やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 「カパンジーをみれば,わかるよ!」
 私の世代かあとに続く誰かが,自身の長い経験をもとに,若い後輩へこのように声を掛けなかったであろうか?症候学,臨床検査の手技あるいは手術時の理解のためであれ,この機能解剖学に記載されている解剖とメカニズムの知識は,われわれの生業の基礎である.
 回避できないが,ときおりうんざりするほど偉大な解剖学者たちの後,Adalbert Kapandji(アダルベール・カパンジー)はその初版本から,機能解剖を理解すること,そしてとりわけ,教えることに関して新しい手段を心得ていた.すべては明白,単純になり,そして読者はこれを読めば少しは知的になったと思い始めることであろう!
 ありがとう,Kap.天才が現実の背後についてくれるとき,すべては簡単にわかるようになる.
 天才はおそらく,きっと百科事典的な文化をつくる.そしてこの巻は上肢と脊椎の巻の後に出版される.
 天才はおそらく,デッサンの線であれ,手術の手際や効率の良さであれ,行いの完璧さに支えられている.
 天才はおそらく,手術に応用するにせよ,あるいは解剖と機能の「なぜ」や「どのように」の説明に応用するにせよ,豊かな想像力を持ち合わせている.
 天才は最後に,非の打ちどころのない教育的なアプローチをもち,それは時間によっても衰えることはない.
 前版よりもよりいっそう完成度を増して豊かになったこの新版が,運動器に興味をもつ学生や開業医,整形外科医,リウマチ医,リハビリテーション医,そしてすべての運動器の治療従事者たちの蔵書のなかに選択されるべきであることを確信している.
 パリ大学レモン・ポワンカレ病院整形外科
 Thierry Judet教授

第6版の序文
 この機能解剖学第II巻の第6版によって改訂作業は完了し,このテーマに関する3つの巻が完結したことになる.
 すべてのシェーマの色づけはパソコンで行ったが,著者にとっては大仕事であった.その結果,シェーマは表現力に富み,説得力のあるものに仕上がっている.このような変貌は適切な意味で,テキストの書き換えへの動機となった.この新版では,すでにあった章に数多く加筆がなされただけでなく,「歩行」「下肢の神経分岐図」など新しい章が加えられ改善されている.
 最後に,「立体的シェーマ」の方針を踏襲するために,読者によって作成される機械的モデルも巻末に掲載されており,これは生体力学の真の実際的な作業になる.前版の複雑すぎたものは削除あるいは簡素化し,また新たに加えたモデルもある.
 前版のタイトル関節の生理学は狭すぎると思われる.そこで,機能解剖学のほうが好ましい.というのは,1965年のこのシリーズの初版以来,機能解剖学の章が,純粋な解剖に関する本のすべてに掲載されるようになったからである.したがって,いまや機能解剖学がタイトルとして相応しく,リハビリテーションの学生だけでなく,すべての医学生,運動器の機能の知識を深めたいと願っている医師や整形外科医にも最適な書物になっている.
 A.I.Kapandji

日本語版編集スタッフへの謝辞
 私の著書の第II巻「下肢」日本語版が出版されるにあたって,初めに,第I巻と第II巻においてすばらしい本を実現させてくれた日本語版の編集者に謝辞を申し述べたい.
 これらは,本を開く前でさえ興味をひくほど,きわめてすばらしい美的センスに満ちている.頁の配置はとても魅力的で,視線は多くの興味をいだきながら次々にシェーマへと移っていく.私は日本語版が,私の著書の外国語版のなかで最も成功したものの1つであることをとてもうれしく誇らしく思っている.
 私はまた,最初の翻訳者であった荻島秀男博士の名声をここにたたえたい.彼は前版を翻訳してくれたが,不幸にもあまりに早く亡くなってしまった.学会で東京を訪れた際には,彼は私を招待し,家族に紹介してくれた….ここに御令室へ心よりお悔やみを申し上げる.
 塩田悦仁医師が2番目の翻訳者である.私は彼がフランス語をすべて完璧に理解できることに感服している.実際上,各外国語版の基準となっていた英語版の出版を待つことなく,彼はフランス語のテキストで翻訳作業が可能であった.その結果,われわれは時間を稼ぐことができたのである….
 彼は正確で緻密な翻訳作業を行って種々の誤りを明らかにし,これらがテキストとシェーマを改善させた.われわれは緊密かつ快く協力し合って改訂作業を行い,それぞれに多くの利益がもたらされた.彼は私の本の精髄を完璧に理解しており,われわれは遠く離れてはいるが良き朋友となっている….私は改めて彼の協力に感謝する….
 私はこの第II巻日本語版が日本の読者たちに評価されることを確信している.
 2010年1月31日
 A.I.Kapandji

訳者の序文
 1965年の初版以来,10か国語に翻訳され世界的なロングセラーとなっている本シリーズの著者自身による20年ぶりの改訂は,3巻目であるこの第II巻(下肢)をもって完結された.著者の序文にも記されているように,これを期にその内容や読者層などを考慮し,タイトルが“Physiologie articulaire“(関節の生理学)から“Anatomie fonctionnelle-Physiologie de l'appareil locomoteur”(機能解剖学-運動器の生理学)に変更された.日本語版もこの際,“Kapandji”を従来の英語読みである「カパンディ」からフランス語本来の発音に近い「カパンジー」に変更し,タイトルを『カパンジー 機能解剖学』と改題した.原著改訂版は,2005年5月に第I巻(上肢),2007年3月に第III巻(脊椎・体幹・頭部)そして2009年10月に第II巻(下肢)が出版された.著者のカパンジー先生が改訂作業に着手されたのは,2001年秋のことであるので実に8年がかりでの完成ということになる.ご自身で1つ1つシェーマをパソコンで作成し色づけされていたことを思い起こすと,ここに無事全3巻が完結されたことは誠に感慨深い.
 第II巻は下肢であるが,今回の改訂版では,「歩行」「下肢の神経分岐図」など新しい章が付け加えられ,内容も一新されている.股関節の軟骨被覆状態と靭帯配置から類推できるヒトの四足から立位への進化,損傷タイプ別に詳述された膝半月損傷の受傷メカニズム,膝の側副靭帯と十字靭帯が解剖学的な付着部の相互関係から安定性を補完し合っていること,膝の安定化因子の概説的シェーマとウィンドサーフィンにたとえた運動力学,足関節の生理学からみた下腿に2つの骨が存在することの意義,足関節と後足部を一体化した不均一運動性自在継手の概念,距骨の形状と脛腓関節の動きとの連動,距骨下関節の詳細な解剖と海上の舟にたとえた運動力学そして下肢の各筋の収縮状態を明示した歩行分析などがとくに興味深い.この第II巻も他の巻と同様,カラー化されたすばらしいシェーマを用いて合目的的かつ合理的に創られている人体の構造と機能が,ユニークな視点でわかりやすく解説されている.前回の原著第5版の日本語版では,その元となった英語版が割愛していたために掲載されていなかった,「関節の機械的模型」も一新されて巻末に掲載されている.これらは生体力学を理解するうえできわめて有用な「立体的シェーマ」であるので,ぜひ作製することをお勧めする.
 今回も,こなれた日本語にする作業を,福岡大学筑紫病院整形外科の医局員の皆に依頼した.毎週月曜早朝の抄読会において,労を厭わず,快くこの作業に協力していただいた張 敬範,秋吉祐一郎,藤沢基之,浅原洋資,稲垣三郎,松嶋 潮,野村智洋の各位に感謝する.巻末の模型や本文に引用してある写真などもまた掲載することができた.医歯薬出版株式会社編集部に深甚の謝意を表する.
 カパンジー先生とメールで連絡をとりながら翻訳作業を行い疑問点を解決したが,まだなおわかりにくい箇所や見当違いで不適切な誤訳も多いことと思う.前2巻に対しては,全国の読者から数多くの的確な御意見・御助言を賜り,増刷の折りに反映させていただいた.この場を借りて厚く御礼申し上げる.第II巻もまた次回改訂の折りに反映させてまいりたいので,お気づきの点があればぜひ御指摘いただきたい.
 現在,カパンジー先生は,集大成として「生体力学とは?」というタイトルで,生体力学全般の概念に関する本を新たに執筆中である.フォーレが曲をつけているヴィクトル・ユーゴーの長編詩「オリンピオの悲しみ(Tristesse d'Olympio)」の1節を引用し,これを脱稿するまでは必ず「神は命を貸し与えてくれる」と言われている.先生は80歳を過ぎた今でもバカンス時期にはモルディブ島やカリブ海のマルティニーク島へ出かけ,空気タンクを担いでダイビングを続けられている.2009年1月には300回目のダイビングで初めてマンタに遭遇したと海中写真を送ってこられたくらいまだまだお元気であり,読者の皆様の許へこの新しい本もそう遠くない将来届けることができるものと確信している.
 改訂が完結した本書全3巻がいままで同様,引き続き数多くの日本の読者の皆様に愛読されることを心から祈念している.
 2010年2月
 福岡大学医学部整形外科 塩田悦仁
 献辞
 序文(Thierry Judet)
 第6版の序文(A.I.Kapandji)
 日本語版編集スタッフへの謝辞(A.I.Kapandji)
 訳者の序文(塩田悦仁)
第1章 股関節
 股関節
 股関節,下肢の付け根の関節
 股関節の屈曲運動
 股関節の伸展運動
 股関節の外転運動
 股関節の内転運動
 股関節の長軸回旋運動
 股関節の分回し運動
 大腿骨頭と臼蓋の方向性
  大腿骨頭
  寛骨臼
 関節面の関係
 大腿骨と骨盤の構造
 関節唇と大腿骨頭靱帯
 股関節の関節包
 股関節の靱帯
 屈曲-伸展における靱帯の役割
 外旋-内旋における靱帯の役割
 内転-外転における靱帯の役割
 大腿骨頭靱帯の生理学
 股関節の適合性因子
 股関節の安定に関わる筋性および骨性因子
 股関節の屈筋群
 股関節の伸筋群
 股関節の外転筋群
 外転(続き)
 骨盤の横方向(側方)の均衡
 股関節の内転筋群
 股関節の内転筋群(続き)
 股関節の外旋筋群
 股関節の回旋筋群
 筋作用の逆転
 筋作用の逆転(続き)
 外転筋群の連続的運動の仕掛け
第2章 膝関節
 膝関節の軸
 膝の側方偏位
 屈曲-伸展運動
 膝の軸回旋
 下肢の全体的構造と関節の方向性
 下肢の全体的構造と関節の方向性(続き)
  膝レベルでの捻転
  脛骨レベルでの捻転
  捻転の結果
 屈曲-伸展の関節面
 軸回旋に対応した脛骨関節面
 大腿骨顆と脛骨関節窩の輪郭
 顆部-滑車側面の決定論
 屈曲-伸展時における脛骨関節窩に対する大腿骨顆部の運動
 長軸回旋時における脛骨関節窩に対する大腿骨顆部の運動
 膝の関節包
 膝蓋下脂肪体,滑膜ひだ,関節腔の容積
 関節内の半月
 屈曲-伸展時の半月の移動
 長軸回旋時の半月の移動,半月病変
 大腿骨に対する膝蓋骨の移動
 大腿骨と膝蓋骨の関係
 脛骨に対する膝蓋骨の移動
 膝の側副靱帯
 膝の側方安定性
 膝の側方安定性(続き)
 膝の前後の安定性
 膝周辺の防御機構
 膝の十字靱帯
 関節包と十字靱帯の関係
 十字靱帯の方向
 十字靱帯の力学的役割
 十字靱帯の力学的役割(続き)
 十字靱帯の力学的役割(終わり)
 膝伸展位の回旋安定性
 膝伸展位の回旋安定性(続き)
 膝伸展位の回旋安定性(終わり)
 内旋位での動的テスト
 前十字靱帯断裂の動的テスト
 外旋位での動的テスト
 膝の伸筋群
 大腿直筋の生理学
 膝の屈筋群
 膝の回旋筋群
 膝の自動回旋
 膝の自動回旋(続き)
 膝の動的平衡
第3章 足関節
 足の関節複合体
 屈曲-伸展
 足関節の関節面
 足関節の関節面(続き)
 足関節の靱帯
 足関節の前後安定性と屈曲-伸展の制限因子
 足関節の側方安定性
 脛腓関節
 脛腓関節の生理学
 なぜ下腿は2つの骨で構成されているのだろうか?
第4章 足部
 足部の長軸回旋運動と側方運動
 距骨下の関節面
 距骨下関節の適合と不適合
 距骨,特異な骨
 距骨下関節の靱帯
 横足根関節とその靱帯
 距骨下関節の運動
 距骨下関節と横足根関節の運動
 横足根関節における運動
 近位足根骨の関節の全体的機能
  内がえし運動
  まとめると
  外がえし運動
  全体として
 後足部の不均一運動性の自在継手
 内がえしと外がえしの靱帯間の連携
  内がえし運動の制限
  外がえし運動の制限
 楔舟関節,楔間関節そして足根中足関節
 遠位足根骨の関節と足根中足関節における運動
 趾の伸展
 下腿の区画
 下腿の区画(続き)
 骨間筋と虫様筋
 足底の筋
  深層
  中間層
  浅層
 足関節と足底の腱溝
 足関節の屈筋群
 下腿三頭筋
 下腿三頭筋(続き)
 足関節の他の伸筋
 外転-回内筋群:腓骨筋群
 内転-回外筋群:脛骨筋群
第5章 足底円蓋
 全体としての足底円蓋
 内側アーチ
 外側アーチ
 前方アーチと横方向の弯曲
 足底円蓋の荷重配分と静的変形
 足の構造の平衡
 歩行時の足底円蓋の動的変形
  第1期:地面との接触
  第2期:最大の接触
  第3期:1番目の運動推進
  第4期:2番目の運動推進
 内がえしの足に対する下腿の傾斜による足底の動的変化
 外がえしの足に対する下腿の傾斜による足底の動的変化
 地面に対する足底円蓋の適応
 凹足
 扁平足
 前方アーチの不均衡
 足のタイプ
第6章 歩行
 二足歩行への移行
 二足歩行の奇跡
 歩行の出発点(Pas Initial)
 歩行の遊脚相(Pas Oscillant)
 歩行の展開
 ステップ
 骨盤の動揺
 骨盤の傾斜
 体幹のねじれ
 上肢の均衡
 歩行に関与する筋
  遊脚肢の前進の初期
  踵による地面への最初の接触
  垂直の片脚支持であるが,足底全体が地面に接しているとき
  前方の不均衡
  両脚支持の終わりの第1の運動推進力
  完全伸展位の支持脚に対する第2の運動推進力であるが,遊脚肢は接地しようとする
  遊脚の初期,他肢は支持脚
  遊脚肢の前方への移動
  遊脚肢の接地
 筋の連鎖と走行
 歩行…それは自由!

 付録
 下肢の神経
 下肢の知覚分布
 解剖学用語集
 参考文献
 日本語索引
 外国語索引
 関節の機械的模型