特集 高次脳機能障害に対するリハ治療−Evidenceはどれぐらいあるのか?

特集にあたって

 最近わが国では,EBM(Evidence based Medicine)とよばれる根拠に基づく医療,診療ガイドラインの作成が各疾患について求められており,リハビリテーション(以下リハ)医学・医療も例外ではない.日本リハ医学会は,「脳卒中治療ガイドライン2004」作成にかかわり,さらに2009年の改訂にも参加している.また「脳性麻痺リハガイドライン」を作成し,出版されている.今後も各種疾患や各障害に対するリハのエビデンス構築のためにさまざまな取組が行われていくべきものと考えられる.
 高次脳機能障害は,今後のリハ医学・医療のなかでもさらに取り組まなければならない分野であるのは明白である.いつもながらではあるが,どのようにアプローチすればいいのだろう?と常に悩みながらもなかなか解決策を探せていない,そのような状況ではないだろうか?そのような現状だからこそ,いま現在行われている,さまざまな治療法・介入法がどのような位置づけであるのかを明確にして,現時点での高次脳機能障害のリハ医学をみつめなおす必要性があると考えられる.つまりリハ医学に関しては,高次脳機能障害ばかりでなく,ほかの障害に関しても質の高い証拠が限られているのは明らかであるが,どのような治療法や介入に,どれぐらいの証拠があり,どの程度のものであるのかをここで明確にし,どのように今後取り組むべきなのかを考える機会にしなければならない.以上のことは常に考えるべきことであるが,ここでいったん立ち止まってよく考えてみる機会,チャンスが必要である.わが国からリハに関するエビデンスレベルの高い報告はどの分野でも少ないが,諸外国では,リハ領域の論文にもRCTが増えつつあり,少しずつ証拠が蓄積されつつある.これらのことからわが国でより質の高いリハ医学・医療を構築するために,取り組むべき課題がみえてくる.
 高次脳機能障害に対するリハとその課題をそれぞれの分野の専門の先生方から解説していただき,われわれの今後の進むべき道を考え,実行していくべき方向を見定めたい.高次脳機能障害に対するリハにおける良質のエビデンス創出のため,リハ医療の特性を活かしたリハ関連専門職との共同作業によるエビデンスづくりにも取り組んでいく必要があると考えられる.

 (平澤泰介/明治国際医療大学大学院・編集委員会)

 

失語症
   
佐々木信幸 安保雅博
Key Words 失語症 リハビリテーション EBM
   
内容のポイントQ&A
Q1 失語症の評価と訓練は?
  わが国で広く使用されている評価法としては標準失語症検査(Standard Language Test of Aphasia:SLTA),日本語版Western Aphasia Batteryがあり,評価とコミュニケーション能力評価の間に高い相関が報告されている.一般的な訓練方法は「刺激−促通法」が多く用いられている.Melodic Intonation Therapy(MIT)は限られた症例には有効である.
Q2 一般的な訓練とそのevidenceは?
  失語症の訓練は「誰が」「いつから」「どのくらい」すべきかが重要である.失語症は脳卒中によくみられる高次脳機能障害であるにもかかわらず,明確な有効性を十分証明したリハビリテーション訓練方法を提示することは困難である.
Q3 今後の課題は(リハ医学にとっての課題は)?
  CI療法(Constraint-Induced Therapy)は脳卒中上肢麻痺に対するevidenceを示す治療として有名であるが,それを慢性期失語症に対して応用したCI失語症療法が今後慢性期失語症に対してはスタンダードのひとつとなる可能性が高い.また,Repetitive Transcranial Magnetic Stimulationやtranscranial direct current stimulationの失語症改善への効果が期待される.

半側空間無視
   
石合純夫
Key Words 半側空間無視 リハビリテーション エビデンス 評価 訓練
   
内容のポイントQ&A
Q1 半側空間無視の評価と一般的なリハ介入法は?
  半側空間無視とは,主に右半球の脳血管障害後に身体からみて左側の空間をうまく処理できなくなる症状である.評価は,BIT行動性無視検査とADL場面の観察によって行う.一般的な訓練法は,包括的な視覚走査訓練と半側空間無視を意識したADL訓練の両輪からなる.
Q2 半側空間無視に対するリハ介入法のエビデンスは?
  包括的な視覚走査訓練には,推奨グレードAのエビデンスがある.他の介入法は,エビデンスレベルが高くても適応症例が限られるか,今後のランダム化比較試験が期待されるグレードB(後頸部筋振動刺激,プリズム順応)である.
Q3 今後の課題は(リハ医学にとっての課題は)?
  半側空間無視「患者」を生活の場に還すというリハ医学の立場としては,無視の改善ばかりにとらわれず,無視があるなりのADL自立度向上を,環境調整を含めて実現し,生活機能を向上する総合的なアプローチが大切となる.

遂行機能障害
   
豊倉 穣
Key Words 遂行機能 認知リハビリテーション 高次脳機能障害 問題解決
   
内容のポイントQ&A
Q1 遂行機能障害の評価は?
  ・机上課題として,これまで種々の前頭葉機能検査が用いられていた.近年,日常生活場面に即した遂行機能評価(Behavioural Assessment of the Dysexecutive Syndrome:BADS)が「遂行機能障害症候群の行動評価」として翻訳,出版された.Frontal Assessment Battery(FAB)は簡便に前頭葉機能をスクリーニングする検査として開発された机上検査である.
・行動観察や質問紙による評価も報告されている.BADSの検査キットには遂行機能障害質問表(The Dysexecutive Questionnaire:DEX)が備えられている.
・WAIS-IIIなどの知能検査では必ずしも的確に評価できない一方,前頭葉に障害がなくとも遂行機能障害を呈することがある.
Q2 一般的な訓練法は?
  ・問題解決訓練,自己教授法,ゴールマネジメント訓練,機能適応法などが知られている.
・環境調整も効果的とされている.
Q3 訓練法のevidennceは?
  ・無作為比較対照研究も散見され,遂行機能,問題解決機能の障害に対する訓練効果が示唆されている.
Q4 今後の課題は(リハ医学にとっての課題は)?
  ・リハ的対応の効果は十分に証明されているとはいえず,新たな介入方法の確立に期待したい.

記憶障害
   
原 寛美
Key Words 記憶障害 リハビリテーション 環境調整 エラーレスラーニング 内的ストラテジー 記憶の外的補助具 エビデンス
   
内容のポイントQ&A
Q1 記憶障害の評価と一般的な訓練法は?
  ・記憶障害の評価法としてわが国で標準化されたものは,リバーミード行動記憶検査(RBMT)とウェクスラー記憶検査(WMS-R)である.この標準化された検査法を基本に他の検査法の結果を加え,画像所見と併せて記憶障害の重症度と障害像を分析する.
・訓練方法としては,重症度と障害像により異なり均一ではない.一般的には,環境調整と誤りをしない学習法(errorless learning)を基本とし,内的ストラテジー,さらに記憶の外的補助具の活用を行う.
Q2 訓練法のevidenceは?
  ・Evidenceのレベルを検証するための論文数はまだ僅少であり,reviewに値する論文がほとんどない現実が存在する.
・頭部外傷軽傷例では内的ストラテジーと外的補助具の使用が推奨される.重度障害例では領域特異的な行動の獲得を目的に記憶の外的補助具の活用が勧められる.
Q3 今後の課題は(リハ医学にとっての課題は)?
  ・記憶障害患者群のheterogeneityに鑑みて,現在すでに周知活用されている環境調整や誤りをさせない学習法,さらに間隔伸張法,PQRST法などの効果を,single case experimental disign paradigmの方法も含めて検証していく作業が求められている.

失行症
   
東山雄一 武田克彦
Key Words 失行 リハビリテーション 観念運動失行 観念失行 エビデンス
   
内容のポイントQ&A
Q1 失行症の評価と一般的な訓練法は?
  どのような種類の動作で,どのような誤反応が生じるのかを観察することで,失行を診断・分類する.言語命令,模倣,物品使用について,それぞれ両手で検査を行う.しかし,失行の分類や理論,用語の定義については研究者の間でも意見の統一がなされていない.訓練法についてもコンセンサスの得られたものはない.
Q2 一般的な訓練とそのevidenceは?
  ジェスチャー表現訓練やストラテジー訓練など少数ではあるが無作為化比較試験で効果が示されている訓練法はある.しかし,長期効果や汎化の有無,QOLへの影響など,まだ検討すべき点が多く,系統的総説でもどの訓練法が有効であるかの結論は出ていない.
Q3 今後の課題は(リハ医学にとっての課題は)?
  Evidenceレベルの高い無作為化比較試験を行うためには,対象や治療内容,評価方法の均一性が重要であるが,失行においては特にこれが困難である.訓練法のevidenceを構築するためにも,まずは失行メカニズムの解明が必要である.そのうえで,多数例を対象とした長期に渡る治療効果,患者のQOL改善効果なども検討した質の高い研究が今後期待される.