特集 がん患者の包括的リハビリテーション

特集にあたって

 先進国といわれる国々では,死亡原因の第1位ががんである.各国で平均寿命が延長し,そのこと自体でがん患者数を多くしているが,さらに年齢で調整したがん死亡率(年齢調整率)でみても,年々少しずつ低下している.その結果,がんをもち,治療しながら生活するがん患者数が急増している.
 したがって,がん患者のリハビリテーションは包括的にならざるをえない.すなわち,がんそのものの医学知識,治療,痛み,栄養,体力,心のケア,不眠,不安などである.一方,近年のがん治療は急激に進歩し,3年前の知識は誤っていたという具合に変化している.外科の進歩,放射線療法,化学療法の進歩には目を見張るものがある.なかでも化学療法では,1年後にはもう変わっていることがある.ところが,がん治療体制,心のケアはわが国では遅々として進んでいない.医学,医療の進歩に比較して,体制の進化がきわめて遅く,わが国ではそのギャップがあまりに大きい.
 このように,複雑に急速に変化していくがんの治療に対し,包括的にとらえようとする今回の特集はたいへん時機を得ている.がんのベーシック知識は関根龍一先生,運動療法は田沼 明先生,サイコオンコロジーは黒田佑次郎先生,日米のがん治療の違いは吉田清和先生,ケースレポートは小笠原鉄郎,小杉寿文,秋山正子諸先生に貴重な症例を呈示していただいた.
 今回の特集が,現在皆様が医療の現場で日々苦労され,悩んでおられる問題をどうとらえ,分析し,改善するのがよいか,少しでもお役に立てればと願っている.

 (編集委員会)

 

ベーシックとなる医学的知識と患者の把握
   
関根龍一
Key Words 放射線療法 化学療法 トータルペイン 緩和的リハビリテーション リンパ浮腫
   
内容のポイントQ&A
Q1 現在行っているがん治療の把握は(放射線療法,化学療法など)?
  個々の患者が受けるがん治療の内容は,最近ますます多様化している.リハビリテーション(以下リハ)スタッフが,がん治療の内容の概要とその影響について,把握することは重要である.がん治療が身体面,心理面に及ぼす影響や,患者の今後の状態をある程度予測することによって,個別的な目標に添ったリハが可能となる.
Q2 体力低下の原因は?
  進行がん患者では,さまざまな原因で体力低下が生じる.リハスタッフは,身体機能の低下予防のリハを行うだけでなく,リハ実施の困難因子を他の治療メンバーに情報提供する役割を担う.体力低下の原因ごとに,多職種チームメンバーが,それぞれ可能な治療介入を行い,全体としてのQOLの維持,向上を目指す.
Q3 痛みの把握は?
  リハスタッフは,患者のリハ中の体動時痛を評価する.リハ前に鎮痛薬を使用する場合には,鎮痛薬の効果について治療スタッフに伝える.外的侵襲からの身体防御のサインでもある体動時痛がひどい場合には,どの程度までリハをするかの判断を,治療チームメンバーによる症例検討によって決定する.
Q4 低栄養状態の把握は?
  リハスタッフが,がん患者の低栄養のさまざまな原因について理解することは重要である.今後のリハ実施内容の方向性は,低栄養の原因やその原因が可逆的か,あるいは不可逆的かによって,左右される.個々の患者の低栄養状態にあわせたリハ内容について,患者・家族,治療メンバーと話し合うことが目標である.
Q5 リハに影響を与える副作用は(めまい,吐き気,不眠など)?
  吐き気,倦怠感などのリハに支障のある症状が強い場合には,その症状の治療をまず優先し,リハは体調に合わせた内容に留める配慮が必要である.がん治療に伴う副作用の期間や回復の見込みを理解することにより,リハが進まずに焦る患者・家族に対する心理面のサポートを行うことが可能である.

運動療法とリハアプローチの実際
   
田沼 明
Key Words 悪性腫瘍(がん) リハビリテーション 廃用症候群 ADL QOL
   
内容のポイントQ&A
Q1 日々変動する体力にあわせた(化学療法中の)運動量の設定は?
  基本的な運動量は廃用症候群の程度によって決まる.悪心・嘔吐,倦怠感などの身体症状が強い場合は自覚症状などをみて負荷を減らす.骨髄抑制のため血小板が1〜2万/mlのときは有酸素運動を主体として抵抗運動は行わないようにする.また,1万/ml以下の場合は積極的な訓練は行わない.ヘモグロビン値が7〜10g/dlのときは,運動前後の脈拍数や動悸,息切れに注意して運動量を設定する.
Q2 (病的骨折,呼吸困難などによる)運動の制限は?
  転移性脊椎腫瘍で放射線治療中は基本的にベッド上安静となるが,この場合にもベッド上での廃用予防のための運動を行う.この際のリハビリテーションの目的は筋力の維持のみならず深部静脈血栓症の予防も含まれる.呼吸困難に対しては,呼吸理学療法を行う.
Q3 転移のある場合の装具とは?
  転移性脊椎腫瘍に対しては放射線治療後の離床に際して装具を用いる.下位胸椎や腰椎への転移では硬性コルセット,頸椎転移ではフィラデルフィア型装具などが使用される.転移性脳腫瘍による片麻痺に対しては脳血管障害の場合と同様に考えて処方する.
Q4 ADL向上のためにリハをどこまで行うか?
  Dietzの分類の「予防」,「回復」,「維持」の各段階においては,ADLの改善や維持を図ることがリハビリテーションの目的である.維持的リハビリテーションは主にターミナル前期まで適応となると思われる.したがって,終末期患者だからといって一概にADL向上のためのリハビリテーションの適応がないとはいえない.ADLを向上させることがコントロール不全感を軽減し,苦痛の緩和につながる.

リハビリテーションとサイコオンコロジーの連携について
   
黒田佑次郎 坂田尚子 早乙女貴子 岩瀬 哲 中川恵一
Key Words サイコオンコロジー 精神症状のアセスメント 心理的介入 リハビリテーションとの連携 チーム医療
   
内容のポイントQ&A
Q1 不眠,不安,うつ,呼吸苦などへのサポートは?
  不眠,不安,うつはがん医療において多く認められる精神的な問題であり,呼吸苦に関しても終末期になるにつれ重要な問題となる.起こりうる精神症状に対する理解を深め,適切な評価と介入を行う必要がある.
Q2 セラピスト(PT,OT,臨床心理士など)はどのようにかかわるか?
  すべての医療者が心理的ニードを認識し,適切な情報提供,理解の確認,共感,敬意といった基本的なコミュニケーション技術を身につけることが推奨される.また,がんの経過の重要な局面で行う心理的スクリーニングや不安などのマネジメントに関しては,心理的知識を有する医療者および訓練と認定を受けた専門家に,適切な形で紹介されることが望ましい.
Q3 病棟ケアのあり方は?
  病棟でも上記と同様に,すべての医療者が心理的ニードを認識し,さらに専門家とともにチームとしてサポーティブな関係を構築しつつ,患者の心配や感情を引き出す.また,より深刻な苦痛を有する患者に対しては心理的介入の専門家へ紹介する.
Q4 リハスタッフへの要望は?
  リハスタッフは直接的な介入を通して,患者の心情を探ることができる職種である.つまり,リハスタッフが患者の心理的苦痛に対して理解を深め,適切なスクリーニングツールを用いることにより,早期に心理的苦痛を発見し介入に結びつけることが可能となる.どの施設にもリファーできる精神保健専門家や訓練と認定を受けた専門家がいるわけではないが,施設内に心理的知識を有する医療者がいるか,相談の窓口をもっているかを確認し,適切な介入に結びつけることによって,がん患者の心理的苦痛を軽減することができる.
ケースレポート@ 緩和ケア病棟におけるリハビリテーションの意義─示唆に富む2症例を通して考える
   
小笠原鉄郎 中島由樹 谷口和代
Key Words 緩和ケア病棟 リハビリテーション QOL 多職種によるケア 全人的人間理解

ケースレポート(2) チーム医療としての緩和ケアリハビリテーション
   
小杉寿文 佐藤英俊
Key Words 緩和ケア リハビリテーション チーム医療

ケースレポート(3) がん患者の在宅でのQOL向上−リハを生活の場で実現するために
   
秋山正子
Key Words 在宅ケア 訪問看護 乳がん看護 在宅リハビリテーション

私が経験した日米におけるがん治療の違い
   
吉田清和 柴田斉子