特集 リハからみた五十肩

特集にあたって

 人類の進化の面からみると,2本足で立ち両手を自由に使用するために,肩関節に大きな可動域を与えて,筋・腱・靱帯などの軟部組織で支えるようにしたと考えられている.肩には体重の1/8にあたる重い上肢がぶら下がり,加えて重い荷物を持ちあげたりして,加齢とともに疲労が蓄積される構造となっている.江戸時代から「五十肩」という概念があったとされているが,最近の画像診断などの進歩によって,腱板断裂,石灰性腱炎,上腕二頭筋長頭腱炎などが除外されるようになって,肩関節の加齢を中心とした退行変性を基礎とした疼痛性関節制動症が残された.このような「五十肩」による拘縮に対するアプローチは十分に患部をあたためたうえで,疼痛を引き起こさないように配慮して可動域の改善をはかる「運動療法」がキーポイントとなる.五十肩に対する効果的なリハビリテーション(以下リハ)を進めていくことで治療期間を短縮することができれば,その患者のQOLを改善できる可能性がある.その観点から今回,リハからみた五十肩と題して特集を企画した.
 五十肩の病態,診断としてのX線像,関節造影およびMRIを含めた画像検査所見,特徴的な病期別の症状について設楽 仁先生にオーバービューをお願いした.
 五十肩に対するリハを進めるうえでは健常人における肩関節の動態と肩甲骨の動態に関与する筋群の機能を理解することが重要である.可動域制限と疼痛を認める五十肩患者において,肩関節の動態が健常人と比べてどのように変化するのか,森原 徹先生に詳述していただいた.可動域制限と疼痛によってどの程度ADL動作が制限されるかを明確にすることは,五十肩の治療を進めていくうえで大切であり,その効果的な生活指導のポイントを宇高千恵先生,水落和也先生にまとめていただいた.
 保存療法のなかで,疼痛対策は最も重要である.運動時痛や夜間痛に対する薬物療法の実際,局所の炎症を軽減させる超音波機器を用いた正確な注射療法の手技,さらにJoint distension法について皆川洋至先生に詳細に解説していただいた.五十肩の運動療法として,実際の肩甲骨周囲筋と腱板に対する運動療法の進めかたのポイントについて三浦雄一郎先生に詳述していただいた.
 薬物療法や運動療法を中心としたリハを行っても著明な可動域制限が持続し,ADL動作に支障をきたしている患者をしばしば認める.このような患者に対する手術適応,実際の手術法と術後リハの進めかたのポイントについて井手淳二先生にまとめていただいた.
 この特集を通して,リハの観点からみた五十肩に対する保存療法と手術療法を正しく理解して日常診療に役立てていただければ幸いである.

 (平澤泰介/明治国際医療大学大学院・編集委員会)

 

オーバービュー 五十肩とは
   
設楽 仁 小林 勉 山本敦史 高岸憲二
Key Words 五十肩 病態 鑑別診断 治療
   
内容のポイントQ&A
Q1 五十肩の病態とは?
  原因はいまだ不明な点が多い.仮説として,腱板・滑液包説,上腕二頭筋長頭腱説や関節包説がある.関節包が肥厚し,短縮する.関節内容量が減少する.
Q2 症状とその変化は?(疼痛期,拘縮期,緩解期)
  病期によって異なる.freezing phaseでは疼痛が主症状で,急激に増悪.frozen phaseでは激しい疼痛は鎮静化し,症状の主体は拘縮である.thawing phaseでは拘縮が徐々に改善するとともに,運動時痛が消失する.
Q3 画像診断のみかたは?
  五十肩に特有の画像所見はない.X線ではときに大結節部に骨萎縮像がみられることもある.関節造影では関節内容量が減少し,dependent pouchが縮小する.関節内造影MRIでは腱板疎部における関節包の肥厚および烏口上腕靱帯の肥厚を認める.鑑別疾患の除外目的で画像検査は行う.

リハに必要な五十肩のキネマチックス
   
森原 徹 三浦雄一郎 久保俊一
Key Words 五十肩 座標移動分析 キネマチックス 腱板
   
内容のポイントQ&A
Q1 肩関節の構造は?
  肩の基本骨格は鎖骨,肩甲骨および上腕骨である.肩関節において,肩甲上腕関節(狭義の肩関節),肩甲骨の動きに関与する肩甲胸郭関節および肩鎖・胸鎖関節が重要である.肩甲上腕関節では肩腱板(inner muscles)が,動的安定化(求心位保持)に作用している.肩腱板である棘上筋は屈曲・外転に,棘下筋は屈曲・外転・外旋に,小円筋は外旋に,肩甲下筋は内旋に作用している.肩甲胸郭関節では,肩甲骨周囲筋(僧帽筋,前鋸筋,菱形筋,肩甲挙筋)によって肩甲骨の上方回旋,挙上,下降,内外転を生じる.三角筋(outer muscles)は,肩関節屈曲・外転の力源として胸郭と上腕骨をつなぐ大胸筋,広背筋は肩関節内転・伸展に重要である.
Q2 健常肩のキネマチックスとは?
  肩関節の運動では鎖骨を含めた肩甲骨と上腕骨の動態を評価することが重要である.胸鎖関節を支点として肩甲骨の運動を解析した結果,肩関節屈曲約90°まで肩鎖関節を支点とした肩甲骨の上方回旋が生じていた.肩甲上腕関節では主に棘上筋が,肩甲骨周囲筋として前鋸筋が活動していた.その後,鎖骨は後方に後退し肩甲骨を脊柱に引き寄せながら上方回旋を行っていた.このとき肩甲上腕関節では主に棘下筋が,肩甲骨周囲筋では僧帽筋中部・下部線維が活動していた.
 肩関節外転では,経時的に肩甲骨は脊柱に引き寄せられながら上方回旋が生じていた.肩甲上腕関節では棘上筋,棘下筋の活動が漸増し,肩甲骨周囲筋では主に僧帽筋中部・下部線維が活動していた.このように屈曲と外転運動では,肩甲骨上方回旋の構築様式は異なっている.
Q3 五十肩のキネマチックスはどう変わるか?
  五十肩の拘縮期では,肩甲上腕関節包の拘縮によって肩関節屈曲・外転可動域が制限される.そのため肩甲挙筋や僧帽筋上部線維が過剰に活動することで肩甲骨を挙上,上方回旋させ,屈曲外転可動域を改善させている可能性がある.結果として肩関節下垂位では肩甲挙筋が過剰収縮し,肩甲骨を下方回旋・挙上していることが多い..
Q4 ROM制限と痛みは?
  五十肩では烏口上腕靱帯,上関節上腕靱帯を含めた腱板疎部に滑膜炎が生じる.これらの関節包前部に瘢痕化が進行すると肩関節下垂位での外旋が制限される.烏口上腕靱帯の伸張が低下すれば伸展・内旋制限を生じる.下方の関節包の滑膜炎によって線維化を生じ伸張が阻害されると屈曲と外転可動域が制限される.肩関節包外の肩関節周囲筋炎症が波及すれば筋攣縮を生じる.筋緊張も亢進し,可動域制限と疼痛が増悪する.関節包の伸張が減少し容積が縮小すると,内圧の上昇によって関節内のメカノレセプターが過度に伸張され,運動時痛や安静時痛(夜間痛)が誘発される.痛みが強くなると筋は疼痛に適応し,結果として拘縮や筋力低下が生じる.

五十肩のADLとQOL
   
宇高千恵 水落和也 坂本安令 稲田雅也
Key Words 五十肩 ADL APDL 生活指導
   
内容のポイントQ&A
Q1 ADLにおける肩の役割は?
  肩関節が肘関節とともにリーチ動作の役割を担うことで,手は任意の場所で有効に働ける.ADLにおいてリーチ動作が大きく関与するのは,整髪,洗体,更衣である.具体的にはADL自立のために,肩屈曲90°以上,肩外転110°以上の可動域が望まれる.
Q2 五十肩によりADLはどの程度阻害されるか?
  凍結進行期は運動時だけでなく安静時,夜間時疼痛も強く,重症例では起居動作まで困難となり,すべてのADLが低下する.凍結期になると,疼痛にかわり関節拘縮が主症状となり,拘縮によるADL制限が明らかとなる.五十肩での肩関節拘縮は,一般的に外転と外旋方向での制限が強いため,整髪,洗体,更衣といった動作が障害される.
Q3 肩関節障害とADLの関係は?
  肩関節障害の評価スケールの多くは機能障害に加え,ADLの観点からも評価している.わが国では,日本整形外科学会による肩関節疾患治療成績判定基準があり,ADLの項目では結髪,結帯に加え,反対側の腋窩に手が届く,用便の後始末,といった項目がある.
Q4 生活指導のポイントは?
  凍結進行期は炎症が強い時期であり,安静が基本だが,関節包容量の回復が望める時期であるため,疼痛のない範囲での可動域訓練は必要である.凍結期では,拘縮が残存するので,関節可動域の拡大を目的とした積極的リハビリテーション治療を行い,ホームエクササイズの指導とともに,関節拘縮の改善を図る.

保存療法のすすめかた
   
皆川洋至
Key Words 肩関節拘縮 保存治療 超音波ガイド下注射 関節内圧減圧法
   
内容のポイントQ&A
Q1 保存治療の適応と選択は?
  予後良好のため保存治療が基本である.しかし,治療期間短縮を望む症例では手術適応とすることがある.糖尿病やうつ病合併例は,基礎疾患の治療が不可欠である.
Q2 薬物療法の実際は?
  疼痛期(freezing phase),拘縮期(frozen phase)には,消炎鎮痛剤,筋弛緩剤を使用する.夜間痛による寝不足,うつ状態に対しては,眠剤や抗うつ剤を併用する.緩解期(thawing phase)には,通常薬物療法は必要ない.
Q3 注射療法の手技の方法は?
  肩峰下滑液包,関節腔への注射は,簡便で正確な超音波ガイド下注射が推奨される.肩峰下滑液包への注射は平行法,関節腔への注射は交差法を用いる.
Q4 関節内圧減圧法(joint distension)の方法は?
  超音波ガイド下に20 mlの薬液を関節腔内へ注入後,他動的に前方挙上,側方挙上・内旋動作を行う.

病期別にみた運動療法のありかた
   
三浦雄一郎 森原 徹
Key Words 五十肩 運動療法 肩甲上腕関節 肩甲胸部関節 腱板
   
内容のポイントQ&A
Q1 急性期(疼痛期)の運動療法とは?
  肩関節の疼痛と疼痛による関節可動域制限が主な症状である.損傷部へのわずかな刺激が滑膜増生などの炎症を拡大させるため,疼痛が強い場合には損傷部位への負担を軽減させるための安静肢位や疼痛を回避するための日常生活指導が大切になる.夜間痛は精神的,肉体的疲労を伴うため肩関節へのストレスを軽減させる工夫が大切である.
Q2 慢性期(拘縮期)の運動療法とは?
  炎症による疼痛は徐々に軽減し,関節可動域制限が主な問題になる時期である.そのため拘縮の予防と改善が運動療法に期待される時期である.肩甲上腕関節の運動機能では腱板の重要性が知られているが,上肢挙上運動では棘上筋と棘下筋の活動交代が上腕骨頭のスムーズな下方回転に必要である.また肩甲上腕関節だけでなく肩甲胸郭関節の関節拘縮や運動機能低下が引き起こされる可能性もあり,これらは相互の運動機能に悪影響を及ぼす.慢性期に至る経過のなかで肩甲帯周囲筋の運動機能低下を伴うか否かを判断しなければならない.
Q3 緩解期の運動療法とは?
  ほとんど疼痛が軽減し,関節可動域制限も改善してくる時期である.日常生活に支障が少なくなり,趣味やスポーツなど以前行っていたことを再開したときに問題が生ずることが多い.よってこの時期では運動療法の頻度を減らしながら患者の訴えやそのとき行ったこと,スポーツの場合は具体的に違和感があった場面などを詳細に問診し,必要な運動機能の改善を図る必要性がある.
Q4 家庭でできるエクササイズとは?
  家庭でのエクササイズで注意しなければいけないことは痛みを我慢して行わないことである.痛みが強く生ずると筋は疼痛に適応し,結果として拘縮や筋力低下が生ずるといわれている.家庭でのエクササイズでは疼痛,肩関節構造,姿勢などに配慮して行うことが重要である.

五十肩に対する手術療法
   
井手淳二
Key Words 五十肩 保存療法 麻酔下マニプレーション 鏡視下肩関節授動術 鏡視下関節包解離術
   
内容のポイントQ&A
Q1 診断と手術療法の適応は?
  肩関節に明らかな原因なしに生じた特発性(一次性)の疼痛と運動制限を認める状態である.3カ月以上持続する肩関節の疼痛と他動可動域制限による機能障害を有し,6週間の保存療法を行ってもまったく改善がない症例を手術適応として考慮する.
Q2 麻酔下マニプレーションとは?
  麻酔下に疼痛のない状態で,徒手的に肩関節を動かすことにより,低下した他動可動域を広げることである.
Q3 鏡視下関節包解離術とは?
  肩関節内鏡視下に関節包を切開ないし切除することにより,低下した肩関節他動可動域を広げる手術手技のことである.
Q4 術後のリハビリテーションは?
  術後は,三角巾または腋窩枕装具固定を行う.術翌日の早期から他動可動域訓練を行う.術後102週はCPMを使用した内旋・外旋運動および理学療法士による挙上運動を行うと効果的である.その後は,筋力改善に応じて棒などを利用した介助自動運動から自動運動に移行する.