特集 糖尿病のある脳卒中患者のリハビリテーション

特集にあたって

 近年,脳卒中患者は高齢であり,重度障害をもつ場合が多く,併せて糖尿病,高血圧,心筋梗塞,腎疾患等多くの合併症をもつことが多い.というよりこれらの依存疾患をもたないことがまれである.とくに,医療が必ずしも十分でない回復期ではこれらの内科的な疾患のケアに手が取られてしまい,肝心のリハビリテーション(以下リハ)を十分に行えない場合や増悪や再発などから前医に戻すことも少なくない.とりわけ糖尿病は多臓器にわたり多様な障害をもつため,リハを行うにあたって多様な障害への対応,リスク管理を含め,包括的な治療およびコントロールが必要になる.
 今回の特集では「糖尿病のある脳卒中患者のリハビリテーション」を取りあげ,前半では,諸先生にリハ医療関係者に向けて平易にかつ実際の臨床に役立つ視点からお書きいただくように無理をお願いした.「オーバービュー」ではリハ専門医でもある上月正博先生に,脳卒中に糖尿病があるときにどのような合併症に注意し,どのようなリスク管理を行うか等「包括的リハビリテーション」の視点でお書きいただいた.小林祥泰先生には「脳卒中と糖尿病の基礎知識」として,糖尿病と脳梗塞のかかわりや糖尿病治療が脳血管病変の進行や脳梗塞の発生を抑えることができるのか等,最近の知見も含めてお書きいただいた.原田 卓先生には「糖尿病のコントロール」について,われわれがこだわる急性期−回復期−維持期(在宅復帰後)でのかかわりをいかに行うかをお書きいただいた.
 後半では,リハ医療の第一線の先生方が経験した難渋例から,合併した多様な障害を考慮したリハ処方やゴールの設定,糖尿病のコントロールに苦心したときの対処,食事指導やインスリン注射のデバイスの工夫,在宅での指導や経過観察等,症例について多面的なアプローチをお書きいただいた.網膜血管障害による失明,腎障害が増悪し人工透析に至った症例,末梢血行障害からの切断等といった多様な症例を抱え,身につまされる先生も多いのではなかろうか.退院で終了ではなく,在宅や施設でのケアが継続して必要となること等多くのことを学ばせてもらうと同時に多忙な日常診療のなかで,その場しのぎの医療になりがちになっていることはわれわれ自身も反省させられるとこである.
 本特集で,読者の諸先生に,脳卒中にいまや欠かせなくなった糖尿病の知識やコントロールについてきわめて重要なものを提供できたのではないかと自負するものである.残念ながら,リスク管理という名の下にとかく寝たきりにしてしまうことが多いが,「リハ(運動療法を中心)は糖尿病の大きな治療のひとつである」ということを記銘され,奮い立って積極的なリハを行ってもらいたいと願っている.

 (編集委員会)

 

オーバービュー:脳卒中リハビリテーションと糖尿病
   
上月正博
Key Words 脳卒中 糖尿病 再発 リハビリテーション
   
内容のポイントQ&A
Q1 脳卒中患者において糖尿病合併の頻度は?
  わが国では脳卒中患者の19〜24%に糖尿病を認めたという報告がある.さらに脳卒中回復期リハ患者の76%に耐糖能異常を認め,歩行困難例においてその割合が高い.脳卒中発病前からの耐糖能異常に加えて,脳卒中に起因する身体活動量の低下がインスリン抵抗性を悪化させた可能性が考えられる.
Q2 糖尿病を合併した脳卒中患者は一般の脳卒中患者とどう違うのか?
  糖尿病が動脈硬化性疾患を増加させる影響力は,加齢15年分に匹敵する.糖尿病の合併した脳卒中患者が一般の脳卒中患者と違う点として,(1)合併症の多さ,(2)機能予後不良,(3)リハの留意点の多さ,(4)脳卒中再発率の高さ,があげられる.
Q3 糖尿病を合併した脳卒中患者ではどのような合併障害が起こるのか?
  糖尿病がもたらす障害の基本は血管障害であり,糖尿病性大血管病(脳卒中,冠動脈疾患,末梢血管疾患),糖尿病細小血管病(網膜症,神経障害,腎症),足病変等多様でありかつ全身に及ぶ特徴があり,脳卒中の機能的予後の回復阻害因子になっている.
Q4 リハ施行時のリスクと留意点は?
  あらかじめ運動負荷試験等により,虚血性心疾患の存在等のスクリーニングを行うことが重要である.個々の患者の身体的,精神・心理的,社会的背景および本人の希望の個人差を十分考えて,個々に治療目標を立て,包括的に診療にあたることが肝要である.
Q5 リハは脳卒中・糖尿病の予後を変えるのか?
  リハは脳卒中の機能予後を改善する.適度な運動は脳梗塞の再発予防法のひとつにあげられている.しかし,その推奨する運動量は高めであり,今後,低い運動レベルでも効果があるかの検証も必要である.運動療法は糖尿病の有用な治療法であり,予後を改善する.リハ医とその関連職の有する「技」と「環境」を十分に活用し,多面的アプローチによるトータルケアを通じて,確実な機能予後改善や再発予防を期待したい.

リハに必要な脳卒中と糖尿病の基礎知識
   
小林祥泰
Key Words 脳卒中 糖尿病 起立性低血圧 アテローム硬化 多発性ラクナ梗塞
   
内容のポイントQ&A
Q1 糖尿病が脳血管に与える影響は?
  高血糖(変動性)による酸化ストレスで血管内皮が障害されてアテローム硬化が促進される.
Q2 脳梗塞と糖尿病のかかわりは?
  主幹脳動脈を主体とするアテローム血栓性梗塞だけでなく,多発性ラクナ梗塞においても高血圧に次ぐ有意な危険因子である.また,糖尿病性末梢神経障害,特に自律神経障害により高度な起立性低血圧をきたしやすい.
Q3 糖尿病による脳病変と高次脳機能障害は関係するか?
  糖尿病がリスクとなる多発性ラクナ梗塞は血管性認知症と密接に関係している.
Q4 糖尿病があるとなぜ脳梗塞再発が多いのか?
  血管内皮障害促進のため悪化し続けるアテローム硬化が血管狭窄やプラーク破裂をきたすとともに持続的な血小板凝集亢進をきたし,アスピリン等の抗血小板薬に対しても抵抗性となる.
Q5 糖尿病治療は脳血管病変進行,脳梗塞発症を抑えるのか?
  糖尿病厳格管理だけでは脳梗塞発症は抑制できず,高血圧の厳格管理併用が必要.最近では食後過血糖を抑制することにより血管内皮障害を抑制可能であることや,インスリン抵抗性改善,スタチン併用等で抑制できることが明らかにされている.

脳卒中リハに必要な糖尿病のコントロール
   
原田 卓
Key Words ストレスホルモン 糖毒性の軽減 合併症の評価・治療 在宅での積極的運動療法
   
内容のポイントQ&A
Q1 急性期における血糖値の変化とコントロールの実際は?
  糖尿病例では,脳卒中発症により100%で血糖上昇が報告されている.これはストレスホルモンの上昇によるものであり,約1週間で落ち着くといわれる.また,急性期でのHbA1C値は7%台が多いと推測される.
Q2 回復期に必要な糖尿病のケアは?
  積極的にインスリンを用い,糖毒性の軽減を図るのがよい.同時に合併症の評価・治療も行う必要がある.その後,経口剤に変更することもある.また,再発予防目的にも目標HbA1C値は6.5%未満とすべきである.同時に,血圧・脂質コントロールも十分に行うべきである.
Q3 糖尿病のある脳卒中患者の運動療法はどうあるべきか?
  まずは,合併症の評価が重要であり,病態に応じた運動負荷を施行することとなる.重篤な合併症がなければ,回復のステージに合わせて,リハの目標に合わせた内容を施行すればよい.
Q4 在宅復帰後の管理・指導は?
  家族の協力を得ながら,食事療法・薬物療法の継続を施行する.介護保険の利用とともに,自宅での積極的運動療法を継続するように,指導していくことが重要である.

難渋例から学ぶ 糖尿病のあるケースへの脳卒中リハビリテーション(1)
脳卒中発症前に未コントロールの糖尿病があり,両者の治療を並行し在宅生活に移行した2症例
   
岡田真明
Key Words 脳卒中 糖尿病 運動療法 血糖コントロール
   
内容のポイントQ&A
Q1 リハ計画,ゴール設定は?(通常の脳卒中リハとの違い)
  通常の脳卒中リハの計画に,血糖コントロールを並行する形で実施する.
Q2 糖尿病をコントロールしながら行うリハ(運動療法)は?
  運動療法を行うことで血糖コントロールは容易になり,身辺全介助の症例においては離床を進めることも有効である.
Q3 どこまでリハで行ったか?(内科専門医へのオーダー,連携など)
  単科のリハ病院であり,投薬調整を含めてリハ医が実施した.
Q4 患者への指導は?
  本人・家族への指導をリハ医・看護師・栄養士から実施した.
Q5 症例の経過は?(予後,効果など)
  機能障害程度が異なる症例だが,いずれも血糖安定し,自宅退院した.

難渋例から学ぶ 糖尿病のあるケースへの脳卒中リハビリテーション(2)
維持期にかけての難渋例の経験
   
小林 充 岡部祐二
Key Words 脳卒中 リハビリテーション 糖尿病 維持期 インスリン
   
内容のポイントQ&A
Q1 リハ計画・ゴール設定は?(通常の脳卒中リハとの違い)
  合併症による既存障害の評価を正確に行うことである.リスク管理や体力面で影響の大きいmacroangiopathyや腎症に加え,種々の程度の視力障害や知覚障害は,獲得された能力の現実生活への適応面ではその安定性や汎用性に影響してくると思われる.
Q2 糖尿病をコントロールしながら行うリハは?
  慢性期においては,機能訓練や糖尿病のコントロールさえも包括的なケアの優先順位のなかで判断する必要がある.
Q3 どこまでリハで行ったか?
  地方小規模ケアミックス病院の入院診療において,ほとんどの場合,総合診療志向の主治医+横断チームとしてのリハ機能(リハ医)という組み合わせで対応されている.経験は少ないが,基礎にある糖尿病がI型の場合,糖尿病専門医の協力が必要かもしれない.
Q4 患者への指導は?
  慢性期の場合,患者の障害,家族の介護力,利用可能な医療介護サービスを総合的に勘案して現実的に役割を割り振ることが重要と思われる.
Q5 症例の経過は?
  糖尿病・脳卒中それぞれが大変大きな問題だが,どちらもさらなる合併症の要因となりうる疾病であり,また,高齢であれば整形外科的問題や認知症等の問題や介護力等の背景要素も変化しやすくなる.長期的にはそれら全般に対する包括的な対応力が予後に影響すると思われる.

難渋例から学ぶ 糖尿病のあるケースへの脳卒中リハビリテーション(3)
低血糖のコントロールに注意を要した症例
   
湧上 聖
Key Words 低血糖 インスリン 血糖チェック HbA1C 病歴
   
内容のポイントQ&A
Q1 リハ計画,ゴール設定は?(通常の脳卒中リハとの違い)
  リハ計画は低血糖を予測し注意しながら行う.入院中の食事エネルギー管理と徐々にリハ負荷量が大きくなることにより,低血糖になる可能性が出てくるので,血糖チェックを行いながら慎重に行う.
Q2 糖尿病をコントロールしながら行うリハ(運動療法)は?
  運動療法を実施するに先立って運動負荷試験を実施することにより,運動能力に応じた安全で効果的かつ定量的な運動強度を知ることができ,低血糖の予防になる.
Q3 どこまでリハで行ったか?(内科専門医へのコンサルト,連携等)
  低血糖の管理のために,インスリン量の設定,血糖コントロールの方法の変更等を行う.そのうえで,インスリン治療が必要なのか判断が困難な場合は,糖尿病専門医にコンサルトする.
Q4 患者への指導は?
  低血糖が起こる可能性,低血糖症状の特徴,対処方法等を事前によく説明する.
Q5 症例の経過は?(予後,効果等)
  低血糖発作は重篤になると致死的な状態になるため,その予防は重要である.HbA1Cが6.0%前後とコントロール良好で,インスリンや経口血糖降下剤を使用している場合は,低血糖発作に注意が必要である.