特集 脊髄損傷の尿路管理−よりよい在宅生活に向けて

特集にあたって

 脊髄損傷(以下脊損)者にとって尿路管理は褥瘡管理と並んで生涯を通じて付 き合わねばならない日常的かつ重大な課題である.かつては多くの脊損者が若 くして腎障害によって命を奪われてきた.Sir Guttman により実証された清潔 間欠導尿法の有効性と世界的な普及,さらにLapides の間欠自己導尿法への発 展によって,かつて死因の上位を占めた腎尿路障害は後退し,戦後の医療・栄 養状況の向上も相まって平均余命も健常者のそれに近づいている.しかし,他 の疾病に比べると少数派である脊損者の抱える合併症の課題はあまりにも多い. 今回われわれはリハビリテーション(以下リハ)分野における代表的ともいえる 脊損の尿路管理に,特に在宅生活に焦点を当てて特集を企画してみた.
 仙石先生にはややもすると難解な脊損尿路管理−神経因性膀胱をわかりやす く解説していただくとともに,尿路管理の原則(腎・尿路の保全,低圧排尿・ 低圧蓄尿,感染や有害な自律神経過反射の防止,ADL・QOL を考慮)を具体例 に示しながら,さらに現在改訂過程にある「慢性脊髄損傷における排尿障害の 診療ガイドライン」(2005 年)の問題点にも踏み込んで解説していただいた.また, 常日頃リハ医を指導されている小川先生には,尿路管理における代表的ともい える間欠自己導尿法についてその長期成績の有効性を健康(腎機能保護),生活 (障害者と介助者のQOL)に適しているかどうかの視点から,前者では小川先 生が提唱されている膀胱変形のgrade に沿って自験例をもとに解説し,間欠自 己導尿法の導入以降膀胱変形が極端に改善されていることを示していただいた. さらに,脊損高位と女性の適応についてはリハ医にとっても頭を悩ます問題で あるが,具体的な工夫について詳述し,また,薬物療法にも言及いただいた.
 高坂先生には自身が開発された間欠バルンカテーテル法について,その開発 の経緯から説き起こし,脊損患者や脳卒中患者,その介護者の苦悩につきあう なかから,具体的に解決するために開発を手掛けられことを直接伺うことがで きた.脊損者の目線で日常生活を診ることの重要性,社会生活を普通に送るた めの工夫,介護者の負担等への配慮等今後多くの分野で適応が拡大していける こと,また留置カテーテル法とは異なることを示されている.百瀬先生には最 近その有用性が見直されてきた膀胱皮膚瘻について適応と手術法についても細 かく言及いただいたが,慎重に選択すれば長期成績も良好である.また在宅管 理についても細かく言及いただいた.特にやりっぱなしではなく継続したケア・ フォローアップ体制を強調されている.松岡先生は行政のなかにいるリハ医と して,脊損ネットワークの創設にかかわり,脊損者の地域での健康管理を担う 医療機関が連携しやすいネットワークづくりを推進されてきた.そのなかで地 域におけるリハ医の果たす役割として自己導尿の導入の手技を習得する段階よ りもむしろ長期的な視野からさまざまな工夫や提案を行うことこそリハ医の役 割として要求されると主張されている.
 今回の企画をとおして今一度わが地域の脊損者の健康管理を見直していただ きたい.

 (編集委員会)

 

オーバービュー:慢性期脊髄損傷患者における尿路管理の実際
   
仙石 淳 乃美昌司
key words 脊髄損傷 下部尿路機能障害 神経因性膀胱 慢性期尿路管理
   
内容のポイントQ&A
Q1 慢性期脊髄損傷患者の尿路管理の実際は?
  慢性期における尿路管理の方針(腎機能・上部尿路の保全,低圧排尿・低圧蓄尿,感染や有害な自律神経過反射の防止,QOL を考慮)に基づくフォローアップによって,現行の排尿方法の適切な実施と,必要時には他の排尿方法への変更を指導する.
Q2 検査法は何を用いているか?
  慢性期尿路管理のフォローアップとしては,1 〜 2 カ月ごとの診察時の検尿(尿沈渣)と1 〜 2 年ごとの腎・膀胱部超音波検査,膀胱造影,排泄性腎盂造影による上部・下部尿路のサーベイランスをルーチンワークとする.
Q3 排尿方法の選択のポイントは?
  尿流動態検査による下部尿路機能障害の評価と脊髄損傷による全身的なADL 評価をもとに,患者のQOL(ニーズ)も考慮して,自排尿から留置カテーテル法までの優先順位のなかで継続可能な排尿方法を検討する.
Q4 「慢性期脊髄損傷における排尿障害の診療ガイドライン」(日本排尿機能学会,2005 年)の概要と課題は?
  慢性期脊髄損傷における排尿障害の診断法と,経過観察を含めた治療法の選択指針がアルゴリズムの形で表示されている.課題としては,泌尿器科専門医以外での実用性の問題と,排尿方法の選択指針において自排尿可能なケースまで間欠導尿を選択する可能性のあることが考えられる.

間欠自己導尿法
   
小川隆敏
key words 脊髄損傷 尿路管理 間欠自己導尿法
   
内容のポイントQ&A
Q1 長期成績からみた適応と実際は?
  間欠導尿法の長期成績は良好である.急性期から早期に間欠導尿に移行し,リスクのない自排尿が可能になれば,間欠導尿を離脱できるが,そのような症例はごくわずかであり,ほとんどの症例が間欠導尿を続けることになる.間欠導尿が不可能な場合は膀胱瘻等の排尿法を選択しなければならないが,安易な適応は避けるべきである.
Q2 女性の場合の工夫は?
  外尿道口を確認できる体位をとることとカテーテルの挿入動作が重要な点である.頸損女性の自己導尿指導は最も困難であり,導尿の体位,導尿器具,導尿方法等を工夫して,個別に対応する必要がある.
Q3 適応すべき高位は?
  頸髄損傷において,どのレベルまで自己導尿可能であるかは重大な問題である.自助具の助けを借りなくてはならないが,一般的には改良Zancolli 分類のC6A が適応の最上位とされている.残存能力を確かめながら,個別に地道な指導が必要となる.
Q4 対応すべき問題点は?
  上部尿路合併症,膿尿/ 細菌尿,排尿筋過活動における抗コリン剤投与の問題,導尿と導尿の間に起こる尿失禁の問題,自己導尿できずに介助導尿に頼らざるをえないときの介護量の問題,尿道括約筋の過緊張による導尿困難の問題等が解決されなければならない.

間欠バルンカテーテル留置法
   
高坂 哲
key words 脊髄損傷 排尿管理 間欠バルンカテーテル留置法 尿路感染症
   
内容のポイントQ&A
Q1 開発の経緯と適応は?
  ・間欠バルンカテーテル留置法のアイデアは,日中トイレ排尿自立であるが夜間は多尿とオムツ排尿で悩んでいた患者の夜間排尿管理法として出発した.
・本法は間欠自己導尿と併用されることが多く,バルンカテーテル留置法の長所である,簡便かつすべての排尿障害(排出・畜尿障害)に対応できる管理法としての有用性を最大限に生かし,長期留置に伴う短所である尿路感染症や膀胱結石等の合併症を最小限に抑えて,排尿障害者の在宅におけるQOL 向上を目的として開発された.
Q2 最適の活用法は?
  ・本法は間欠導尿法との併用が一般的で,間欠導尿法を習得して実施中の患者を対象に,医療施設から在宅生活に復帰する際,バルンカテーテルの一時的留置によりQOL が向上すると予測さる場合,本法を指導している.
・具体的な適応パターンとして,@ 600 ml 以上の夜間多尿例に対し,夜間帯に留置する(ナイト・バルン),Aウイークデイの日中(通勤・通学時)に留置する(デイ・バルン),B旅行や会合・外出時等不定期で留置する(スポット・バルン)の3 つがあげられる.
・留置方法は,間欠導尿法に準じた清潔操作とし,一時的に導尿が困難な場面で半日以内を目安に留置する.
Q3 用具の工夫のポイントは?
  ・本法実施のための簡便な市販セットの紹介.
・マグネット栓(手指巧緻性不良例でも栓の開閉が簡単に行える)の紹介.
・固定水の注入器具(カスタネット型固定水注入スポイト挟圧器).
Q4 合併症予防の方法とは?
  ・尿路感染症予防:定期的検尿検査.毎朝の尿性状観察と抗菌剤の屯用,多飲多尿習慣(2,500 ml 以上/日),排尿日記の記載等の生活指導.
・膀胱結石の予防:定期的腹部単純レントゲン検査.
・尿道損傷の予防:適切なバルンカテーテル留置手技の確認と指導.

膀胱皮膚瘻
   
百瀬 均 西浦絵理
key words 脊髄損傷 尿路管理 膀胱皮膚瘻 ストーマケア
   
内容のポイントQ&A
Q1 膀胱皮膚瘻の適応は?
  脊髄損傷患者における膀胱皮膚瘻の適応は,@間欠自己導尿が可能な上肢機能を有さない,A介助者による間欠導尿を継続できるだけの十分なマンパワーが確保できない,B膀胱壁にある程度の伸展性がある,の3 つの条件を満たす場合であり,さらに膀胱皮膚瘻の長所と短所について十分に理解していることが必要である.したがって,基本的には頸髄損傷患者が対象となる.
Q2 膀胱皮膚瘻の長期成績は?
  膀胱皮膚瘻は,上部尿路障害や腎機能障害,および尿路感染の長期的な予防効果の点では,優れた排尿方法である.一方,術後の体重増減や体型変化によるストーマからの尿漏れ,あるいはそれに起因する皮膚障害の予防および対策に関しては,継続的なケアが必要である.
Q3 改良すべき問題点は?
  術式については既に確立したものであり大幅な改良の余地はないが,筆者らは患者の体型に応じて,ストーマ造設部位を可能な範囲内でずらしたり,皮下脂肪を可及的に除去することで,尿漏れの予防を図っている.

在宅に向けた尿路管理
   
松岡美保子
key words 脊髄損傷 尿路管理 在宅生活 ネットワーク リハビリテーション
   
内容のポイントQ&A
Q1 大阪府の「脊髄損傷(合併症)ネットワーク」とは?
  平成16 年度から大阪府で整備を図ってきた医療機関連携であり,脊髄損傷患者の病態を知ったうえで日常の健康管理を担う地域の医療機関を増やすことと,地域の医療機関と専門医療機関が連携しやすいネットワークを整備・構築することを具体的な目標としてきた.現在,大阪府内134 の医療機関から構成されている.泌尿器科による尿路管理のみならず,リハビリテーションや褥瘡,肺炎等,脊髄損傷合併症にかかわるさまざまな診療科が参画している.医療機関名等は一般に公開されており,診療内容等の詳細な情報は参画医療機関間で共有している.
Q2 ネットワークを支える活動は?
  「一般開業医及び泌尿器科開業医を対象とした脊髄損傷患者診療マニュアル」や当事者向けの「脊損ケア手帳」が作成され,一般にも公開されている.「慢性期脊髄損傷患者の合併症に関する研修会」を開催し,診療技術の向上や顔のみえる関係づくりをしている.
Q3 リハビリテーション医によるフォローアップは?
  平成12 年に回復期リハビリテーション病棟が制度化されてからは,脊髄損傷患者の尿路管理に関してリハ医がかかわる機会が増えているが,尿路管理法の決定に関しては,泌尿器科専門医のかかわりなしに行えるものではないと考える.尿路管理法が確立している慢性期の脊髄損傷患者に対しては,上部尿路障害,QOL を阻害する尿失禁,症候性尿路感染の反復,日常生活に問題となる自律神経過反射が起こらないか等の定期的な検査・確認が必要である.また,在宅生活時期においては,社会参加を妨げない,簡便で失敗の少ない,いつでもどこでも排尿できる方法を提案する等,リハ医が積極的に取り組まなくてはならない領域である.