やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 仕事を始めた頃は誰でも新しい知識・技術の習得に熱中し,緊張感のある日々を送ることができていたはずだ.しかし,一定の水準に達してしまうと,仕事に新鮮さが感じられなくなり,マンネリ化する場合がある.そうなれば,その仕事に満足感を感じることができなくなってしまう.
 「幸福の反対は不幸ではない」ことが,多くの研究者によって言及されている.たとえば,イギリスの哲学者,数学者であるバートランド・ラッセル(1872〜1970)は著書『幸福論』(1930年)の中で,「幸福の反対は不幸ではなく,退屈である」としており,20世紀を代表する経済学者であるジョン・メイナード・ケインズ(1883〜1946)も,「退屈は経済的豊かさを克服した後に人類が直面する最大の危機である」としている.このように,多くの研究者が指摘するのは,幸福の反対概念は不幸ではなく,退屈や無力感だということである.
 それではどのようにすれば,自分の仕事を充実感のあるものにできるのであろうか.第一には,創意工夫によって仕事のプロセス自体を創造的なものにすることである.具体的にいえば,常に新たな課題を発見し,その追求をみずからに課し,課題解決に挑戦し,その成果を社会に発信することである.それによって,他者に喜んでもらったり,他者から称賛されたりすることで,自分が社会の中に位置付けられていることや社会に役立っていることを自覚でき,自己の存在意義を確認することができる.
 そして第二は,自分でラボを開業することである.直面する課題の幅が広がる分,仕事に対する新たな緊張感が生まれ,生きている喜びや生きている実感を味わうことができ,生きる意味(生きがい)にもつながるのではないだろうか.自分でラボを始めようとするとき,いまの勤務先からなぜ独立したいのか,どのようなラボにしたいのかという理由や動機があるはずである.生きがいを感じるために,それらを実現させる取り組みとして,ラボの開業を捉えてみるのもよいだろう.
 しかし,ここで注意しておきたいのが,歯科技工士には往々にして,技術者としての自負はあっても,経営者としての意識に欠ける傾向がみられることである.開業後のラボワークとラボの維持運営は“別物”であり,技術や感性に優れた歯科技工士が,優良なラボ経営者になれるとは限らないのである.そのためのノウハウを学習する過程こそが歯科技工士の生きがいにつながるとの思いから,本書では「開業までの流れ」「ラボの設計とコンセプト」「さまざまな経営課題への取り組み」「ラボの業務管理」について,実例を示しながら解説することを試みた.ラボの開業・経営について「困ったときの一冊」として,読者諸氏の一助となれば幸いである.
 2014年晩秋
 山口佳男(日本歯科大学病院歯科技工室)
 島 隆寛(シケン)
 大畠一成(デンタル・ラボア・グロース)
 序

Part 1 モデルケースから学ぶ!ラボ開業までの道のり
 開業までの道程をたどる((取材協力)加藤俊輔・赤間亮一)
Part 2 開業実例から学ぶ!ラボの設計動線とコンセプト
 (1)歯科技工士マイスターによる品質管理でハイクオリティな技工物を提供(大畠一成)
 (2)地方中核都市にて地域に密着した業務活動を展開(続橋正喜)
 (3)都心の自社ビルに技工・事務・営業部を集約(松浦賢治)
 (4)CAD/CAM業務に特化した審美技工に従事(十河厚志)
 (5)23区内の交通至便なエリアに技工物製作拠点を確保(坂田克己)
Part 3 徹底解説!開業に必要な知識と準備
 1.技術を磨く〜何より必要な“腕”を磨く学術活動とは(宗村裕之)
 2.指針を据える〜経営理念・事業計画書の作成について(島 隆寛)
 3.お金を知る〜開業に必要な資金準備と税制手続(茂木浩之)
 4.場所を探す〜想定外の支出に泣かないために(茂木浩之)
 5.器材を揃える〜得意分野ごとに異なる必要器材(宗村裕之)
 6.ラボを開設する〜歯科技工所開設届の提出(続橋正喜)
 7.取引先を開拓する〜歯科医院から信頼されるプレゼンテーション(野島正美)
 8.ラボの構造設備基準と原価計算を知る〜売上予想を見誤らないためのポイント(野島正美)
 9.CAD/CAMに対する考え方〜損益分岐点を考慮した導入の判断とタイミング(渋澤一良)
 10.人材を募集,雇用する〜経営者の義務と従業員の権利とは(島 隆寛)
 11.売掛金請求マニュアル〜代金回収の流れとトラブルシューティング(阿曽敏正)
Part 4 中〜大規模ラボに学ぶワークフロー管理
 1.ラボの経営管理(島 隆寛)
 2.ラボの企業風土と社会貢献(山賀英司)
 3.ラボの業務特化(阿曽敏正)
 4.ラボの品質マネジメント(渋澤一良)
 5.ラボの経営戦略(野島正美)
 6.ラボの“ブランド”確立(宗村裕之)
 COFFEE BREAK(1)ドイツにおける職場環境基準と原価計算の一例(大畠一成)
 COFFEE BREAK(2)大手ラボから見た個人ラボの強み(島 隆寛)
 COFFEE BREAK(3)歯科技工業における経営管理の考え方(山口佳男)

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