やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば
 私たち日本歯科大学附属病院2階には,無機的になりがちな病院の中にあって,木の扉をもち,やわらかな光が洩れてくる,不思議な小部屋があります.小さな子どもたちが母親に連れられて入って行きます…….かわいそうに,ここで子どもたちは痛みに耐えて歯の治療を受けているのでしょうか?
 1時間ほどすると,子どもたちはニコニコ笑ってこの部屋から出てくるではありませんか.いったいこの部屋では何が行われているのでしょう?同じ待合室にいるほかの患者さんはいつも不思議に思っているのです.
 私たちの口腔介護・リハビリテーションセンターには,食べることやしゃべることの相談のために多くの親子が訪れます.この部屋では,子どもたちは持ってきたお弁当を食べたり思いっきりおしゃべりしたりしているのです.敬遠されがちないわゆる歯の治療とは無縁な空間なのです.
 これまでにも,発達期の摂食・嚥下障害や言語障害に関する書籍は数多く発刊されており,その理論や訓練法を知る機会は十分にあると言えるかもしれません.しかし,子どもたちの障害や療育者の悩みはさまざまで,教科書どおりに解決できることばかりではありません.私たち自身,さまざまな療育者の方々や当の子どもたちに多くのことを教えてもらっていることに気づくことが多いのです.また,療育者向けの本はいくつか出ていますが,いかんせん専門家的な視点から抜け切れず,かえって療育者の混乱を招いている側面もあるかもしれません.
 本書は,療育者の方,摂食指導に携わる特別支援学校の先生や保育士などの方々が,日ごろ悩んでいることがらを通して,食べることを考えるといった構成で,「そうだったのか!」と目からうろこが落ちるような「読み物」であることも目指しています.ときとして煮詰まりがちな,子どもたちと療育者,指導者と療育者との関係が良好でいられるようにとの願いも込められています.
 著者の田村文誉先生のあたたかなまなざしを通しての,楽しく美味しく,食べたりおしゃべりすることを目指しての歩みに触れていただき,そしてこの本のいずれかのページが,子どもたちの日々をより豊かにする一助となることを願っています.
 2009年春 菊谷 武
 日本歯科大学附属病院口腔介護・リハビリテーションセンター長

はじめに
 この本の魁である『上手に食べるために』を上梓したのは,いまから4年前の2005年のことでした.当時,私たちは,日本歯科大学附属病院口腔介護・リハビリテーションセンターで,小児の摂食指導外来を立ち上げたばかりでした.
 それまでにも,食べる機能についての多くの素晴らしい既存の本がありました.しかし,この問題に悩んでいる家族や,医療関係者以外の職種の方たちには,解剖や生理の話がたくさん載っているそれらの本は,難しく非常にとっつきにくいものが多いようでした.私たちは,「お子さんの一番近くにいる人たちにこそ,使える情報が必要なのではないか?」という思いから,『上手に食べるために』を企画しました.そして今回は,食べる機能に障害のあるお子さんと彼らを取り巻く人たちに向けて,より具体的なサポートをしたいと考え,本書を執筆することになったのです.
 いままで,実際の摂食指導の場面で,たくさんの「ハッとすることば」を聞くことがありました.同じようなことで悩んでいる人たちが,このことを知ったらきっと頑張れるのではないか?と感じる場面にもたびたび出会いました.そこで,これまで経験したたくさんのことばや場面を,紹介させていただくことにしたのです.
 この本では,私たちがいままでに出会ったお子さんたち,お母さんたちの様子をもとに,さまざまにアレンジして書きました.ですから,登場人物はみな架空の人たちです.
 そして,本書には,摂食指導を行った時期や食べる機能に変化があった期間などについても書きましたが,どれにも個人差がありますので,あまり数字にとらわれることなく読んでいただきたいと思います.摂食指導の一般論や方法については既存の多くの良書にゆずり,この本からは摂食指導の「mind」について,感じとっていただけたらと思っています.
 これまで摂食指導の場面で多くの示唆を与えてくれたお子さんたち,お母さんたちなくしては,本書の出版はありえませんでした.また,小児科医の今井庸子先生,言語聴覚士の西脇恵子先生にはそれぞれのご専門についてご助力いただき,そして,前回に引き続き本書の企画に賛同し,出版への実現に向かって手助けしてくださいました医歯薬出版に感謝申し上げます.
 この本が少しでも食べることに悩み苦しんでいるお子さんと,それを支える方々の助けになれば,このうえない喜びです.
 2009年2月 田村文誉
1章 こんなことに悩んでいます!
 1 食べないから大きくならない?
 2 せっかく作っても食べてくれない
 3 気管喉頭分離はしたけれど
 4 ミルクしか飲まない
 5 唇が富士山みたいな形
 6 食べることに興味がなさそうで,栄養剤ばかり飲んでいる
 7 鼻から食べ物が出てきてしまう
 8 口が開かないのは,顎が動かないため?
 9 食べると吐いてしまう
 10 美味しい物を食べさせたい!
 11 周りが見えていない
 12 自分で食べられるようになってほしい
 13 わざと口から出しちゃうみたい
 14 舌がハート型なのはなぜ?
 15 生まれてから一度も食べ物を味わったことがない!
 16 食べるときにピチャピチャ音をたてる
 17 持ちやすいように,曲がったスプーンを使わせている
 18 経管依存?
 19 ママの経管依存?
 20 食べるのがすごく早い
 21 下唇を巻き込んでしまう
 22 寝て食べたほうがよいの?
 23 噛めるの?
 24 気が散ってなかなか食事が終わらない
 25 食べるときに片手しか使っていない
2章 どうしたらよいでしょう?
 1 気管切開をしている場合に気をつけることは?(今井庸子)
 2 呼吸器リハビリテーションについて教えてください(今井庸子)
 3 胃食道逆流は食べることにどんな影響がありますか?(今井庸子)
 4 体の側弯は進みますか?(今井庸子)
 5 摂食指導はいつごろから始めればよいのですか?
 6 大人の場合も摂食指導は効果がありますか?
 7 哺乳瓶がやめられません
 8 口を閉じないのはなぜ?
 9 うちの子,偏食ですか?
 10 涎はいつごろまで出ているのでしょうか?
 11 大人と同じ食べ物が食べられるのは,何歳くらいになってからですか?
 12 経腸栄養剤について教えてください(今井庸子)
 13 体重がなかなか増えず不安です(今井庸子)
 14 口の動きがよくなると,ことばを話せるようになりますか?(西脇恵子)
 15 いつごろからことばの訓練をしたらよいのですか?(西脇恵子)
3章 摂食指導と摂食機能訓練
 1 障害のあるお子さんへの摂食指導
 2 食環境を整える
  1)姿勢 2)食器具 3)雰囲気
 3 食の内容への配慮
 4 摂食機能訓練
  1)間接的訓練 2)直接的訓練
4章 摂食機能の基本的知識
 1 摂食・嚥下機能とは
 2 子どものからだ
  1)口の中(口腔と咽頭)の形 2)哺乳機能から摂食・嚥下機能へ
 3 摂食機能の発達とことばの発達との関係(西脇恵子)
  1)前言語期 2)単語の獲得期 3)構文の獲得期
 4 摂食機能の発達
  1)口唇閉鎖機能を獲得する 2)舌で押しつぶす動きを獲得する 3)咀嚼の動きを獲得する 4)自食の準備 5)離乳の完了 6)自食機能の獲得
 5 摂食機能障害(今井庸子)
  1)原因 2)摂食機能障害を呈する疾患

 『上手に食べるために-発達を理解した支援-』目次
 さくいん