特集 PADの早期リハビリテーション−運動療法を中心に

特集にあたって

 閉塞性動脈硬化症(ASO:arteriosclerosis obliterance)は,粥状動脈硬化に起因する動脈内腔の狭窄によって末梢の循環障害をきたした病態で,欧米では末梢動脈疾患(PAD:peripheral arterial disease)ともよばれている.PADはASOと比べて,より広い概念で捉えられているが,ASOが末梢の動脈閉塞性疾患の90%以上を占めることから,ASO≒PADとしてわが国でもPADという言葉が盛んに用いられるようになっている.
 PADは,現在わが国において増加の一途をたどる疾患である.この疾患はいくつかの特徴を有している.まず第1は,予後が不良であるということである.重症下肢虚血(critical limb ischemia)となるとその予後は平均5年とされ,これはがんの予後よりはるかに悪い.死亡に至らないまでも,切断を余儀なくされQOLはきわめて悪くなるのは当然であろう.第2は脳血管疾患や虚血性心疾患または腎障害を合併している率が多いということである.全身の動脈硬化性血管病のひとつの表現型としてとらえるならこれも当然のことと考える.したがって,PAD患者を前にしたら,足のみではなく脳心腎といった主要臓器の評価も忘れてはならない.第3は動脈硬化性疾患であることから早期発見と予防が最も重要であるということである.危険因子のチェックや跛行・しびれなどの自覚症状の問診,動脈硬化の評価そして患者教育による生活習慣の改善が重要となる.
 PADの評価と治療に関する総合的なガイドラインが2000年に出されたが1),2007年に改訂され欧州と北米を中心とした16関連学会の代表によるワーキンググループ(TASC:the Trans-Atlantic Inter-Society Consensus Document on Management of Peripheral Arterial Disease)によるTASCIIが出された2).PADの治療は運動療法,薬物療法,侵襲的治療といった多様なアプローチが必要である.本特集ではこのうち,リハビリテーション医が行うであろう運動療法を中心に述べることとする.TASCIIでは監視型の定期的な運動療法はエビデンスレベルAとして推奨されている.
 本特集ではまず,臨床でPAD患者に最も多く接しておられる松尾 汎先生に,先述のTASCIIの解説をしていただき,牧田がPAD患者の評価・検査について記述した.具体的な運動療法については,安 隆則先生と村瀬訓生先生にお願いした.また,運動療法には継続性が重要であるが,危険因子コントロールを含めた患者教育・指導について佐藤真治先生が担当した.
 PAD患者を早期にみつけて,病変を進行させず,合併症を予防し,運動療法を中心とする包括的なリハビリテーションを行っていくことが,これからのリハビリテーション医療に必要なことであると考えている.

 (牧田 茂/埼玉医科大学国際医療センター 心臓リハビリテーション科・編集委員会)

 

PADについて:TASCIIの報告を踏まえて
   
松尾 汎
Key Words 末梢動脈閉塞症 閉塞性動脈硬化症 生活習慣病 足関節・上腕血圧比 監視下運動療法
   
内容のポイントQ&A
Q1 わが国のPADの現況は?
  頻度は,欧米での人口の約3%程度と同様,わが国でも300万人程度の無症候例と約100万人の跛行例の発生頻度が推定される.ASOでの全身動脈硬化症合併頻度は冠動脈(約30050%)が最も多く,次いで脳血管障害が約30%である.生命予後も,欧米と同様に5年間の経過観察で約30%が死亡し,その死因は心血管合併症,脳血管障害などと報告されている.
Q2 TASCIIの内容は?
  TASCIIでは,「生活習慣病診療の重要性」が指摘されている.PADでは無症候例が多いことから,高齢者や糖尿病などの危険因子を有する例でのスクリーニング検査が重要である.虚血の客観的な証明には,ABPIが推奨されている.次いで,病変の部位や狭窄度の判定にはなんらかの画像診断法が必要であり,病変や全身状態に応じた治療選択を推奨している.
Q3 PAD患者に対する運動療法の適応とその意義は?
  虚血症状,病変部位・程度および患者の希望を参考に,QOLの改善を意図した方針を立てる.治療法は,治療の侵襲度からみて運動療法を含めた理学療法,薬物療法などの比較的低侵襲な治療法から選択する.PAD運動療法の目的は,(1)歩行距離を増加させ,QOLの向上を目指し,(2)原因となった動脈硬化性因子(糖尿病,高血圧,脂質異常症など)の是正を図ることである.
Q4 手術適応は?
  手術治療には血管内治療と外科的血行再建術が含まれる.跛行での適応は,(1)運動療法などの他の内科療法では不十分で,さらに改善を望む場合,(2)病変の部位や程度が侵襲的治療に適する場合,(3)全身状態が侵襲的治療に耐える場合,(4)生命予後やQOL向上を期待できる例とされている.重症虚血肢では,救肢が目的となるため積極的に手術適応を検討するよう勧めている.
Q5 運動療法の普及のためには何をなすべきか?
  普及を図るには,まず循環器内科医,理学療法士などの医療従事者はもちろん,広く一般の方にもPADへの興味・関心をもってもらうことである.少しでも学会や研究会などでの実際的なセミナーや啓発を意図した教育活動を継続しながら,市民から医療従事者まで広く巻き込んだ啓発活動を通じて,全身の動脈硬化を診る視点を育んでもらうことが必要であろう.

PAD患者の評価方法
   
牧田 茂
Key Words 末梢動脈疾患(PAD) 間欠性跛行 足関節上腕血圧比(ABI) 近赤外線分光法(NIRS)
   
内容のポイントQ&A
Q1 PADを疑ったらまず何をするべきか?
  跛行に関する問診と動脈硬化の状態を評価する.脊椎管狭窄症との鑑別が重要である.PAD患者は全身の動脈硬化が進行していることが多いので,脳血管系,心循環器系の評価を行い,危険因子を把握する.
Q2 ABIの対象と判定をどのようにしたらよいか?
  労作性の下肢症状を呈する患者,50〜69歳で心血管系のリスクファクター(特に糖尿病と喫煙)を有する患者,リスクファクターの有無に関係なく70歳以上の患者,以上はABIを測定することが望ましい.足関節部収縮期血圧/上腕動脈収縮期血圧で表され,0.9以上が正常値である.糖尿病歴の長い患者や透析患者は,動脈壁が高度に石灰化しており,見かけ上ABIが高値を示すことがある.
Q3 跛行の評価をいかに行うか?
  トレッドミルにより歩行運動負荷試験で,疼痛が出現するまでの距離(initial claudication distance:ICD)と痛みのために歩行不可能となるまでの距離(absolute claudication distance:ACD)を測定する.トレッドミルがなくても,爪先立ち運動や廊下歩行でも簡便に評価できる.歩行距離が運動療法の効果を最もよく表す.
Q4 血管造影と血管エコーとMRAをどのように使い分ければよいか?
  血管撮影は「ゴールドスタンダード」な画像検査とみなされているが,ある程度のリスクが伴う.超音波検査法はABIなどの客観的診断法と併用することにより,非侵襲的に病変の有無,狭窄の程度,血管径の計測,プラーク性状,血行動態の観察などの局所の詳細な観察がベッドサイドでリアルタイムに可能で,MD-CTやMRAに比較して造影剤を使用せず安価に診断できるなどの利点がある.末梢動脈疾患に対する治療指針であるTASCIIにおいても血管超音波法が推奨されている.

PADの運動療法のエビデンス
   
安 隆則
Key Words 運動療法 ヘパリン リポ−プロスタグランディンE1 血管再生治療
   
内容のポイントQ&A
Q1 ヘパリン運動療法の方法の実際は?
  ・ヘパリン3,000単位を静脈内投与し,その直後から約1時間,歩行運動療法を行う.歩行は跛行が出現するまで行い,数分間の安静後跛行症状の消失を確認してから再び歩行運動を繰り返す.
・入院中であれば14日間集中して行うプログラムが有益であり,外来で実施する場合には週3回3カ月間ヘパリン静脈内投与+歩行運動を繰り返す.
Q2 ヘパリン運動療法の効果と機序はどのように考えられるか?
  ・ヘパリン自身が直接的に血管新生を起こすのではなく,血管壁の細胞外マトリックスに付着している肝細胞増殖因子(hepatocellular growth factor:HGF)を血管壁から一時的にはずし,血中のHGF濃度を一時的に上昇させ虚血部位での血管新生や傷害血管の修復に寄与する.
・また,ヘパリンには血管壁の細胞外マトリックスに付着しているミエロペルオキシダーゼ(白血球から放出された)もはずすため,一時的に内皮機能改善作用を有することが報告されている.
Q3 その他の薬物と運動療法を組み合わせる可能性についてどうか?
  ・Trans atlantic inter-society consensus (TASC)II国際ガイドラインは,シロスタゾールをクラス1で,虚血性心疾患合併例にはアスピリンを推奨している.
・リポ−プロスタグランディンE1との併用効果についてはのエビデンスは不十分である.
・炭酸泉足浴との併用効果についてもエビデンスは不十分である.
Q4 血管再生治療の現状はどうなっているのか?
  ・血行再建術の適応外患者に対する自己骨髄細胞移植の有効性は,わが国からTACT(Therapeutic Angiogenesis by Cell Transplantation)研究として報告され,特に難治性Buerger病に有効である.
・遺伝子治療薬として米国からVEGF(Vascular Endothelial Growth Factor,血管内皮細胞増殖因子)やFGF(Fibroblast Growth Factor,線維芽細胞増殖因子)等が,わが国からHGF(Hepatocellular growth factor,肝細胞増殖因子)が有力な候補として臨床研究が継続されている.

運動療法の実際
   
村瀬訓生
Key Words 自転車エルゴメータ 最大歩行距離 近赤外線分光法 運動強度
   
内容のポイントQ&A
Q1 自転車エルゴメータを用いた運動療法の方法は?
  心肺運動負荷試験における最大強度の70%強度を目標強度として,30分間の運動を実施する.下肢の疼痛が生じた際には休憩をはさみ,目標強度での運動が合計30分になるようにする.運動の頻度は週3日以上が望ましい.
Q2 自転車エルゴメータによる運動療法の効果は?
  6週間の運動療法にて最大歩行距離は平均で2倍以上の改善が認められる.運動実施期間を延長することにより,最大歩行距離のさらなる延長も期待できる.
Q3 運動療法を始めるにあたっての設備と人員は?
  自転車エルゴメータは転倒や転落のリスクがなく,同時に203人程度の運動療法が可能である.十分なメディカルチェックを行っていれば,医師の監視は必ずしも必要ではなく,実施人数に応じた看護師,理学療法士,運動指導員の監視下で実施可能である.その他,心電図モニターおよび除細動器などの安全装備が必要となる.
Q4 運動療法のリスク管理と安全対策は?
  PADには虚血性心疾患の合併が多く,運動療法の開始前に十分なメディカルチェックを行うことが重要である.また,運動中には心電図をモニターし,運動療法を実施する部屋には1次救命処置に必要な機材を備えておく.

危険因子コントロールと患者教育
   
佐藤真治 大槻伸吾 田中史朗 野原隆司
Key Words ABI リスクスコア セルフマネジメント セルフモニタリング ケースマネジャー
   
内容のポイントQ&A
Q1 危険因子の評価をどう行うか?
  PADの治療ガイドラインTASKII(Inter-Society Consensus for the Management of PAD)では,ABI(足関節上腕血圧比)とFraminghamのリスクスコアによってリスクを層別化し,目標値を決定する方法を推奨している.
Q2 患者教育をどう行うか?
  PAD患者の危険因子のコントロールは,特定のリスクに偏らず包括的に行わなければならない.また,おのおのの患者に対応した個別的なリスクマネジメントプランの立案が望まれる.具体的には,(1)各種検査結果に基づくリスクの層別化,(2)危険因子の短期的・長期的ゴール設定,(3)個別ライフスタイル処方の作成,(4)薬物療法のコンプライアンスの確認,(5)行動心理学的なアプローチなどの要素が含まれる.
Q3 運動療法の継続性を高める方策は?
  まず個人のセルフマネジメント能力を開発する.セルフモニタリング技法やコーチングのテクニックが役に立つ.次に,セルフマネジメント能力を身につけた個人を支援する環境づくりが大切である.地域での患者中心ネットワークの構築とコーディネイター(ケースマネジャー)の存在が鍵となる.