やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 1958(昭和33)年6 月22 日の全国社会福祉大会第二部会において,「重症心身障害児」という用語が初めて採用されました.以来,56 年の歳月が経過したわけですが,重症心身障害という障害概念を法律に定め,そのための福祉体系を整備している国はわが国だけです.
 重症心身障害のある人は世界中に多数いますが,わが国のように医療・教育・福祉を渾然一体として提供している国はほかにありません.1972(昭和47)年頃来日した米国の知的障害の父といわれたG.Turjan教授(UCLA,MD)は,「滞在中に印象に残ったものは?」という質問に「何といっても重症心身障害児施設です」と答えています.1980 年代半ば,スウェーデンの小児神経科医 B.Hagberg教授は,わが国の15,000 床に及ぶ重症心身障害児入所ベッド(当時)を知り,「つくづく羨ましく思う」と絶賛されたそうです.
 こうしてみますと,わが国の重症心身障害児(者)の入所施設,短期入所制度,通園制度,学校教育,その他多くの人たちが創意工夫をこらして実践している家族支援の数々など,そのすべてがわが国独自の創造的所産であり,いわばわが国の文化とさえいえる状況にあると思われます.傲慢だとお叱りを被るかも知れませんが,わが国は,重症心身障害の療育に関するかぎり,先進国であると自負しています.しかし,その成果は,必ずしも本書の執筆者によるものであるとは限りません.
 重症心身障害児(者)の親たちが1964(昭和39)年に「全国重症心身障害児(者)を守る会」を結成したとき,多くの人たちから「そんなに重い障害児を助ける価値があるのか」と言われたり,「役に立たない者に使う税金はない」と言われました.実は,そのような考えをもっていたのは「無理解な一部の人たち」だけではありませんでした.今,この文章を書いているわたし自身もそうだったのです.そのようなわたしたちが,重症心身障害児(者)の皆さんから「ものの本質」とでもいうべきことを次々と教えられてきました.そして今,わたしたちは,重症心身障害児(者)に対してさまざまな配慮を認めてくれているわが国の政治・行政・国民の理解に深い敬意と感謝を抱いています.そのような環境のなかで,わたしたちは誠意を尽くして重症心身障害児(者)にかかわることができるのです.
 重症心身障害児(者)が入所できる施設には大別して2 種類あります.ひとつは,独立行政法人国立病院機構(独立行政法人国立精神・神経医療研究センター病院を含む)に属する74 病院です.もうひとつは,地方公共団体立または社会福祉法人立の重症心身障害児施設127 カ所です(いずれも2014 年4 月1 日現在).従来,後者の施設は施設設立と同時に,社団法人日本重症児福祉協会に加入して相互の連携や職員研修などを行ってきました.それとともに,重症心身障害児(者)に関する施設間格差を是正して施設機能の共通化を図るという目的で,「重症心身障害児の療育指針」を発行(1982 年)しました.
 発行から10 年後には,大きく変わった重症心身障害児(者)を巡る事情に対応するために,日本重症児福祉協会は本格的な療育マニュアルの編纂に着手しました.,1998(平成10)年に刊行された「重症心身障害療育マニュアル」は,内容も大幅に充実させ,広い読者に支えられました.ところが,1997(平成9)年に始まった社会福祉基礎構造改革論議は,2000(平成12)年の社会福祉法ならびに関係法の改正をもたらし,福祉全般の変革が始まり,続いて2003(平成15)年度からは支援費制度が登場しました.それにより法律用語や福祉サービスの仕組みが大きく改定されたことから,2005(平成17)年に「重症心身障害療育マニュアル 第2 版」を発行しました.
 障害者自立支援法から,法の廃止,「つなぎ法」,障害者総合支援法へという紆余曲折を経るなか,日本重症児福祉協会は,2013(平成25)年に,公益社団法人日本重症心身障害福祉協会に移行いたしました.新しい公益法人としてのさまざま事業展開のひとつに「ガイドライン委員会」が執行する事業があります.このガイドライン委員会ならびにそのなかに設置された編集委員会により,よりいっそうの公益性に向けて重症心身障害児(者)の療育に関する標準的・実務的なガイドラインとして「新版 重症心身障害療育マニュアル」が編纂,刊行されました.ここにその労苦をねぎらい,深く感謝いたします.読者の皆様には,忌憚のないご批判やご意見をお寄せくださいますようお願い申し上げます.
 終りに,「重症心身障害児の療育指針」の発行以来30 余年にわたり,わたしどもの協会が発行する重症心身障害関連の書籍については,医歯薬出版株式会社に格段のご協力をいただいてきました.本書につきましても同様でした.ここに改めて謝意を表する次第です.
 2015年3月
 公益社団法人日本重症心身障害福祉協会 理事長
 岡田喜篤
 はじめに
 執筆者一覧

第1編 基礎編―重症心身障害の基本的理解
 第1章 重症心身障害児(者)の療育と理解
  1.重症心身障害児(者)問題の変遷
   1)重症心身障害を取り巻く社会の変遷(岡田喜篤・石井光子)
   2)重症心身障害の概念と定義の変遷(横地健治)
   3)大島分類・横地分類
   4) 超重症児(者),準超重症児(者),いわゆる動く重症心身障害児(者)(鈴木康之)
   5)重症心身障害医療・福祉の変遷(末光 茂)
  2.障害の概念と療育
   1)わが国の障害者基本法にみる障害の概念(岡田喜篤・三田勝己)
   2)WHOによる障害の理解の仕方
   3)重症心身障害の障害とは
   4)療育について
   5)人権への理解と配慮(自己点検・倫理)(岡田喜篤・平元 東)
 第2章 重症心身障害児(者)の実態
  1.重症心身障害児(者)の状態像の診断と評価(平元 東)
   1)脳損傷の原因診断
   2)原因診断の留意点
   3)合併症の診断
   4)主な医療処置(在宅では医療的ケア)状況の把握と評価
   5)障害程度の把握と評価
  2.重症心身障害の発生頻度と発生原因(松葉佐 正)
   1)発生頻度
   2)発生原因
  3.重症心身障害児(者)の予後とライフサイクル(鈴木康之・舟橋満寿子)
   1)重症心身障害児(者)の予後
   2)ライフサイクルとその課題
  4.重症心身障害児施設入所者の実態の変遷(三田勝己)
   1)個人チェックリストによる実態調査
   2)大島分類からみた入所者の構成
   3)男女の割合
   4)年齢
   5)病因別発生原因
   6)死亡
   7)個人チェックリストの項目と国際生活機能分類(ICF)との対応
第2編 実践編―重症心身障害児(者)にみられる障害と療育の実際
 第1章 総論
  1.健康管理の基本的な考え方(石井光子・平元 東)
   1)重症心身障害児(者)の健康管理の目指すもの
   2)療育のなかにある健康管理の指標
   3)ライフサイクルからみた健康管理
   4)合併症の相互関係
   5)日常的な健康管理としての医療的ケア
   6)日常の健康状態・体調とその把握の留意点
   7)主な健康チェック項目
  2.療育としてのリハビリテーション
   1)基本的な考え方(児玉和夫)
   2)理学療法(平井孝明)
   3)作業療法(岸本光夫)
   4)言語聴覚療法(岸 さおり)
  3.重症心身障害児の教育(飯野順子)
   1)求められているのは,授業改善と専門性の向上
   2)学校の生命線(ライフライン)は,授業である
   3) 授業はコミュニケーションの場,子どもがわかるためのプレゼンテーションを
   4)生涯学習も視野に入れたキャリア発達を促す教育を
   5)授業を,子どものキャリアをつくる「時」として
  4.重症心身障害児の発達支援(赤石正美)
   1)発達支援のポイント
   2)発達の基盤となる環境の調整
   3)年齢に応じた環境の調整
   4)コミュニケーション不全を見直す
   5)「発達支援」について考える
  5.専門性とチームアプローチの考え方(岡田喜篤)
   1)専門性とは
   2) 重症心身障害児施設や重症心身障害児(者)支援における専門性の意味
   3)重症心身障害児(者)にかかわる専門性の特徴
   4)ソーシャルワークの重要性
   5)チームアプローチについて
  6.支える医療としての緩和ケア(山田美智子)
   1)重症心身障害児(者)のライフサイクル
   2)「緩和ケア」の概念
   3)支える医療としての緩和ケア
   4)「最善の利益」とは何か
   5)医療内容の選択
 第2章 各論
  1.運動・姿勢維持の障害
   1)脳性麻痺の概念(児玉和夫)
   2)運動機能の評価
   3)筋緊張亢進のマネジメント(根津敦夫)
   4)変形・拘縮に対する整形外科的対応(菅野徹夫)
  2.知的障害(横地健治)
   1)知的障害の概念
   2)適応行動評価
  3.てんかん(小西 徹)
   1)てんかんの症状と診断
   2)てんかんの治療・管理
   3)発作時の対応,てんかん重積症の治療
   4)てんかんの経過・予後
   5)てんかんと日常生活
  4.呼吸の障害
   1)呼吸障害の要因と対応の基本(北住映二)
   2)気道の通過障害(狭窄,閉塞)と症状
   3)低酸素症,高炭酸ガス血症
   4)呼吸障害への対応(北住映二・金子断行・井合瑞江)
  5.消化管の障害(石井光子)
   1)便性の異常
   2)嘔吐
   3)胃食道逆流症
   4)腸閉塞(イレウス)
  6.摂食嚥下の障害
   1)摂食機能の評価と食物形態(尾本和彦)
   2)摂食指導(高見葉津)
   3)嚥下障害の評価と対応(石井光子)
   4)経管栄養法
  7.栄養の障害
   1)栄養状態の評価(口分田政夫)
   2)栄養所要量の算定の考え方
   3)微量元素欠乏など栄養の障害
   4)栄養障害への対応(渡邉誠司)
  8.歯・口腔の障害(尾本和彦)
   1)主な口腔病変
   2)誤嚥性肺炎の予防と口腔ケア
  9.泌尿器科的合併症(徳光亜矢)
   1)神経因性膀胱
   2)尿路結石
   3)尿路感染症
   4)泌尿器科的疾患を考慮する症状
  10.感覚入力とその障害(塩澤悦子・塩澤伸一郎)
   1)感覚とは
   2)感覚はどのように伝わるのか
   3)感覚はどのように発達に影響しているのか
   4)感覚と運動経験の重要性
   5)感覚障害による反応,行動とその対応
   6)環境との関係性
   7)感覚刺激を楽しむ活動
  11.行動障害への配慮・対処(出店正隆)
   1)行動障害のとらえ方
   2)行動障害への対応
  12.その他の障害
   1)体温調節障害(松葉佐 正)
   2)睡眠障害(小西 徹)
   3)骨折(伊達伸也)
   4)褥瘡(吉橋恭子)
   5)生活習慣病・婦人科の疾患(曽根 翠)
   6)内分泌障害(位田 忍)
   7)悪性腫瘍(倉田清子)
   8)感染予防(平元 東)
 第3章 日常生活の支援
  1.生活環境(箱崎一隆・大谷聖信)
   1)快適な環境の提供
   2)部屋の確保,設置
   3)ハードを生かすソフトの大切さ
   4)家庭での介護・支援環境
  2.生活援助
   1)援助の心構え
   2)食事
   3)排泄
   4)更衣
   5)移動
   6)入浴
  3.日中活動(平元 東・伊藤光子)
   1)活動内容
   2)かかわり方の基本的姿勢
第3編 社会編―生活を豊かにするために
 第1章 在宅の実際
  1.NICUの長期入院児の実態(田村正徳・森脇浩一・内田美恵子)
   1)ハイリスク新生児の増加
   2)NICU長期入院児問題
   3)NICU長期入院児の年次的変化
   4)NICU長期入院児の基礎疾患
   5) NICUから呼吸管理をしながら生後1 年以内に転出する児の年次的変化と基礎疾患
  2.在宅の実態(小沢 浩)
   1)重症心身障害児(者)の増加
   2)在宅の実際
   3)調査からみえてきた課題・問題点と今後の展望
 第2章 在宅支援
  1.在宅支援の歴史的背景(小西 徹)
  2.相談支援
  3.短期入所
  4.通所支援
   1)重症心身障害児(者)通所支援の歴史的背景
   2)重症心身障害児(者)通所支援の実際
   3)重症心身障害児(者)通所支援の意義・課題
  5.訪問系サービス
  6.ICTを活用した遠隔医療と地域生活支援(三田勝己・赤滝久美)
   1)ICTを活用した障害者支援の経緯
   2)遠隔医療支援
   3)地域生活支援
   4)展望:格子型ユビキタス情報支援ネットワーク
 第3章 入所支援……(松山容子)
  1.重症心身障害児施設の役割としての入所支援
  2.入所の目的
  3.入所手続き
  4.成年後見人
   1)成年後見制度について
   2)手続き
   3)成年後見登記制度
   4)成年後見人の仕事
 第4章 教育……(飯野順子)
  1.社会生活を支える教育の現状
   1)特殊教育から特別支援教育へ,そして,インクルーシブ教育へ
   2)歴史的変遷〜特殊教育から特別支援教育へ
   3)インクルーシブ教育システムの構築とは
   4)障害の重度・重複化に伴う医療的ケアに関すること
  2.教育のさまざまな形
   1)障害種別を併せた学校の誕生
   2)障害のある子どもが学ぶ場
   3)特別支援学校の教育課程
   4)条件整備
 第5章 家族への支援……(岩城節子)
  1.全国重症心身障害児(者)を守る会
   1)設立の経過
   2)「親の会守る会」の活動
  2.重症心身障害児(者)の親の思い
   1)障害の受容と家族の協力
   2)地域とのかかわり
   3)障害児教育について
   4)日中活動の場の確保
   5)在宅生活を支える制度の活用
   6)入所施設はもうひとつの家庭
  3.重症心身障害児(者)の兄弟姉妹の思い
   1)初めてのきょうだい支援
   2)きょうだいの思い

 索引