2010ではこの(1)と(2)を同時に行い,そして脈を確認したらすぐに30:2の心臓マッサージと人工呼吸という流れに変更されました.実はこれによってより手順は単純化されました.このAHAの今回の変更の目的とは,少しでも早く心臓マッサージを開始することです.
 一方,歯科医院で発生する緊急事態とは何であるかを考えた場合には,明らかに「意識・反応が有る」と判断される事態の発生のほうが圧倒的に多いのです.多くの緊急事態とは,初めのうちはほとんどが「意識が有る」状態ですから,まずそうした状況に対して即座に,そして間違いなく対処できるようになることも重要であり,そうした知識や技術の習得にも力を注ぐ必要があります.
 緊急事態に遭遇すると,頭の中が真っ白になり,何をどう考えて良いかわからなくなりがちです.したがって,考えの手順・方向(アルゴリズム),病態やそれに対応する処置を判断できるように作られなければなりません.大切なのは「いま自分が何をしているか,何を考えなくてはならないか」です.今自分がそのアルゴリズムのどこに相応しているかを常に考えて次に進まなければなりません.
 さて歯科医院で起こりうる緊急事態とは非常に限られたものであることは過去の報告でわかっていますから,本書で扱う緊急対応もこれらに準じて必要最低限とするほうが良いと考えました.また混乱がなく,わかりやすいようにしなければなりません.また,一般の医療関係者のための救急蘇生法は成人・小児・乳児の3つに分けて,それぞれについて講義と実習が行われており,本来すべてを網羅するほうが良いのかもしれませんが,本書では歯科医師が対処するのは主に成人と小児であることから,乳児を対象とした蘇生法については付録的な説明としました.しかし今回のガイドライン2010では小児と乳児とでは大きな違いはなくなりましたので,小児の対応がわかりますとほとんど問題なく対応できることを付け加えさせていただきます.
 現実的な面から対処法について考えてみますと,歯科医師は急な患者の状態の変化に即座に対応して,静脈路を確保することは多くの場合困難です.現在の大学における卒前・卒後の歯科医学教育の中で十分にトレーニングされていないことにもその原因があります.日常的に繰り返される動作でないので仕方ないのかもしれません.そこで本書では歯科医院で働くひとり,ふたりという少数の歯科医師が,そこにいるスタッフと一緒に確実に行えることに限定するほうが良いと考え,最低限の処置を厳選しました.これについては著者が北米における歯学部での卒後研修制度の中で行われている救急蘇生講習会に参加して,そこで知り得たことを参考にしています.したがって内容はアメリカ合衆国・カナダ方式に似たものになっています.
 最後には,実際の症例や劇画を示しましたので,これを通して少しでも現場の雰囲気を味わっていただき,皆様の理解が深まることを切に願います.
 著者
 序
 趣旨

I 準備 編
 1─常に使用できるように準備するもの
 2─どうして必要なのか?
  1)酸素ボンベ
  2)血圧計
  3)聴診器
  4)フェイスシールド
  5)点滴セット
  6)緊急薬剤
  7)オプション
II 心肺蘇生術 編
 1─アメリカ心臓協会の示した一次救命処置(ガイドライン2010とは何か?)
  要点 成人は思春期以降,小児とは1歳以上
 2─救命の連鎖
   要点 救急蘇生はABCでなく,CAB
   Background ガイドラインの変更G2000〜G2005で,改善されたか?G2010に期待されるものとは何か?
   Background 「見て・聞いて・感じて」がなくなる:心臓マッサージ開始が遅れ,貴重な時間を逃さないため
   Background 死戦期呼吸はわかりにくい.呼吸と間違って人工呼吸をしない事例がある,医学生でもわかりにくい
   要点 死戦期呼吸は正常の呼吸と見分けることが難しい.だから,呼吸の確認をした後,脈でも心停止を確認するものです
   要点 意識の無い成人では通報が先.意識の無い小児では心肺蘇生術の後に通報
 3─救助するものが,ふたり以上居る場合
 4─救助するものが,ひとりしか居なかった場合
  (1)成人では
   要点 成人の心肺停止ならば,通報のために現場を離れ,戻ってきてから心肺蘇生術
  (2)小児では
   要点 発見が遅れた小児の心停止には,心肺蘇生術を2分間行ってから通報
 5─成人の救命処置
  (1)始める前に
  (2)反応と呼吸の同時確認
  (3)119番通報
  (4)脈の触知
   要点 脈拍の確認には5秒以上,しかし10秒以上はかけない
   要点 心臓マッサージは1分間に100回の速さ,押した後は確実に胸が戻るように
   要点 局部圧迫は,胸の真ん中で胸骨下半分の位置,深さは5cm以上で
  (5)AEDの到着
  (6)救急隊の到着
   要点 呼気吹き込みは1秒で,吹き込みによって胸が確実に上がっていることを確認
   Background 心臓マッサージの効果とは何か?
   Background 胸骨圧迫・換気はなぜ30:2か?
   Background 胸骨圧迫の手の位置について
   Background 心マの深さは2インチ以上のほうが蘇生率は良い?
   Background 心マの速さを100回以上とすることの利点とは?
   Background 脈の確認は時間がかかるし,正答率は低い
   Background 胸骨圧迫後の不十分な胸の戻りや過換気は,蘇生率の低下に繋がる?
 6─小児の救命処置
  (1)反応の確認
  (2)周囲に人が居るか居ないかを確かめる
  (3)脈の確認
   要点 小児の心拍数60以上は心停止へのプロローグ
  (4)脈が無ければ心臓マッサージ(脈が60以下であるなら心臓マッサージ)
   要点 1人法は成人小児とも胸部圧迫:人工呼吸=30:2小児の2人法のみ胸部圧迫:人工呼吸=15:2
  (5)AEDが有ったら使用する
  (6)救急隊が到着
 7─AEDを使用した治療アルゴリズム
 8─AEDの実施法
  (1)始める前に
  (2)反応の確認
  (3)119番通報とAEDの要請
  (4)自発呼吸が有る場合
  (5)自発呼吸が無い場合
  (6)頸動脈の触知
  (7)脈拍有り
  (8)脈拍無し
  (9)AEDの到着
   要点 AED,せめて初めに電源だけは入れること
   要点 電極を貼る位置は大丈夫?何かあるか?濡れていないか?
  (10)“ショックが必要です”
   要点 ショックの前に全員が離れていることを確認
   要点 ショックは1回,終わったらすぐに心臓マッサージ
  (11)“ショックは不要です”
   要点 “ショックは不要です”は,必ずしも心肺再開ではない
   Background AEDを乳児でも使用可とする場合:手用が望ましいが,AEDでもし小児用のパッドが無くとも成人用でも可能.具体的事例を基に考える
    小児・乳児ではABC・CABか?
   Background AEDによるショックが先かCPRが先か?
   Background AEDによるショックまでの心マの中断時間は短くするほうが良い
   Background AEDによるショック後の心マは危険ではないのか?
   Background 除細動の電圧は3000ボルト.「離れて,離れて!」
 補足─乳児の救命処置
  (1)反応の確認
  (2)とりあえず周囲に人が居ないかを確かめて,居たら声をかけて応援を頼む
  (3)脈の確認
  (4)人が居なくて応援を頼めなかったら,助けを求めに近くの電話まで走りましょう
  (5)絶え間なく心臓マッサージと人工呼吸を繰り返します
  (6)救急隊が到着
 9─成人の気道異物の排除
   要点 気道閉塞の質問はひとつ「詰まりましたか?」
   要点 剣状突起は決して押さない
   要点 口の中にむやみに指を突っ込まない
   要点 確実に呼気が入りますか?入れなければ頭部後屈のやり直し
 補足─乳児では
   Background 窒息が解除できたが,意識が無い,次にどうするか?
   Background 輪状軟骨圧迫法(Sellick法)は成人では推奨されなくなった
   Background 溺水への対応はCABではなく,やはりABC
   Background Hands only-CPRはなぜ成り立つか?
III 歯科緊急事態 編
 1─まず意識の確認,しかしその前に
   要点 痙攣は,ぶつからないように保護.そして気道を確保
 2─意識レベルの有無の確認
   要点 肩を叩いても反応無しは,JCSで3桁の意識障害
   要点 ショック症状は顔面蒼白,ぐったり,冷や汗,弱い脈拍,息苦しさ
   要点 あえぎ(死戦期)呼吸は呼吸では無い
 3─呼吸苦の確認
   要点 呼吸苦では,呼吸数,呼吸の深さ,頸部・胸部の呼吸音をチェック
  (アナフィラキシーショック)
   要点 異物による気道閉塞は突然発症.気道浮腫による閉塞は徐々に進行
   要点 アナフィラキシーにはエピペン(R)(アドレナリン)注射が有効である
  (喘息発作)
   要点 患者自身が喘息発作であることを自覚でき,吸入器を所持していた場合には吸入してもらう
  (過換気症候群)
 4─胸痛の確認
  (「胸部痛有り」の場合)
  (以前にニトログリセリンを服用したかどうか?わからない人の場合)
  (以前にニトログリセリンを服用したことが有る人の場合)
   要点 以前にニトログリセリンを服用したことが有るかを確認
  (「胸部痛無し」の場合に考えなければならないもの)
   要点 神経性(デンタル)ショックは急激な痛みを契機に発症する
   要点 脳卒中は発見したら急いで病院へ
 5─「意識無し」「自発呼吸有り」の場合の進め方
   要点 緊急時の輸液は生理食塩水
   Background 世界では歯科治療中にどんな事故が起きているか?
   Background ACSにおけるアスピリン投与は有効であるが通報が優先されるというお話
   Background アナフィラキシーへのアドレナリン投与は1回に
   Background 脳卒中へは直ぐに対応することが重要
IV 劇画 編「ある日,歯科医院で」AHA Guideline 2010準拠
V 実録 AED
VI おわりに

 参考
 索引

 Quetion
  Q─1 酸素ボンベの使い方は?
  Q─2 痙攣(けいれん)って何?
  Q─3 意識程度の判定とは?
  Q─4 それは本当にアナフィラキシーですか?
  Q─5 エピペン(R)とは?
  Q─6 喘息発作って何?
  Q─7 サルブタモール吸入薬(サルタノール(R))とは?
  Q─8 では,ペーパーバック法とは?
  Q─9 胸痛は何で起こるの?
  Q─10 危険な胸痛とは?
  Q─11 急性冠症候群(Acute coronary syndrome:ACS)って何?
  Q─12 ニトログリセリン(ニトロペン錠(R))
  Q─13 昏睡位とは?
  Q─14 脳卒中とは?
  Q─15 片麻痺って何?
  Q─16 脳卒中の臨床所見とは?
 ●付録
  Basic Life Support(BLS)一覧表G2010
  緊急事態の考え方